愛と死の輪廻

栗菓子

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第6話 夫との手紙

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離縁した妻が今頃よりを戻そうとしてもあの方は嫌がられるかもしれないわ・・。
アンは夫のことをなんとなく共に過ごすうちに理解するようになった。

ジェイムスはとても一介の貴族にしては、裕福で、恵まれた環境に置かれていた。これにはアンにも違和感を感じていた。国王は何故かそれを黙認しているようだった。もしかしたらジェイムスはとても有力な貴族の庶子かもしれない・・。

貴族が戯れに女遊びをし、その種がどこかにばら撒かれるかはわからない。中には遠縁の養子になった子も居る。

侍女にアンの自己完結性を指摘されて、初めて夫ジェイムスの事を離縁した後思うようになった。


侍女の名前はアスナという。奇妙な異国風の名前だ。そういえば少し異国の血が混ざったような顔立ちだった。
何故今まで気づかなかったのだろう。
いつもアンの傍らに仕えているからだろうか?


彼は、情熱的だが、激昂する気質を持っている。アンのような好みでもない女を父の命令とは言え娶って、高い自尊心が傷ついて、子どものように苛立っていた。

彼は魅力的で、端麗な顔をして武勇にも長けていた。あの方は、本当に恵まれた方だったのだわ・・。
今更ながらにアンは夫を知った。


何故か、手紙は拒絶されることはなく、夫からの返事の手紙が来たときは、アンはびっくりした。
まさかくるとは思わなかった。何かしら・・不満や私に対する抗議の手紙?

恐る恐る手紙を開封すると、
俺の好みは、自分で狩った獣の肉を焼いたものや、めずらしい異国の物だ。わが国も優秀な技術者もいるが、いかんせんどこか似たような感じだ。時折、異国の感性や、文化、技術の性能に触れたくなる。劣った国であっても天才はいるものだ。驚くような絡繰り式の道具もあった。

お前の好みは何だ。俺のことを知りたいなら、お前も教えろ。手紙のやり取りだけは許してやる。

傲慢だが、彼らしい手紙だ。珍しい事もあるものだ。アンのような疎ましがっていた女の要望を受け入れるなんて・・

アンは不思議に思いながらも、さっそく元夫ジェイムスへの手紙をまた書こうと思った。
実は、薄々、アンは夫は女が好みではない。むしろ男色傾向があるのではないかと察していた。
だって、痩せているとはいえアンは女だ。普通の男が、いいなりになる女に手を出さないことがあるだろうか?
彼はそこまで紳士的でも良心的でもない。

社交界で、ジェイムスと、礼儀的に夫婦として赴いたこともある。その時、とても美しい男性がいた。どこか中性的で幼げな感じの貴人だった。
ジェイムスはずっと彼を見ていた。それは好みの人を見るような視線だった。
殿方が好みの女性を意識するようだったからだ。

他にも、美しい男を見ては、彼は少し見惚れていることもあった。女は居なかった。

だから嗚呼・・この方は・・とアンは察した。
この世界は戦が長く動乱もある。今はまだ小康状態で平和を保っている。しかし、その動乱には足枷になる女も居て、男に迷惑を掛けたり、不祥事や,醜聞をした女は厳しい刑を受けた。
そのせいか、男はどうも女を嫌悪するきらいがある。
余程安全な女や、同じ階級以外や、婚約者とか家族以外とは余り接触しない様であった。

男色嗜好がある殿方は多いと聞く。 女とはあまり交流を持ちたくない男もいる様だ。

子作りさえなければ女そのものを排除したい過激な男もいる様だ。アンは溜息をついた。

そんな怖い男たちには会いたくないものよ・・。

アンはむしろ感謝していた。暴力的でもなく白い結婚で円満に離婚できたのだから・・。

アンはすっかり油断していた。男色家だからと言って、決して女に欲を向けないとは限らないということを知らなかった。彼女は何度か、元夫に欲望を向けられていたことを知らない無知な女だった。


彼女は、無知なこどものまま妻になった女だった。

☆アンの手紙☆

親愛なるジェイムス様
驚きました。まさか私のような女の要望を受け入れて下さるなんて思いもよりませんでした。
これも神様の恩恵でしょう。

貴方様の好みを教えて下さってありがとうごさいます。
私の好みはつまらぬものですが、珍しい刺繍が入った手布や、服や、寒いときに羽織るものなどです。
あの刺繍はどうやって綴ったのかと難しいものもあります。

私の手芸はあまり上達しません。精々普通が良いところですね。
ジェイムス様が異国のものに興味があるとは思いもしませんでした。そうですね。異国の珍しい刺繍が入った布とかあったら私も見てみたいです。

また、これからも手紙のやり取りだけは許して下さらないでしょうか?
この離宮は今はとても平穏です。ジェイムス様のところは安心ですか?

何やら、辺境で領主が民の一斉蜂起で倒されたとも風の便りで聞きました。
恐ろしい事です。一体その領主は何をしたのでしょうか?よほど民に恨まれていたようですが‥

ジェイムス様へ神の加護がありますようにお祈りいたします。

                                 アンより。

アンはほっと安堵の溜息をついてジェイムス様あてに送ってほしいと使用人に命令した。


それ以降、アンとジェイムスは何度か手紙でのやり取りを続けることになった。
それは1年ほど続いた。
その手紙のやり取りが終わったのは、アンがいきなり国王の命で、再度同じ夫ジェイムスと再婚することになった時であった。

アンも知らぬ事であったが、国王は、危うい貴族の監視を厳戒していた。それは辺境の領主の蛮行もきっかけであり
この際、国の膿を出したいと腐り果てた所業を厚かましくも堂々と行っている醜い奴らを処分したいと考えていた。

この1年のうちに、罪が暴かれ処刑された貴族は多かった。

その中でジェイムスも容疑者として監視されたが、如何せん証拠がなかった。
ジェイムスは非常に優秀であり、或る権力をもつ大貴族の隠し子でもあった。
国王といえども迂闊には手を出せない状況だった。

その中で、離宮で聖女のように言われている彼の離縁した妻を聞いた。
国王は、その妻を再度同じ夫と結婚させて、夫の所業を抑制しようと考えた。

その裏があるとも知らずにアンは何も知らぬまま再婚することになった。


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