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人力車テンマツ①
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延遼館で踊り狂わされ、あやかし列車に揺さぶられ、コンコもリュウも疲れ切った様子である。
川に入ったコンコは鉄道員から着物を借りて、虚空から取り出した稲荷宝珠を手に持って、燃え盛る炎で服を乾かしていた。
「そんなことも出来るのか」
「まあね! 僕はお稲荷様だもん」
休憩を兼ねて鉄道員に何があったか話していると、あっという間に抜き去った外国人専用列車が到着した。
ふたりの姿を見かけると、興奮気味の西洋人が駅舎に押しかけ手を握られて、感謝の言葉を掛けられた。慣れない習慣、知らない言葉にコンコもリュウも困惑するばかりである。
「これからは、西洋人から依頼があるかもね」
「そうだな。西洋のあやかしと対峙することも、あるかも知れぬ。西洋に、あやかし退治を生業とする者は、おらぬのだろうか」
「どうかな? 聞いてみたいけど、言葉がわからないや」
西洋人からの礼も、鉄道員への説明も終えた頃にはコンコの服も乾いていたので、着物を返して駅を後にした。
いつもであれば、列車を降りた客を狙って人力車が駅を取り囲むように待機しているが、それらは皆、西洋人を乗せて行ってしまったのだろう。駅前には、誰ひとりいない寂しい景色が広がっている。
ふたりを待ってくれていたのは、ガス燈の灯りだけである。
リュウは、疲れを滲ませるコンコの顔をチラリと覗った。
「家まで一里もないが、歩いて帰るか?」
コンコは、命懸けの激戦を繰り広げたリュウを気遣った。
「リュウこそ、疲れているんじゃないかな?」
「俺は大丈夫だ。それよりコンコが」
「僕は大丈夫だよ。それよりリュウが」
「祝詞も稲荷宝珠も、霊力を使うのだろう」
「そりゃあ、そうだけど……リュウだって何度も霊力に耐えたんだから」
お互いの気遣いに、リュウの痩せ我慢が加わって、堂々巡りがはじまってしまった。
いずれにしろ近くに頼れる家はなく、人力車も止まっていないのだから、歩いて帰るしかない。
「ほら、コンコ」
と、リュウがしゃがんで背中を見せて、手の平を後ろに向けた。
「疲れているリュウに、おぶってもらえないよ」
と、言っても甘えたい気持ちもあって、コンコは迷いを見せている。
「遠慮するな、ほら」
リュウの広い背中が頼もしく見えて、コンコは我慢出来なくなった。嬉しそうに笑ってから肩に手を載せ、身体を寄せようとしたところで、あばら家ならば吹き飛んでしまいそうな深いため息が聞こえてきた。
コンコもリュウも、そちらの方に視線を向けずにはいられない。
駅舎の片隅で人力車夫がしゃがんで、吐き出す息のすべてをため息にしていたのだ。
声を掛けずにはいられない、と言うよりは声を掛けてほしくてやっているようだ。
何だ、いたのか。
素直に「いますぜ、乗っていきますか?」と声を掛ければ済むところ、貧乏そうな侍だから同情を買わなければ乗らないと思ったのだろうか。
「どうした」
車夫は恨めしそうな顔をリュウに向け、どうもこうもありませんよ、を枕に話をはじめた。
「あっしはね、ちょっと前まで旅をしながら様々ものを売っていました。ところが、うちの婆さんが身体を壊しちまった。旅で鍛えた脚を活かせる仕事はねぇかと、人力車夫に商売替えをしたんでさぁ」
なるほど、それは大変だとリュウは顔色ひとつ変えずに聞いていた。
「ところが昼間は婆さんを看なきゃならねぇ。あっしが走れるのは夜だけってことになるんです」
夜は客が少なく商売にならないのが、ため息の根源なのだろうか。
「ところが最近、上がりがパッタリなくなって、これじゃ暮らしもままならぬ。待っている場所が悪いのかって? そんなこたぁねぇ、こうやって陸蒸気に合わせて駅で網張ってまさぁ。港や呑み屋、客がいそうなところなら、どこへだって行きますぜ」
しかし、どうして生活相談のようなことをしているのだろう。
「周りの奴らはホイホイ乗せるが、あっしの車は客がつかずに、いつまで経っても動けやしねえ。今だって、どいつもこいつも気味悪がって、どういうわけだか尻尾を巻いて逃げやがる」
人に避けられる人力車とは、何とも不可解な話である。
「ねぇ旦那。人助けと思って、乗ってくれやしませんか。安くしますぜ」
「なるほどなぁ。そうしたいのは山々なのだが、どうも先約があるようだ」
はぁ? と言って車を見ると、人力車夫は悲鳴を上げて、遥か遠くへ逃げていった。
人力車には、巨大な顔が乗っていたのだ。
リュウが刀を抜くと、巨大な顔が怯えだした。
『旦那、あっしを斬るおつもりで!?』
「そうだ、車夫の話を聞いただろう。お前のせいで、商売も生活もままならなくなっておるのだ」
すると人力車は、ひとりでに後ずさって顔を、いや身体を、もとい人力車ごと横に振った。
『あっしはただ人を驚かせたかっただけで、車夫を困らそうとか、困っているとか、そんなことは知らなかったんですよ』
コンコとリュウは、顔を見合わせた。どうやら悪い奴ではなさそうだ。
「もしかして、人力車から降りられたりする?」
巨大な顔は歯を食いしばり、腫れぼったい目を見開いて、ふんふんと言って顔だけを左右に振りはじめた。
ふん! と鼻息を吹くとゴットン! と重たい音がして、人力車は無人になった。
「朧車だ」
川に入ったコンコは鉄道員から着物を借りて、虚空から取り出した稲荷宝珠を手に持って、燃え盛る炎で服を乾かしていた。
「そんなことも出来るのか」
「まあね! 僕はお稲荷様だもん」
休憩を兼ねて鉄道員に何があったか話していると、あっという間に抜き去った外国人専用列車が到着した。
ふたりの姿を見かけると、興奮気味の西洋人が駅舎に押しかけ手を握られて、感謝の言葉を掛けられた。慣れない習慣、知らない言葉にコンコもリュウも困惑するばかりである。
「これからは、西洋人から依頼があるかもね」
「そうだな。西洋のあやかしと対峙することも、あるかも知れぬ。西洋に、あやかし退治を生業とする者は、おらぬのだろうか」
「どうかな? 聞いてみたいけど、言葉がわからないや」
西洋人からの礼も、鉄道員への説明も終えた頃にはコンコの服も乾いていたので、着物を返して駅を後にした。
いつもであれば、列車を降りた客を狙って人力車が駅を取り囲むように待機しているが、それらは皆、西洋人を乗せて行ってしまったのだろう。駅前には、誰ひとりいない寂しい景色が広がっている。
ふたりを待ってくれていたのは、ガス燈の灯りだけである。
リュウは、疲れを滲ませるコンコの顔をチラリと覗った。
「家まで一里もないが、歩いて帰るか?」
コンコは、命懸けの激戦を繰り広げたリュウを気遣った。
「リュウこそ、疲れているんじゃないかな?」
「俺は大丈夫だ。それよりコンコが」
「僕は大丈夫だよ。それよりリュウが」
「祝詞も稲荷宝珠も、霊力を使うのだろう」
「そりゃあ、そうだけど……リュウだって何度も霊力に耐えたんだから」
お互いの気遣いに、リュウの痩せ我慢が加わって、堂々巡りがはじまってしまった。
いずれにしろ近くに頼れる家はなく、人力車も止まっていないのだから、歩いて帰るしかない。
「ほら、コンコ」
と、リュウがしゃがんで背中を見せて、手の平を後ろに向けた。
「疲れているリュウに、おぶってもらえないよ」
と、言っても甘えたい気持ちもあって、コンコは迷いを見せている。
「遠慮するな、ほら」
リュウの広い背中が頼もしく見えて、コンコは我慢出来なくなった。嬉しそうに笑ってから肩に手を載せ、身体を寄せようとしたところで、あばら家ならば吹き飛んでしまいそうな深いため息が聞こえてきた。
コンコもリュウも、そちらの方に視線を向けずにはいられない。
駅舎の片隅で人力車夫がしゃがんで、吐き出す息のすべてをため息にしていたのだ。
声を掛けずにはいられない、と言うよりは声を掛けてほしくてやっているようだ。
何だ、いたのか。
素直に「いますぜ、乗っていきますか?」と声を掛ければ済むところ、貧乏そうな侍だから同情を買わなければ乗らないと思ったのだろうか。
「どうした」
車夫は恨めしそうな顔をリュウに向け、どうもこうもありませんよ、を枕に話をはじめた。
「あっしはね、ちょっと前まで旅をしながら様々ものを売っていました。ところが、うちの婆さんが身体を壊しちまった。旅で鍛えた脚を活かせる仕事はねぇかと、人力車夫に商売替えをしたんでさぁ」
なるほど、それは大変だとリュウは顔色ひとつ変えずに聞いていた。
「ところが昼間は婆さんを看なきゃならねぇ。あっしが走れるのは夜だけってことになるんです」
夜は客が少なく商売にならないのが、ため息の根源なのだろうか。
「ところが最近、上がりがパッタリなくなって、これじゃ暮らしもままならぬ。待っている場所が悪いのかって? そんなこたぁねぇ、こうやって陸蒸気に合わせて駅で網張ってまさぁ。港や呑み屋、客がいそうなところなら、どこへだって行きますぜ」
しかし、どうして生活相談のようなことをしているのだろう。
「周りの奴らはホイホイ乗せるが、あっしの車は客がつかずに、いつまで経っても動けやしねえ。今だって、どいつもこいつも気味悪がって、どういうわけだか尻尾を巻いて逃げやがる」
人に避けられる人力車とは、何とも不可解な話である。
「ねぇ旦那。人助けと思って、乗ってくれやしませんか。安くしますぜ」
「なるほどなぁ。そうしたいのは山々なのだが、どうも先約があるようだ」
はぁ? と言って車を見ると、人力車夫は悲鳴を上げて、遥か遠くへ逃げていった。
人力車には、巨大な顔が乗っていたのだ。
リュウが刀を抜くと、巨大な顔が怯えだした。
『旦那、あっしを斬るおつもりで!?』
「そうだ、車夫の話を聞いただろう。お前のせいで、商売も生活もままならなくなっておるのだ」
すると人力車は、ひとりでに後ずさって顔を、いや身体を、もとい人力車ごと横に振った。
『あっしはただ人を驚かせたかっただけで、車夫を困らそうとか、困っているとか、そんなことは知らなかったんですよ』
コンコとリュウは、顔を見合わせた。どうやら悪い奴ではなさそうだ。
「もしかして、人力車から降りられたりする?」
巨大な顔は歯を食いしばり、腫れぼったい目を見開いて、ふんふんと言って顔だけを左右に振りはじめた。
ふん! と鼻息を吹くとゴットン! と重たい音がして、人力車は無人になった。
「朧車だ」
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