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維新電信②
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その夜である。
当てはないが、明後日の方には行かないだろうと思い、今朝に切られた辺りを見回った。
「まずは高さが問題だ。電信線にいられては、刀はおろか槍も届かん」
恐ろしいのはその後なんだと、コンコは不安を滲ませているが、リュウは頼もしそうに「大丈夫だ、任せておけ」と言ってみせた。
耳を澄ませつつ電信柱を辿って歩いていると、かすかにゴォッという旋風の音が聞こえた。
「あっちだ!」
音の方へと走っていくと、渦に囲まれた電信線が細切れになってバラバラと地面に落ちていく。
今朝と同じ光景だ。
渦は凄まじい速さで回転しているが、進む速度はそれほどでもなく、切断される電信線の真下に追いついた。
リュウは袂から玩具の凧を取り出して、電信線を意気揚々と進行する渦を狙って投げ飛ばした。
渦が凧を吸い込むと、つながっている凧糸を巻き込んでいった。手元の巻糸が痩せるにつれて、渦は白さを増していく。
「犠牲は如何ともし難いが、奴が電信線に巻き付いているから出来る手段だ。もうじき音を上げることだろう」
目に見えるほどの糸が絡むと、旋風はピタリと止んだ。細長いものが空中に静止したと思うと、バラバラの電信線が散らばる地面へと落下した。
あやかしの身体は細長く、まるで切られた電信線の親玉のようである。
「やった!」
凧糸でがんじがらめになり、遠目には白く見えるそれは、茶色い毛で覆われていた。
「さあ、これで同じ土俵だ!」
リュウが刀を構えると、地面をのたうち回っていたそれは、長い身体を起こして立ち上がった。怒りのあまり眉間に皺が寄り、口を大きく開けて牙を剥き、喉の奥から鋭い息を吐いている。
だらりと下ろしていた手を上げると、背負っていた凧も、身体に巻き付いた凧糸も一瞬にして粉々になりハラハラと舞い散って、そいつの足元を覆った。
今度は手をこちらに向けてきた。
手からは、鎌が生えていた。
「電信の近くで遊んじゃいけないんだぞ!」
「神妙にせい、かまいたち!」
今にも飛びかかろうと身をかがめ、かすれた声で威嚇した。
切っ先を正面に向けたその瞬間、かまいたちが姿を消した。
キキキッと笑い声がする方を振り返ると、着物を、その下の皮膚までもが薄く切られていた。
再び刀を構えると、かまいたちは身体を丸めて弾けるように飛びかかった。
真正面に捉えるが、刃は虚しく交差させた鎌に当たる。かまいたちは軌道を変えて着地した。
素早い上に、的が小さく、両手の鎌が邪魔だ。
だが、確かに捉えている。そう、奴は視線の先にしか飛んでこない。
しかし何故、こいつは電信ばかりを狙うのか。
──そうか、電信!──
「いいかコンコ、何があろうと祝詞を絶やすな」
コンコは緊張の面持ちでコクンと頷くと、踊るように祝詞を唱えた。
じりじりと足を滑らせるリュウを、かまいたちの視線が追いかけた。
ピタリと止まって掴んだ柄に力が込められる。
かまいたちは向き直り、身体を縮めるとリュウ目掛けて弾け飛んだ。
ハッとして目を見開いたのは、かまいたち。
正面にいた侍の姿が消えて、代わりに映るのは電信柱。
己がつけた勢いに抗うことは敵わず、両手の鎌は電信柱に深々と突き刺さる。
鎌を引き抜こうと歯を食いしばり身体を丸めると、踏ん張った脚が電信柱から離れて落ちた。
霊力を失い、ネズミに姿を変えたかまいたち。ひっくり返りながら電信柱から落ちる最中、目に映ったのは横一文字に刀を振り抜いた侍だった。
「リュウ、着物が……お腹を切られているよ!?」
「薄皮一枚だ、大したことはない。このネズミがかまいたちだ、封じてくれ」
コンコが壺にかまいたちを納めていると、忙しないブーツの音が響いてきた。警官に違いない。
「コンコ、この場は俺に任せてくれ」
「リュウ、僕も──」
「大丈夫だ、かまいたちを納めに行ってくれ」
警官たちを率いていたのは、あの尊大な態度の警部だった。
「ふん、貴様か。よく会うな」
明らかに見下すような態度である。
リュウは無実を証明すべく、垂れ下がった電信線に刀を振るったが、ぶらぶらとするだけで少しの傷も付けられない。
「なまくらだろうと関係ない。ままごと侍、今日はこってり絞ってくれるわ」
「その前に、俺も色々と思い出したことがある」
リュウは警部に肩をぶつかる寸前まで寄せて、耳元でボソッとつぶやいた。
「春風楼のお鶴が世話になったな」
警部は心臓を掴み取られたようにギクリとし、顔を引きつらせて固まった。
「水揚げ前から可愛がってくれたじゃないか」
ガチガチと歯を鳴らす警部からサーベルを抜き取り、その柄で帽子を跳ね上げた。
「お鶴のことが、死ぬまで忘れられんだろう」
じっとりと汗が浮いた額には、横一文字に入れられた傷跡があった。遊郭の用心棒だった頃に、リュウが脅しに付けた刀傷である。
背中を向けてサーベルを振るうと、垂れ下がっていた電信線が雷鳴を受けたように跳ね落ちた。
「心得があるなら、わかるだろう。比べてみよ」
サーベルを鞘に戻すと警部が腰を抜かし、その場にヘナヘナとへたり込んだ。
神社のコンコを迎えるためリュウは踵《きびす》を返し、颯爽とその場を後にした。
棒立ちになった警官たちは、その背中を見送ることしか出来なかった。
当てはないが、明後日の方には行かないだろうと思い、今朝に切られた辺りを見回った。
「まずは高さが問題だ。電信線にいられては、刀はおろか槍も届かん」
恐ろしいのはその後なんだと、コンコは不安を滲ませているが、リュウは頼もしそうに「大丈夫だ、任せておけ」と言ってみせた。
耳を澄ませつつ電信柱を辿って歩いていると、かすかにゴォッという旋風の音が聞こえた。
「あっちだ!」
音の方へと走っていくと、渦に囲まれた電信線が細切れになってバラバラと地面に落ちていく。
今朝と同じ光景だ。
渦は凄まじい速さで回転しているが、進む速度はそれほどでもなく、切断される電信線の真下に追いついた。
リュウは袂から玩具の凧を取り出して、電信線を意気揚々と進行する渦を狙って投げ飛ばした。
渦が凧を吸い込むと、つながっている凧糸を巻き込んでいった。手元の巻糸が痩せるにつれて、渦は白さを増していく。
「犠牲は如何ともし難いが、奴が電信線に巻き付いているから出来る手段だ。もうじき音を上げることだろう」
目に見えるほどの糸が絡むと、旋風はピタリと止んだ。細長いものが空中に静止したと思うと、バラバラの電信線が散らばる地面へと落下した。
あやかしの身体は細長く、まるで切られた電信線の親玉のようである。
「やった!」
凧糸でがんじがらめになり、遠目には白く見えるそれは、茶色い毛で覆われていた。
「さあ、これで同じ土俵だ!」
リュウが刀を構えると、地面をのたうち回っていたそれは、長い身体を起こして立ち上がった。怒りのあまり眉間に皺が寄り、口を大きく開けて牙を剥き、喉の奥から鋭い息を吐いている。
だらりと下ろしていた手を上げると、背負っていた凧も、身体に巻き付いた凧糸も一瞬にして粉々になりハラハラと舞い散って、そいつの足元を覆った。
今度は手をこちらに向けてきた。
手からは、鎌が生えていた。
「電信の近くで遊んじゃいけないんだぞ!」
「神妙にせい、かまいたち!」
今にも飛びかかろうと身をかがめ、かすれた声で威嚇した。
切っ先を正面に向けたその瞬間、かまいたちが姿を消した。
キキキッと笑い声がする方を振り返ると、着物を、その下の皮膚までもが薄く切られていた。
再び刀を構えると、かまいたちは身体を丸めて弾けるように飛びかかった。
真正面に捉えるが、刃は虚しく交差させた鎌に当たる。かまいたちは軌道を変えて着地した。
素早い上に、的が小さく、両手の鎌が邪魔だ。
だが、確かに捉えている。そう、奴は視線の先にしか飛んでこない。
しかし何故、こいつは電信ばかりを狙うのか。
──そうか、電信!──
「いいかコンコ、何があろうと祝詞を絶やすな」
コンコは緊張の面持ちでコクンと頷くと、踊るように祝詞を唱えた。
じりじりと足を滑らせるリュウを、かまいたちの視線が追いかけた。
ピタリと止まって掴んだ柄に力が込められる。
かまいたちは向き直り、身体を縮めるとリュウ目掛けて弾け飛んだ。
ハッとして目を見開いたのは、かまいたち。
正面にいた侍の姿が消えて、代わりに映るのは電信柱。
己がつけた勢いに抗うことは敵わず、両手の鎌は電信柱に深々と突き刺さる。
鎌を引き抜こうと歯を食いしばり身体を丸めると、踏ん張った脚が電信柱から離れて落ちた。
霊力を失い、ネズミに姿を変えたかまいたち。ひっくり返りながら電信柱から落ちる最中、目に映ったのは横一文字に刀を振り抜いた侍だった。
「リュウ、着物が……お腹を切られているよ!?」
「薄皮一枚だ、大したことはない。このネズミがかまいたちだ、封じてくれ」
コンコが壺にかまいたちを納めていると、忙しないブーツの音が響いてきた。警官に違いない。
「コンコ、この場は俺に任せてくれ」
「リュウ、僕も──」
「大丈夫だ、かまいたちを納めに行ってくれ」
警官たちを率いていたのは、あの尊大な態度の警部だった。
「ふん、貴様か。よく会うな」
明らかに見下すような態度である。
リュウは無実を証明すべく、垂れ下がった電信線に刀を振るったが、ぶらぶらとするだけで少しの傷も付けられない。
「なまくらだろうと関係ない。ままごと侍、今日はこってり絞ってくれるわ」
「その前に、俺も色々と思い出したことがある」
リュウは警部に肩をぶつかる寸前まで寄せて、耳元でボソッとつぶやいた。
「春風楼のお鶴が世話になったな」
警部は心臓を掴み取られたようにギクリとし、顔を引きつらせて固まった。
「水揚げ前から可愛がってくれたじゃないか」
ガチガチと歯を鳴らす警部からサーベルを抜き取り、その柄で帽子を跳ね上げた。
「お鶴のことが、死ぬまで忘れられんだろう」
じっとりと汗が浮いた額には、横一文字に入れられた傷跡があった。遊郭の用心棒だった頃に、リュウが脅しに付けた刀傷である。
背中を向けてサーベルを振るうと、垂れ下がっていた電信線が雷鳴を受けたように跳ね落ちた。
「心得があるなら、わかるだろう。比べてみよ」
サーベルを鞘に戻すと警部が腰を抜かし、その場にヘナヘナとへたり込んだ。
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