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春風楼①
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気が進まない仕事には困ったものだが、断ってしまうと暮らしに困る。結局、依頼はふたつ返事で受けるしかない。
「ここがリュウの前の仕事場かぁ」
高島嘉右衛門が埋め立てた海上線路沿いの高島町遊郭。しかもリュウの古巣、春風楼からの依頼である。
コンコは格子越しの着飾った美女たちを、軒先にズラリと並んだ真っ赤な提灯を、贅沢に煌々と照らされる部屋の灯りを、そしてそんな廓がひしめき合う不夜城の様相をポカンと見回して、開いた口が塞がらない。
店に上がると暗く重たい雰囲気が漂っており、何故か番頭の姿がない。端々に目をやれば、塵や蜘蛛の巣が目につく。
店自体に異変があったのは、間違いない。
すると突然、嵐のような黄色い声に包まれた。格子の中にいた遊女たちが押し寄せてきたのだ。
「今までどこに行っていたの!?」
「ひどいわ、急にいなくなるなんて……」
「寂しくて、夜ごと枕を濡らしたわ……」
女たちが一斉にリュウへとすり寄って、身体をピッタリ密着させて、艶めかしい眼差しを向けていた。リュウはほとほと困った様子で、女たちの肩を掴んで剥がしている。
「ところで何その、ちっちゃいの」
打って変わって冷ややかな眼差しを向けられたコンコは、丸くしていた目を吊り上げ、ポカンと開いていた口からギリギリと歯を噛み鳴らした。
「高島の遣いの者です!!」
怒り任せのコンコの声に遊女たちが慌てて格子の中へ戻ると、遊郭の主人が番頭に支えられつつやってきた。
「お前さんだったのかい、あやかし退治っていうのは」
固く会釈するリュウを目にして、主人は幽霊に出くわしたような顔をした。クビにした男を頼る気不味さと、険が取れた顔つきに驚きを隠せないようである。
「話は高島から聞いております。大店の若旦那と西洋人が、神隠しに遭ったとか」
「……そうなんだよ。大旦那様も領事館も、えらい剣幕で毎日いらっしゃる。春風楼は吹けば飛ぶような小さな店だ。早くしなければお取り潰しになってしまう……」
主人はほとほと困った様子で、額の汗を拭っている。眠れていないのか目には深いくまがあり、頬もゲッソリと痩けている。
「同じ女が相手をしたのか」
「それぞれ別の遊女だよ、格も部屋も違う。ふたりとも厠に行くと言ったきり、姿を消したと言っているんだ」
そこまで話すと、主人の膝が力なく崩れ落ちたので、番頭が「お休みになってください」と奥の間へと連れていった。
「主人がいなければ仕方がない。頼みがあるのだが、聞いてくれるか」
女たちはリュウにピッタリ身を寄せて、潤んだ瞳をまばゆいばかりに輝かせながら
「はい、何なりと」
「何でも命じてくださいまし」
「よかったら、お部屋でゆっくり伺いますわ」
リュウはすり寄せられる柔肌を離し、やれやれ参ったなぁと頭をかいた。コンコは祟るような目つきでリュウを睨みつけ、ギリギリと歯を鳴らしていた。
女たちは、ガックリとうなだれた。頼みというのが、禿に扮したコンコが各部屋を改める、というものだったのだ。
可愛い上等の着物に上機嫌のコンコであるが、リュウはハラハラしていて落ち着かない。
「異変があれば別だが、客でなければ男は部屋に入れない決まりになっている。今はコンコだけが頼りなのだ」
「そんなことより、リュウ様はずいぶんおモテになるんですのね」
からかうようなコンコの言い方に、リュウは頬を染めつつムッとした。
「いい仲の方もいらしたのかしら、オホホホホ」
「……そんなものは、いない! クビになる!」
歯切れの悪さに悪戯っぽく笑いつつ、目の奥で火を燻ぶらせているコンコであった。
「冗談言っている場合か! 虱潰しに探すぞ!」
ということで禿のコンコが遊女にお茶を出し、神隠しについての情報を聞き出すこととなった。その間、リュウは廊下で待機する。
まず1階で控える遊女からコンコが話を聞いて回ったが、有力な情報は得られなかった。
「みんな優しいお姉さんなんだけど……悲しそうに笑うんだ」
重苦しそうに唇を噛むコンコの頭を、リュウはそっと撫でて慰めた。
「ここの女は、それぞれ理由があって来たのだ。家が貧しかったり、子が多かったり、食い扶持がなくなったり、幕府がなくなってから没落した家もある。親を思って、自ら売られに来た娘だっているほどだ」
コンコが小さく「そうなんだ」と言って、うつむいた。
300年に渡り天領を見守った稲荷狐だ。あの娘を見なくなったが、どこへ行ったのかと思うこともあっただろう。
それが今になって気付かされて、自分の無知を恥じ、厳しい現実に打ちひしがれていた。
「望んで来るところではないし、大変な仕事だ。しかしお互いの苦労を分かち合い、家族のようにやっておる。高官や金持ちに見初められて幸せを掴んだ女もいる。悪いことばかりではないさ」
姿を見なくなった娘たちが、そのような運命を辿っていたとしても、せめてリュウが言うような幸運に恵まれていればと、コンコは強く祈った。
「コンコ、今は行方知れずの者を探すのが先だ。2階に上がるぞ」
ふたりは音を立てないよう、静かに階段を上がっていった。
「ここがリュウの前の仕事場かぁ」
高島嘉右衛門が埋め立てた海上線路沿いの高島町遊郭。しかもリュウの古巣、春風楼からの依頼である。
コンコは格子越しの着飾った美女たちを、軒先にズラリと並んだ真っ赤な提灯を、贅沢に煌々と照らされる部屋の灯りを、そしてそんな廓がひしめき合う不夜城の様相をポカンと見回して、開いた口が塞がらない。
店に上がると暗く重たい雰囲気が漂っており、何故か番頭の姿がない。端々に目をやれば、塵や蜘蛛の巣が目につく。
店自体に異変があったのは、間違いない。
すると突然、嵐のような黄色い声に包まれた。格子の中にいた遊女たちが押し寄せてきたのだ。
「今までどこに行っていたの!?」
「ひどいわ、急にいなくなるなんて……」
「寂しくて、夜ごと枕を濡らしたわ……」
女たちが一斉にリュウへとすり寄って、身体をピッタリ密着させて、艶めかしい眼差しを向けていた。リュウはほとほと困った様子で、女たちの肩を掴んで剥がしている。
「ところで何その、ちっちゃいの」
打って変わって冷ややかな眼差しを向けられたコンコは、丸くしていた目を吊り上げ、ポカンと開いていた口からギリギリと歯を噛み鳴らした。
「高島の遣いの者です!!」
怒り任せのコンコの声に遊女たちが慌てて格子の中へ戻ると、遊郭の主人が番頭に支えられつつやってきた。
「お前さんだったのかい、あやかし退治っていうのは」
固く会釈するリュウを目にして、主人は幽霊に出くわしたような顔をした。クビにした男を頼る気不味さと、険が取れた顔つきに驚きを隠せないようである。
「話は高島から聞いております。大店の若旦那と西洋人が、神隠しに遭ったとか」
「……そうなんだよ。大旦那様も領事館も、えらい剣幕で毎日いらっしゃる。春風楼は吹けば飛ぶような小さな店だ。早くしなければお取り潰しになってしまう……」
主人はほとほと困った様子で、額の汗を拭っている。眠れていないのか目には深いくまがあり、頬もゲッソリと痩けている。
「同じ女が相手をしたのか」
「それぞれ別の遊女だよ、格も部屋も違う。ふたりとも厠に行くと言ったきり、姿を消したと言っているんだ」
そこまで話すと、主人の膝が力なく崩れ落ちたので、番頭が「お休みになってください」と奥の間へと連れていった。
「主人がいなければ仕方がない。頼みがあるのだが、聞いてくれるか」
女たちはリュウにピッタリ身を寄せて、潤んだ瞳をまばゆいばかりに輝かせながら
「はい、何なりと」
「何でも命じてくださいまし」
「よかったら、お部屋でゆっくり伺いますわ」
リュウはすり寄せられる柔肌を離し、やれやれ参ったなぁと頭をかいた。コンコは祟るような目つきでリュウを睨みつけ、ギリギリと歯を鳴らしていた。
女たちは、ガックリとうなだれた。頼みというのが、禿に扮したコンコが各部屋を改める、というものだったのだ。
可愛い上等の着物に上機嫌のコンコであるが、リュウはハラハラしていて落ち着かない。
「異変があれば別だが、客でなければ男は部屋に入れない決まりになっている。今はコンコだけが頼りなのだ」
「そんなことより、リュウ様はずいぶんおモテになるんですのね」
からかうようなコンコの言い方に、リュウは頬を染めつつムッとした。
「いい仲の方もいらしたのかしら、オホホホホ」
「……そんなものは、いない! クビになる!」
歯切れの悪さに悪戯っぽく笑いつつ、目の奥で火を燻ぶらせているコンコであった。
「冗談言っている場合か! 虱潰しに探すぞ!」
ということで禿のコンコが遊女にお茶を出し、神隠しについての情報を聞き出すこととなった。その間、リュウは廊下で待機する。
まず1階で控える遊女からコンコが話を聞いて回ったが、有力な情報は得られなかった。
「みんな優しいお姉さんなんだけど……悲しそうに笑うんだ」
重苦しそうに唇を噛むコンコの頭を、リュウはそっと撫でて慰めた。
「ここの女は、それぞれ理由があって来たのだ。家が貧しかったり、子が多かったり、食い扶持がなくなったり、幕府がなくなってから没落した家もある。親を思って、自ら売られに来た娘だっているほどだ」
コンコが小さく「そうなんだ」と言って、うつむいた。
300年に渡り天領を見守った稲荷狐だ。あの娘を見なくなったが、どこへ行ったのかと思うこともあっただろう。
それが今になって気付かされて、自分の無知を恥じ、厳しい現実に打ちひしがれていた。
「望んで来るところではないし、大変な仕事だ。しかしお互いの苦労を分かち合い、家族のようにやっておる。高官や金持ちに見初められて幸せを掴んだ女もいる。悪いことばかりではないさ」
姿を見なくなった娘たちが、そのような運命を辿っていたとしても、せめてリュウが言うような幸運に恵まれていればと、コンコは強く祈った。
「コンコ、今は行方知れずの者を探すのが先だ。2階に上がるぞ」
ふたりは音を立てないよう、静かに階段を上がっていった。
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