稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

文字の大きさ
11 / 64

プルガサリ①

しおりを挟む
 ピンと張った糸を歯で切って、針山に針を刺す様子を、コンコが恨めしそうに指を咥えて見つめていた。
「簡単そうに見えたのになぁ……」
 かまいたちに切られたリュウの着物を、コンコがつくろうと言ったのだ。やらせてみれば糸を針に通せない、指を何度となく刺すといった有様で、結局リュウが繕った。
「やったこともないのに、どうしてできる」
「リュウって器用なんだね」
「俺がやらなければ、誰がやると言うのだ」
 そう言うリュウも、指を刺していた。侍らしく痩せ我慢をしていたのだ。
 プツリと浮かぶ赤い点を見て、コンコがリュウの指をパクリと咥えた。
「お、おい。やめろ」
「へっへぇ、お揃いだ」

 照れ隠しでもするように、リュウが顔をそらして畳をさすった。
「しかし、うちの針はどこへいったのか、見つけなければ危なくて仕方ない」
「ヤモリが食べちゃったのかなぁ」
 食べたかどうかは別にして、コンコの言うようにヤモリが壁を這っていた。
「そんな馬鹿な、ヤモリが針を食うか」

 借りた針を隣家に返すと、ちょうど朝餉を済ませたところだった。
パク殿、かたじけない」
「お侍さん、気にしないで。助け合いだよ」
「ああっ! 坊やがご飯で遊んでる! めっ!」
「コンコ、朝鮮では食べ残すのが礼儀だ。この子は残った飯粒で、よく遊んでいるぞ」
 リュウに諭されても、農耕の神として少し腑に落ちないコンコである。

 横浜港の発展で、みすぼらしい家ばかりだったリュウの近所にも立派な家が建ってきた。
 大岡川沿いにぶらぶら歩くと今日も家を建てていた。大工の会話が聞こえてくる。
「おい、釘が無ぇんだが知らねぇか」
「そこにあるだろうよ」
「違う違う、使おうとして出した釘だよ」
 うろうろと釘を探し回っていると「うわっ」と言って両手を広げて片足立ちをした。
「トカゲを踏んづけちまった」
「気のせいだろ? ピンピンしてやがるぞ」
 確かにトカゲは、大工の足元から物陰へササッと走って消えていった。
「へへっ、釘はトカゲが食っちまったんだ」
と、もうひとりの大工がコンコと同じ冗談を言ったので、リュウがプッと笑いを漏らすと、コンコが頬を膨らせた。

 日ノ出町までやってきた頃には、昼餉の時間である。味噌汁の匂いが漂ってきて、何を食べようかと話していると、道端で七輪を出す人がいた。
 夕餉には魚を焼こうか伊勢佐木町で買おうかと話していると、また失せ物があった様子だ。
「火箸が無いよ、あんた知らないかい?」
「知らねぇよ、出し忘れたんだろう」
「んなわけないよ、いっつもここに挿してるよ。まいったねぇ、火を起こしちまったってぇのに」
「しょうがねぇなぁ、隣に借りなよ。おーい、善さんよぉ!」
 そんな様子をコンコとリュウと、その向かいで日向ぼっこしている蛇が横目に見ていた。

 細かな失せ物は珍しくないが、こうも続くと心に引っ掛かるものがある。
 妙なこともあるものだ、そういう厄日なんだよと話しつつ、伊勢佐木町でめぼしい飯屋か屋台がないかと探す。

 風鈴の音がチリンチリンと耳をくすぐった、蕎麦の屋台だ。昼間から歩いているとは、ありがたい。
「蕎麦をくれ、ふたつだ」
「僕、きつねがいい!」
 へぇ、と言って蕎麦を鍋に投じた。ぐらぐらと沸いた鍋の中で、蕎麦がぐるぐる踊っている。
 コンコはそれを夢中になって見つめているが、リュウは慣れぬ音色が気になっていた。
「鉄風鈴か」
「へぇ、南部の特注にございます」
「それは珍しい。ならば南部の蕎麦なのか」
「もちろん! 殿様に献上したものと同じです。稼いで店を構えるつもりでやっておりますので、どうぞご贔屓に。ささ、できました」
 南部鉄風鈴が世に出るのは、大正・昭和以降である。関東に出て南部の蕎麦で身を立てると故郷を後にした折に、餞別にと作ってくれたそうだ。

 蕎麦を食い勘定をして、激励してから後にすると、屋台の軒から短い紐が垂れていた。
「風鈴が無い!!」
 蕎麦屋が血相を変えて、地べたを這って風鈴を探すがどこにもない。店の看板にして象徴であり贈ってもらった特注だから大慌てである。
 大事な品だからとコンコもリュウも探していると、漬物石のような大きなカエルとコンコの目が合った。
 すると大きな口から鉄風鈴が「ばぁっ」と吐き出された。
「あったよ」
 ベタベタになった風鈴をつまみ上げ、蕎麦屋に返すと何度も何度も頭を下げられた。

 伊勢佐木町で魚を買って家へと帰る道すがら、カエルが風鈴を食べていたと言ったから、リュウは呆れた顔をした。
「そう見えただけだろう」
「だって、カエルのよだれでベタベタだったよ」
「紐が切れて、濡れたところに落ちたのだろう」
「本当にカエルが食べていたのに……」
 いくら言ってもリュウは信じてくれず、コンコは少しムッとしていた。

 そんなふたりを走って追い抜く男がいた。彼が一軒の飯屋に飛び込むと、ドタンバタンガチャンガチャンと激しい物音が鳴り響き、続いて怒号が轟いた。
 どうしたものかと覗いて見ると、先ほどの男と店の主が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「一体どうした」
 リュウの声掛けに、襟袖を掴み合ったまま手を止めて、目尻を吊り上げ訴えた。
「うちの店から鍋が無くなったんですよ。きっとこいつの仕業に違いない」
「誰が手前の鍋なんぞ盗むか! 地の利だけで味は大したことない癖に」
「言ってくれたな! この野郎!!」
 リュウが「やめろ!」と一喝した。
 鍋を探せばよかろうと、店を改めてみたものの男の鍋は見つからない。あらぬ疑いを掛けたことを詫びさせて店を出ると、真っ青な顔を引きつらせた男が走っていた。

 伊勢佐木町は賑やかな町だが、今日はいつもと違って、どうもおかしい。
 走る男を目で追うと「化け物だ!」と叫ぶものだから、コンコとリュウは彼を追い掛ける羽目になった。
「化け物はどこだ! どんな奴だ!」
「大岡川に浮島みたいなトカゲが泳いで、背中はゴツゴツで、口はこーんなに! 大きくて……」
 目を剥いてあたふた喋る男は、口の話で両手を広げた。男が走ってきた方へ、コンコとリュウは向かっていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...