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第13話 第五章 イチサカシンクロウ 2
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次の日曜日、僕は千堂の家に行こうかどうか、午前中いっぱい悩んだ挙句、昼過ぎになって家を出た。
千堂の家までは、自転車で三十分くらいかかる。急ぎ目にペダルを漕いで、あと十数メートルで千堂の家に着くというところで、千堂が自分の家の玄関から飛び出して来た。僕がいるのとは逆の方へ走って行ったので、僕がここにいることにはきづかなかったようだった。あっという間に千堂の姿は、道を曲がって消えた。様子がおかしい。
僕は千堂の家のチャイムを鳴らし、充分顔見知りになっていたおばさんに、何があったのか訊いた。
「あれ、一坂君、一人なの?」
「え、はい。今来たところですから」
「そうじゃなくて……」
おばさんから話を聞いた僕は、頭の中が疑問符で浮かんだ。次に、嫌な予感が噴き出して来て、僕は挨拶もそこそこに自転車に飛び乗った。
千堂が行った方へ、走り出す。
おばさんが言うには、千堂は朝からお使いに出ていて、留守だった。その間に、男の子から家に電話がかかって来て、イチサカだと名乗ったという。そして、兄のことで話があるからと、近所の公園へ千堂の妹を呼び出した。
電話なら、多少声が違っても、学校などで僕のしゃべり方を知っている奴が真似すれば、すぐには偽物だと分からない。
外から帰って来て、それを聞いた千堂は、いきなり飛び出して行ったと言う。悪い予感がしたんだろう。それは、僕も同じだった。
僕は急いで、近所の公園とやらに行ってみた。妹はもちろん、千堂もいない。
僕は自分の携帯端末で、千堂の端末に電話をした。でも、出ない。
一応、『今どこにいる? 連絡くれ』と千堂へメッセージを送り、その後は、二人を探して街の中をめちゃくちゃに走り回った。
誰が彼女を連れ出したのかは、おおよその見当がついていた。千堂と僕に関わっている以上、学校関係のはずだ。それも、千堂に悪意をぶつけて来る奴ら。
――何年間いじめてやっても、根を上げない千堂。
――これまでに一度も、問題になったことも無いいじめ。
――それによる、自分達は何をやっても罰されないという自信。
――マンネリ。
――新しい刺激への欲求。
――刺激。
――欲求。
――思春期。
――暴走。
――可愛い妹――……
最悪の連想ばかりが浮かんでくる。
警察を呼んだ方が良いのだろうか。でもそうすれば、きっと千堂が抱える他の問題ごと事件化する。その引き金を僕が引いて、いいのだろうか。それがためらわれた。
時刻は、午後三時になろうとしていた。妹は午前中に出て行ったと言っていたから、もう四五時間は経っている。
その時、僕の携帯端末が鳴った。道端に自転車を止めて、通話をオンにする。千堂からの電話だった。
「一坂君、……僕らを探してくれてるの?」
「そう、そうだよ。今どこにいる? 妹さんは……」
「妹は、今見つけた」
「本当か! やった、良かった、すっごく心配した! 今どこ? 自転車で来てるから、迎えに行くよ」
電話の向こうの千堂が、少し黙った。
「千堂?」
「いいんだ。一坂君、僕らのことはいいから、もう帰って。遅くなると、蟲も出るし」
「蟲って、まだ夕方にもなってないだろ。どうしたんだ千堂、妹さんどうかしたのか?」
「妹が、そうしてくれって言ってるんだ」
千堂の声は、落ち着いている。その静かさに、なぜか、背筋が冷えた。
「妹さん、そこにいるのか。代わってくれよ、少しだけ……」
「妹は、出たくないって言ってる」
胸の動悸が、どんどん早まって行った。
彼女の声が聞きたかった。あの、優しい声が。
妹がそこにいると言いながら、千堂の口からは、大丈夫だとか、もう平気だとか、そうした言葉が出て来ない。
「千堂、そこはどこなんだ」
「一坂君、今日は、僕に会いに家に来てくれたんでしょ? ありがとう。でも、もしこれから断わりもなく家に来たら、……特に妹に勝手に会おうとしたら、……」
端末を持つ手が震える。
「君を絶対に許さない」
それきり、通話は切れた。
僕には、かけ直すことができなかった。
千堂の家までは、自転車で三十分くらいかかる。急ぎ目にペダルを漕いで、あと十数メートルで千堂の家に着くというところで、千堂が自分の家の玄関から飛び出して来た。僕がいるのとは逆の方へ走って行ったので、僕がここにいることにはきづかなかったようだった。あっという間に千堂の姿は、道を曲がって消えた。様子がおかしい。
僕は千堂の家のチャイムを鳴らし、充分顔見知りになっていたおばさんに、何があったのか訊いた。
「あれ、一坂君、一人なの?」
「え、はい。今来たところですから」
「そうじゃなくて……」
おばさんから話を聞いた僕は、頭の中が疑問符で浮かんだ。次に、嫌な予感が噴き出して来て、僕は挨拶もそこそこに自転車に飛び乗った。
千堂が行った方へ、走り出す。
おばさんが言うには、千堂は朝からお使いに出ていて、留守だった。その間に、男の子から家に電話がかかって来て、イチサカだと名乗ったという。そして、兄のことで話があるからと、近所の公園へ千堂の妹を呼び出した。
電話なら、多少声が違っても、学校などで僕のしゃべり方を知っている奴が真似すれば、すぐには偽物だと分からない。
外から帰って来て、それを聞いた千堂は、いきなり飛び出して行ったと言う。悪い予感がしたんだろう。それは、僕も同じだった。
僕は急いで、近所の公園とやらに行ってみた。妹はもちろん、千堂もいない。
僕は自分の携帯端末で、千堂の端末に電話をした。でも、出ない。
一応、『今どこにいる? 連絡くれ』と千堂へメッセージを送り、その後は、二人を探して街の中をめちゃくちゃに走り回った。
誰が彼女を連れ出したのかは、おおよその見当がついていた。千堂と僕に関わっている以上、学校関係のはずだ。それも、千堂に悪意をぶつけて来る奴ら。
――何年間いじめてやっても、根を上げない千堂。
――これまでに一度も、問題になったことも無いいじめ。
――それによる、自分達は何をやっても罰されないという自信。
――マンネリ。
――新しい刺激への欲求。
――刺激。
――欲求。
――思春期。
――暴走。
――可愛い妹――……
最悪の連想ばかりが浮かんでくる。
警察を呼んだ方が良いのだろうか。でもそうすれば、きっと千堂が抱える他の問題ごと事件化する。その引き金を僕が引いて、いいのだろうか。それがためらわれた。
時刻は、午後三時になろうとしていた。妹は午前中に出て行ったと言っていたから、もう四五時間は経っている。
その時、僕の携帯端末が鳴った。道端に自転車を止めて、通話をオンにする。千堂からの電話だった。
「一坂君、……僕らを探してくれてるの?」
「そう、そうだよ。今どこにいる? 妹さんは……」
「妹は、今見つけた」
「本当か! やった、良かった、すっごく心配した! 今どこ? 自転車で来てるから、迎えに行くよ」
電話の向こうの千堂が、少し黙った。
「千堂?」
「いいんだ。一坂君、僕らのことはいいから、もう帰って。遅くなると、蟲も出るし」
「蟲って、まだ夕方にもなってないだろ。どうしたんだ千堂、妹さんどうかしたのか?」
「妹が、そうしてくれって言ってるんだ」
千堂の声は、落ち着いている。その静かさに、なぜか、背筋が冷えた。
「妹さん、そこにいるのか。代わってくれよ、少しだけ……」
「妹は、出たくないって言ってる」
胸の動悸が、どんどん早まって行った。
彼女の声が聞きたかった。あの、優しい声が。
妹がそこにいると言いながら、千堂の口からは、大丈夫だとか、もう平気だとか、そうした言葉が出て来ない。
「千堂、そこはどこなんだ」
「一坂君、今日は、僕に会いに家に来てくれたんでしょ? ありがとう。でも、もしこれから断わりもなく家に来たら、……特に妹に勝手に会おうとしたら、……」
端末を持つ手が震える。
「君を絶対に許さない」
それきり、通話は切れた。
僕には、かけ直すことができなかった。
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