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5.悪役令嬢、炎上する
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「どう思う?」
互いに配信中の音声を一時カットしたのを確認して、私は小声で尋ねた。
「おもしろそうじゃないですか! いつもは深夜帯にしか登場しないノワたんが明るい時間に降臨なんて、絶対話題になると思います」
エマは、アバター越しにもわかるほど悪戯っぽく笑う。
「でも、バザーの様子をどうやって配信するの?」
「私がやりますよ。リリンの声は文字を打ち込んで出力していますから、バザーの様子をミロワール・ヴィヴィアンで映しながら声を出さずに伝えられます。ノワたんは、それを見ながら話せばいいんです」
エマはノリノリだ。
「配信に少しタイムラグを作って、同じ場所に長時間とどまらないようにすればバレませんよ」
「そう。それなら……」
私は一拍置いて、画面に向き直り、音声をオンにする。
「ご提案ありがとう。社会のためにできることがあるのは、素敵なことだわ。でも……」
少しだけ間を置く。
「顔出しはしないわよ?」
そう言うと、コメント欄が一斉にわっと湧く。
《ノワたんが街に》《会いに行きたい!》《俺たちの聖女が社会貢献!》
またコメントがすごい勢いで流れていった。
「あ、あの、でも、私は――」
現地には行かないと言おうとしたのに、《ノワたんの屋台食レポ楽しみにしてる》《ノワたんのおすすめしてくれたらすぐに売り切れそう》《一気に楽しみが増えた》とすでにシエルノワールも現地に行く想定で話が進んでしまう。
「た、楽しみにしているわ。それと、当日のスパチャはすべて募金させてもらうわね。それじゃ、今夜はこの辺りで。ぐっすり眠るのよ、子羊ちゃんたち」
そう締めくくって、私は配信を終了させた。
「ど、どうしよう……」
「セレノア様は優しいですねえ」
エマがくすくすと笑う。
「きっと今のあなたを見たら誰も非難しませんよ。でも初めての現地生配信を成功させるべく、なんとかしますからね!」
今はエマの言葉を信じるしかない。
***
そしてチャリティーバザー当日。
エマの『場面転換』の力で、私たちは一瞬で王都へ移動する。宿に部屋を取り、私の配信はそこで行う。
早速、エマから送られてきた動画を確認すると、同じように現地生配信をする者が多く、彼女だけが目立つことはないようで安心した。
「ノワたん、見てほしいにゃ! このジャム、ハーブ入りにゃすよ!」
予定通り、エマは文字を素早く打ち込んで現地の様子を伝えてきた。
『それは珍しいわね。リリン、味見できるのかしら?』
「できるみたいにゃ~! あま……すっぱ……うわ、口の中が春になったにゃね……!」
画面の中の黒猫のアバターが、耳をぴょこぴょこと動かして、食べ歩きの喜びを全身で表現している。
市場には屋台が立ち並び、焼き菓子の甘い香りや、焼き立てパンの匂いが風に運ばれてくる。子羊たちからのコメントもひっきりなしだ。
《こういうイベント、大事よね》
《リリン食べすぎではw ノワたんの分も残しといて》
《シエルノワール様はどこにいるの?》
「ノワたんは、空の上から見守ってるにゃ。黒猫リリンが代わりに走るのにゃん!」
エマの即興の返しにコメント欄が《www》で埋まる。
その後も、彼女はいろいろな店に顔を出す。子どもたちが作ったビーズのアクセサリー店、魔法植物の鉢植え店、古道具屋、革細工の店など、さまざまだ。
配信中もスパチャは途切れなく飛んでくるが、その中にポンコツ紳士さんの名前はなかった。
それもそのはずで、王族は例年通りバザーに視察にやってくることになっているから、のんびり配信を見ているわけにはいかないのだ。
やはりイヴェインは真面目だなと思って、自然と口角が上がる。
画面の中ではエマが、燻製ソーセージの屋台で店主のおじさまに胡椒の配合について熱心に質問している。その耳と尻尾がくるくる動くたび、コメント欄もわちゃわちゃと沸き立った。
《リリンの食レポもけっこう好き》
《早くノワたんにも食べさせて!》
いい雰囲気だった。誰もが配信を楽しんでいる。
だからこそ、私は安心しきっていたのかもしれない。
「ノワたん、戻ったにゃ~! はい、ホットパイとソーセージ、あと、これもおまけで貰っちゃったにゃ」
扉がノックされ、紙袋を抱えたエマが顔を覗かせた。
「ありがとう、リリン」
画面の中ではまだホットパイを買っている様子だったので、私はカメラを自分のものに切り替える。今度は私が食レポをする番というわけ。
「香ばしい匂いが食欲をそそるわね。では、いただきます」
実際にお腹が空いていたので、私はパイにかじりついた。
その時――。
「うっそ。もしかしてセレノア・ディアルカ?」
野太い声とともに、大柄の男が部屋に入ってきた。
私とエマは、ハッとして立ち上がる。
「部屋を間違えていますよ!」
エマが大きな声で叫び、男を睨みつけた。
「はぁ~、なるほど。王太子に捨てられた者同士で組んでたってわけ? みんな、見てみろ。シエルノワールの正体は、あの悪女セレノア・ディアルカだぞ!」
男は手に魔導具――おそらく最近開発された小型のミロワール・ヴィヴィアンを、私たちに向けてニヤニヤと笑う。その魔導具は発光し、映像がしっかりと記録されているのは考えなくてもわかる。
「エマ、どうして――」
「わ、わかりません。ちゃんと周りにバレないように気をつけてたのに……」
エマは大きく首を横に振った。
「配信を見ながら、次にどこに行くか予測したんだよ。それに俺はグルメ系ミロチューバ―でね。移動する燻製ソーセージの匂いを追いかけてきたんだ」
男は得意げに、テーブルに置いたままのソーセージを指さした。
――どういう特殊能力持ちよ!
ゲーム内にこんな癖の強いキャラはいなかったはずなのに。
私は悔しさで唇を噛む。
「ほら、ほら、すっげー! 同接記録更新だぜ! もっとスパチャ投げてくれよ!」
燻製ソーセージ男はゲラゲラと笑い、カメラを自分の顔に向けて勝ち誇った笑みを浮かべる。
私は面紗を剥ぎ取った。今更こんなものをつけても意味がない。
――初めての現地生配信で炎上するなんて。
――終わった。今、国中の大勢の人間が失望していることだろう。
どんな誹謗中傷の言葉が書かれているか、確かめるのがこわくて自身の配信チャンネルのコメントを見ることができない。
ここまで築いてきたものが、音を立てて崩れていく。
――悪役令嬢は、結局何をしても破滅への道を歩むしかないの?
「今更いい子ぶったって、無駄、無駄。俺たちを騙してすみませんでしたって、土下座してみろよ」
「カメラを止めてください!」
エマが必死に訴えても、燻製ソーセージ男は再びこちらに魔導具を向けてくる。
「もう……いいわ、エマ。『セレノア』を幸せにしてあげたかったけど、無理みたい。ここでお別れよ」
私は微笑を浮かべると、ミロワール・ヴィヴィアンを手にして窓を開けた。
「早まっちゃだめ!」
エマの叫びが背中に飛んできたが、私は躊躇いなく窓枠を蹴る。
――大丈夫。このまま誰も知らない町まで逃げて逃げて逃げて、どれだけ時間がかかっても絶対に幸せになってみせるから。
魔法で空を飛ぶくらい造作のないことだし。シエルノワールは空に還るだけ、なんてね。
――ああ、目の奥が熱い。
逃げることしかできないなんて、悔しい。でも、ここにはもう居場所がないのだから仕方がない。
「セレノア!」
落下する体を浮かせようと思った瞬間、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできて、私は魔法をかけ損なった。
「きゃぁっ――」
「『ウィンディリーテ』!」
途端に体がふわりと軽くなり、すんでのところで私は魔法の詠唱主の腕の中に、横抱きの格好でそっと収まる。
恐る恐る目を開ければ、陽の光に反射してキラキラと輝くプラチナブロンドが、風に揺れるのが見えた。澄んだ空色の瞳の中には、戸惑う私の顔が映っている。
「イヴェイン……」
私は、震える声で自分を抱き留めてくれた彼の名を口にした。
互いに配信中の音声を一時カットしたのを確認して、私は小声で尋ねた。
「おもしろそうじゃないですか! いつもは深夜帯にしか登場しないノワたんが明るい時間に降臨なんて、絶対話題になると思います」
エマは、アバター越しにもわかるほど悪戯っぽく笑う。
「でも、バザーの様子をどうやって配信するの?」
「私がやりますよ。リリンの声は文字を打ち込んで出力していますから、バザーの様子をミロワール・ヴィヴィアンで映しながら声を出さずに伝えられます。ノワたんは、それを見ながら話せばいいんです」
エマはノリノリだ。
「配信に少しタイムラグを作って、同じ場所に長時間とどまらないようにすればバレませんよ」
「そう。それなら……」
私は一拍置いて、画面に向き直り、音声をオンにする。
「ご提案ありがとう。社会のためにできることがあるのは、素敵なことだわ。でも……」
少しだけ間を置く。
「顔出しはしないわよ?」
そう言うと、コメント欄が一斉にわっと湧く。
《ノワたんが街に》《会いに行きたい!》《俺たちの聖女が社会貢献!》
またコメントがすごい勢いで流れていった。
「あ、あの、でも、私は――」
現地には行かないと言おうとしたのに、《ノワたんの屋台食レポ楽しみにしてる》《ノワたんのおすすめしてくれたらすぐに売り切れそう》《一気に楽しみが増えた》とすでにシエルノワールも現地に行く想定で話が進んでしまう。
「た、楽しみにしているわ。それと、当日のスパチャはすべて募金させてもらうわね。それじゃ、今夜はこの辺りで。ぐっすり眠るのよ、子羊ちゃんたち」
そう締めくくって、私は配信を終了させた。
「ど、どうしよう……」
「セレノア様は優しいですねえ」
エマがくすくすと笑う。
「きっと今のあなたを見たら誰も非難しませんよ。でも初めての現地生配信を成功させるべく、なんとかしますからね!」
今はエマの言葉を信じるしかない。
***
そしてチャリティーバザー当日。
エマの『場面転換』の力で、私たちは一瞬で王都へ移動する。宿に部屋を取り、私の配信はそこで行う。
早速、エマから送られてきた動画を確認すると、同じように現地生配信をする者が多く、彼女だけが目立つことはないようで安心した。
「ノワたん、見てほしいにゃ! このジャム、ハーブ入りにゃすよ!」
予定通り、エマは文字を素早く打ち込んで現地の様子を伝えてきた。
『それは珍しいわね。リリン、味見できるのかしら?』
「できるみたいにゃ~! あま……すっぱ……うわ、口の中が春になったにゃね……!」
画面の中の黒猫のアバターが、耳をぴょこぴょこと動かして、食べ歩きの喜びを全身で表現している。
市場には屋台が立ち並び、焼き菓子の甘い香りや、焼き立てパンの匂いが風に運ばれてくる。子羊たちからのコメントもひっきりなしだ。
《こういうイベント、大事よね》
《リリン食べすぎではw ノワたんの分も残しといて》
《シエルノワール様はどこにいるの?》
「ノワたんは、空の上から見守ってるにゃ。黒猫リリンが代わりに走るのにゃん!」
エマの即興の返しにコメント欄が《www》で埋まる。
その後も、彼女はいろいろな店に顔を出す。子どもたちが作ったビーズのアクセサリー店、魔法植物の鉢植え店、古道具屋、革細工の店など、さまざまだ。
配信中もスパチャは途切れなく飛んでくるが、その中にポンコツ紳士さんの名前はなかった。
それもそのはずで、王族は例年通りバザーに視察にやってくることになっているから、のんびり配信を見ているわけにはいかないのだ。
やはりイヴェインは真面目だなと思って、自然と口角が上がる。
画面の中ではエマが、燻製ソーセージの屋台で店主のおじさまに胡椒の配合について熱心に質問している。その耳と尻尾がくるくる動くたび、コメント欄もわちゃわちゃと沸き立った。
《リリンの食レポもけっこう好き》
《早くノワたんにも食べさせて!》
いい雰囲気だった。誰もが配信を楽しんでいる。
だからこそ、私は安心しきっていたのかもしれない。
「ノワたん、戻ったにゃ~! はい、ホットパイとソーセージ、あと、これもおまけで貰っちゃったにゃ」
扉がノックされ、紙袋を抱えたエマが顔を覗かせた。
「ありがとう、リリン」
画面の中ではまだホットパイを買っている様子だったので、私はカメラを自分のものに切り替える。今度は私が食レポをする番というわけ。
「香ばしい匂いが食欲をそそるわね。では、いただきます」
実際にお腹が空いていたので、私はパイにかじりついた。
その時――。
「うっそ。もしかしてセレノア・ディアルカ?」
野太い声とともに、大柄の男が部屋に入ってきた。
私とエマは、ハッとして立ち上がる。
「部屋を間違えていますよ!」
エマが大きな声で叫び、男を睨みつけた。
「はぁ~、なるほど。王太子に捨てられた者同士で組んでたってわけ? みんな、見てみろ。シエルノワールの正体は、あの悪女セレノア・ディアルカだぞ!」
男は手に魔導具――おそらく最近開発された小型のミロワール・ヴィヴィアンを、私たちに向けてニヤニヤと笑う。その魔導具は発光し、映像がしっかりと記録されているのは考えなくてもわかる。
「エマ、どうして――」
「わ、わかりません。ちゃんと周りにバレないように気をつけてたのに……」
エマは大きく首を横に振った。
「配信を見ながら、次にどこに行くか予測したんだよ。それに俺はグルメ系ミロチューバ―でね。移動する燻製ソーセージの匂いを追いかけてきたんだ」
男は得意げに、テーブルに置いたままのソーセージを指さした。
――どういう特殊能力持ちよ!
ゲーム内にこんな癖の強いキャラはいなかったはずなのに。
私は悔しさで唇を噛む。
「ほら、ほら、すっげー! 同接記録更新だぜ! もっとスパチャ投げてくれよ!」
燻製ソーセージ男はゲラゲラと笑い、カメラを自分の顔に向けて勝ち誇った笑みを浮かべる。
私は面紗を剥ぎ取った。今更こんなものをつけても意味がない。
――初めての現地生配信で炎上するなんて。
――終わった。今、国中の大勢の人間が失望していることだろう。
どんな誹謗中傷の言葉が書かれているか、確かめるのがこわくて自身の配信チャンネルのコメントを見ることができない。
ここまで築いてきたものが、音を立てて崩れていく。
――悪役令嬢は、結局何をしても破滅への道を歩むしかないの?
「今更いい子ぶったって、無駄、無駄。俺たちを騙してすみませんでしたって、土下座してみろよ」
「カメラを止めてください!」
エマが必死に訴えても、燻製ソーセージ男は再びこちらに魔導具を向けてくる。
「もう……いいわ、エマ。『セレノア』を幸せにしてあげたかったけど、無理みたい。ここでお別れよ」
私は微笑を浮かべると、ミロワール・ヴィヴィアンを手にして窓を開けた。
「早まっちゃだめ!」
エマの叫びが背中に飛んできたが、私は躊躇いなく窓枠を蹴る。
――大丈夫。このまま誰も知らない町まで逃げて逃げて逃げて、どれだけ時間がかかっても絶対に幸せになってみせるから。
魔法で空を飛ぶくらい造作のないことだし。シエルノワールは空に還るだけ、なんてね。
――ああ、目の奥が熱い。
逃げることしかできないなんて、悔しい。でも、ここにはもう居場所がないのだから仕方がない。
「セレノア!」
落下する体を浮かせようと思った瞬間、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできて、私は魔法をかけ損なった。
「きゃぁっ――」
「『ウィンディリーテ』!」
途端に体がふわりと軽くなり、すんでのところで私は魔法の詠唱主の腕の中に、横抱きの格好でそっと収まる。
恐る恐る目を開ければ、陽の光に反射してキラキラと輝くプラチナブロンドが、風に揺れるのが見えた。澄んだ空色の瞳の中には、戸惑う私の顔が映っている。
「イヴェイン……」
私は、震える声で自分を抱き留めてくれた彼の名を口にした。
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