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夜の路地裏で出会った人
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王都の夜は、どこかざわついている。
屋台の灯り、酒場の喧噪、そして酔った人々の笑い声と怒鳴り声が、
路地裏の闇に溶けていた。
私は腕に抱えた薬草の籠をぎゅっと抱きしめ、早足で城へ戻ろうとしていた。
明日の献立に必要な薬草を買い忘れ、どうしても今夜のうちに手に入れるしかなかったのだ。
――そのとき。
「……ッざけんなよ!」
怒声と、鈍い衝撃音が響いた。
思わず足を止め、細い路地の奥をのぞき込んだ。
若い男が数人に囲まれ、乱暴に押されている。
ふらついている……酔っているのだろうか。
反撃しようとした瞬間、腹を蹴られ、石畳に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
気づけば駆け寄っていた。
怖いのに、体が勝手に動いてしまった。
私が近づくと、男たちは舌打ちし、散り散りに逃げていった。
倒れた青年が、ゆっくりと顔を上げる。
夜の薄明かりの中でも分かるほど整った顔立ち。
けれど、その瞳だけが鋭く、どこか荒んでいる。
「……お前、怖くねぇのか。
殴られた男に近づくなんてよ」
低い声。
なのに、心の底を撫でられるような温度があった。
「こ、怖いです。でも……放っておけなくて」
震えた声で言うと、青年はわずかに目を細めた。
「物好きだな」
私は籠から布と薬草を取り出し、青年の傷にそっと触れた。
「しみますけど、我慢してくださいね」
「……強ぇのな。見た目によらず」
強くなんてない。
ただ、震える指先を悟られたくなかっただけ。
青年はじっと私の手元を見つめてくる。
その目が、どこか危険で――なのに、寂しげでもあった。
どうしてこんな場所で、こんな人がひとりでいるんだろう。
応急処置を終え、布をしまおうとした瞬間、
彼はゆっくりと立ち上がった。
「……帰れ。こんなとこに女が来る場所じゃねぇ」
「あなたは? 歩けますか?」
「……気にすんな。死なねぇよ」
そう言いながらふらついたため、思わず袖を掴んだ。
「城の近くまで案内します。危ないですから!」
「……は? なんでそうなる」
「放っておくなんて、できません!」
青年は呆れたように鼻を鳴らした。
「変なやつ」
しかし、それ以上拒まなかった。
私たちは並んで王宮方面へ歩く。
無言なのに、妙に静かで落ち着く時間だった。
やがて、王宮の灯りが見えたあたりで、青年が立ち止まる。
「ここでいい。帰れ」
「でも、あなたの傷は――」
「いいって言ってんだろ」
少しだけ間を置き、
青年は低く、しかしどこか優しい声で続けた。
「……二度とこんな遅くに出歩くな。危ねぇから」
胸がきゅうと鳴った。
彼は踵を返し、夜の闇に溶けていった。
「……誰なんだろう、あの人」
まだ胸の鼓動が落ち着かないまま、
私は静かに王宮へ戻った。
⸻
翌日。
朝の光が差し込む妃候補の部屋で、私は昨日の出来事を思い返していた。
(もう会うことは……ないよね、きっと)
名前も知らない。
どこに住んでいるのかも知らない。
でも、あの声と表情がどうしてか忘れられなかった。
――その頃。
王宮の奥深く。
第一王子 バルディン=アレクシオン は、妃候補の資料を指で弾きながら薄く笑っていた。
「昨夜の女が……妃候補ね。
へぇ……面白ぇじゃん」
エリナはまだ知らなかった。
あの夜の出会いが、
彼の興味と執着を呼び起こしてしまったことを。
屋台の灯り、酒場の喧噪、そして酔った人々の笑い声と怒鳴り声が、
路地裏の闇に溶けていた。
私は腕に抱えた薬草の籠をぎゅっと抱きしめ、早足で城へ戻ろうとしていた。
明日の献立に必要な薬草を買い忘れ、どうしても今夜のうちに手に入れるしかなかったのだ。
――そのとき。
「……ッざけんなよ!」
怒声と、鈍い衝撃音が響いた。
思わず足を止め、細い路地の奥をのぞき込んだ。
若い男が数人に囲まれ、乱暴に押されている。
ふらついている……酔っているのだろうか。
反撃しようとした瞬間、腹を蹴られ、石畳に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
気づけば駆け寄っていた。
怖いのに、体が勝手に動いてしまった。
私が近づくと、男たちは舌打ちし、散り散りに逃げていった。
倒れた青年が、ゆっくりと顔を上げる。
夜の薄明かりの中でも分かるほど整った顔立ち。
けれど、その瞳だけが鋭く、どこか荒んでいる。
「……お前、怖くねぇのか。
殴られた男に近づくなんてよ」
低い声。
なのに、心の底を撫でられるような温度があった。
「こ、怖いです。でも……放っておけなくて」
震えた声で言うと、青年はわずかに目を細めた。
「物好きだな」
私は籠から布と薬草を取り出し、青年の傷にそっと触れた。
「しみますけど、我慢してくださいね」
「……強ぇのな。見た目によらず」
強くなんてない。
ただ、震える指先を悟られたくなかっただけ。
青年はじっと私の手元を見つめてくる。
その目が、どこか危険で――なのに、寂しげでもあった。
どうしてこんな場所で、こんな人がひとりでいるんだろう。
応急処置を終え、布をしまおうとした瞬間、
彼はゆっくりと立ち上がった。
「……帰れ。こんなとこに女が来る場所じゃねぇ」
「あなたは? 歩けますか?」
「……気にすんな。死なねぇよ」
そう言いながらふらついたため、思わず袖を掴んだ。
「城の近くまで案内します。危ないですから!」
「……は? なんでそうなる」
「放っておくなんて、できません!」
青年は呆れたように鼻を鳴らした。
「変なやつ」
しかし、それ以上拒まなかった。
私たちは並んで王宮方面へ歩く。
無言なのに、妙に静かで落ち着く時間だった。
やがて、王宮の灯りが見えたあたりで、青年が立ち止まる。
「ここでいい。帰れ」
「でも、あなたの傷は――」
「いいって言ってんだろ」
少しだけ間を置き、
青年は低く、しかしどこか優しい声で続けた。
「……二度とこんな遅くに出歩くな。危ねぇから」
胸がきゅうと鳴った。
彼は踵を返し、夜の闇に溶けていった。
「……誰なんだろう、あの人」
まだ胸の鼓動が落ち着かないまま、
私は静かに王宮へ戻った。
⸻
翌日。
朝の光が差し込む妃候補の部屋で、私は昨日の出来事を思い返していた。
(もう会うことは……ないよね、きっと)
名前も知らない。
どこに住んでいるのかも知らない。
でも、あの声と表情がどうしてか忘れられなかった。
――その頃。
王宮の奥深く。
第一王子 バルディン=アレクシオン は、妃候補の資料を指で弾きながら薄く笑っていた。
「昨夜の女が……妃候補ね。
へぇ……面白ぇじゃん」
エリナはまだ知らなかった。
あの夜の出会いが、
彼の興味と執着を呼び起こしてしまったことを。
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