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しおりを挟む私の手にはカシスオレンジが入ったグラス。水瀬課長はライチサワーで、小宮主任はビール。
「笑わせないで、下さいよ…っ」
水瀬課長が持っているグラスを見て、苦しそうに笑う小宮主任は「女子ですか」なんて突っ込んで目尻に浮かんだ涙を拭った。
それに、怒りを顕にした水瀬課長が「ビールとかじじくせえ」なんて言い返した。だけど、やっぱり馬鹿にされたことが恥ずかしいのだろう。まだ、お酒を一口も口にしていないのに、頬がほんのりと赤く染まっていた。
そんなやりとりに、私の中でのイメージがいとも簡単に崩れ去る。
水瀬課長はすごく厳しくて、笑わないイメージがあった。それに、仕事にしか興味が無いんだと思っていた。聞いた噂だと、32歳で独身らしいし。それなのに、そんな噂なんて噂に過ぎないと思うくらいに可愛い一面がある。女の子みたいなチョイスのお酒に、ほんのりと染まる頬。会社では絶対に見たことがない柔らかい笑み。
水瀬課長と真逆な小宮主任は、すごく優しくて、だけど作り笑顔を浮かべているようなイメージがあった。困っている人がいたらすぐに手を差しのべる王子様のような人だと思っていた。そのイメージは変わらないのだけど、みんなが恐れる水瀬課長をイジってみたり、涙を浮かべるほど笑ったりと。作り笑顔じゃない笑顔が無邪気で、子供のようで。
2人ともいい意味で大きく私のイメージを超えていった。文句を言い合っている2人だけど、それは本心じゃないのだろうと、今なら分かる気がした。
「乾杯しましょう!はい、乾杯!」
少しだけテンションが高い小宮主任がそう言ってから3人でグラスを軽くぶつけて、それからグラスを口元に運ぶ。
「ぷはー、生き返る!」
ビールを1回で半分ほど飲んだ小宮主任がそう言って、
「本当じじくせぇな」
なんてライチサワーを一口飲んだ水瀬課長が言った。
「課長はライチサワーでしたっけ。女子じゃないですか、ウケる」
「ウケねぇよ」
そんな顔に似合わないようなやりとりを見ていると笑ってしまうのは当然で。くすりと声を漏らせば、水瀬課長が私を見た。そこで、バチりと目線が絡み合う。
本当に綺麗な顔してるなぁとか、32歳には見えないなぁとか、そんなことを考えながらも目を逸らさずにいれば、水瀬課長が照れたように笑った。
「そんなに見んなよ…」
それから、囁くようにそう言った水瀬課長に、一瞬ドキッとしてしまった。
「うわ、キモイですよ課長。照れてるんですか。」
私が謝るよりも先にそう言った小宮主任はニヤニヤという表現が一番合うであろう緩んだ笑みを見せた。
「照れるだろ、そりゃ…てかお前、さり気なくキモイって言っただろ?」
「言いましたよ?でもよく考えてくださいね、今、相馬さんとここにいれるのは誰のおかげだと思いますか?」
「……小宮、」
「よくわかってるじゃないですか」
そう言って鼻で笑った小宮主任に、水瀬課長が「くっ…」と声にならない声を漏らした。
黒い!黒いですよ小宮主任!ていうか、なんで私?さっきも水瀬課長のタイプとかどうとか言っていたけど、全然意味がわからない。
そんなことを自分から聞くなんて出来なくて、手元にあるカシスオレンジを流し込んだ。
「飲み放題なんだからたくさん飲まなきゃね」なんて言った小宮主任が、私と水瀬課長が飲めそうな種類のお酒を何種類かと、ビールを3杯まとめて頼んだ。
料理と一緒に運ばれてきた何個もの色とりどりなグラス。もはや、どれがどれだかわからないそれに、色だけで味を想像して手を伸ばす。
「相馬さん、じゃんじゃん飲もう」
「ありがとうございます!」
久しぶりのお酒と、一緒に飲んでくれる人がいる嬉しさに、お酒が進む。
水瀬課長はあんまりお酒が強いわけじゃないようで、少しずつ飲んでいた。そんな水瀬課長を尻目に、私はお酒を流し込む。
正直、ヤケになっていた。だって私、平永さんたちに何もしてなくない?なのに、なんであんな目に合うのよ、なんて。それと同時に、私を甘やかしてくれる2人に思い切り甘えているのもある。現に私、酔っ払って素を出してしまってるから。
「本当に平永しゃんむかつく!」
「そうだよね。人を使うなんて最低だよ。俺がちゃんとどうにかするからね」
「わかってくれますか小宮主任!さすがれすね!ありがとおございます!」
「…相馬、大丈夫か?」
「らいじょぶにきまってるじゃないれすか~!水瀬課長はもう飲まないんれすか?」
「…おう。お前ももうやめとけよ?」
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。ねぇ、相馬さん」
「そうれすよ、水瀬課長!」
酔っ払った私は、自分でも止められないくらいにテンションが高くなり、誰彼構わず絡む習性がある。そしてそれを、後から反省するのだ。
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