42 / 51
第42話 第八章 デスサイズ
しおりを挟む
私は金縛りのようになっていた体を無理矢理動かして、斯波方先輩の背中に組み付いた。放っておけば、柚子生先輩は殺される。そうすれば私は生きられる。斯波方先輩は、最後にそれをやり遂げようとしている。私のために。
確かに、死にたくはない。殺したくもない。生き残りたい。けれど――……
「殺させたりだって、したくない! 柚子生先輩、逃げて!」
その中身がもう別物であっても、柚子生先輩を見殺しにするわけには行かなかった。斯波方先輩に殺人を犯させるわけにも、行かなかった。
けれど鍛えられた男の人の体は、私などでは制止できない。振り払われ、私はまた職員室の床を転がった。
「やめて! やめ――……!」
その瞬間、私の目の前を、緑色の津波が踊った。職員室中の蟲が一気に、斯波方先輩に覆いかぶさった。
「ごめんね、斯波方君。まだこの体を、脳を、死なせるわけにはいかないの」
柚子生先輩が微笑を浮かべて言うと、斯波方先輩の顔じゅうの穴という穴から、緑の帯が体内に吸い込まれて行った。きっと自殺タイプだろう。生半可な耐性なんて、何の役にも立たない量。そして右手の包丁は、ゆっくりと切っ先の向きを変え、斯波方先輩自身の喉元に当てられた。
もう一度、組み付こうとした時。
斯波方先輩の首から、夜煌蟲の緑色を押しのけるような、鮮やかな赤い飛沫がたくさん、――とてもたくさん、舞った。
数瞬の間、私は職員室に降り注ぐ赤い夕立を、ただ、放心して見ていた。心も、呼吸も、鼓動も、止まったまま。
斯波方先輩の体がぐらりと揺れ、力無く床に倒れる。
「あ――」
その横に、僅かな肉でかろうじて胴体とつながっている、目を剥いたままの頭部がゴトンと落ちて、床を叩いた。
それを見てようやく、私は悲鳴を上げた。
「ああああああああ!」
声と同じ勢いで、涙が目から溢れる。
どうして、こんな光景を見なくてはならない。
さっき階段の下で別れた時、あの時、この人が消えてしまうことの覚悟を決めたはずだったのに。それが覚悟でもなんでもなく、ただの諦めだったのだということを思い知らされて、私はなおも叫んだ。
最期を私に見せるわけにはいかないと言ってくれた人の、まさにその最後の姿。
ついさっき抱いた、生きたいという願いも、絶望の涙と一緒にこぼれ落ちて行くようだった。
確かに、死にたくはない。殺したくもない。生き残りたい。けれど――……
「殺させたりだって、したくない! 柚子生先輩、逃げて!」
その中身がもう別物であっても、柚子生先輩を見殺しにするわけには行かなかった。斯波方先輩に殺人を犯させるわけにも、行かなかった。
けれど鍛えられた男の人の体は、私などでは制止できない。振り払われ、私はまた職員室の床を転がった。
「やめて! やめ――……!」
その瞬間、私の目の前を、緑色の津波が踊った。職員室中の蟲が一気に、斯波方先輩に覆いかぶさった。
「ごめんね、斯波方君。まだこの体を、脳を、死なせるわけにはいかないの」
柚子生先輩が微笑を浮かべて言うと、斯波方先輩の顔じゅうの穴という穴から、緑の帯が体内に吸い込まれて行った。きっと自殺タイプだろう。生半可な耐性なんて、何の役にも立たない量。そして右手の包丁は、ゆっくりと切っ先の向きを変え、斯波方先輩自身の喉元に当てられた。
もう一度、組み付こうとした時。
斯波方先輩の首から、夜煌蟲の緑色を押しのけるような、鮮やかな赤い飛沫がたくさん、――とてもたくさん、舞った。
数瞬の間、私は職員室に降り注ぐ赤い夕立を、ただ、放心して見ていた。心も、呼吸も、鼓動も、止まったまま。
斯波方先輩の体がぐらりと揺れ、力無く床に倒れる。
「あ――」
その横に、僅かな肉でかろうじて胴体とつながっている、目を剥いたままの頭部がゴトンと落ちて、床を叩いた。
それを見てようやく、私は悲鳴を上げた。
「ああああああああ!」
声と同じ勢いで、涙が目から溢れる。
どうして、こんな光景を見なくてはならない。
さっき階段の下で別れた時、あの時、この人が消えてしまうことの覚悟を決めたはずだったのに。それが覚悟でもなんでもなく、ただの諦めだったのだということを思い知らされて、私はなおも叫んだ。
最期を私に見せるわけにはいかないと言ってくれた人の、まさにその最後の姿。
ついさっき抱いた、生きたいという願いも、絶望の涙と一緒にこぼれ落ちて行くようだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる