夜煌蟲伝染圧

クナリ

文字の大きさ
24 / 51

第24話 第六章 死の釜

しおりを挟む
「これを打開する方法があるとすれば、もう逃げようもねえわけだし、原因を絶つ方が有効じゃねえかと思う。時森、悪いが……もうひと頑張りして、上へ行くぞ」
「三階って、ことですか」
「いや、屋上だ」
「屋上? どうしてです?」
「仮説の、裏を取りに行くんだよ。屋上には貯水タンクがある。そいつを使って蟲を校内の水道に流した可能性が高いと、俺は見てる。犯人がそこにいるとは思わねえけど、他に手がかりもねえしな。お前だってまさか、水道局が元凶だとは思わねえだろ」
 先輩が半眼で私を見ながら、そう言った。さっき、よっぽど疑わしげな顔をしていたのだろう。
「あ、あのええ……そうですよね、はい」
 頬が熱くなり、つい顔をそむける。さっきの自分を、叩いてやりたかった。
「どうだ、行けそうか?」
 私はうなずいて、立ち上がる。膝が、痛い。歩けはするけれど、また何かが起きたら、私は足手まといでしかない。でも、先輩をここに釘づけにさせるわけにもいかない。
 先輩も立ち上がり、
「心配すんな。お前一人くらい、どうにでも守ってやるよ」
 そう言いながら、私の足を心配そうに見つめた。
 私は少し、素足の膝を見る先輩の視線が恥ずかしかった。もう冬なんだし、タイツくらいはくべきだった。それをごまかそうと、
「でも先輩、よくそんなの思いつきますね。貯水タンクのことなんて、私考えもしませんでした」
 などと言ってみる。
 すると先輩は頭をかきながら、
 「あー、まあな……。あの屋上、最近はそうでもねえけど去年までは昼間は鍵がかかってないことが多くてな。一年の時、よく授業サボってたんだよ、あそこで。そん時、ああ貯水タンクがあるんだなって思ってたもんだからな」
 なぜか胸を張ってそういう斯波方先輩に、私はつい笑ってしまった。先輩も苦笑している。
 今夜は、人と、よく笑う。
 そのことがこの上も無い皮肉に思えて、それをごまかすために、私はまた笑った。

 三階へ上がっても、夜煌蟲の気配は無かった。廊下や教室の電気は消えているので、月明かりだけを頼りに、私達はそのまま屋上へ続く階段を上がった。
 何の妨害も無いまま、私達は屋上への扉に着いた。鍵は、開いている。
「だよな。貯水タンクを使って悪さしたんなら、ことを終えた今となっては施錠する必要もねえからな」
「……最初の感染者の何人か、少なくとも一人は、先生だったんでしょうか。それなら不審がられずに職員室の中で行動して、最適のタイミングで蟲を振りまけますし、屋上の鍵だって自由にできます」
「多分な。あらかじめ貯水タンクに蟲を仕込まなきゃならんわけだから、教師を感染させておいて鍵を運ばせて、犯人――もう、決めつけてそう呼ぶぜ――は屋上をフリーパスにしてたかもな。蟲が感染者を死なせないままどれくらい潜伏できるのかは分からねえが、夜煌蟲は今までに俺達が思ってたよりも遥かに高い自由度で人間を操れるし、犯人はどうやらその蟲を通して感染者を操ってる。完全に蟲をコントロールできるのか、何らかの習性を利用してるのかは不明だけどな。なんにせよ教師一人でも感染させちまえば、屋上は出入りし放題、他人は締め出し放題だ」
 私の腕に、さっと鳥肌が立った。
「あの、先輩。ここにちゃんと鍵がかかり出したのって、二年になってからって言ってましたよね。もしかして……」
 先輩も、はっとした表情になる。
「……その頃から、今夜のことを計画してたってのか? 今、十一月だぜ……。そんなに長い間、教師が少なくとも一人、蟲を通して操られてるなんてことが……」
 無い、とは言えない。私達はいかに夜煌蟲について無知であるか、今晩思い知らされている。
 斯波方先輩が生唾を飲み込んで、ドアを開けた。
 屋上の隅に、直方体の大きな貯水タンクが置かれている。先輩は周囲を警戒しながらそこへ近づき、タンクの周りを見て回った。
「月が明るくて助かるぜ。おい時森、やっぱりそうだ。このタンクは二層式になってる」
「二層、ですか?」
「タンクがただの箱じゃ、中を清掃する時に水が使えなくなっちまうだろ。だから二層に分けて、掃除する時なんかは片方だけを排水して中を洗うんだ。てことは一度片方の水を止めて、もう一方だけを延々使い続けるようにすれば、水を止めた方はただの水槽になる。そこに蟲を溜めて――下手すりゃもう半年以上前からかよ――、今日の日没を見計らって通水するタンクを切り替える。教師を抱き込んであるなら、清掃業者も何とかやり過ごせたろうからな」
 そんな構造になっているとは、知らなかった。
「でも、どうやって蟲をそこに集めるんですか?」
  先輩が、タンクの上に上がった。そして、苦い表情で低く呟く。
「そうだな、……ここまでに分かってる、一番楽で効率の良い方法を考えりゃ、よ……」
 いきなり、今日の部室での話が頭の中に蘇った。
 失踪――……行方不明――……この学校でも――……一年でだって――……三年はどう――……二年生も――……
「せんぱ――」
 私が呼ぶ前に、斯波方先輩は貯水タンクの上部に付いた蓋を取り外した。
 屋上に立っていた私の位置からは当然その中は見えなかったけど、タンクの口から放たれた光が、斯波方先輩の顔を下から緑色に照らした。
 その表情が、激しく歪む。ガン、と激しく先輩が蓋を閉めた。
「いたよ。やっぱりだ、何人も。蟲を詰め込まれた状態で、ここまで誘導されて、そのまま、……入水で自殺してやがる。二人や三人じゃねえぞ。何人なのかも、こんなザマじゃ分かりゃしねえ……見るなよ、時森。光も遮断できるここに、蟲を溜め込んで……畜生!」
 先輩は貯水タンクから下りると、今見たものを記憶から消そうとするように頭を振った。
「犯人の手かかりらしいもんはねえな。こっからはしらみ潰しだが……お前は、無理するな。安全な所にいろ」
 私は、たっぷり十秒ほど、絶句した。
「……一人で、……隠れてろってことですか? 安全な所って、どこですか」 
「お前、今日一日で色んな表情するようになったなあ。まあ、じっとしてりゃ大丈夫だろうなってとこだよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...