愛と死の輪廻

栗菓子

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第5話 堕落した者たちの密談

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辺境の山国。閉鎖的な環境にある国は、ともすれば異常な状況が、普通の事態と誤認されて、何をしてもいい無法地帯になりかねないと調査隊の団員は事実をありのままに述べた。
王都の聡明な学者や、国王など偉い人達は、この夥しい犠牲者がずっと黙認され、加害者が見逃されてきたことにはじめは呆れ、失笑した。獣さえも生きるために敵を葬るのだ。そんな異常事態がずっと続くわけがないと。しかし調査団の調査書を見ると、みるみる蒼白になった。

民は、無知なまま育てて、これが当然だと刷り込みのように洗脳されていたらしい。
そして、女や母親が犯され首を吊らされてもこれは遊びのように子どもたちに仕込まれたようだ。
巧妙に、外部の者と接触を断絶して、亡き領主はその国を自分だけの狩場としていたらしい。

これを理解した聡明な農民や、違和感を感じている民は、思い切って外へ出て兵士や傭兵などになった。そして故郷の異常性が明らかになったのだ。

助けを求めようにも、誰に助けを求めて良いのかわからない人たちが多かった。

洗脳から脱却した民たちは、密かに商人と裏で結束して、家族や同胞を無惨に殺された被害者たちは宗教を創り、屈強な精神と体。頭脳を鍛えて、洗脳されないように防衛の術を覚え、武器や、知識や知恵を蓄えた。

農民の一斉蜂起のきっかけは5歳の女の子の死体。
それも惨たらしく犯されていたようだ。

これには、百戦錬磨の強者である軍人も顔をしかめた。普通の兵士にも劣る下劣な所業だ。

その山国は「首つり人形の国」と密かに外部からきた商人や、旅人の目撃によって近郊の地域に知れ渡っていた。
外の人もそれはどこか異常だと感じていたが、彼らも弱者であり、自己保身と恐怖のため何故か黙認していたようだ。でなければ傍観者になっていたらしい。なにか異常な麻痺した感覚に置かれていたのだろうか?

人間は心理的に、無知な状態で異常な境遇に置かれると、その異常に慣れて何も感じなくなるらしい。
慣れすぎた者達は、これが当たり前といまだに言い続けているようだ。

異常を異常と認識せず普通と誤認するなんで、認知の歪みが激しすぎる・・。

その状況を創り上げた領主は許しがたい罪人だった。
領主の人格も下劣で選民主義が激しい優秀ではない下らぬ貴族であった。
国王は即座に縁切り状を出して、その領主を平民以下の下民に降格させよと命じた。

そうすれば、被害者の奴らが私刑するだろう。後は、彼らに任せるしかない。新しい領主を誰にするか悩みどころではあったが、ある意味、新しい領主は貧乏くじを引いたと言える。

前の領主の後始末をする長い長い作業をするようなものだ。気の毒に・・と思いながらも彼らは新しい領主となる者を選別した。

治療者や医者もせめての償いにその国に赴かせた。はじめは、数十人であったが、すぐに、初期派遣治療団が、応援を依頼した。修道院や、治療院には、洗脳されきって狂った民が多いと助けを呼んだ。もっと治療者や、医者が必要だと更に加勢を頼んだ。

第二期派遣治療団もすぐに赴いた。 彼らは地獄の後を見た。と後に語った。戦争中ではないが、どれほど悲惨であったか患者を見れば判ると人道的な医者は遣る瀬無い思いで怒りながら、調査団の調査員に語った。

今度は、医者や、治療者の戦いが始まったのだ。長い闘いだ。


その山の国は「クツリ国」となったらしい。


その私刑された領主はジェイムスの遠い縁戚でもあった。
それを聞いたジェイムスは思わずへまをやったな。としか思わなかった。
だって愉快だったんだろう。
弱い者が思い通りになって悲鳴や惨たらしく殺されていく恐怖に歪んた顔は面白くてたまらなかったし。
その遊戯は味を占めたらなかなかやめられない。中毒性になる。

ジェイムス自身が罪人だからだ。その領主の蛮行や所業を聞く度に羨ましいと思った。俺もやってみたかった。
しかし、最後はへまをやって被害者たちに報復を受けた。

惜しい事だ。いい仲間になったかもしれないのに。

これから先、発覚した領主の罪業によって、国王は他の領土を収めている領主の所業を調査し始めるだろう。
多分、厳しく監視されるな。
これ以上、異常者が増えたら、下手したら国王の治世に泥を擦り付けるような問題が起きるかもしれない。

真っ当な感性をもった人にはわからないかもしれないが、時折弱者が獲物にしか見えない時がある。
生かされているに過ぎない家畜みたいなものにしか見えない時もある。

所詮この世は弱肉強食だ。唯、善良な真っ当な感性を持った奴らがなんとかして普通の世界を創ろうとしているに過ぎない。

異常者にとっては、普通の人が異常にしか見えないだろう。

ジェイムスはまだ正気な面もあったので両方の気持ちが解った。


しばらく狩りはやめよう。時期を待とう。 共犯者の密偵にも伝えた。証拠や遺骸は跡形も無く消滅させる方法があると密偵は言い、そのやり方を見せた。特殊な液体で遺骸と骨をドロドロに溶かして、しばらくすると跡形も無く蒸発させた。これは暗部で創った特殊な液体です。と彼はかすかに笑って言った。

本当に跡形も無く痕跡もなく消えた死体と証拠。

思わず、ジェイムスはへえ~と感嘆した。
世の中、何でも創れる人がいるんだ。これじゃあ誰も知らない完全犯罪もあるかもな。

ジェイムスは、恐らく氷山の一角だろうな。この異常者達のやった蛮行は。彼はどこかで分かっていた。
世の中にはどうしようもない人たちはいっぱいいるのだ。

ジェイムスだって罪人だからだ。自覚しているかしていないかの違いだ。

ジェイムスは被害者の気持ちもわかる異常者だったので、しばらく慎んだ。

彼は普通の皮を被った堕落した異常者の罪人にすぎない。

彼は溜息をついて、温かい紅茶をいれてくれとメイドに命じた。

温かい液体が喉を内臓を潤す。 ほっとする。

今は柔らかな寝台で温かい高級な布団に包まれて恵まれた生活をしている。

ジェイムスは皮肉気に笑った。領主もこうなるとは夢にも思わなかっただろうな。あんたの末路は反面教師にさせてもらおうか。彼は醜悪な笑いをした。

そして何の憂いもなく深く眠った。 弱い者が珍しく強い者に反撃しただけだ。領主は最後は運が悪かったのだ。

彼は世界の醜い真理をどこかで悟っていた。

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