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煙管
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「…タバコ、」
吸いすぎは身体に悪いよ、と僕は彼女に言った。
狭いワンルームの、一人暮らし用の、小さな部屋。彼女の「大事」を詰め込んだその部屋に、邪魔している僕。この部屋にいて、どうにもこうにも居心地が悪いのは、彼女の「大事」に囲まれた僕が、彼女の「大事」じゃないからだろう。
「…あなたもそういうんですね。」
憂鬱そうな返事。
僕が、彼女の「大事」じゃない理由など分かっている。
彼女の一番は、僕じゃないから。それでも一緒にいるのは、ほかの男を自分の一番にしている彼女が、どうしようもなく僕の一番だったから。
彼女はベランダのテーブルに置いてあった煙草盆にたばこ葉を返して入れ、キセルからの煙を吐いた。
彼女は体が弱い。気管支が弱く定期的に病院に行かないといけない病で、たまに具合の悪そうな顔で起きるのすら嫌がる。そんな体に、喫煙習慣がいいわけがない。僕は本来それを見ていていい人間ではないしむしろ止めるべきなのだけど、彼女の愉しむ姿を見ていたくて強くは止められなかった。だが、満月を見る彼女を見て、そのあふれそうな目に宿るものに気づく。
煙管を吸っている姿すら絵になる彼女が想っているのは、きっと僕ではないのだ。煙草盆に書いてあるのと同じ満月を眺めている彼女が、隣にいてほしいと願っているのはきっと僕ではないのだ。
それが嫌で、意識をこちらに向けてほしくて、僕は、意地悪な質問を投げた。
「明日、どうするの?」
「ごはん、みそ汁。…サラダ、ありましたよね?」
意地悪は不発で、わざと言葉を抜いたのに、的確に彼女は答えた。でもそれが通じ合っているような気すらして、それだけの小さなことが、僕にはうれしくて仕方のないことだった。
夕食を作ったのは僕で、皿を洗ったのは彼女。
洗濯機を回したのは彼女で、干したのは僕。
夕食の材料と洗剤を買ってきたのは僕で、その間に部屋の掃除をしたのは彼女。
燃えるごみを一袋にまとめたのは彼女で、翌日ゴミ捨て場に捨てに行くのは僕。
二人で、分担して、ゆっくりくらしていたかった。
幸せだった。
吸いすぎは身体に悪いよ、と僕は彼女に言った。
狭いワンルームの、一人暮らし用の、小さな部屋。彼女の「大事」を詰め込んだその部屋に、邪魔している僕。この部屋にいて、どうにもこうにも居心地が悪いのは、彼女の「大事」に囲まれた僕が、彼女の「大事」じゃないからだろう。
「…あなたもそういうんですね。」
憂鬱そうな返事。
僕が、彼女の「大事」じゃない理由など分かっている。
彼女の一番は、僕じゃないから。それでも一緒にいるのは、ほかの男を自分の一番にしている彼女が、どうしようもなく僕の一番だったから。
彼女はベランダのテーブルに置いてあった煙草盆にたばこ葉を返して入れ、キセルからの煙を吐いた。
彼女は体が弱い。気管支が弱く定期的に病院に行かないといけない病で、たまに具合の悪そうな顔で起きるのすら嫌がる。そんな体に、喫煙習慣がいいわけがない。僕は本来それを見ていていい人間ではないしむしろ止めるべきなのだけど、彼女の愉しむ姿を見ていたくて強くは止められなかった。だが、満月を見る彼女を見て、そのあふれそうな目に宿るものに気づく。
煙管を吸っている姿すら絵になる彼女が想っているのは、きっと僕ではないのだ。煙草盆に書いてあるのと同じ満月を眺めている彼女が、隣にいてほしいと願っているのはきっと僕ではないのだ。
それが嫌で、意識をこちらに向けてほしくて、僕は、意地悪な質問を投げた。
「明日、どうするの?」
「ごはん、みそ汁。…サラダ、ありましたよね?」
意地悪は不発で、わざと言葉を抜いたのに、的確に彼女は答えた。でもそれが通じ合っているような気すらして、それだけの小さなことが、僕にはうれしくて仕方のないことだった。
夕食を作ったのは僕で、皿を洗ったのは彼女。
洗濯機を回したのは彼女で、干したのは僕。
夕食の材料と洗剤を買ってきたのは僕で、その間に部屋の掃除をしたのは彼女。
燃えるごみを一袋にまとめたのは彼女で、翌日ゴミ捨て場に捨てに行くのは僕。
二人で、分担して、ゆっくりくらしていたかった。
幸せだった。
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