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第38話 第八章 羊の歌 3
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あたしは家に戻り、また、母親と住み始めた。母の男は、既に母に飽きて出て行っていたので、助かった。
しばらくして、あたしは公園の公衆トイレで自分の子供をお腹の中からかき出して、捨てた。先生の残したものが私の中にあることが、たまらなく嫌だった。
あたしの中にはそれから、代わりに、蟲が住んでいる。それで少しは満たされるかと思ったのに、なぜか今まで以上の寂しさが、私を襲った。
だからあたしは、次から次に、男子を誘っては家に連れ込んだ。男の子達は、皆喜んであたしの誘いに乗った。クラスメイトも、上級生も下級生も、部活の仲間も、お構いなしだった。
時には初めから遊びとして、時には一応交際の手順を踏んで、でもそれでも一度家に呼んだら、すぐに別れた。新鮮な刺激と、重さの乏しい関係が、あたしには必要だった。
その頃からあたしは特別目的もなく、いつか何かの役に立つかもしれないというだけで、関係を持った人達にこっそりと蟲を感染させていた。
他者殺害型は生まれて間も無いせいか、殖えづらく量が少なかったので時々にして、大抵は自殺促進型を、ことが済んで寝入った人達の耳や鼻から緑の光る粒を忍び込ませた。
単に仲間を増やしたかっただけなのかもしれない。相手に忍び込ませた蟲には、いつか目覚めさせる時まで、大人しく眠って潜伏するように言い含めておいた。その程度の意志の疎通は、充分できるようになっていた。
そんな生活をするうち、自分の空虚さを埋めること以外に、興味が持てなくなった。次第に部屋が荒れ、それと反比例して、あたしの容姿は磨かれて行った。
手頃な男子がいなければ、女子も誘った。女子高生達は朗らかな笑顔の裏に燃えるような好奇心を抱いていて、あたしへの警戒心よりも怖いもの見たさにも似た熱情でいっぱいだったので、男子よりも簡単だった。
一人でも多くの人間に感染して増殖することは、私の中に住んでいる蟲達の望みでもあった。夜煌蟲による自殺が急激にひとところで増えればあたし達の身が危うくなるので、相変わらず潜伏は静かに、誰にも気づかれずに進行させていた。
ただ、同年代の生徒達をいくら貪っても、私の心の飢えは満たされなかった。
分かっていた。私は、大人の男を求めていた。いつまでも、先生の影を追っていた。
けれど優しかった先生の笑顔を思い出すたび、あの、内臓が腐り落ちるような絶望もついて来た。苦痛はいつか、殺意に形を変えた。
でも、当の本人はもういない。
今通っている高校の教師達が、あの先生とはまるで無関係だと言うことは、理屈では分かっていた。
それでも、衝動は止められなかった。
姉さんの仇。
私の仇。
私の、子供の仇。愛することはできなかったけど、それでも絶望だけは確かに残された。
先生を自分の手で殺せなかった無念さが行き場所を失くして、あたしの中で、腐敗しながら渦巻いていた。
殺したい。
教師という人達を、出来るだけたくさん。
一気呵成に、一網打尽に。
そんな方法はあるだろうか。
切望を叶える糸口を探るために、試しにあたしはある夜、街で偶然出会った振りをして教頭を誘ってみた。それから何回目かのコンタクトを経て、教頭はとうとうあたしに手を出した。
古いホテルのベッドで、終わった後(もちろん感染させてやった)、教頭はあの頃の先生のような穏やかな笑顔であたしを見ていた。
その時、暇つぶしの寝物語に、教頭が校舎屋上の給水タンクの管理をしていることと、その構造を聞いた。教師達が放課後に必ず全員集まる、定例の職員会議のことも聞いた。
そうして、あたしは考えついた。
うまく行けば、蟲達は既に学校中に潜伏しているものも活用して、大繁殖させることができる。あたしは、――……せめてもの、復讐ができる。
それがたとえ、どんなに理不尽で、無意味で、空虚であっても。
しばらくして、あたしは公園の公衆トイレで自分の子供をお腹の中からかき出して、捨てた。先生の残したものが私の中にあることが、たまらなく嫌だった。
あたしの中にはそれから、代わりに、蟲が住んでいる。それで少しは満たされるかと思ったのに、なぜか今まで以上の寂しさが、私を襲った。
だからあたしは、次から次に、男子を誘っては家に連れ込んだ。男の子達は、皆喜んであたしの誘いに乗った。クラスメイトも、上級生も下級生も、部活の仲間も、お構いなしだった。
時には初めから遊びとして、時には一応交際の手順を踏んで、でもそれでも一度家に呼んだら、すぐに別れた。新鮮な刺激と、重さの乏しい関係が、あたしには必要だった。
その頃からあたしは特別目的もなく、いつか何かの役に立つかもしれないというだけで、関係を持った人達にこっそりと蟲を感染させていた。
他者殺害型は生まれて間も無いせいか、殖えづらく量が少なかったので時々にして、大抵は自殺促進型を、ことが済んで寝入った人達の耳や鼻から緑の光る粒を忍び込ませた。
単に仲間を増やしたかっただけなのかもしれない。相手に忍び込ませた蟲には、いつか目覚めさせる時まで、大人しく眠って潜伏するように言い含めておいた。その程度の意志の疎通は、充分できるようになっていた。
そんな生活をするうち、自分の空虚さを埋めること以外に、興味が持てなくなった。次第に部屋が荒れ、それと反比例して、あたしの容姿は磨かれて行った。
手頃な男子がいなければ、女子も誘った。女子高生達は朗らかな笑顔の裏に燃えるような好奇心を抱いていて、あたしへの警戒心よりも怖いもの見たさにも似た熱情でいっぱいだったので、男子よりも簡単だった。
一人でも多くの人間に感染して増殖することは、私の中に住んでいる蟲達の望みでもあった。夜煌蟲による自殺が急激にひとところで増えればあたし達の身が危うくなるので、相変わらず潜伏は静かに、誰にも気づかれずに進行させていた。
ただ、同年代の生徒達をいくら貪っても、私の心の飢えは満たされなかった。
分かっていた。私は、大人の男を求めていた。いつまでも、先生の影を追っていた。
けれど優しかった先生の笑顔を思い出すたび、あの、内臓が腐り落ちるような絶望もついて来た。苦痛はいつか、殺意に形を変えた。
でも、当の本人はもういない。
今通っている高校の教師達が、あの先生とはまるで無関係だと言うことは、理屈では分かっていた。
それでも、衝動は止められなかった。
姉さんの仇。
私の仇。
私の、子供の仇。愛することはできなかったけど、それでも絶望だけは確かに残された。
先生を自分の手で殺せなかった無念さが行き場所を失くして、あたしの中で、腐敗しながら渦巻いていた。
殺したい。
教師という人達を、出来るだけたくさん。
一気呵成に、一網打尽に。
そんな方法はあるだろうか。
切望を叶える糸口を探るために、試しにあたしはある夜、街で偶然出会った振りをして教頭を誘ってみた。それから何回目かのコンタクトを経て、教頭はとうとうあたしに手を出した。
古いホテルのベッドで、終わった後(もちろん感染させてやった)、教頭はあの頃の先生のような穏やかな笑顔であたしを見ていた。
その時、暇つぶしの寝物語に、教頭が校舎屋上の給水タンクの管理をしていることと、その構造を聞いた。教師達が放課後に必ず全員集まる、定例の職員会議のことも聞いた。
そうして、あたしは考えついた。
うまく行けば、蟲達は既に学校中に潜伏しているものも活用して、大繁殖させることができる。あたしは、――……せめてもの、復讐ができる。
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