夜煌蟲伝染圧

クナリ

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第42話 第八章 デスサイズ

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 私は金縛りのようになっていた体を無理矢理動かして、斯波方先輩の背中に組み付いた。放っておけば、柚子生先輩は殺される。そうすれば私は生きられる。斯波方先輩は、最後にそれをやり遂げようとしている。私のために。
 確かに、死にたくはない。殺したくもない。生き残りたい。けれど――……
「殺させたりだって、したくない! 柚子生先輩、逃げて!」
 その中身がもう別物であっても、柚子生先輩を見殺しにするわけには行かなかった。斯波方先輩に殺人を犯させるわけにも、行かなかった。
 けれど鍛えられた男の人の体は、私などでは制止できない。振り払われ、私はまた職員室の床を転がった。
「やめて! やめ――……!」 
 その瞬間、私の目の前を、緑色の津波が踊った。職員室中の蟲が一気に、斯波方先輩に覆いかぶさった。
「ごめんね、斯波方君。まだこの体を、脳を、死なせるわけにはいかないの」
 柚子生先輩が微笑を浮かべて言うと、斯波方先輩の顔じゅうの穴という穴から、緑の帯が体内に吸い込まれて行った。きっと自殺タイプだろう。生半可な耐性なんて、何の役にも立たない量。そして右手の包丁は、ゆっくりと切っ先の向きを変え、斯波方先輩自身の喉元に当てられた。
 もう一度、組み付こうとした時。
 斯波方先輩の首から、夜煌蟲の緑色を押しのけるような、鮮やかな赤い飛沫がたくさん、――とてもたくさん、舞った。
 数瞬の間、私は職員室に降り注ぐ赤い夕立を、ただ、放心して見ていた。心も、呼吸も、鼓動も、止まったまま。
 斯波方先輩の体がぐらりと揺れ、力無く床に倒れる。
「あ――」
 その横に、僅かな肉でかろうじて胴体とつながっている、目を剥いたままの頭部がゴトンと落ちて、床を叩いた。
 それを見てようやく、私は悲鳴を上げた。
「ああああああああ!」
 声と同じ勢いで、涙が目から溢れる。
 どうして、こんな光景を見なくてはならない。
 さっき階段の下で別れた時、あの時、この人が消えてしまうことの覚悟を決めたはずだったのに。それが覚悟でもなんでもなく、ただの諦めだったのだということを思い知らされて、私はなおも叫んだ。
 最期を私に見せるわけにはいかないと言ってくれた人の、まさにその最後の姿。
 ついさっき抱いた、生きたいという願いも、絶望の涙と一緒にこぼれ落ちて行くようだった。
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