紫煙

うそろ

文字の大きさ
2 / 3
煙管

しおりを挟む
「…タバコ、」
吸いすぎは身体に悪いよ、と僕は彼女に言った。
 狭いワンルームの、一人暮らし用の、小さな部屋。彼女の「大事」を詰め込んだその部屋に、邪魔している僕。この部屋にいて、どうにもこうにも居心地が悪いのは、彼女の「大事」に囲まれた僕が、彼女の「大事」じゃないからだろう。
「…あなたもそういうんですね。」
憂鬱そうな返事。
僕が、彼女の「大事」じゃない理由など分かっている。
彼女の一番は、僕じゃないから。それでも一緒にいるのは、ほかの男を自分の一番にしている彼女が、どうしようもなく僕の一番だったから。
 彼女はベランダのテーブルに置いてあった煙草盆にたばこ葉を返して入れ、キセルからの煙を吐いた。
彼女は体が弱い。気管支が弱く定期的に病院に行かないといけない病で、たまに具合の悪そうな顔で起きるのすら嫌がる。そんな体に、喫煙習慣がいいわけがない。僕は本来それを見ていていい人間ではないしむしろ止めるべきなのだけど、彼女の愉しむ姿を見ていたくて強くは止められなかった。だが、満月を見る彼女を見て、そのあふれそうな目に宿るものに気づく。
煙管を吸っている姿すら絵になる彼女が想っているのは、きっと僕ではないのだ。煙草盆に書いてあるのと同じ満月を眺めている彼女が、隣にいてほしいと願っているのはきっと僕ではないのだ。
それが嫌で、意識をこちらに向けてほしくて、僕は、意地悪な質問を投げた。
「明日、どうするの?」
「ごはん、みそ汁。…サラダ、ありましたよね?」
意地悪は不発で、わざと言葉を抜いたのに、的確に彼女は答えた。でもそれが通じ合っているような気すらして、それだけの小さなことが、僕にはうれしくて仕方のないことだった。

夕食を作ったのは僕で、皿を洗ったのは彼女。
洗濯機を回したのは彼女で、干したのは僕。
夕食の材料と洗剤を買ってきたのは僕で、その間に部屋の掃除をしたのは彼女。
燃えるごみを一袋にまとめたのは彼女で、翌日ゴミ捨て場に捨てに行くのは僕。
二人で、分担して、ゆっくりくらしていたかった。
幸せだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あんなにわかりやすく魅了にかかってる人初めて見た

しがついつか
恋愛
ミクシー・ラヴィ―が学園に入学してからたった一か月で、彼女の周囲には常に男子生徒が侍るようになっていた。 学年問わず、多くの男子生徒が彼女の虜となっていた。 彼女の周りを男子生徒が侍ることも、女子生徒達が冷ややかな目で遠巻きに見ていることも、最近では日常の風景となっていた。 そんな中、ナンシーの恋人であるレオナルドが、2か月の短期留学を終えて帰ってきた。

処理中です...