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冬の炎
この炎は罪か救いか
しおりを挟む久世家を出た途端、秋臣の携帯電話が振動した。
電話に出て言葉を交わし、秋臣は血相を変えて駆けだした。
相手は浅沼律だった。
この前、律を襲っていた幽霊には、鈴の音が効いたはずだった。
その前も、七瀬が贈ったお守りが、効力を発揮していたはずだった。
しかし、先ほどの電話で、律が、「お守りも鈴も効かない」と言ってきたのだった。彼は今、必死でその幽霊から逃げているらしい。そしてその幽霊は、この前、律を襲った奴と同じらしかった。
神社か寺に逃げ込め、と秋臣は言ったが、彼の現在地を聞くと、柳町のあの公園にいるという。あの辺りには神社仏閣が少なく、住宅地ばかりだ。小さな祠や鳥居などはあるかもしれないが……。
とにかく秋臣は、柳町へ再び向かっていた。
途中で七瀬と合流した。当然ながら、律は七瀬にも連絡したようだ。
「どう思う」
秋臣が問うと、七瀬はちらりと自分の右肩を見て、それから答えた。
「ここにいる八咫烏によると、その幽霊の負の感情が強すぎるか、一回目で耐性ができてしまったか、そんなところだろうと」
「そこにいるのか」
「いるよ。秋臣にも視えるようにはしてないけども」
秋臣は七瀬の右肩を見たが、当然のことながら、なにものの影すら視えなかった。
「そういう場合、何か手はあるか」
七瀬にというより、彼を通して八咫烏に尋ねる。七瀬は妖の答えを伝えた。
「不意に攻撃して注意を逸らし、その隙に逃げるしかない、相手が予測していないような行動が大事、だって」
「攻撃っつても、視えないし触れられないんだよな、俺たちには」
「でも、結界は効いた。条件にもよるかもしれないけれど、現実に干渉する物質や力なら、もしかすると……」
現実に元々あるものではなく、幽霊自体と同様に、現実に干渉するものが有効かもしれない。それは推測でしかなかったが、縋らざるを得ない希望だった。
どうやら柳町の公園は、今日ではあまり人気と需要がないらしい。今回も人の気配はほとんどなかった。
「浅沼はいるか」
「――あそこ」
八咫烏のおかげか、七瀬がすぐさま公園に生えている樹木の影を指さす。近くに幽霊がいないとも限らないので、二人はゆっくりとその人影に近づいた。
「律くん」
七瀬の声に、彼は膝頭から顔を上げた。相手の顔を見て、ほっとした表情になる。
「もう大丈夫だよ。神社に戻って状況を整理しよう」
七瀬が彼に手を伸ばす。律はその手を取ろうとして、初めて二人と出会った時と同じく、さあっと恐怖に顔を染めた。
「いるのか」
秋臣が冷静に、声を潜めて律に問う。彼は頷き、唾を飲み込んだ。
「……お二人のすぐ後ろ、覗き込もうとしています」
律は今にも倒れそうだ。すぐ後ろに幽霊がいるというのに、八咫烏が何もしていない、または何もできないということは(何せ秋臣には視えないのでわからないのだが)、妖の手助けは期待できないということだ。そして、七瀬のお守りも鈴も効かなかった。
どうやって、隙を作るか。
秋臣は必死で考えた。しかし、考える前から身体は行動を起こす準備をしていたようだ。住職の言葉、七瀬の言葉が頭を駆け巡る。
……火葬というのは、有効な手段で……
……現実に干渉する物質や力なら……
秋臣は心を落ち着かせるために一度目を閉じ、それから再び目を開けた。
「俺たちの真後ろにいるんだな」
秋臣の言葉に、律は小さく頷く。秋臣は心を決めた。
――もうずいぶん、実験でさえ、力を使おうとしていない。
それでも、この時だけは、律と、七瀬を逃がすためにも、必要な力であるから。
どうか幽霊に効いてくれ、と祈りつつ、秋臣は半身を翻して両手をかざす。
「おとなしく逝ってくれ」
秋臣の両手からは赤い炎が噴出した。
それは、記憶の中と同じく、罪深いほど美しかった。まばゆかった。
しかし、おぞましくはなかった。
それは、日中だったからかもしれないし、規模が違うからかもしれない。そうだとしても、やっぱり、あの火事の炎とはどこか一線を画す火だった。
「――もう十分だよ」
七瀬が秋臣の腕に触れる。
「八咫烏が、幽霊の干渉がなくなったって。たぶん、違う世界へ行ったのだろうと」
それはつまり、自分の死を認めて死後の世界へ行くことができたということ。
少なくとも、あの幽霊にはもう、律は悩まされなくてよくなったということ。
秋臣は両手をだらりと下げ、がくっと膝をついた。精神と肉体ともども、疲労していた。七瀬がそっと秋臣の身体を支える。
もう、秋臣の炎は消えていた。
「……そういう、ことですか」
律が呆然自失から我に返り、独り言のように言った。
「あなたが……おれの家に火をつけたんですか」
秋臣の出す炎は、他の人間の目にも見える。先ほどの光景を見て、律の記憶が刺激されたとしても、おかしくはなかった。
その可能性も頭の隅にあったが、それでも秋臣は、力を使ったのだ。
律の顔は、複雑な感情でぐちゃぐちゃだった。
「八年前、ここで出会ったあの友達は、あなただったんだ。久世……そう、季節の名前が入った、秋臣という名前」
律は、秋臣にも七瀬にも口を挟む隙を与えなかった。
「何で火をつけたんですか。おれの父が久世家を調査していたからですか。父は何か、久世家について情報をつかみかけていた。そう聞いています。それを表に出されると困るから、あなたはおれに近づいて、それで家ごと邪魔なものを消そうとした。その恐ろしい力で!」
騙してたんだ! あんたは悪魔だ……
その時、律は突然、昏倒したようにどさりと倒れた。
秋臣は驚いて駆けよるが、七瀬は落ち着いて言った。
「八咫烏が気絶させたんだ。興奮した精神は、律くんにとってもよくないから。大丈夫、少し経てば目覚めるよ」
確かに、秋臣が抱き起した律の鼓動は規則正しく、事情を知らなければ、ただ眠っているようにも見える。
「秋臣、さっきの律くんの言葉だけど」
七瀬の言葉の続きは予想がついたので、先回りして秋臣は言った。
「知ってる。さっき、全部、うちの祖母から聞いてきた」
秋臣の知った事実を、七瀬も妖経由で調べ、知ったのだろう。
秋臣は自嘲した笑みを浮かべた。
「あれは本当に、ある意味では放火事件だったんだよな。当時、隣町で起きていた不審火に関係のある、な。でも、犯人は捕まらなかった。なぜなら」
それを起こしたのは、人間じゃなかったからさ。
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