春の記憶

宮永レン

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 私はそちらに目をやって「もう、行かないと」と言って歩き出した。

 泣きそうなところを悠樹に見られたくなかった。

「美和」

 静かに悠樹の声が聞こえた。

 振り向くと、彼は大きな手を振って微笑んでいた。

「幸せになれよ」

 ぽつりと言った、その顔はあの頃と変わらない笑顔で。

 せっかく我慢してきたのに、涙があふれてしまった。それは堰を切ったように止まらない。

「泣くなよ。電車来たぞ」

 私は両手の甲で涙をぬぐった。

「うん。元気で……」

 おそらく、悠樹と会うことはもうないと思う。

 でも、今日再会できたことは決して後悔していない。

 私は悠樹のことを忘れないだろう。それは過去にしがみつくという意味ではない。

 こんなにも切ないくらい好きだと思える人に出会えたことに、感謝する。

 そして、きっと、同じくらい秋野のことも好きになっていくだろう。

 時間はかかるかもしれない。でも、彼は待っていてくれるはずだ。

 車窓から見える海が遠ざかっていく、まるで自分の過去のようだと思った。

 それならばこれから向かう先は未来――

 不思議と、以前のような不安や迷いはなくなっていた。

 私はオレンジ色の花弁に目を落とす。

 傾く太陽に照らされ、まぶしいくらいに輝いていた。

 人の気持ちは変わる――しかし、記憶は、思い出は決して色褪せることはない。

 春の記憶は、鍵をかけて大切に仕舞っておこう。
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