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82 あなたに今日会えて良かったです

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ムズムズする。
頬が上がるような喜び、嬉しさみたいな期待が、どんどん膨らんでくる。
それなのに、矛盾のようにドキドキして上手く口が開かない。あんなに話したい事があったのに!

どうしちゃったんだろう?
この高揚感は何だろう?
久しぶりの友達に会えて嬉しいという気持ちってこんな感じなの?

手から伝わる熱が、全身を駆け巡って余計に意識して、私の口を邪魔する。う~、アレコレ頭の中が疑問だらけ。


「…ハンカチ、ありがとう。とても嬉しかった。御礼の手紙や…いや、何も出来なくて申し訳なかった」

また手が震えている…
私の高揚感が落ち着いてくる。
そんな重要なことじゃないのに、何故そんなに緊張しているの?

「あの、大丈夫ですよ。私は宛名書きしたわけではありません。ハンカチは置いた物でして…拾ってくれたのですね。風に飛ばされてもいいと思っていて、この前のお菓子の御礼をしたくて…あ、何を言ってるのかしら。あの…良かったです。きちんと届いて。
見ました?月下美人さん!とても絶対君主感がありましたでしょう?」

その横顔に笑いかけた。
話し始めたら、止まれない。
どんどん溢れてくる。
こちらを見たわ。良かった。少し驚き顔だけど。

「絶対君主…って言うけど、あれはただ威張っているみたいじゃなかったか?」

あら、震えが止まってる…
流石月下美人さんだわ!

「いえ、階段の上に君臨するお姿ですわ」

「えっ!?あれ階段だったのか?私はてっきり椅子だと思っていたが」

「何故月下美人さんが椅子に座るんですか!それこそ変でしょう?擬人化ですよ」

「確かに。でもあの葉を少しカーブさせているのは、ちょっと萎ってないか。私の月下美人の葉はピンと伸びているよ」

あらあら、普通に…今までみたいに話が出来る。良かった。嬉しい。楽しい。

「あれは、あえてです。あの方が葉という植物を表現出来て可愛いじゃないですか」

「いやいや、可愛いと表現した時点で擬人化だな。やはり真実を描写した方が、次の文化祭の刺繍コンテストに選出されると思うよ。今回の猫も顔から手が出るなんてありえないだろう?」

まぁ、購入者様がまさかのクレーム!?
それにオリジナルデザインをあんなに喜んでくれていたではありませんか!

「あれは、首を描いたら首チョッキンでそちらの方が、怖いじゃないですか!手を書いたのは、みんな仲良くです。可愛いです!オリジナルなのですから、現実ではなくて、誇張作品ですわ」

「わかるけど…いや、しかしグレゴリー達は、呪いのとか魔除けとか言っていたし…」

「なんて失礼な!…もう、あの可愛さがわからないなんて、剣を振る人は粗暴なんですわ!前にお義兄様が言っていた通りです。感性が合わないのです!」

言い合いをしながら、薬草の温室に入る。後ろに護衛騎士がいるのに…チラッと見たら、肩が揺れている。

「それは言いすぎだよ。剣を振るうからといって芸術を好む者は多くいる」

「まぁ、アンドル王子様は、あちら側の味方なんですの、まさか、魔除けの為にあのハンカチを喜んで戦利品だと言ってくださったのですか?嬉しいとかってまさかハンカチとしての実用じゃなくて、私な事馬鹿にしていたとか?友達に嘘を吐くなんて、信じられないわ」

顔を背けた。
別に本気で怒っているわけではなくて。何となく私よりもグレゴリー様の方が、友達として意見を聞いているのかと…私

少し面白くない…
私は、かなりあなたを思っていたのですけど。本当に、心配していたのよ。

「えっ、怒ったの?誤解だし、違う、よ。そんな不貞腐れないでくれよ。…ミランダ嬢の作品は、個性的だから、私はあの独特の感性が好きだ。思い返すと、確かにグレゴリー達は、お菓子の美しさや植物の色合い、そう、情緒がない奴らだし、確かに感性が合わないな。うん、あれは大変可愛いかったな。見つけた時の喜びは今も忘れられないよ…宝物だ。笑顔になる。ミランダ嬢、本当だよ。可愛いよ」

可愛い!?連呼!

私じゃない、ハンカチのことよ!
わかるでしょう!
なのに…
ドキドキが止まらない!
収まっていた熱がまた戻ってくるじゃないですか…
どうしましょう…大丈夫、スーパー眼鏡はつけている。
今更王子様を見ることができない。顔に熱が集中しているわ!

と思っていると、いきなり私の顔を覗き込んできた。

「キャッ」

思わず出た言葉に、王子様は笑いだす。

「プッフフフ、頬が真っ赤だな、ミランダ嬢。もう、怒らないでくれよ。反省している。言葉がすぎた…私は友達の味方だ」

そんな風に言わないでよ。この熱も胸の鼓動も収まっていないの…

「…もう、グレゴリー様達もお友達だから、少し味方したのでしょう?ふふふ、仕事ばっかりの関係ではないのですね。良かったわ。色々話せる方達ではありませんか!側近と友達という境界線は難しいかもしれませんが、ずっと仲良くして素晴らしいです。友達は大事だから!私も今回凄くアンドル王子様を考えたり、思っていたのですから!」

「えっ!?」

「そんな驚くことですか?考えてみて下さい。私から『お友達になりましょう』と言ったのですよ。やっぱり友達に会えないって寂しいじゃないですか!だから、その寂しさを紛らすために、ハンカチに刺繍をしたんです」

堂々と月下美人さんを刺繍した意味を話し、胸を張る。
特に聞かれてもいないことなのに、今日はとても饒舌になってしまう。
後から考えれば、とても恥ずかしいことを言っているのに、久しぶりに会えた事で気分が上昇してしまっていた。
会えた事で嬉しくて、私は馬鹿になっていたのかも…

「寂しさを紛らしてくれたの?」

「えっ!?」

今度は私が驚いた。
その言葉だけを切り抜くと、まるで…

「私を思って刺繍を刺してくれたの?」

そんな風に言われてしまうと、それは答えに詰まる言い方で…

「違うの?月下美人のハンカチは、先程言ったようにただ置いた、置き忘れのような物だったの?良かった、届いてというのは嘘なの?」

責められている?いきなりグワッと壁に追い詰められたみたいだ。

「それは…
その…急にお友達と会えないと思ったら…あれもまだ話してない、この話の続きがあったとか振り返ると楽しくて、そう考えると寂しくなって…
考えて見ると学校でも、アンドル王子様が現れてくれた時しか話す機会がないことに気づいて…
何かしていないとモヤモヤしてしまったんです…あのハンカチは、もし風に飛ばされても、それで良いとあの時は思って、今、こうやって話が出来るのは、もしかして、ハンカチを受け取ってもらえたから…時間を作ってくれたのですか?お義父様に頼んで?」

いつのまにか、私達は、歩くのを止めていた。そういえば、私達は薬草を見ていない…
お互いしか見えてない…

「うん、どうしても御礼が言いたかった…どうしても話がしたかった。また、私の我儘にみんな付き合わされた形だよね。丁度シュワルツがレオンとギクシャクしていると聞いて利用させて貰った…」

「えっ?レオン達がメインじゃないのですか?」

「あぁ、こうなるように…二人で話をさせてもらえるように頼みました。イズリー伯爵には申し訳ないなとは思ったけど、どうしても、もう一度きちんと話がしたかった。聞いていると思うが…今度婚約者を決める名目で夜会を開く。招待状は侯爵家以上の未婚女性を予定している…
婚約者を決めるつもりは、ないのだけど。違う目的があって会を開かないとならないんだ。目的があって招待状を送るのに、今誰か令嬢と二人で会うのは、誠意がないから…だけど目撃されても、自分の言葉で御礼を言いたくて、だからまだ発表していない今ならとお願いした」

無理してくれたのね。

「忙しい中、今日という時間を作って下さりありがとうございます。…義兄と落ち込んだり喧嘩したりしていないようなので安心しました。私も話せて良かったです」


気づくと無音の世界に入っていた。

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