愛と死の輪廻

栗菓子

文字の大きさ
上 下
5 / 21

第4話 首つり人形の国

しおりを挟む
そのごろ、王族や貴族と密接に結びついている宗教とは別に、持たざる者の宗教が台頭しようとしていた。ほとんどが奴隷や市民階級で重課税や、領地のために弾圧された農民が主だった。
必死で働いても、ろくなものは食べられず死のみが救いであった生活もある。
その税金は、王族や貴族に吸い上げられて、搾取された民には僅かな報酬と生存権のみであった。
巧妙にも、王族や貴族は、民にあまり知識や正しい知恵を伝えなかった。

そのからくりを知る良心ある知識人や、知恵がある老賢者などは、口伝で、抑圧された民に密かに知恵や正しい知識を伝授した。

王族の汚い巧妙な絡繰りや、弾圧。弱者同士の破滅を待っている階級の人達。その本質と意図を薄々悟っている民たちは無力ゆえに苦渋の忍耐を強いられた。
弱者同士の結束を妨げる妨害工作や、新しい勢力を潰す権力。様々な罠がいたるところに仕掛けられていた。
それを知らぬのは赤子や、よほどの痴れ者だけである。

無力な人々は、それを知りながらも弾圧され、無駄な戦に兵士として出され、無駄に死ぬように仕向けられたこともあった。ある少数民族は、いきなり土地を奪われ、虐殺されたり、実験動物や奴隷として狩られたこともある。

力ある者にとって、持たざる者は家畜かそれ以下のものとしてみなされた。

愛する家族や仲間、同胞を無惨に殺された人々は無数に居り、徐々に彼らは知識と知恵を蓄え、密かに結束した。
それには復讐と、怨嗟に満ちた宗教が必要だ。弱い者も救われるという意識を持つのだ。諦めないで、不屈の精神を持つために、彼らは心と体と頭を鍛え始めた。生存権利をいかなる時も忘れなかった。

その怨嗟と痛みに満ちた宗教は、やがて血に塗れた権力闘争と変質する。

彼らは当初は、救いを求めて創った宗教が、怨嗟に満ちて、弱者でも戦えば救われて天国へ行けるという勇猛な戦士へと駆り立てる宗教になるとは思わなかっただろう。既に創始者の手からは離れて大きく、弱者のための生存道具のための力と糧となる武器になり果てた。

その宗教は主に「生きるために戦う」ことを要として多くの屈強な兵士や傭兵たちを創り上げた。

王族だから貴族だから仕方がない。わたしらは何もない民だからはもう通用しなかった。

力を併せたり、死ぬ覚悟を決めて戦えば、虫けら扱いされることもなくなる。その真実に彼らは気づき始めて、多くの奪われた人たちは、死ぬ覚悟で貧者の戦を行った。

とある閉鎖的な山国の領主はとても厳しく、農民を虫けらのように扱い、女を犯して殺して首を吊らせて見せしめにすることを趣味としていた。多くの民にとっては地獄のような世界だった。
いつまでこんな地獄が続くのかと自殺する者は多かった。
賢く、生存能力が高い人たちは、密かに身も心も鍛えて復讐と報復の道を歩み始めた。

閉鎖的な山国ではわずかに商人が外国の情勢を知らせに来る。村長や有力な賢人は、密かに商人と裏で金銭で契約を結び、正しい情報と、知識や、めずらしい遊具や使えそうな道具を求めた。

それを妨害する領主の手先も居たが、いかんせん人をあまりにも玩具のように殺し過ぎた。
外国では、その山国を「首つり人形の国」と呼んだ。
いつも女たちが首を吊られて人形のように揺れているからだ。

慣れ切ったそこに育った子どもたちは違和感を感じなかったが、商人の眉をひそめた顔や、外からやってくる旅人は
顔色を蒼白にして、なるべく早くこの国から逃れようと安全なところへ逃げようとしていた。

その情景を見ながら聡明な子どもはおぼろげながらにこの国の異常性を感じ始めた。

「またか・・」
この山国で育った或る有能で聡明な農民は、始めは違和感を感じなかったが、傭兵や兵士に興味があり、彼らは勇気をもって、外で戦士として戦い始めた。
その時、外国ではあまり「首つり人形」がいなかったり、無惨に殺されたら即座に復讐をする人が多い事を知って衝撃を受けた。

何気なく、嗚呼またやっているんだと思っていたことが、領主の趣味や遊びでしていることだとはっきり分かった衝撃は忘れられない。
ああ。俺たちは家畜以下だったんだ。

あまりの境遇に思い知らされた農民や傭兵や兵士は、自国の風習や、この惨状に疑問を抱き始めた。

俺たちは慣れされ過ぎたのだろうか・・?

頭が良い人たちを探しては、問いかけたり彼らは色々とこの国の状況について客観的に学び始めた。
ここは、領主だけの遊び場だ。貴族などの狩場だ。

俺たちは家畜として生かされていただけに過ぎない。
それを知った農民は、密かに娘や子供を産んで隠して育てたりした。領主そのものが敵だったらどうする。お手上げだ。ましてやどこにもいけない非力な者達は、大切な家族を隠すことしかできなかった。

彼らは長い間忍従と屈辱に塗れながらも生き延びた。
やがて、或ることがきっかけで彼らは領主への復讐を決めた。
まだ5歳の娘が犯されて首を吊られたのである。こんなに若い女は初めてだった。領主はとうとう赤子や子供まで、魔の手を伸ばし始めたのだ。
生理的本能が、生存本能が彼らの中で覚醒した。
ここにいたら子孫は絶える。子どもや赤子が居なくなる。野性的な動物に近い本能的な人間ほどそれを悟っていた。
それは正しかった。

彼らは英雄を求め、家族を殺された聡明で優秀な長の器を持っている人たちは自然に集結し、生き延びた数少ない賢い女たちは積極的に戦士として、男たちに加勢した。

多くの犠牲と血と代償を払いながらも、彼らは着実に加虐性が強すぎる領主を悪と正しく認識してその派閥さえも抹殺しようと戦い続けた。
戦略は、領主の城をいかに壊すか、頑丈な要塞をいかにして潰すか、罪人たる領主を私刑にするか復讐と怨嗟に満ちた天使より無謀で死ぬ覚悟をかけた戦士は、天才的な頭脳をもった若者や老練した兵士の助言をもとに何回も練られて練度を上げて上質な完璧に近いものを生み出した。生きるための死ぬための覚悟を決めた戦いである。
不利な貧者の戦だ。その勝機を上げるには、より珍しい武器や身を守る新しい防具は必要なのだ。

それには金が必要だ。無惨に殺された家族を持った金持ちはいる。家族の復讐を餌に、彼らは金銭的な援助をした。
金があろうとも、貴族や領主にはかなわない時代であった。しかしあまりにも無惨に殺されると復讐意識が強くなるのが人間の本能である。
実際には戦えない人は、金や、情報や何らかの形で援助をしていた。

外国の珍しい武器や使えそうなものを集めては彼らは実験していた。

領主も愚かではなく、敵の情勢を知っていて弾圧を深めたが、だんだん抵抗や反発する土着の民たちは増え、死んでも戦う気概を持つ人たちが増えた。

民たちは正方形の密集体勢をとって、上から強力な砲弾や銃弾や弓や剣が飛んできても無事なように、防衛の術を編み出していた。頑丈な武器が落ちてきても大丈夫な防備の大きな正方形の盾を作ったのだ。
その大きな盾は異国の珍しい硬度をもった塊をもとに鍛冶屋たちが不眠不休で命を削って創られた。


天才たちが死ぬ気で考え生み出した実験的な武器は威力的で、すぐ壊れやすかったが、構わなかった。
これは最初で最後の戦いなのだ。貧者の戦いは長くは続かない。気力はないからだ。長い間搾取された人たちの気力が持つまで一気に戦うしかない。
遅くでも一年で決着をつけるしかない。食料と水、兵士たちや味方たちの気力と根性。気候と病。
あらゆる可能性を天才たちは思考し、その対処方法を見つけ出した。

一蓮托生。彼らはその対処方法を味方や、軍の勢力に全てを話した。下手に秘密にしたら疑心暗鬼になる人がいる。
被害者意識が強すぎる人も居る。長い間痛めつけられた民は、認知の歪みが激しい。

精神的な疾患を持つ人も多い。その治療者も必要だ。と彼らは秘密はなくありのままに話しあった。
彼らの絆は強固で生き延びる確率を高めるために研鑽し、訓練し、実験もした。

やはりどんな集団も導く人は必要で指導者になれる器量をもった男が選ばれた。
ウイルという男は、己が死んでも子どもや、後継者が俺の名前を名乗れと言って、半年で激化した戦で肉片となった。息子や後継者は歯を食いしばって泣きながらもウイルという名を頂き、戦い続けた。
その執念深さと、執拗さは悪魔さえも怯えるほど、根深く民の心に根付いていた。
報復と復讐。それに尽きた。

子どものように純粋で恐ろしく単純な動機。奪われたから奪う。深く苦しめられたから今度はこちらの番だ。

それは正しかった。

じわじわと蛇のように追い詰められた領主は密かに国外脱出を図ったが、途中で見つかって、城に戻された。
まだ貴族としての権利があったからである。迂闊に殺したら何かあるか分からないからである。領主とその子供は城へ軟禁状態となった。

食料と水は農民以下の粗末なものであった。
こんなモノ食べられないと子供は癇癪をおかしたが、うるさいなあとぼそりと呟いた冷たい目つきをした平民は強制的に子どもへの口に腐った食べ物を入れさせた。吐き気がするようなものと汚れた水を飲ませられて、今まで恵まれた暮らしをしていた子どもにとっては、「許せないぞ。」と憎悪をこめて平民を睨んだが、平民は無感動に見下ろした。その空洞の目に子どもはぞっとした。

蛇の生殺し。領主とその子供たちは、生かさず殺さずの状態でほとんど死にかけでも無理矢理生かされる。復讐と報復のために生かされる。

彼らは泣き喚き散らした。この野郎。俺たちは領主としての仕事を遂行しただけだと彼らは厚顔にも正しさを主張した。年端も行かぬ子どもを犯し殺したことなど彼らの中では罪のうちには入らぬらしい。

平民は虚ろな笑いを浮かべた。

やがて、領主は助けが王都から来るはずだと信じて待っていたが、王都からの使者は、縁戚である国王からの実質的な縁切り状であった。遊びすぎたのだ。領主は残念ながら、愚かではないが優秀とも言えなかった。土着の民を弾圧し虐待するだけで、代償は異様に深い恨みと報復であった。
領主はいくらでも代わりがいる下衆な心根を持った歪んた選民意識をもった貴族に過ぎなかった。
それを見抜いている国王は即座に領主を見限った。

領主は貴族の地位を追われ、平民以下の下民となった。
領主とその子供は城を豚のように追い立てられて、国の大広場で私刑が行なわれた。

今まで殺された家族の遺族の代表が四人選ばれた。
一番惨たらしく殺された家族を持ち、誰よりも戦に貢献した戦士たちである。

最初の代表の女戦士は、足を喪いながらも杖でかろうじて近寄って、手と足の爪をはがす拷問器具を持って領主とその子供たちの爪を一つずつ剝がして言った。
「これはね。わたしの娘が味わった拷問よ。痛いだろう。痛かったよね。貴方たちに返さなきゃあね。」
「わたしの娘は手足の爪がなく、歯もなかったわ。目もくりぬかれていた。性器も惨たらしく切られていた。ねえ
まだ子どもだったのよ。彼女の穴にはゴミや変な道具とか一杯詰められていたわ。ナアニ。それ? 家畜の中に何かつめなきゃと思ったの?」

淡々と、女戦士は、無様に泣き喚く領主と子供たちの手と足の爪を丁寧にゆっくりとはがしていった。
「目はくりぬかない。性器も変なものは入れないよ。あんた達には自分の罪への罰を見てもらわなきゃ。アンタたちの性器なんで触りたくもない。汚い。」

最後に全ての爪をはがし終えた女戦士は娘を喪った母親の顔をして泣いた。
それを心配そうに抱きしめる男が女戦士を領主たちから引き離した。

二番目の隻眼の老人は、傷も露わにして、皮を剥がすためのナイフを持って領主と子供たちに近寄って言った。
「なあ。お前らはどうせ覚えていないだろう。家畜のことなど。だがなやられた者は忘れられないんだよ。
儂の孫と息子は、顔や背中の皮を剥がされて、その痛みと衝撃で死んだよ。遺体は綺麗に剝がされた顔。筋肉が見えたよ。いやあ。長生きすると驚くものも見るんだな。その顔は恐怖で歪んていたよ。あの顔忘れられない・・。
背中も綺麗に見事に剥がされていたな。可哀そうに孫と息子は怖くて気絶したんだろうな。その方が良かったのかもしれない。あんな残酷な拷問・・。」

そう言いながら、淡々と老人は領主とその子供たちの顔と背中の皮を剥がしていった。
「どうだい。上手いだろう。儂だってできるんだよ。」
壮絶な痛みへの絶叫に耳を抑えながら、飲み屋の女将らしき太った女は大声で言った。
「おお下品だね。わたしの子は耐えたよ。この苦しみにね。自分の痛みには敏感なんだね。他の人の痛みはわからないくせに。」

うんざりと太った女は、領主とその子供をゴミ以下のナニカのように見た。

三番目の美しい若い男はにっこりと笑って領主とその子供に近寄って言った。

「俺のお袋は美しい女でした。大事に隠されてあんた達から殺されぬよう父は、地下の家に隠しました。
父と母は愛し合っていました。それは間違いないです。俺は確かに両親から大事に愛された記憶があります。
でもね。密告者があらわれて、お袋は連れていかれました。父は泣き叫んで追いかけたけど呆気なく剣で惨殺されました。それを見た母は悲痛な悲鳴を上げました。可哀そうなお袋。可哀そうな親父。
俺は子どもだったから見逃されて呆然とそれを見ていました。
次に会ったのはお袋の首つり死体でした。綺麗な顔は熱湯で崩れていました。他にも体には油や熱湯で大やけどして惨たらしい有様でした。本当に徹底的に破壊された人形のようでした。あんたたちはよくやるね。見事だよ。」

そう言いながら、熱湯とぐつぐつ熱く煮えた油をゆっくりと領主の剥がれた顔と体。子どもたちにも丁寧にかけてやった。
「お返しします。お袋の味わった痛みを。」
ギャアアアアと断末魔のような悲鳴を上げて領主と子ども達は転がりまわった。
醜くケロイド状の身体になった肉塊状態になった領主と子供たちは熱い痛いと言いながら、水を水をと嘆願した。

四番目の虚ろな目をした男が領主とその子供たちへ近寄った。

「俺の娘は5才だった。一番若い犠牲者だ。母親はとうに死んで良かった。娘の無残な死を見なくて済んだからな。
なあ。あんな小さな性器にいれたら裂けるってわかっていただろう。
あんな汚い大きい性器を入れられて可哀そうに娘は性器も腹も破壊されて死んだよ。あれって串刺し状態だな。でも娘の死でやっと虐待されたやつらの目も開き覚醒したんだよ。本能が目覚めたんだ。娘の死は無駄ではなかったってことだな。なあ娘と同じことを返すよ。」

鋭利な尖った先端の木の棒を何本も彼は用意していた。
娘と同じように性器や肛門に木の棒を突っ込み、ゆっくりと奥のほうまで串刺しにした。
それでも領主や子供たちはもがき続けたが見苦しいわい!と父親は一喝して、一気に貫いた。
内臓まで届いた武器は、領主とその子供たちを絶命させた。

「やっと終わった・・。」

虚ろな目をした父親は唯絶命した仇を見つめるしかできなかった。

あはははと三番目の美しい若い男が狂気に満ちた笑い声を出した。

「何を言っているんだ。他にも領主のようなやつはいっぱいいるぞ。こんな下衆なやつらがな。さあこれから大変だぞ。その下衆な奴らを探さなきゃあ。」

彼は両親の惨たらしい死を子どもの頃見て、すでに壊れていた。


最後に遺族たちは、領主と子供たちの遺骸の首に縄をつけて、一番大きな木に吊るした。
ぶらりぶらりと彼らは最後の吊られた人形になった。

「よかったね。この国の最後の首つり人形だよ。さようなら。」

淡々と無感動に親を殺された子どもは囁いた。

後に、彼らはこの国の名を「クツリ国」と名付けた。
首つり人形の時代を忘れないよう、でも後世の人にはあまり遺恨を残さないよう、略語にして知る者はわかるようにした。何も知らない後世に生まれた子供たちは違和感なく受けいれるだろう。

その意味の由来を知らずに唯受け入れるのだ。
敏感な人はわかるかも知れない。彼らは唯後は無惨に死んでいった人たちのための供養のために生き続けた。


新しい領主はまともな感覚をもった男で、過去の領主の所業を知れば知るほど、厭そうな顔をした。
後始末が大変そうだと頭をかきながらうんざりと職務にかかった。

彼の予想通り、後始末や、被害者への魂の平穏は長い時を要した。


しおりを挟む

処理中です...