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第23話 第六章 人為
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私は斯波方先輩の方へ視線を戻した。さっき切られた顔の傷に、かさぶたが出来かけて渇いていた。腕も胸も怪我して、傷だらけだ。私は自分が間抜けで痛めた膝だけ。何だか、ひどく申し訳無い気になった。
「逃げようとしてるだけじゃ、それじゃ駄目なんだ。この学校から俺らを逃がすまいと、つまり、殺そうとしてる奴がいるはずだ」
「奴、……」
「人為があるぜ、明らかに。一番あからさまなのが、職員室の電話線だ。端末が使用できなくなったのも職員室の管理機器で電波周りを操作したせいだとしたら、同じ奴がやった可能性が高い。それ以前に、この状況自体がそうかもな」
「状況、自体ですか?」
「この蟲の大量発生自体、ってことだ。ただの自然現象だとは、思わない方がいいんじゃねえか。これを、仕組んだ奴がいるって考えた方がしっくり来る。今の校舎の様子から見て、俺達が、未感染の状態ではほとんど最後の生き残りだろうよ。なら、黒幕の目的は校内の人間を、大量の蟲で大量に感染させることだ。イコール、大量殺人でもある。それが最終目標なのか、通過点なのかは分からねえが。生き残ってる俺達だって、偶然や自分の意志で袋小路同然の本校舎にいるんじゃねえ。誘導されたも同然だろ」
思い出す。私達が本校舎に来たのは、校庭から校門を通っては、外にはもう行けなかったからだ。裏門も塞がれた。その前には、蟲に部室棟を追い出された。確かに、選択肢の無い状況が連続していた。
「最初に部室棟で見た、お前を襲った蟲な。あれもおかしいんだ。入り口の段差は、蟲単体では乗り越えられない。誰かに取り憑いて入って来たなら、その誰かは誰だ? 感染者が入ってくれば、もう少しどこかしらの部が騒いでるはずだ。だがあの夜煌蟲は、まだ何人も居残ってたってのに騒ぎひとつ無い部室棟で、ぽつねんと廊下にいた。……時森お前、蟲が持ち運べるって知ってるか?」
ふるふると、首を横に振る。
「密閉して、日光を遮った容器に入れれば、昼の間でも蟲はもつんだ。夜になってから容器の蓋を開ければ、また活動し始める。あの蟲は感染者の体に巣食って部室棟に運ばれて来たんじゃなく、誰かが何かの入れ物で、蟲自体を昼間の内に部室棟に持ち込んだんだと俺は見てる。その蟲で直接感染させられなくても、ちょいとでかめの塊を見せて生徒を部室棟から追い出して、この本校舎に追いこみゃ一網打尽にできるしな。まあ、実際は俺ら以外は追い出されるまでもなく、部室棟の中でやられちまったわけだけど」
あの部室棟の夜煌蟲は、ポケット程度で隠せはしない大きさだった。少なくとも第四文芸部では、見慣れない容器の類を部室に持ち込んだ人はいなかった。
ピルケースやタバコくらいならともかく、あの蟲の塊がすっぽり入るくらい大振りな密閉容器なんて、最低でも1リットルの牛乳パックくらいのサイズが必要になる。明るい内からそんなものを持っていれば不自然過ぎて、すぐ目につくに決まっている。
斯波方先輩の言うとおりだとしたら、どの部の誰がそんな真似をしたのだろう。
「恐らくこの蟲の大発生も、同じ奴の仕業だ。と言うより、部室棟に持ち込んだのはそいつが用意した蟲の、ごく一部だったんだろう。ひとまず、犯人の目的は学校の全滅だと仮定するぜ。厳密には違うかもしれねえが、多分似たようなもんだろ。そいつは、何らかの方法で大量に夜煌蟲を増殖させる方法を見つけ出した。蟲の量を確保したなら、本校舎の中に蟲をばらまくのは簡単だ」
そうだろうか。
確かに、ひしゃくでもバケツでも、ばらまけはするだろう。でも、こんなに大量の蟲を確保することに成功したとして、それは今までどこに溜めておいて、どうやって学校まで運んで来れるのだろう。移動中に人に見つかれば、そこでおしまいだ。うまく校内に運びこめたとしても、ばらまいているところを見られたら、そこで取り押さえられてしまう。
私の口からは、
「簡単、ですかね……」
と、疑わしげな声が出た。
「本校舎ならな。何しろ部室棟はただのプレハブ同然で、電気は点くが――」
先輩は天井に人差し指を向けてくるくると回し、
「空調と水道は通ってねえ。例えば水道管の中に蟲を仕込めれば、蛇口をひねるだけでそいつらは勝手に出て来る。犯人の野郎はあらかじめ水道に蟲を仕込んでおいて、今日日没してから何人かが水を飲むのを待ったんじゃねえかな。それで体内に蟲を入れちまえば、簡単に感染する」
「水道に仕込む、……って……」
簡単に言うけど。犯人は水道局ですか、と言いたくなる。
不満げな表情を隠せていなかっただろう私に構わず、先輩は続けた。
「そうして人間の体の中に、水ごと蟲をたっぷり溜める。さっき、感染者がある程度操られてるんじゃないかって話したよな。自殺させるってのは知れてる通りだが、今日に限っては、それ以外の行動も取らせてる。そんなことができるなら、感染者十人程度に水をがぶ飲みさせて、体内を蟲で満タンにしてから職員室でその蟲をぶちまけさせれば、あの惨状の出来上がりだ。学校のぐるりも裏門の植え込みも、同じやり方で蟲を仕込める。仕事が済んで用済みになった連中は、そこで自殺させられたんじゃねえかな。塀周りの死体には、そんなのも混じってると思う。本校舎の中にはほとんど他に人は残ってないようだが、数少ない生き残りも、異常事態に教師を頼って職員室に駆け込めば蟲の餌食だ。校舎を出ても、敷地中あの有様だしな。学校の機能集約場所の職員室があれじゃ、お手上げだ」
ただの、仮説だ。
全部、ここまでにあったことを組み立てただけの、張りぼての理屈だ。でも――
「俺の予想が全部当たってるとは言わねえよ。けど、そう的外れでもないつもりだぜ。これが全部、自然に起きたもんだと思えるか? 俺は、この事態を計画して、実行に移した人間がいると思う。蟲を通じて、人間も操り人形にしてな」
私も感じていた。今夜は、偶然と言うには、色々なことが起こり過ぎる。少なくとも端末の電波途絶や電話線、配電盤などについては、人間が関わっているはずだ。
誰かが意図して、この事態を引き起こしている。そうだとすれば、目的は何なのだろう。先輩の仮定通り、学校の全滅? ならそれは、何のために?
「逃げようとしてるだけじゃ、それじゃ駄目なんだ。この学校から俺らを逃がすまいと、つまり、殺そうとしてる奴がいるはずだ」
「奴、……」
「人為があるぜ、明らかに。一番あからさまなのが、職員室の電話線だ。端末が使用できなくなったのも職員室の管理機器で電波周りを操作したせいだとしたら、同じ奴がやった可能性が高い。それ以前に、この状況自体がそうかもな」
「状況、自体ですか?」
「この蟲の大量発生自体、ってことだ。ただの自然現象だとは、思わない方がいいんじゃねえか。これを、仕組んだ奴がいるって考えた方がしっくり来る。今の校舎の様子から見て、俺達が、未感染の状態ではほとんど最後の生き残りだろうよ。なら、黒幕の目的は校内の人間を、大量の蟲で大量に感染させることだ。イコール、大量殺人でもある。それが最終目標なのか、通過点なのかは分からねえが。生き残ってる俺達だって、偶然や自分の意志で袋小路同然の本校舎にいるんじゃねえ。誘導されたも同然だろ」
思い出す。私達が本校舎に来たのは、校庭から校門を通っては、外にはもう行けなかったからだ。裏門も塞がれた。その前には、蟲に部室棟を追い出された。確かに、選択肢の無い状況が連続していた。
「最初に部室棟で見た、お前を襲った蟲な。あれもおかしいんだ。入り口の段差は、蟲単体では乗り越えられない。誰かに取り憑いて入って来たなら、その誰かは誰だ? 感染者が入ってくれば、もう少しどこかしらの部が騒いでるはずだ。だがあの夜煌蟲は、まだ何人も居残ってたってのに騒ぎひとつ無い部室棟で、ぽつねんと廊下にいた。……時森お前、蟲が持ち運べるって知ってるか?」
ふるふると、首を横に振る。
「密閉して、日光を遮った容器に入れれば、昼の間でも蟲はもつんだ。夜になってから容器の蓋を開ければ、また活動し始める。あの蟲は感染者の体に巣食って部室棟に運ばれて来たんじゃなく、誰かが何かの入れ物で、蟲自体を昼間の内に部室棟に持ち込んだんだと俺は見てる。その蟲で直接感染させられなくても、ちょいとでかめの塊を見せて生徒を部室棟から追い出して、この本校舎に追いこみゃ一網打尽にできるしな。まあ、実際は俺ら以外は追い出されるまでもなく、部室棟の中でやられちまったわけだけど」
あの部室棟の夜煌蟲は、ポケット程度で隠せはしない大きさだった。少なくとも第四文芸部では、見慣れない容器の類を部室に持ち込んだ人はいなかった。
ピルケースやタバコくらいならともかく、あの蟲の塊がすっぽり入るくらい大振りな密閉容器なんて、最低でも1リットルの牛乳パックくらいのサイズが必要になる。明るい内からそんなものを持っていれば不自然過ぎて、すぐ目につくに決まっている。
斯波方先輩の言うとおりだとしたら、どの部の誰がそんな真似をしたのだろう。
「恐らくこの蟲の大発生も、同じ奴の仕業だ。と言うより、部室棟に持ち込んだのはそいつが用意した蟲の、ごく一部だったんだろう。ひとまず、犯人の目的は学校の全滅だと仮定するぜ。厳密には違うかもしれねえが、多分似たようなもんだろ。そいつは、何らかの方法で大量に夜煌蟲を増殖させる方法を見つけ出した。蟲の量を確保したなら、本校舎の中に蟲をばらまくのは簡単だ」
そうだろうか。
確かに、ひしゃくでもバケツでも、ばらまけはするだろう。でも、こんなに大量の蟲を確保することに成功したとして、それは今までどこに溜めておいて、どうやって学校まで運んで来れるのだろう。移動中に人に見つかれば、そこでおしまいだ。うまく校内に運びこめたとしても、ばらまいているところを見られたら、そこで取り押さえられてしまう。
私の口からは、
「簡単、ですかね……」
と、疑わしげな声が出た。
「本校舎ならな。何しろ部室棟はただのプレハブ同然で、電気は点くが――」
先輩は天井に人差し指を向けてくるくると回し、
「空調と水道は通ってねえ。例えば水道管の中に蟲を仕込めれば、蛇口をひねるだけでそいつらは勝手に出て来る。犯人の野郎はあらかじめ水道に蟲を仕込んでおいて、今日日没してから何人かが水を飲むのを待ったんじゃねえかな。それで体内に蟲を入れちまえば、簡単に感染する」
「水道に仕込む、……って……」
簡単に言うけど。犯人は水道局ですか、と言いたくなる。
不満げな表情を隠せていなかっただろう私に構わず、先輩は続けた。
「そうして人間の体の中に、水ごと蟲をたっぷり溜める。さっき、感染者がある程度操られてるんじゃないかって話したよな。自殺させるってのは知れてる通りだが、今日に限っては、それ以外の行動も取らせてる。そんなことができるなら、感染者十人程度に水をがぶ飲みさせて、体内を蟲で満タンにしてから職員室でその蟲をぶちまけさせれば、あの惨状の出来上がりだ。学校のぐるりも裏門の植え込みも、同じやり方で蟲を仕込める。仕事が済んで用済みになった連中は、そこで自殺させられたんじゃねえかな。塀周りの死体には、そんなのも混じってると思う。本校舎の中にはほとんど他に人は残ってないようだが、数少ない生き残りも、異常事態に教師を頼って職員室に駆け込めば蟲の餌食だ。校舎を出ても、敷地中あの有様だしな。学校の機能集約場所の職員室があれじゃ、お手上げだ」
ただの、仮説だ。
全部、ここまでにあったことを組み立てただけの、張りぼての理屈だ。でも――
「俺の予想が全部当たってるとは言わねえよ。けど、そう的外れでもないつもりだぜ。これが全部、自然に起きたもんだと思えるか? 俺は、この事態を計画して、実行に移した人間がいると思う。蟲を通じて、人間も操り人形にしてな」
私も感じていた。今夜は、偶然と言うには、色々なことが起こり過ぎる。少なくとも端末の電波途絶や電話線、配電盤などについては、人間が関わっているはずだ。
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