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深夜特急②
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暗いブレーキ車の中で、リュウはガックリと首を垂れていた。
「すまぬ、コンコ。ダメだった……」
コンコは余程心配したのだろう、リュウが無事に戻ってきて安心している様子だった。
「リュウ、もう危ないからやめようよ。輪入道は走っているだけだし、横浜駅に着けば満足するに違いないよ」
「いや、ダメだ。他の列車を止めたから衝突せずに済んでいるのだ。放っておけば、いずれ大きなことが起きる」
リュウのキッパリした物言いに、コンコは返す言葉がなくなって、拳を握ってうつむいていた。
列車は多摩川を渡っていた。眼下では黒い水面が月を映し出している。
「コンコ、投げ文の紙はまだあるか」
「まだあるけど……」
「川崎には、もう入ってしまうな。鶴見までには何とかしよう」
そう言ってリュウが書いた投げ文は、読んでもどのような策なのかサッパリわからなかった。
「奥の手だ、今はこれしか思いつかん」
車内から重しになりそうな小石を拾い、投げ文を巻き付けた。
鶴見川を渡ったところで窓を開け、呆気にとられ棒立ちになっている駅員に投げ文を託した。
「電信を頼む!!」
リュウは再び、ブレーキ車の扉を開けて屋根に上がっていった。
「コンコ、行ってくる」
コンコは不安と心配いっぱい抱いて、リュウの無事を祈っていた。
「気をつけてね、リュウ」
そう言いながらもコンコは、前進しようとしたリュウを引き止めた。
「リュウ! 僕は、どうしていればいい……?」
「打ち合わせた通りにすれば、それでいい。それとも、わからないことがあるのか?」
コンコは、噛んだ唇を弾けるように開いた。
「そうじゃなくて! 僕は……」
もじもじしているコンコに、リュウはふんわりと微笑んだ。
「俺の無事を祈ってくれよ、神様」
コンコは輪入道より燃えたぎる瞳をし、力強くうなずいた。
屋根を伝いデッキに降りて、輪入道直後の客室に潜んだ。
輪入道は忘れっぽいのか熱しやすく冷めやすいのか、リュウのことなどすっかり忘れ、走ることに夢中になって高らかに笑っている。
リュウは車窓をじっと見つめていた。あともう少しで、東海道の町並みが消える。
青木橋!
神奈川駅だ!
全速力で驀進する列車は、後ろへ引っ張られる衝動に襲われた。コンコがブレーキを掛けて減速しはじめたのだ。
輪入道は、ふぬぅっ!! と鼻から火炎を吹いて車輪を力強く回転させた。
締めた車輪が引きずられて悲痛な叫びを上げるブレーキ車では、コンコが祝詞を唱えはじめた。
リュウの刀が輝きだした。
湧き出る水に触れているような溢れる霊力の感覚が、柄を握った手を包み込んだ。
腕の血潮が炭酸水のように沸く。
何故この感覚に耐えられるのか、不思議でならないとリュウ自身が思うほどの霊力だ。
リュウは乗降台に躍り出た。
列車は海上線路を左へ曲がっている。陸に戻り直進した先が横浜駅である。
リュウが刀を振り上げた。
それと同時に、輪入道が振り向いた。
禿げ頭に髭面、ギョロリとした目にあぐら鼻、ぬめぬめした真っ赤な唇がリュウに向けられた。
『貴様か! 邪魔をするのは!』
轟音を伴って火柱が立ち上がると、リュウは刀を振り下ろした。
リュウが斬ったのは、輪入道と客車の連結部分だった。
輪入道から切り離されて、牽引力を失った客車はブレーキの効果が増大し急減速をはじめた。
ブレーキが掛かった客車を無理矢理牽いていた輪入道は、枷になるものがなくなって急加速をしはじめた。
輪入道は失速する機会を逸したまま横浜駅構内へと飛び込んだ。
ホームに沿った線路は眠る列車が塞いでおり、転轍機は左側の留置線へと向けられていた。
そこは客車も貨車も陸蒸気も止まっておらず、輪入道のためだけに空けられていた。
投げ文でリュウが指示した通りの配置である。
高速を維持したままの輪入道は、線路の指示に従って素直に進入していった。
『うわぁあああああ!!』
輪入道が事態を把握し車輪を止めて絶叫したがもう遅い。
止まった車輪はレールの上を滑走し、車止めをぶち破り、高い柵を突き飛ばし、側道を横断した末、大岡川へと飛び込んでいった。
続いて客車が留置線へと進入し、構内に収まるように停車した。
「リュウ!!」
コンコはブレーキ車から、リュウの元へと駆けつけた。
先頭車の乗降台ではリュウがぐったりと倒れており、コンコが泣きそうになりながら揺さぶると禍々しい黒い霧が立ち上った。
輪入道に呪われたのだ。
「コンコ……俺のことはいい、早くあいつを封じてくれ」
コンコは涙を払うと、破られた塀を乗り越えて大岡川まで走っていった。
川面に浮かぶ輪入道は、目を回してピクピクと痙攣している。業火はすっかり消えており、燻る車輪がシュワシュワと音を立てていた。
コンコが川に飛び込んで、虚空から取り出した壺の口を輪入道に触れさせると、観念した様子で壺の中へと吸い込まれていった。
封印を済ませたコンコは、リュウの元へ戻っていった。
「リュウ!! しっかりして!!」
仰向けになったリュウは目から生気が失われ、気だるそうで全身の力が入らない。
「何、一度捨てた命だ……」
リュウが力なく自嘲すると、コンコはボロボロと涙を零して抱きしめた。火の玉のような激情を肌で感じて、満天の星空を見上げた。
「馬鹿!! 一度拾った命なんだよ!!」
「……そうだな、一度……違う、二度だ」
リュウは胸元から、小さな紙を取り出した。
此所勝母の里
そうコンコが書きつけた投げ文は、瘴気を吐きながらじわじわと黒く染まっていき、灰となって粉々に消えた。
「さすが、お稲荷様だ。御利益があったな」
コンコは涙を拭い笑ってみせるが、安堵と歓喜が瞳を潤ませ、溢れる激情が止まらなくなった。
「すまぬ、コンコ。ダメだった……」
コンコは余程心配したのだろう、リュウが無事に戻ってきて安心している様子だった。
「リュウ、もう危ないからやめようよ。輪入道は走っているだけだし、横浜駅に着けば満足するに違いないよ」
「いや、ダメだ。他の列車を止めたから衝突せずに済んでいるのだ。放っておけば、いずれ大きなことが起きる」
リュウのキッパリした物言いに、コンコは返す言葉がなくなって、拳を握ってうつむいていた。
列車は多摩川を渡っていた。眼下では黒い水面が月を映し出している。
「コンコ、投げ文の紙はまだあるか」
「まだあるけど……」
「川崎には、もう入ってしまうな。鶴見までには何とかしよう」
そう言ってリュウが書いた投げ文は、読んでもどのような策なのかサッパリわからなかった。
「奥の手だ、今はこれしか思いつかん」
車内から重しになりそうな小石を拾い、投げ文を巻き付けた。
鶴見川を渡ったところで窓を開け、呆気にとられ棒立ちになっている駅員に投げ文を託した。
「電信を頼む!!」
リュウは再び、ブレーキ車の扉を開けて屋根に上がっていった。
「コンコ、行ってくる」
コンコは不安と心配いっぱい抱いて、リュウの無事を祈っていた。
「気をつけてね、リュウ」
そう言いながらもコンコは、前進しようとしたリュウを引き止めた。
「リュウ! 僕は、どうしていればいい……?」
「打ち合わせた通りにすれば、それでいい。それとも、わからないことがあるのか?」
コンコは、噛んだ唇を弾けるように開いた。
「そうじゃなくて! 僕は……」
もじもじしているコンコに、リュウはふんわりと微笑んだ。
「俺の無事を祈ってくれよ、神様」
コンコは輪入道より燃えたぎる瞳をし、力強くうなずいた。
屋根を伝いデッキに降りて、輪入道直後の客室に潜んだ。
輪入道は忘れっぽいのか熱しやすく冷めやすいのか、リュウのことなどすっかり忘れ、走ることに夢中になって高らかに笑っている。
リュウは車窓をじっと見つめていた。あともう少しで、東海道の町並みが消える。
青木橋!
神奈川駅だ!
全速力で驀進する列車は、後ろへ引っ張られる衝動に襲われた。コンコがブレーキを掛けて減速しはじめたのだ。
輪入道は、ふぬぅっ!! と鼻から火炎を吹いて車輪を力強く回転させた。
締めた車輪が引きずられて悲痛な叫びを上げるブレーキ車では、コンコが祝詞を唱えはじめた。
リュウの刀が輝きだした。
湧き出る水に触れているような溢れる霊力の感覚が、柄を握った手を包み込んだ。
腕の血潮が炭酸水のように沸く。
何故この感覚に耐えられるのか、不思議でならないとリュウ自身が思うほどの霊力だ。
リュウは乗降台に躍り出た。
列車は海上線路を左へ曲がっている。陸に戻り直進した先が横浜駅である。
リュウが刀を振り上げた。
それと同時に、輪入道が振り向いた。
禿げ頭に髭面、ギョロリとした目にあぐら鼻、ぬめぬめした真っ赤な唇がリュウに向けられた。
『貴様か! 邪魔をするのは!』
轟音を伴って火柱が立ち上がると、リュウは刀を振り下ろした。
リュウが斬ったのは、輪入道と客車の連結部分だった。
輪入道から切り離されて、牽引力を失った客車はブレーキの効果が増大し急減速をはじめた。
ブレーキが掛かった客車を無理矢理牽いていた輪入道は、枷になるものがなくなって急加速をしはじめた。
輪入道は失速する機会を逸したまま横浜駅構内へと飛び込んだ。
ホームに沿った線路は眠る列車が塞いでおり、転轍機は左側の留置線へと向けられていた。
そこは客車も貨車も陸蒸気も止まっておらず、輪入道のためだけに空けられていた。
投げ文でリュウが指示した通りの配置である。
高速を維持したままの輪入道は、線路の指示に従って素直に進入していった。
『うわぁあああああ!!』
輪入道が事態を把握し車輪を止めて絶叫したがもう遅い。
止まった車輪はレールの上を滑走し、車止めをぶち破り、高い柵を突き飛ばし、側道を横断した末、大岡川へと飛び込んでいった。
続いて客車が留置線へと進入し、構内に収まるように停車した。
「リュウ!!」
コンコはブレーキ車から、リュウの元へと駆けつけた。
先頭車の乗降台ではリュウがぐったりと倒れており、コンコが泣きそうになりながら揺さぶると禍々しい黒い霧が立ち上った。
輪入道に呪われたのだ。
「コンコ……俺のことはいい、早くあいつを封じてくれ」
コンコは涙を払うと、破られた塀を乗り越えて大岡川まで走っていった。
川面に浮かぶ輪入道は、目を回してピクピクと痙攣している。業火はすっかり消えており、燻る車輪がシュワシュワと音を立てていた。
コンコが川に飛び込んで、虚空から取り出した壺の口を輪入道に触れさせると、観念した様子で壺の中へと吸い込まれていった。
封印を済ませたコンコは、リュウの元へ戻っていった。
「リュウ!! しっかりして!!」
仰向けになったリュウは目から生気が失われ、気だるそうで全身の力が入らない。
「何、一度捨てた命だ……」
リュウが力なく自嘲すると、コンコはボロボロと涙を零して抱きしめた。火の玉のような激情を肌で感じて、満天の星空を見上げた。
「馬鹿!! 一度拾った命なんだよ!!」
「……そうだな、一度……違う、二度だ」
リュウは胸元から、小さな紙を取り出した。
此所勝母の里
そうコンコが書きつけた投げ文は、瘴気を吐きながらじわじわと黒く染まっていき、灰となって粉々に消えた。
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