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終章
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戴冠の儀の日は、磨き上げたような清々しい快晴となった。
王宮の門は、カトレアの発案により一般民にも広く開放された。うっすらと雪化粧をした前庭に集う民は肩を並べ、二階正面に位置する露台を見上げている。新たな女王がお目見えする露台は、庭師たちが総出で飾りつけた色とりどりの蘭の花が咲き誇っていた。
カトレアは露台に面した大広間の扉の脇で、窓越しに前庭に集った人々を眺めていた。背後にはルークとレイ、三人の公爵が控えている。イーデンの投獄により、元老院の体制が整うまでは公爵たちが内政を取り仕切ることとなっていた。
今日の日のために仕立てたドレスは、薄紫の光沢のある布地に、裾部分をゆったりとしたフリルで彩ったものだ。以前のカトレアであれば、もっと主張の大きい色彩で装飾を凝らしたものでなければ納得がいかなかった。しかし女王としてさらに真紅のローブを纏うため、調和のとれた装いになるよう自ら提案したのだ。
建国の祖の代から伝わる王笏を抱え、公爵の一人が惚れ惚れとため息をこぼした。
「カトレア様、いえ……女王陛下。今の貴女は、その名にひけをとらぬお姿でございます。先代と母君も、今日という日を迎えさぞかし安堵していることでしょう」
声を滲ませる公爵に、カトレアはありがとう、と微笑んだ。窓の外を覗き込んでいたレイも顔を上げる。
「ヴェルダのアルベール王、ラランジャのサフラン様も前庭にて待ちかねております。準備はよろしいですか?」
緩やかにうなずいてみせる。まぶしげに目を細めるレイの隣で、揃いの礼服を着たルークがうめいた。
「それにしても、俺もこの目がくらみそうな制服をあてがわれるとはな……。まだカトレアが見立てた、あの制服の方が落ち着く」
「安心して。この制服は今日だけ着用すればいいの、今後はあの制服を着てちょうだい。あなたには、あの色が一番似合うもの」
ルークが観念して肩をすくめると、カトレアは二人の騎士と笑い合った。
公爵たちに一つうなずくと、扉の両端に控える兵士が、息を合わせて扉を開けた。
「これより、コルデホーザ王国第一王女カトレアの戴冠の儀を行う!」
公爵が声を張り上げると、前庭のざわめきが波を打ったように静まり返った。
皆が息をひそめて見上げる中、カトレアはルークとレイを従え、ゆったりと露台へと躍り出た。北の大国の勢力からコルデホーザを取り戻した王女の登場に、方々から感嘆のため息がこぼれる。厳めしい面立ちの中に温かな双眸を持ったアルベール王、腕を組み何やら面白がるように見上げるサフランの姿もある。
続いて出てきた公爵の一人から王笏を賜ると、カトレアは正面に向き直った。蘭の華やかな香りに包まれながら、唇を結び民の顔を眺める。
少なくとも、この場に居合わせた者はカトレアを王位継承者として見届けるべく集った者たちだ。
眼下に広がるのは、冬の寒気に閉ざされようとしている丘陵地帯。次の春が来る頃、どれだけの大地に薬花を咲かせることが出来るだろう。
気を急いても、花には花の咲くべき頃がある。カトレアをはじめとする人間が出来ることは、どの花も咲き誇れるよう、土壌を整え、丹精込めて世話をすることだけだ。
女王となれば、薬花だけに心血を注ぐ訳にもいかない。国防、外交、やるべきことはこれまでよりもずっと重くのしかかってくる。
一人では玉座に就けない自分を嫌というほど知らされた。だからこそ皆と手を取り合い、コルデホーザという国を共に担う存在でありたい。
そんなことを戴冠の挨拶にかえようと息を吸ったその時、ひしめき合う民の中によく見知った顔を見つけ、カトレアは言葉を失った。
十歳前後の子供たちが固まる中に、アリッサムの姿があったのだ。
腕や足に包帯を巻いていたが、小麦色の細い髪は綺麗に切り揃えられ、こざっぱりとした身なりをしている。背後には老齢の穏やかな顔つきの女性がついていた。
アリッサムと目が合うと、少女もまた視線がかち合ったことに気づき、満面の笑みでうなずいてみせた。もうあたしは大丈夫だと、カトレアを勇気づけるように。カトレアも小さな花に向かって、大きくうなずいた。心の中で同じ思いを返す。
ルークとレイの誘導で、露台の手前に歩む。
建国の祖の統率力、薬花の祖のような博識と慎ましやかさには、まだ遠く及ばない。
それでも、この国を愛し、守る者として。そして愛する人のためにも、誇らしく咲いていたい。
カトレアは薬花の国の女王として、第一声を放った。
終
王宮の門は、カトレアの発案により一般民にも広く開放された。うっすらと雪化粧をした前庭に集う民は肩を並べ、二階正面に位置する露台を見上げている。新たな女王がお目見えする露台は、庭師たちが総出で飾りつけた色とりどりの蘭の花が咲き誇っていた。
カトレアは露台に面した大広間の扉の脇で、窓越しに前庭に集った人々を眺めていた。背後にはルークとレイ、三人の公爵が控えている。イーデンの投獄により、元老院の体制が整うまでは公爵たちが内政を取り仕切ることとなっていた。
今日の日のために仕立てたドレスは、薄紫の光沢のある布地に、裾部分をゆったりとしたフリルで彩ったものだ。以前のカトレアであれば、もっと主張の大きい色彩で装飾を凝らしたものでなければ納得がいかなかった。しかし女王としてさらに真紅のローブを纏うため、調和のとれた装いになるよう自ら提案したのだ。
建国の祖の代から伝わる王笏を抱え、公爵の一人が惚れ惚れとため息をこぼした。
「カトレア様、いえ……女王陛下。今の貴女は、その名にひけをとらぬお姿でございます。先代と母君も、今日という日を迎えさぞかし安堵していることでしょう」
声を滲ませる公爵に、カトレアはありがとう、と微笑んだ。窓の外を覗き込んでいたレイも顔を上げる。
「ヴェルダのアルベール王、ラランジャのサフラン様も前庭にて待ちかねております。準備はよろしいですか?」
緩やかにうなずいてみせる。まぶしげに目を細めるレイの隣で、揃いの礼服を着たルークがうめいた。
「それにしても、俺もこの目がくらみそうな制服をあてがわれるとはな……。まだカトレアが見立てた、あの制服の方が落ち着く」
「安心して。この制服は今日だけ着用すればいいの、今後はあの制服を着てちょうだい。あなたには、あの色が一番似合うもの」
ルークが観念して肩をすくめると、カトレアは二人の騎士と笑い合った。
公爵たちに一つうなずくと、扉の両端に控える兵士が、息を合わせて扉を開けた。
「これより、コルデホーザ王国第一王女カトレアの戴冠の儀を行う!」
公爵が声を張り上げると、前庭のざわめきが波を打ったように静まり返った。
皆が息をひそめて見上げる中、カトレアはルークとレイを従え、ゆったりと露台へと躍り出た。北の大国の勢力からコルデホーザを取り戻した王女の登場に、方々から感嘆のため息がこぼれる。厳めしい面立ちの中に温かな双眸を持ったアルベール王、腕を組み何やら面白がるように見上げるサフランの姿もある。
続いて出てきた公爵の一人から王笏を賜ると、カトレアは正面に向き直った。蘭の華やかな香りに包まれながら、唇を結び民の顔を眺める。
少なくとも、この場に居合わせた者はカトレアを王位継承者として見届けるべく集った者たちだ。
眼下に広がるのは、冬の寒気に閉ざされようとしている丘陵地帯。次の春が来る頃、どれだけの大地に薬花を咲かせることが出来るだろう。
気を急いても、花には花の咲くべき頃がある。カトレアをはじめとする人間が出来ることは、どの花も咲き誇れるよう、土壌を整え、丹精込めて世話をすることだけだ。
女王となれば、薬花だけに心血を注ぐ訳にもいかない。国防、外交、やるべきことはこれまでよりもずっと重くのしかかってくる。
一人では玉座に就けない自分を嫌というほど知らされた。だからこそ皆と手を取り合い、コルデホーザという国を共に担う存在でありたい。
そんなことを戴冠の挨拶にかえようと息を吸ったその時、ひしめき合う民の中によく見知った顔を見つけ、カトレアは言葉を失った。
十歳前後の子供たちが固まる中に、アリッサムの姿があったのだ。
腕や足に包帯を巻いていたが、小麦色の細い髪は綺麗に切り揃えられ、こざっぱりとした身なりをしている。背後には老齢の穏やかな顔つきの女性がついていた。
アリッサムと目が合うと、少女もまた視線がかち合ったことに気づき、満面の笑みでうなずいてみせた。もうあたしは大丈夫だと、カトレアを勇気づけるように。カトレアも小さな花に向かって、大きくうなずいた。心の中で同じ思いを返す。
ルークとレイの誘導で、露台の手前に歩む。
建国の祖の統率力、薬花の祖のような博識と慎ましやかさには、まだ遠く及ばない。
それでも、この国を愛し、守る者として。そして愛する人のためにも、誇らしく咲いていたい。
カトレアは薬花の国の女王として、第一声を放った。
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