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第18話 第五章 メッセージ
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「私が危険な状態に陥っても、助けたりしないでいいです。特に、自分を危険にさらしてまで」
「何でだよ」
「さっき話にも出かけましたけど。私は、生きていることに大して執着がありません。積極的に死のうとは思いませんが、能動的に生きようとも思えない人間です。先輩は、寿命までは生きたいと言いましたね。もう数十年生きたい人が、死ぬんなら今日死んじゃってもいいかなと思ってる人間のために犠牲になっては、筋が通りません」
こんなに長い文章を人に向かって言ったのは、いつ以来だっただろう。途中で少し、喉が痛くなった。
「お前、蟲から逃げ回ってるじゃんかよ」
「死ぬのはそれなりに怖いですから。でも、人を犠牲にしてまで生きるつもりはありません」
「お前、以外とはっきりもの言うんだなあ。知らんかった」
「ええ先輩、ですからはっきり約束して下さい。もう私のことを助けたりしないと」
斯波方先輩は、フウと嘆息して半眼になった。片手で携帯端末を取り出し、画面を見て、
「お、柚子生さんからメッセージ入ってる」
はぐらかされている。
「先輩」
「そんな約束はしねえ」
先輩は、端末の画面を覗き込んだまま私に応えた。
「お前が今言ったんだぜ、怖いって。それに自分のために他人を死なせたくないなんて奴を、死なせるわけには行かねえよ」
「な……」
私はこの上なく明朗に私の意図を伝えたつもりだったので、それを正面から跳ね返されて、絶句した。
「えーとな。『無事でーす。廊下にムシがいっぱいいてヤだけどもー』……そんであと顔文字。やっぱり、その足じゃ行かなくて正解だな。見ろ」
斯波方先輩が、端末を私にも見えるように机の上に置いた。柚子生先輩達を示す赤い点が、じりじりと動く。直進するのではなく小刻みに左右にぶれているのは、あちこちの夜煌蟲を避けているのだろう、と斯波方先輩は言いたいのだ。
点の位置から見て、もう職員室に入るかどうか、というところまで来ているようだった。
「『他に人はいますか?』……と。まあ、返信どころじゃないかも知れねえけど」
斯波方先輩がそう言い終わる前に、返信の表示が現れた。
「マジか。この状況で、ながらかよあの人……。『いなーい』……だそうだ。うお、もう次が来た。『職員室入ったよ。新九郎君が配電盤見てまーす。私は入口んとこでお留守番。うぇ、ムシだらけ』。……ちなみに両方顔文字付きだな」
……けっこう余裕があるように見えてしまうのは、私だけだろうか。
「一応、新九郎に電気は復活させなくていいって言ってもらうか。さっき言ってた通り、暗い方が蟲を見つけやすいしな」
そこまで言った時、斯波方先輩の顔が急に引き締まった。
「『配電盤壊されてる』……だとよ」
ぞくり、と寒気がした。
照明を落とすくらい、配電盤になど詳しくなくてもわけはない。夜煌蟲への対策として電気を点かなくしたのなら、多少パニックに陥ってたとしても、配電盤自体を壊そうなどと発想するだろうか。
「何か、気味悪いな。既に充分悪いけどよ。まあいいや、柚子生さんへ、『電話で警察呼んで下さい』、と」
そうか。職員室なら、固定電話がある。
けれど、柚子生先輩からの返信を見た斯波方先輩の顔が、今度こそはっきりと歪んだ。
「『電話線切られてる』……か」
動悸が、一気に早まって行く。
夜煌蟲は、牙も爪も持たない。生きた人間が、やったのだ。
配電盤を壊したのと、同じ人だろうか。
配電盤はともかく、電話線を切ったのは、生存のためにはマイナスしか無いはずだ。
「一度二人を呼び戻すか。『二階へ戻って来て下さい』、で送信っと。……で、時森。お前どう思う。配電盤に電話線」
斯波方先輩は、端末から目を離さないまま言った。
「分かりません……」
「そうだな。分からない。今この学校に残って……生き残っているのが何人か知らねえが、考えは一つのはずだ。生きて脱出したい。はっきり言って、職員室の電話はそのための切り札のつもりだったぜ。……誰が、何のために線を切った?」
端末の光点は、さっきと同じように小刻みにぶれながら動き出した。職員室から、もう出るところだ。同時に、メッセージが入った。
「『今から戻るよー』か、よし。ん、また来た。えー、『新九郎君がさっきからヒワコヒワコ言ってる』……今いらねえだろその情報」
「ヒワコ?」
「新九郎の昔の友達の姉ちゃんだったか妹だったか……ちょろっと聞いたことがあるんだが、その名前だと思う。引っ越しちまったらしいけど、俺が思うにあれは、その子に惚れてやがったな。何かえらくキツい目に遭ったらしくて、珍しく、泣きそうな顔でぼそぼそとよ」
私の心臓がひとつ、脈打った。
「一坂の、昔の……知り合いですか。一坂が、泣きそうな顔で」
「ああ、でも結構前の話……」
先輩も、思い至ったようだった。
「悲しい思い出、ですよね。辛い、……記憶。トラウマ。それって……」
夜煌蟲は、自他の過去の辛い記憶を掘り出して、再体験させる。それが本当なら。
「馬鹿言うな。新九郎は、蟲の巣窟に乗り込んでってむざむざ感染する間抜けじゃねえだろ。柚子生さんもいるんだしよ」
その時、新しい着信があった。斯波方先輩の表情が強張る。
私は、画面を覗き込んで、送られて来た文字を読んだ。
『たすけち』
柚子生先輩からのメッセージは、顔文字はおろか、変換すらせず、誤字のままで、構わずに送信されていた。
「何でだよ」
「さっき話にも出かけましたけど。私は、生きていることに大して執着がありません。積極的に死のうとは思いませんが、能動的に生きようとも思えない人間です。先輩は、寿命までは生きたいと言いましたね。もう数十年生きたい人が、死ぬんなら今日死んじゃってもいいかなと思ってる人間のために犠牲になっては、筋が通りません」
こんなに長い文章を人に向かって言ったのは、いつ以来だっただろう。途中で少し、喉が痛くなった。
「お前、蟲から逃げ回ってるじゃんかよ」
「死ぬのはそれなりに怖いですから。でも、人を犠牲にしてまで生きるつもりはありません」
「お前、以外とはっきりもの言うんだなあ。知らんかった」
「ええ先輩、ですからはっきり約束して下さい。もう私のことを助けたりしないと」
斯波方先輩は、フウと嘆息して半眼になった。片手で携帯端末を取り出し、画面を見て、
「お、柚子生さんからメッセージ入ってる」
はぐらかされている。
「先輩」
「そんな約束はしねえ」
先輩は、端末の画面を覗き込んだまま私に応えた。
「お前が今言ったんだぜ、怖いって。それに自分のために他人を死なせたくないなんて奴を、死なせるわけには行かねえよ」
「な……」
私はこの上なく明朗に私の意図を伝えたつもりだったので、それを正面から跳ね返されて、絶句した。
「えーとな。『無事でーす。廊下にムシがいっぱいいてヤだけどもー』……そんであと顔文字。やっぱり、その足じゃ行かなくて正解だな。見ろ」
斯波方先輩が、端末を私にも見えるように机の上に置いた。柚子生先輩達を示す赤い点が、じりじりと動く。直進するのではなく小刻みに左右にぶれているのは、あちこちの夜煌蟲を避けているのだろう、と斯波方先輩は言いたいのだ。
点の位置から見て、もう職員室に入るかどうか、というところまで来ているようだった。
「『他に人はいますか?』……と。まあ、返信どころじゃないかも知れねえけど」
斯波方先輩がそう言い終わる前に、返信の表示が現れた。
「マジか。この状況で、ながらかよあの人……。『いなーい』……だそうだ。うお、もう次が来た。『職員室入ったよ。新九郎君が配電盤見てまーす。私は入口んとこでお留守番。うぇ、ムシだらけ』。……ちなみに両方顔文字付きだな」
……けっこう余裕があるように見えてしまうのは、私だけだろうか。
「一応、新九郎に電気は復活させなくていいって言ってもらうか。さっき言ってた通り、暗い方が蟲を見つけやすいしな」
そこまで言った時、斯波方先輩の顔が急に引き締まった。
「『配電盤壊されてる』……だとよ」
ぞくり、と寒気がした。
照明を落とすくらい、配電盤になど詳しくなくてもわけはない。夜煌蟲への対策として電気を点かなくしたのなら、多少パニックに陥ってたとしても、配電盤自体を壊そうなどと発想するだろうか。
「何か、気味悪いな。既に充分悪いけどよ。まあいいや、柚子生さんへ、『電話で警察呼んで下さい』、と」
そうか。職員室なら、固定電話がある。
けれど、柚子生先輩からの返信を見た斯波方先輩の顔が、今度こそはっきりと歪んだ。
「『電話線切られてる』……か」
動悸が、一気に早まって行く。
夜煌蟲は、牙も爪も持たない。生きた人間が、やったのだ。
配電盤を壊したのと、同じ人だろうか。
配電盤はともかく、電話線を切ったのは、生存のためにはマイナスしか無いはずだ。
「一度二人を呼び戻すか。『二階へ戻って来て下さい』、で送信っと。……で、時森。お前どう思う。配電盤に電話線」
斯波方先輩は、端末から目を離さないまま言った。
「分かりません……」
「そうだな。分からない。今この学校に残って……生き残っているのが何人か知らねえが、考えは一つのはずだ。生きて脱出したい。はっきり言って、職員室の電話はそのための切り札のつもりだったぜ。……誰が、何のために線を切った?」
端末の光点は、さっきと同じように小刻みにぶれながら動き出した。職員室から、もう出るところだ。同時に、メッセージが入った。
「『今から戻るよー』か、よし。ん、また来た。えー、『新九郎君がさっきからヒワコヒワコ言ってる』……今いらねえだろその情報」
「ヒワコ?」
「新九郎の昔の友達の姉ちゃんだったか妹だったか……ちょろっと聞いたことがあるんだが、その名前だと思う。引っ越しちまったらしいけど、俺が思うにあれは、その子に惚れてやがったな。何かえらくキツい目に遭ったらしくて、珍しく、泣きそうな顔でぼそぼそとよ」
私の心臓がひとつ、脈打った。
「一坂の、昔の……知り合いですか。一坂が、泣きそうな顔で」
「ああ、でも結構前の話……」
先輩も、思い至ったようだった。
「悲しい思い出、ですよね。辛い、……記憶。トラウマ。それって……」
夜煌蟲は、自他の過去の辛い記憶を掘り出して、再体験させる。それが本当なら。
「馬鹿言うな。新九郎は、蟲の巣窟に乗り込んでってむざむざ感染する間抜けじゃねえだろ。柚子生さんもいるんだしよ」
その時、新しい着信があった。斯波方先輩の表情が強張る。
私は、画面を覗き込んで、送られて来た文字を読んだ。
『たすけち』
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