猛毒の花と愛

栗菓子

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第2章 海の世界

第8話 猛毒の王

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『猛毒の王』それは一部の世界で妄信的に崇拝されている神の別名でもあった。
スレンがユージュネイアに敗れたように、皇国も権力闘争があり、敗者は後を絶たない。
勝者のみが栄誉を得る国であり、ユージュネイアは勝利を愛した女神でもあるという。
だが、スレン神には多くの謎があり、ある特定の者達には、異様なまでに慕われていたという逸話がある。
スレンの仲間であったプロスは、ユージュネイア率いる一族に、権力と暴力で拘束され、死ぬまで、生きながら大鳥に腸を啄まれたという。また、プロスは、人間に様々な技術を与えたという文化的な英雄神であったため、一族の激昂を受けてしまい、恩恵を受けた海の娘たちとともに奈落へ落ちていったという。
スレンもまた、力ある者であったが、敗者は奈落へと落ちていき、永遠の凍土に幽閉されたという。

「なにがユージュネイア女神だ。皇国共は偽りの神を信仰している。ああ、これほどまでに美しい神だったとは……。」

魔性の男は、呪い師である。古来からの魔物を召喚したり、遠くのものを見ることができ、知ることもできる〈千里眼〉を持っている。

水晶体に封じ込められている『猛毒の王』スレンの眠り続けているような穏やかな死に顔は、強い美を纏い、たとえようもなく美しかった。
深海の色をした水晶体は、スレンを海の底に眠らせているかのようだった。

「……我が一族は、スレン神とプロス神に恩恵を受けた一族。スレン神は、不老不死であるが、女神の呪いで死の眠りについている。忌々しき事だ。蘇生をはたさなければ、我が一族の悲願も叶わぬ。スレン神を祀り上げ、皇国に反逆をする戦いをする……。待っていて下さい。スレン様。貴方様のような光り輝く美しい方がこのような幽閉の地に永遠にあってはならぬ。」

呪い師は、慕うように、呪うように、涙を流しながら、美しい眠り続ける絶対主を見続けていた。


とある娼館でイツキは悩んでいた。アデルの言動について考えていた。

「猛毒の王ですか……。アデル様は私の事をそう愛おし気に呼ぶ。私の血と肉がそう呼んでいるという。どういうことだろう。私は素性も知れぬ孤児で、気づいたらあの娼館で働いていた。記憶はあまりない。でもアデル様はユージュネイア女神の血を引く者。あの方が血迷ったことを言うはずはない。」

そもそもスレン神とユージュネイア女神は敵対していたはずだが……。
イツキには分からないことばかりであった。ただ、アデル様の妄執じみた愛を一身に受けるばかりである。
それはとても心地よい。イツキの何かが、これは私のものと囁いている。それは、イツキとは違う傲慢な男の意識だ。
アデルと寝てから、イツキとは別の意識が表面化している。

『あれは猛毒の花。王である私の力と愛を渇望する花の血を引いている。あれらの愛は私のもの。それは古来から約束だ。』
どこか愉悦を秘めた口調にイツキは僅かに反発しながらも、そういうものと受け止めていた。
『そなたは、器。私の意識と魂を宿すもの。血は先祖帰りををしたり、どこかに新たに隔世遺伝するかわからぬもの。私と情を交わした女の一部に宿ったのだろう。ふふ、神々にとっては至極当然の事よ。』
イツキはどこかもやもやするものを感じた。男娼なのに、いや男娼だろうか。イツキはどこかで多情な神々を非難する思いもあった。
『ふふ。矛盾した想いよ。だが、神々は極端なもの。異常なところがあるのが神々としたもの。
多情故、子孫は残った。それは支配の証でもある。私を愛し慕う者は僅かながらも居た故、私は思いを返したまでよ。』
ーあなたとユージュネイア女神はどのような関係だったのですか。
『ユージュネイアか……。不愉快な名前だ。私が目覚めているからには、ユージュネイアもまだ存在しているだろう。僅かながら気配がする。あれとの関係は聞くな……。』

イツキは、複雑な思いを感じた。敵対、失意、不愉快、僅かな情愛。情愛……。どういうことだろう。スレンはユージュネイアと恋仲であったのだろうか?
多情深き神々のように、姉君ユージュネイアとも愛を交わしたのだろうか?

『器よ。そなたとは、しばし同化は進んでいない。しばらくの時をかけて私の過去と思いは、そなたに伝わるであろう……。なに急ぐでない。時は神々にとってさして重要ではない。アデルか。あれはユージュネイアの血を濃厚に引いている子孫。また会おうとはな。運命は予想外なものよ。』

イツキはアデルとの交合が最高の快楽を味わったことを知っていた。
血と肉と魂が、アデルを歓喜していたことは間違いない。
ただの敵ではないということはイツキにも分かった。

私は、先祖の血によって支配され、アデルという貴人に愛される運命にあったのでしょうか?
だとしたらなんと皮肉な……。そこにイツキの思いはないのだろうか?
イツキは私は私と言いたいが、強大な神の意識には叶わない。イツキと言う自我があるだけでも奇跡だった。

「……いいえ。私はアデル様に惹かれているのだろうか?……。」
イツキには分からなかった。海のようにイツキの思いは流れ出て、アデルという艶やかな花に情を傾けるばかりだった。
『…………。』
憎らしい事にスレンと言う神は大事なことには沈黙をするばかりであった。

『かつて海で海賊をしている女に出会った。美しい赤毛をした女だった。血のように赤くて私は気に入った。気性も荒々しく、憤怒と悲哀を心に抱えた女であった。私はその姿を美しく哀れで愛おしかった。女もなかなかの力を持っていた。もしかしたら、そなたの先祖はその女かもしれないな。』

『ふふ。そなたは女の面影を宿している。私はそなたを気に入っている。消すには惜しい。』

イツキは、スレンの海のような多情性と多面性に面食らった。

『神の遺伝子は猛毒とも呼ばれる。神の遺伝子は普通の人の遺伝子を侵し、書き換えもする。存在そのものを別の存在にすることも可能だ。そなたの意識は、遺伝子の集合体でもある。私と相性が合っている故そなたの意識はまだあるのだ。』

『スレンの遺伝子は特に強い。ゆえに猛毒の王と呼ばれた。』

『猛毒の花は遺伝と言う呪いによって、私の力と遺伝子を求める。それこそ狂ったようにな。』

まさしくそれは呪いだ。イツキは思わず身震いした。遺伝子という見えない鎖で私たちは惹かれあったとでもいうのだろうか?
アデル様は鎖で拘束されるのをお望みなのだろうか?
イツキには分からなかった。

イツキは運命と言う大海に翻弄されている葦のように揺らぎ続ける。

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