男娼館ハルピュイアの若き主人は、大陸最強の女魔道士

クナリ

文字の大きさ
18 / 39

第二章 ダンテと離婚希望の君5

しおりを挟む

 くそ、悪いのは適当なこと言って適当なことするほうなのに、なんでフルクトラさんが気に病むのだ。

「もとより、私が女性としてそう魅力的とは、自分でも思っていません……だからこそ、舞い上がってしまったんです。『籍を入れたら、毎晩だって愛してあげる』なんていう、浮ついた言葉に」

 くわ。
 それを聞いて、思わず私の腰が椅子から浮いてしまった。

「なんてやつ……!」と、私の歯の間からうめき声が漏れる。
 フルクトラさんも、ダンテもびっくりして目を見開いていた。

「毎晩愛する、なんて言っておいて、そんな期待をさせておいて……いざ結婚したら興味をなくした? 言語道断……! 詐欺じゃないですか、そんなの!」

「は、はい。お恥ずかしい話、結婚の前にあの人の腕に抱かれた時は、生き返ったような気がしました……女性として、欠けていたものを埋めてもらえたような。それを結婚後も得られると、期待してしまったのは本当です。その分、失望したのも。でも、そればかりにとらわれてはいけないんですよね。私には、セレラがいるんですから。正直、生んでみるまで、子供がこんなに大切な存在になるなんて、思ってもみませんでした」

 泣き顔が、いつの間にか、雲間に光が差すように、微笑みに変わってきていた。
 そうかあ、いい子なんだろうなあ、セレラ。なんかこういうのは、気持ちが救われちゃうな。

「安心してください。私たち、フルクトラさんとセレラが落ち着くまで、なんなりと協力しますよ!」
「ありがとうございます。実は、そんな風に吹っ切れた気持ちになれたのは、お恥ずかしながら……昨夜、ダンテさんに、その、お相手をしてもらってからなんです」

「ほへ?」と首を前に突き出す私。
「ほお」と満足そうにうなずくダンテ。
「ダンテさん、凄かったです……だって、最後までしてないのに、あんなに満たされた気持ちにしてくださって……。家に帰って、しばらくはぼうっとしていたんですが、不思議にどんどん頭が冴えていって。なにか、解放されたような心持ちでした。だから離婚を決断できたんです。勢い任せじゃなくて、私と娘のためにそうするべきだって、ちゃんと判断ができました」

「へ、へええ……。そういうもん、なの?」

 ダンテのほうをうかがってみると、

「ま、人と場合によりけりだろうよ」

 と身も蓋もない返事が返ってきた。

「それに、ダンテさんは、体も、とても熱くて、たくましくて……ドキドキしてしまうんですが、安心感があるというか……。あ、し、失礼しました!私ったら、こんなに明るいうちからなにを……」

 フルクトラさんは、真っ赤になって顔を覆ってしまった。
 ふーん。筋肉って凄いなあ……。

 ダンテが、カプチーノのカップを左右に傾けてから、穏やかに置いた。
 ハルピュイアの事務室でも、何度か見たことがある。本題を進める時の、彼の癖だ。

「じゃあ、フルクトラさん。リドーレといったか、あなたの夫が所属しているチームは?」
フルクトラさんはぱっと顔を上げ、「あ、は、はい。『メメン・トモモリ』といいます」
「トモモリか……結構新しいチームだな。オーナーは、ニーノアーマという女性実業家だったな。確か、次の試合は、『キッス・リョシナカ』というチームが相手のはずだ」

「え。詳しいじゃないのよ、ダンテ」
「前に、少しかじってたんでな。今でも公式戦くらいは追ってる。……ルリエル、ニーノアーマって、うちの上客なんじゃなかったか」

「そーよ。ハルピュイアが始まって、割とすぐに常連さんになってくれたわね」
「どうだ、たとえばオーナーに直訴して、おれとルリエルとリドーレを、次回だけ出場させてもらえたりしねえかな」

 フルクトラさんがぎょっとしたようにのけぞった。
 まあ、無茶な話ではあるよね。

「えー、八人制のゲームなんでしょ? 八分の三を、私たち絡みの選手にしてもらうってこと?」
「チームメンバーにはそりゃ面白くないだろうが、勝利と集客、それに賭けの勝利は保証できるぞ。おれは、今でも並みの現役選手には負ける気はしないし、ルリエルが魔道でサポートしてくれれば、まあ一人くらいポンコツの役立たず(リドーレのことだろう)でも勝てるさ」

 そういえば、マジカルボウルって結構な賭けの対象にされてるって聞いたことがあるな……凄くおぼろげだけど……。
確か、地球でもサッカーとかでの賭けは、日本でも外国でもよくやってたんだっけ。
 それはそれとして、別のところで、私は、小さく首をかしげる。

「勝利と、集客? 私たちが出ると、レギュラーの人たちよりお客呼べるの?」

 ダンテが胸を張って、拳を顔の前で握った。

「まあな。俺が出るとなれば、そうなるだろうよ」



 話は、とんとん拍子に進んだ。
 ベーカリーを出た私とダンテは、急行の乗合馬車で、さっそくニーノアーマさんに会いに行った。
 彼女は、五十歳くらいの細身の女性で、厚めのお化粧や矯正下着によるスタイルのせいか、とても溌溂として見える。
 そんなニーノアーマさんが、彼女のオフィスでダンテを見るなり、わなわなと手を震わせた。

「そ、そんな……。知らなかった、ハルピュイアに、ダンテが……あの、ダンテ・マーラーがいたなんて……。いつも、キールくんを指名しているから……」
「おれがハルピュイアに入ったのは、キールより少し後からなんですよ。今日お会いできて、光栄です。……ところでオーナー、今日はご相談がありまして……」

 驚くほどすんなりと、次のメメン・トモモリの試合は、私とダンテとリドーレ氏がスターティングメンバーで出ることが決まった。
 帰りの馬車で、ダンテに訊いてみる。

「もしかしてダンテって、かなり有名な選手だったりしたの……?」
「まあな。ルリエルは、ハルピュイアの男子の過去を、あまり自分から訊かないだろう。だから言う機会もなかったんだが。……十四歳で二軍サテライトでデビューして、十七までやってた。引退理由は、けがだ。足首をな。今は、一試合くらいは多分平気だろうが。これでも、天才って呼ばれてたんだぜ」

「そうだったんだ……。格闘技やってたってのは、聞いたけど。スポーツ選手だったなんて」
「マジカルボウルを辞めてから、素手格闘パンクラティオンの世界に入った。そっちでも、おかげさまでチャンプになれた。東大陸ではマジカルボウルよりそっちが有名だったから、東の出身らしいリシュはその評判を知ってたみたいだな」

 ああ。そういえば、最初の時にリシュが驚いてたっけ。

「で、格闘の世界ってのはパトロンがいる。おれのパトロンは、自分の妻をないがしろにする男だった。経済的に困窮させていなかった分、リドーレとやらよりはましだったかもしれないが、……おれは、大きな屋敷の中で孤独に打ちひしがれるパトロンの妻を見ていられなくて、……いつの間にか、関係を持った」

 ダンテはもともと人のいい性格だけど、前々から、孤独を思わせる女の人には特別な思いやりを見せるところはあった。
 そうすると、きわどい立場の女の人と、特別な関係に発展しやすいところはあるのかもしれない。

「おれは、間男だよ。軽蔑したか?」
「その話だけじゃ、軽蔑なんてしないよ。間違ったことだったとしても、必要なことは、あるんだろうし」

 ダンテが、小声で「ありがとよ」と言ってから、続けた。

「やがて、夫のほうにばれて、おれは格闘技団体にいられなくなった。パトロン一人に睨まれると、なかなかやりにくい業界でな。ほかのチームにもなかなか入れなかったんで、地下格闘のある都市にでも行こうと思って、旅に出たんだ。その途中で、ルリエルに雇われた。今の仕事は性に合ってる。感謝してるぜ」
「え、いや、それは私のほうこそ。ハルピュイアは、男子なくしては成立しないんだし」

「……驕らないな、ルリエルは。救われるよ」

 ダンテが、いつになくまじめな声でそう言った。
 私はその急にこわばった空気にあらがうように、

「で、でもさ。それなら、今までハルピュイアでダンテの名前見て、『あの有名な選手だ!』っていって来たお客様って結構いたの?」
「ああ、たまには。ただ、ベルリ大陸民の気質的に、同姓同名の別人かただの騙りだと思われることのほうが多いな。良くも悪くも自分の目で見たものしか信じないというか、『〇〇ということは〇〇なんだ』って憶測で思い込みを持つことがあまりないんだ。今回で言えば、『ダンテ・マーラーって名前の男娼がいるってことは、あのマジカルボウルのダンテだ!』……とはなりにくいってこったな」

 そういうものなんだ……。ベルリ大陸では、ゴシップ紙の類はあまり流行らないかもしれない。

「とにかく、話はまとまったな。ほかのチームメイトはいい気はしないだろうが、一試合くらい勘弁してもらえればいいんだがな。チームワークは期待できないだろうから、おれがとにかくアシストしまくって、リドーレにゴールを決めさせまくる。ルリエルは、魔道で相手選手を攻撃しまくってくれ。相手チームにも魔法使いマジックユーザーがいるだろうが、こっちは『七つの封印』だ。後れを取るわけがないからな」

 ダンテがにやりと笑う。
 こんなにも、なにかをまくってばかりの作戦が、かつてあっただろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

処理中です...