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第14話 第五章 イチサカシンクロウ 3
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次の日の、月曜日。
表面上は、いつもと変わらない朝だった。千堂は登校して来たし、千堂をいじめているグループも何食わぬ顔で教室にいる。
でもどちらも、その表情には、ただならぬ感情が潜んでいるのが伝わって来た。ただ、向こうのリーダー格の恩藤《おんどう》という奴だけが、普段と同じぺらぺらとした笑顔を浮かべていた。
僕は彼らの誰にも声をかけられず、授業にも集中できないまま、放課後になった。すると、千堂が恩藤に駆け寄り、何かを告げた。千堂といじめグループの五人ほどが、そのままぞろぞろと教室を出て行く。僕は、こっそりと後をつけた。
彼らは、ほとんど使われていない古い体育倉庫へ入って行った。扉が閉まったので、裏側へ回って倉庫の壁に耳をつけた。薄い木の壁は、中の音が筒抜けに聞こえる。
まず響いて来たのは、千堂の声だった。
「僕の妹に、何てことをしたんだ」
「おい、間違えんなよ。お前の妹だから、あんな目に遭ったんだぜ」
恩藤の、からかうような言い方。
「お前、俺らに全然抵抗しねえし、何されても嫌だって言わねえし。じゃあ、妹もいいんかなってな。そしたら泣き喚きやがったんで驚いた。可愛そうになあ、兄貴のせいで」
千堂は、しばらく黙った。
「おい、人何人も呼び出しといてだんまりはねえだろ」
「……どうして、一坂君の名前を使ったんだ。彼は関係無い」
「あいつ、最近調子こいてお前の味方してなかったか? だからだよ。余計なことするからだ」
「……君達が今回やったことは、れっきとした犯罪だよ。僕は警察に行く」
倉庫の中がざわついた。恩藤はともかく、他の四人は大きく動揺しているのだろう。それを落ち着かせるように、恩藤が抑えた声で言った。
「よせよ、妹ちゃんのためにならねえ。下手すりゃ顔写真入りで、全国どころか世界の皆さんに、何があったかお披露目になっちまうぞ。なあ」
背筋が、凍りついたような気がした。顔写真をつけて拡散。そんなことになったら。
「言っとくがな、昨日のことは一坂のせいでもあるんだぜ。お前の妹なあ、一坂だって言ったら嬉しそうにホイホイ出て来たよ。少しは警戒すりゃいいのに、何考えてたのかねえ。いいじゃねえか、一坂だって俺らだって、やることは同……」
ガタンバタンと、大きな音が響いた。
僕は、表に戻って倉庫の中に飛び込んだ。千堂が、恩藤に馬乗りになっていた。でもすぐに体を入れ替えられて、恩藤に上から殴られ出す。恩藤につかみかかろうとした僕を、四人の中の一人が組み付いて止めた。
「一坂てめえ、盗み聞きかよ」
「放せ、くそっ、千堂ッ」
他の三人も加わり、僕はその場に引き倒された。
そうしてる間にも、恩藤の拳を何発も受けた千堂の顔がどんどん腫れて行った。恩藤は哄笑を上げながら叫ぶ。
「そうだよ、そうやってかかって来りゃ良かったんだよ。そしたらこんな風に殴ってやれたんだ。ステルスなんてつまんねえ真似何年もさせやがって、俺がどんなにストレス溜めてたか分かるか。お前のせいだ、あの女がやられたのは、全部お前の――」
打ち降ろす拳を止めようとしない恩藤に、こっちの四人が怖じ気づき出した。
「恩藤君、その辺にしとこうぜ」
「そうだよ。本当に警察に行かれちまったら、俺達……」
それらの声を聞いて、ようやく恩藤が立ち上がった。千堂は仰向けのまま動かない。
「千堂、千堂ッ」
僕が呼びかけても、無反応だった。恩藤は千堂の腹の辺りに唾を吐きかけ、
「カッコいいなあ、妹の仇討ちに犯人呼び出して、ボコられてくたばってちゃ世話ねえや。いいか、これからはステルスなんかじゃねえぞ。覚悟しとけよ」
そう言って、四人の手で地面に組み伏せられたままの僕を一瞥し、
「てめえもだぞ、一坂」
と言って倉庫を出て行った。他の四人も、
「お、おい、待てよ恩藤」
と三々五々僕から手を離して去って行く。
「千堂……おい」
「一坂君」
むくりと、千堂が起き上がった。顔面は、傷んだ果物のように腫れ上がっている。
「……始めから、聞いてた?」
「……いや……、今来たところだよ。何も、聞いてない……」
嘘だとは、ばれているだろう。それでも、つかなければならない嘘だった。
千堂は無言で立ち上がって、そのまま下校して行った。
表面上は、いつもと変わらない朝だった。千堂は登校して来たし、千堂をいじめているグループも何食わぬ顔で教室にいる。
でもどちらも、その表情には、ただならぬ感情が潜んでいるのが伝わって来た。ただ、向こうのリーダー格の恩藤《おんどう》という奴だけが、普段と同じぺらぺらとした笑顔を浮かべていた。
僕は彼らの誰にも声をかけられず、授業にも集中できないまま、放課後になった。すると、千堂が恩藤に駆け寄り、何かを告げた。千堂といじめグループの五人ほどが、そのままぞろぞろと教室を出て行く。僕は、こっそりと後をつけた。
彼らは、ほとんど使われていない古い体育倉庫へ入って行った。扉が閉まったので、裏側へ回って倉庫の壁に耳をつけた。薄い木の壁は、中の音が筒抜けに聞こえる。
まず響いて来たのは、千堂の声だった。
「僕の妹に、何てことをしたんだ」
「おい、間違えんなよ。お前の妹だから、あんな目に遭ったんだぜ」
恩藤の、からかうような言い方。
「お前、俺らに全然抵抗しねえし、何されても嫌だって言わねえし。じゃあ、妹もいいんかなってな。そしたら泣き喚きやがったんで驚いた。可愛そうになあ、兄貴のせいで」
千堂は、しばらく黙った。
「おい、人何人も呼び出しといてだんまりはねえだろ」
「……どうして、一坂君の名前を使ったんだ。彼は関係無い」
「あいつ、最近調子こいてお前の味方してなかったか? だからだよ。余計なことするからだ」
「……君達が今回やったことは、れっきとした犯罪だよ。僕は警察に行く」
倉庫の中がざわついた。恩藤はともかく、他の四人は大きく動揺しているのだろう。それを落ち着かせるように、恩藤が抑えた声で言った。
「よせよ、妹ちゃんのためにならねえ。下手すりゃ顔写真入りで、全国どころか世界の皆さんに、何があったかお披露目になっちまうぞ。なあ」
背筋が、凍りついたような気がした。顔写真をつけて拡散。そんなことになったら。
「言っとくがな、昨日のことは一坂のせいでもあるんだぜ。お前の妹なあ、一坂だって言ったら嬉しそうにホイホイ出て来たよ。少しは警戒すりゃいいのに、何考えてたのかねえ。いいじゃねえか、一坂だって俺らだって、やることは同……」
ガタンバタンと、大きな音が響いた。
僕は、表に戻って倉庫の中に飛び込んだ。千堂が、恩藤に馬乗りになっていた。でもすぐに体を入れ替えられて、恩藤に上から殴られ出す。恩藤につかみかかろうとした僕を、四人の中の一人が組み付いて止めた。
「一坂てめえ、盗み聞きかよ」
「放せ、くそっ、千堂ッ」
他の三人も加わり、僕はその場に引き倒された。
そうしてる間にも、恩藤の拳を何発も受けた千堂の顔がどんどん腫れて行った。恩藤は哄笑を上げながら叫ぶ。
「そうだよ、そうやってかかって来りゃ良かったんだよ。そしたらこんな風に殴ってやれたんだ。ステルスなんてつまんねえ真似何年もさせやがって、俺がどんなにストレス溜めてたか分かるか。お前のせいだ、あの女がやられたのは、全部お前の――」
打ち降ろす拳を止めようとしない恩藤に、こっちの四人が怖じ気づき出した。
「恩藤君、その辺にしとこうぜ」
「そうだよ。本当に警察に行かれちまったら、俺達……」
それらの声を聞いて、ようやく恩藤が立ち上がった。千堂は仰向けのまま動かない。
「千堂、千堂ッ」
僕が呼びかけても、無反応だった。恩藤は千堂の腹の辺りに唾を吐きかけ、
「カッコいいなあ、妹の仇討ちに犯人呼び出して、ボコられてくたばってちゃ世話ねえや。いいか、これからはステルスなんかじゃねえぞ。覚悟しとけよ」
そう言って、四人の手で地面に組み伏せられたままの僕を一瞥し、
「てめえもだぞ、一坂」
と言って倉庫を出て行った。他の四人も、
「お、おい、待てよ恩藤」
と三々五々僕から手を離して去って行く。
「千堂……おい」
「一坂君」
むくりと、千堂が起き上がった。顔面は、傷んだ果物のように腫れ上がっている。
「……始めから、聞いてた?」
「……いや……、今来たところだよ。何も、聞いてない……」
嘘だとは、ばれているだろう。それでも、つかなければならない嘘だった。
千堂は無言で立ち上がって、そのまま下校して行った。
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