稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

文字の大きさ
13 / 64

延遼館①

しおりを挟む
 陸蒸気の三等車で浮かない顔をするリュウを、コンコが横目で心配そうに見つめていた。

「今、朝鮮は難しいときだ。ツテはあるが、首を縦に振るかはわからない。まぁ、とにかく聞いてみるよ」
 困り顔の高島に封じたプルガサリを託すと、次の仕事が相談された。
「それで申し訳ないが、次の仕事は東京なのだ」
「…東…京…」
「浜離宮の延遼館だ。政府が西洋の要人を迎える接待所なのだが、婦人が倒れる事態が起きているそうだ」

 不平士族から西洋人を守る迎賓館で、新政府のために働くのだ。
 元彰義隊士には避けたい仕事だろう、コンコは断ろうと口を開いた。
 リュウは、それより先に期待を裏切った。

 新橋停車場に降り立ったリュウは、東京の景色を眺めるだけで一歩も動こうとしなかった。
 明治8年、元隊士・小川興郷おきさとの願いによって彰義隊士の墓が上野の山に建立されたが、風当たりはまだまだ強い。
「リュウ。まだ早いけど、行きたいところはないの?」
「そうだなぁ。コンコは、あんパン食べたくないか? 木村屋という店だ、評判だぞ?」
 小さく頷くコンコの頭を、リュウがそっと撫でて微笑んだ。
 かつての仲間を墓前で弔える日が早く来ればと願いつつ、ふたり並んで銀座へ向かった。

 浜離宮は甲府徳川家下屋敷、将軍家別邸を経て幕末には幕府海軍伝習屯所になった。榎本武揚たけあきが五稜郭を目指した船は、幕府海軍の船だった。
 上野の山から逃げ切れたなら、リュウもその船に乗っていたのかも知れない。

 明治政府が樹立すると、ここにあった寺社風で木骨石造の建物を改装して明治2年、外国人接待所として使用することとなった。
 これが延遼館である。
 かの有名な鹿鳴館は、建設開始が明治13年で完成するのは明治16年。今は明治9年だから、影も形もない。

 リュウはタキシード。身体にまとわりつく洋装に慣れない上、刀を背中に忍ばせているので身動きが取りづらく、眉をひそめている。
 コンコは赤いドレスを身にまとう。可愛らしい服を着れて、嬉しそうである。
「参りましょう、お嬢様」
「いざ参らん、延遼館へ!!」
 コンコがビシッと指を差したので、リュウは顔を歪めてそっと耳打ちをした。
「コンコ、言葉遣いが変だ。真面目にやれ」
「リュウこそ、僕をお嬢様なんて言うから……」

 今回はコンコが高島の令嬢で、リュウが従者という設定なのだ。小屋のような家に住むふたりにとって雲の上のような世界なので、振る舞い方がわからず調子が狂ってしまう。
 また、いつかのように上野で見たと言われてはたまらないが、妙な視線は感じない。洋装で誤魔化せているのか、前線にはいなかったのか、そのどちらかだろう。

 令嬢コンコと従者リュウが緊張をわずかに解くと、贅を尽くして着飾った日本人の夫婦がやって来た。
「どちらのお嬢様かしら?」
「横浜から参りました、高島コンコお嬢様です」
「紺子ちゃんと仰るの。可愛いわねぇ、おいくつなの?」
「僕!? さんびゃ…むぐ」
「お嬢様、ご冗談が過ぎますよ」
 コンコは嘘が言えないのかと、リュウは苦笑いするばかりである。

 晩餐会の席で西洋人が「東京の夜空は美しい」と言ったらしく、月明かりの下で舞踏会が催されることになった。
 聞いたことのない西洋の音楽が演奏されると、西洋人の男女が互いの手の平を合わせて踊りはじめた。
 日本人も続くが、見様見真似の手本である。
 背筋が伸びて手足が長い西洋人の踊りを、猫背ガニ股で手足が短い日本人がやったところで格好がつかない。
 そんな様子を西洋人はチラチラと見て、扇子の下でクスクスと笑っている。

 真似事ばかりの日本人も情けないが、嘲笑する西洋人は許せないと、リュウは怒りに震えるのをこらえて奥歯を噛み締めた。
「西洋人め、馬鹿にしおって」
 するとコンコがリュウの手を取った。
「リュウ、僕と踊って見返そうよ」
 そのままふたりは舞踏会の中央に飛び出すと、楽団は驚きのあまり演奏を中断してしまった。

 月下で向き合う令嬢と従者に注目が集まった。
「コンコ、俺は踊りを知らないぞ」
「大丈夫、僕に合わせて」
 するとコンコは扇子を広げて膝を折った。
 音楽が奏でられると立ち上がり、リュウの手を取り高く掲げ、その場で回りはじめたのだ。
 パッと手を離すと、名残惜しそうに手を伸ばし足を滑らせ、リュウの胸へと帰ってくる。

 これは巫女舞だ!

 つないだ手の向きで、次はどう動くのかリュウに指示がなされる。ただそれだけで動けるのは、互いの信頼関係がなせる技であった。
 次第にリュウから動けるようになると、コンコは笑顔を見せて踊り続けた。
 演奏と舞が同時に終わると、ふたりに拍手の嵐が降り注いだ。
「なぁんだ、踊れるじゃない」
「面目躍如を果たせたな」

 ひとりの老人がふたりの前に歩み出ると、拍手はようやく鳴り止んだ。
「素晴らしい踊りでした、同じ日本人として感謝します。そこで、お嬢様に贈り物をしたいのですが……」
 それは小さな赤い靴だった。
「わぁ! 可愛い~!」
と、コンコはひと目で気に入って、さっそく足に合わせてみた。
「凄い! あつらえたようにピッタリだ!」
「運命でございましょうか、それとも靴がお嬢様を選んだのか。これは不思議な靴でして、足ではなく人を選ぶのです」

 老人の妙な発言を聞いて、リュウの眉がピクリと跳ねた。
 しかし、リュウの手はコンコにさらわれた。
「リュウ! この靴で踊りたい!」
 ブンチャカブンチャカかき鳴らされる音楽に、老人の姿はかき消されていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...