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エピローグ 君にぼくをくれてやる
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「大晦日。ぼくは、聞いたことがありますよ。日本における、一年の最後の日――十二月三十一日のことですね」
「そうです。今日のことです」
あれから、シュンくんはマリカちゃんの協力もあって、元通りに活動を続けてるみたい。
もともとシュンくんの精神力がランド・ハーピーの力を抑えてて、そんなに問題のあることはしてなかったおかげでもあるんだって、マリカちゃんが言ってた。
そういえば私は、マリカちゃんと連絡先を交換しちゃった。
シュンくんとマリカちゃんの連絡先を知ってるって、なんだかすごいな……。
そんなこんなで、あっという間にやってきた大晦日。
うちはお父さんもお母さんも、お正月が家に持ち帰ってきた仕事をしてることが多いので、あんまり気合の入ったお正月はやらなかったりする。
おせちもないし、かがみもちも飾らないで、切り餅を焼いてお雑煮に入れるくらい。
だから、メイの家ではお正月の三日くらい前から、家族みんなでおせちを作り始めるって聞いた時は、びっくりした。
お父さんとお母さんは、今日も仕事。
もう夜だけど、当たり前みたいに、今日も遅くなるって聞いてる。
おかげで、さっき起きだしてきた時雨さんと、家の中で二人っきりだった。
時雨さんには、昼間の間は私の相手をしてくれなくていいので、眠ってもらうようにお願いした。
危ないことがあったら呼ぶ、っていうことにして。
じゃないと、申し訳なさすぎるから。私は、たまたま今そういうことになってるだけで、本当に時雨さんをしもべだなんて思ってないんだし。
二人分のココアを入れて、リビングのテーブルに、時雨さんと向かい合って座る。
甘いにおいと湯気の向こうに、時雨さんがいた。
め、目が合っちゃわないように気をつけないと。ぼんやりしてる子だな、なんて思われたくないもんね。
「飲み物くらい、ぼくが入れますのに」
「いいんですっ。私が入れたいから」
いただきます、って言って時雨さんがマグを口に運ぶ。
甘いもの、好きなのかな。
「そういえば、人間の――日本人の間で有名なことに、大晦日は名物歌番組があるようですね。マリカ殿やシュン殿は出られるのでしょうか?」
「さすがに、あの歌合戦にはまだ出られないみたいです。でも二人とも、いつか必ず、って言ってました」
二人は、今日もお仕事なんだよね。
それに比べて、うちの中は、嘘みたいに静かだった。
まるで、町の中が私と時雨さんの二人だけみたい。
時雨さんと初めて会ったクリスマスから一週間くらいなのに、なんだかいろんなことがあったな。
私は、立ち上がってキッチンに入る。
「時雨さん、私晩ご飯作りますけど、ご一緒にどうですか? っていっても、大したものじゃないんですけど」
「ですから、ぼくが作りますのに」
「え、時雨さん、料理できるんですか?」
「スマホを貸していただければ」
「座っててください」
「いえ、そういうわけにも」
時雨さんが立とうとする。
私は、スーパーで一番赤くて大きかったトマトを冷蔵庫から出して、まな板に置いた。
簡単なリゾットにしてまたサラダでも添えようかと思っていたんだけど、トマトがやけに目について、真っ先に出しちゃった。
しかも包丁を出そうとした時に、刃で指を切って、
「いたっ」
「あいねさん!」
時雨さんが私に駆け寄った。
人差し指の先に小さな切り傷があって、ぽつんとした血の玉ができてる。
あんまり切れてなくて、よかった。これなら、バンドエイドでも貼っておいたらすぐ治るよね。
ほっとして時雨さんのほうを見ると、時雨さんが、私の指をじっと見てた。
「あの、時雨さん……」
「あっ? 失礼、大丈夫ですか、あいねさん」
「もしかして、私の血……飲みたいですか?」
「……すみません。そんなつもりではなかったんですが」
私は、時雨さんに一歩踏み出す。
「いいですよ、飲んでも。たくさんは無理かもですけど、少しくらいなら……」
「いえ。飲みません」
はっきりそう言われて、私のためだって分かってるのに、なぜかちょっと寂しくなる。
吸血鬼に、私の血はいらないって言われるなんて経験するなんて、考えたこともなかったけど。
「……どういう人の血なら飲みたいとか、そういうのってあるんですか?」
「そういうことではありません。血を使った盟約は、ぼくが主になるにしてもあいねさんが主になるにしても、強力すぎるんです。ぼくはあなたをしもべにするつもりもないし、あいねさんも、今以上の主従関係を求めているわけではないのでしょう?」
そうなんだ。今の私と時雨さんの関係って、時雨さんが私を主人って言ってくれてるだけで、本当に主従って感じじゃないけど、これがもっと強力になっちゃうってことなのかな……。
「盟約なんて関係なしで、ただ血だけ飲むってできないんですか?」
「……あなたの血を、そんなに冷静に飲める自信はありません。ぼくは――」
時雨さんが寂しそうに笑う。
「――ぼくは、あなたを知ってしまった」
時雨さんが、私を抱きしめた。
……。
……だ、抱きしめた!?
「し、しし時雨さん!?」
「あなたは勇敢な人です。それにとても優しい。でも、……もう、あんなことをしてはいけませんよ……」
耳元でささやくように言われた声は、頭の中に響いてくるみたいだった。
時雨さんの体温は、たぶん人間より少し低いと思う。
それでも服越しに温かさが伝わってくる。
と、突然のことで、心臓がはちきれそう。
それでも、なんとか時雨さんの言葉に答えた。
「は、ハーピーの時のことですか」
「そうです。ぼくはあの時、心臓が止まるかと」
私も今止まりそうなんですけど、なんて言える雰囲気じゃなかった。
時雨さんの声が、あんまりにも真剣だったから。
「……ごめんなさい……」
「いえ。あなたの人柄を知っていながら、ぼくが詰めの甘い戦いをしていたせいです」
耳が熱いです、時雨さん。
そんなに強く腕に力を込められてるわけじゃないのに、くらくらしてきた。
それでも、時雨さんが、この間のことで自分を責めてるのが分かる。
私も抱きしめてあげたい。
そう思って、そろそろと両腕を上げる――自然に上がって行っちゃった、時。
玄関のほうで人の気配がした。
さっきとは違う感じで、心臓が飛び跳ねそう。
「……ご両親ですね」
「あ、今日も、二人一緒なんだ……っていうか、し、時雨さん、放してくださいっ」
がちゃがちゃとドアの鍵が開けられる音がする。
も、もうすぐ入ってきちゃうっ。
「時雨さんっ」
「もう少しだけ、一緒にいさせてください」
「い、いいですよ、いいですけど、ここではっ」
ギイ、とドアが開く音がした。
そして、二人して靴を脱いでる。話し声もする。
こ、これはいよいよまずいっ。
「あいね? リビングにいるのか? お父さんとお母さん、夕飯買ってきたから、よかったら一緒に……」
お父さんがリビングに入ってきちゃった。
そして、リビングのテーブルにもキッチンにも誰もいないのを見て、
「なんだ、いないのか。靴はあったから自分の部屋にいるのかな? どれ、着替えたら声かけるか」
そうつぶやくのを、私は、家の外の空中で聞いてた。
時雨さんが、私を片手で抱えて、二人分のココアを乗せたトレイを片手に持って、家の壁をすり抜けて空に浮かんでる。
私は、時雨さんの腿の上に、ベンチみたいに座らせてもらえた。
そ、それにしても、めちゃくちゃ密着してるけど、いいのかな、これ。
「時雨さん、壁の通り抜けまでできるんですか。しかも、私とココア持って」
「条件はありますけどね。さ、もう少し上空まで行きましょう」
到達したのは、二階建てのうちの、その少し上。
日は沈んで、すっかり暗い。それでもこれだけ近いと、時雨さんのきれいな顔がばっちり見えて、緊張しちゃうな……。
「では時間もありませんし、今年のうちにお伝えたいことをあいねさんにお伝えします」
「えっ? なんでしょう?」
「人間は、クリスマスプレゼントというものを人に贈りますね」
「あ、そうですね。……吸血鬼って、クリスマスってお祝いとかするんですか? 十字架とか、キリスト教とかでいっぱいな気がしますけど……」
「得意ではありませんが、信仰心が込められていない十字架などなら問題ありません。で、これはぼくからの、クリスマスプレゼントです。人間の女の子がどんなものを喜ぶか分からなかったので、こんなもので申し訳ないんですが」
そう言って、時雨さんが取り出したのは、悪魔のカードだった。
「えっ。あれから、なにか怪異を退治したんですか?」
「いいえ」
見てみると、カードに描かれてるのは、時雨さんだった。
下のほうには、「ダンピール」って書いてある。
「……ダンピール?」
「ぼくのことです。なにか、ぼくだけがあげられるものをあげたくて」
「えっ!? じゃあこれ、本当に時雨さんの、悪魔のカード……!?」
「はい。もちろん、あいねさんに危ないことのないよう、ぼくがお守りするつもりです。けれど万が一、それができないときには……ということで、奥の手だと思って持っておいていただければ」
「す、すっごく心強いです、大切にします!」
私はカードを握りしめて言った。
あ、でも。
「あの、時雨さん、ひとつだけお願いがあるんですけど」
「あいねさんがぼくにですか? 光栄です、なんなりとどうぞ」
「で、では、遠慮なく。時雨さんて、私に敬語使いますよね」
「そうですね、形式上とはいえしもべですから」
「今だけでいいので、素の感じでというか……敬語なしで、時雨さんの自然な話し方で、プレゼントしてほしいです」
丁寧に接してくれるのはうれしいんだけど、ちょっと距離を感じちゃう時もあるもんね。
「自然な、ですか。ぼくにとっては、あいねさんには敬語を使うのが自然なんですが……いえ、分かりました。ただ、吸血鬼の話し方って、人間に対してえらそうな響きになるので、それはお許しください」
「許します許しますっ」
ふう、と時雨さんがひとつ息をついた。
それから、数十センチしか離れてない私の目を見て――ああ、また目が合っちゃった――、言ってくる。
「君に、ぼくを、くれてやる」
そうして私は、カードを受け取った。
「……新鮮……!」
「そうですか? 無礼じゃないです?」
「無礼なんてことはなにもありませんっ! ありがとうございます、私、このカード大事にします!」
「ありがとうございます」
時雨さんが優しい笑顔を浮かべる。
回された腕が、足が、触れている胸が、お腹が、じんわりとあたたかい。
もう、部屋に戻らないと。
お父さんたちを心配させちゃう。
そう思うのに、私は吸血鬼のぬくもりに包まれて、ただなにも言えずに、時雨さんを見つめてた。
終
「そうです。今日のことです」
あれから、シュンくんはマリカちゃんの協力もあって、元通りに活動を続けてるみたい。
もともとシュンくんの精神力がランド・ハーピーの力を抑えてて、そんなに問題のあることはしてなかったおかげでもあるんだって、マリカちゃんが言ってた。
そういえば私は、マリカちゃんと連絡先を交換しちゃった。
シュンくんとマリカちゃんの連絡先を知ってるって、なんだかすごいな……。
そんなこんなで、あっという間にやってきた大晦日。
うちはお父さんもお母さんも、お正月が家に持ち帰ってきた仕事をしてることが多いので、あんまり気合の入ったお正月はやらなかったりする。
おせちもないし、かがみもちも飾らないで、切り餅を焼いてお雑煮に入れるくらい。
だから、メイの家ではお正月の三日くらい前から、家族みんなでおせちを作り始めるって聞いた時は、びっくりした。
お父さんとお母さんは、今日も仕事。
もう夜だけど、当たり前みたいに、今日も遅くなるって聞いてる。
おかげで、さっき起きだしてきた時雨さんと、家の中で二人っきりだった。
時雨さんには、昼間の間は私の相手をしてくれなくていいので、眠ってもらうようにお願いした。
危ないことがあったら呼ぶ、っていうことにして。
じゃないと、申し訳なさすぎるから。私は、たまたま今そういうことになってるだけで、本当に時雨さんをしもべだなんて思ってないんだし。
二人分のココアを入れて、リビングのテーブルに、時雨さんと向かい合って座る。
甘いにおいと湯気の向こうに、時雨さんがいた。
め、目が合っちゃわないように気をつけないと。ぼんやりしてる子だな、なんて思われたくないもんね。
「飲み物くらい、ぼくが入れますのに」
「いいんですっ。私が入れたいから」
いただきます、って言って時雨さんがマグを口に運ぶ。
甘いもの、好きなのかな。
「そういえば、人間の――日本人の間で有名なことに、大晦日は名物歌番組があるようですね。マリカ殿やシュン殿は出られるのでしょうか?」
「さすがに、あの歌合戦にはまだ出られないみたいです。でも二人とも、いつか必ず、って言ってました」
二人は、今日もお仕事なんだよね。
それに比べて、うちの中は、嘘みたいに静かだった。
まるで、町の中が私と時雨さんの二人だけみたい。
時雨さんと初めて会ったクリスマスから一週間くらいなのに、なんだかいろんなことがあったな。
私は、立ち上がってキッチンに入る。
「時雨さん、私晩ご飯作りますけど、ご一緒にどうですか? っていっても、大したものじゃないんですけど」
「ですから、ぼくが作りますのに」
「え、時雨さん、料理できるんですか?」
「スマホを貸していただければ」
「座っててください」
「いえ、そういうわけにも」
時雨さんが立とうとする。
私は、スーパーで一番赤くて大きかったトマトを冷蔵庫から出して、まな板に置いた。
簡単なリゾットにしてまたサラダでも添えようかと思っていたんだけど、トマトがやけに目について、真っ先に出しちゃった。
しかも包丁を出そうとした時に、刃で指を切って、
「いたっ」
「あいねさん!」
時雨さんが私に駆け寄った。
人差し指の先に小さな切り傷があって、ぽつんとした血の玉ができてる。
あんまり切れてなくて、よかった。これなら、バンドエイドでも貼っておいたらすぐ治るよね。
ほっとして時雨さんのほうを見ると、時雨さんが、私の指をじっと見てた。
「あの、時雨さん……」
「あっ? 失礼、大丈夫ですか、あいねさん」
「もしかして、私の血……飲みたいですか?」
「……すみません。そんなつもりではなかったんですが」
私は、時雨さんに一歩踏み出す。
「いいですよ、飲んでも。たくさんは無理かもですけど、少しくらいなら……」
「いえ。飲みません」
はっきりそう言われて、私のためだって分かってるのに、なぜかちょっと寂しくなる。
吸血鬼に、私の血はいらないって言われるなんて経験するなんて、考えたこともなかったけど。
「……どういう人の血なら飲みたいとか、そういうのってあるんですか?」
「そういうことではありません。血を使った盟約は、ぼくが主になるにしてもあいねさんが主になるにしても、強力すぎるんです。ぼくはあなたをしもべにするつもりもないし、あいねさんも、今以上の主従関係を求めているわけではないのでしょう?」
そうなんだ。今の私と時雨さんの関係って、時雨さんが私を主人って言ってくれてるだけで、本当に主従って感じじゃないけど、これがもっと強力になっちゃうってことなのかな……。
「盟約なんて関係なしで、ただ血だけ飲むってできないんですか?」
「……あなたの血を、そんなに冷静に飲める自信はありません。ぼくは――」
時雨さんが寂しそうに笑う。
「――ぼくは、あなたを知ってしまった」
時雨さんが、私を抱きしめた。
……。
……だ、抱きしめた!?
「し、しし時雨さん!?」
「あなたは勇敢な人です。それにとても優しい。でも、……もう、あんなことをしてはいけませんよ……」
耳元でささやくように言われた声は、頭の中に響いてくるみたいだった。
時雨さんの体温は、たぶん人間より少し低いと思う。
それでも服越しに温かさが伝わってくる。
と、突然のことで、心臓がはちきれそう。
それでも、なんとか時雨さんの言葉に答えた。
「は、ハーピーの時のことですか」
「そうです。ぼくはあの時、心臓が止まるかと」
私も今止まりそうなんですけど、なんて言える雰囲気じゃなかった。
時雨さんの声が、あんまりにも真剣だったから。
「……ごめんなさい……」
「いえ。あなたの人柄を知っていながら、ぼくが詰めの甘い戦いをしていたせいです」
耳が熱いです、時雨さん。
そんなに強く腕に力を込められてるわけじゃないのに、くらくらしてきた。
それでも、時雨さんが、この間のことで自分を責めてるのが分かる。
私も抱きしめてあげたい。
そう思って、そろそろと両腕を上げる――自然に上がって行っちゃった、時。
玄関のほうで人の気配がした。
さっきとは違う感じで、心臓が飛び跳ねそう。
「……ご両親ですね」
「あ、今日も、二人一緒なんだ……っていうか、し、時雨さん、放してくださいっ」
がちゃがちゃとドアの鍵が開けられる音がする。
も、もうすぐ入ってきちゃうっ。
「時雨さんっ」
「もう少しだけ、一緒にいさせてください」
「い、いいですよ、いいですけど、ここではっ」
ギイ、とドアが開く音がした。
そして、二人して靴を脱いでる。話し声もする。
こ、これはいよいよまずいっ。
「あいね? リビングにいるのか? お父さんとお母さん、夕飯買ってきたから、よかったら一緒に……」
お父さんがリビングに入ってきちゃった。
そして、リビングのテーブルにもキッチンにも誰もいないのを見て、
「なんだ、いないのか。靴はあったから自分の部屋にいるのかな? どれ、着替えたら声かけるか」
そうつぶやくのを、私は、家の外の空中で聞いてた。
時雨さんが、私を片手で抱えて、二人分のココアを乗せたトレイを片手に持って、家の壁をすり抜けて空に浮かんでる。
私は、時雨さんの腿の上に、ベンチみたいに座らせてもらえた。
そ、それにしても、めちゃくちゃ密着してるけど、いいのかな、これ。
「時雨さん、壁の通り抜けまでできるんですか。しかも、私とココア持って」
「条件はありますけどね。さ、もう少し上空まで行きましょう」
到達したのは、二階建てのうちの、その少し上。
日は沈んで、すっかり暗い。それでもこれだけ近いと、時雨さんのきれいな顔がばっちり見えて、緊張しちゃうな……。
「では時間もありませんし、今年のうちにお伝えたいことをあいねさんにお伝えします」
「えっ? なんでしょう?」
「人間は、クリスマスプレゼントというものを人に贈りますね」
「あ、そうですね。……吸血鬼って、クリスマスってお祝いとかするんですか? 十字架とか、キリスト教とかでいっぱいな気がしますけど……」
「得意ではありませんが、信仰心が込められていない十字架などなら問題ありません。で、これはぼくからの、クリスマスプレゼントです。人間の女の子がどんなものを喜ぶか分からなかったので、こんなもので申し訳ないんですが」
そう言って、時雨さんが取り出したのは、悪魔のカードだった。
「えっ。あれから、なにか怪異を退治したんですか?」
「いいえ」
見てみると、カードに描かれてるのは、時雨さんだった。
下のほうには、「ダンピール」って書いてある。
「……ダンピール?」
「ぼくのことです。なにか、ぼくだけがあげられるものをあげたくて」
「えっ!? じゃあこれ、本当に時雨さんの、悪魔のカード……!?」
「はい。もちろん、あいねさんに危ないことのないよう、ぼくがお守りするつもりです。けれど万が一、それができないときには……ということで、奥の手だと思って持っておいていただければ」
「す、すっごく心強いです、大切にします!」
私はカードを握りしめて言った。
あ、でも。
「あの、時雨さん、ひとつだけお願いがあるんですけど」
「あいねさんがぼくにですか? 光栄です、なんなりとどうぞ」
「で、では、遠慮なく。時雨さんて、私に敬語使いますよね」
「そうですね、形式上とはいえしもべですから」
「今だけでいいので、素の感じでというか……敬語なしで、時雨さんの自然な話し方で、プレゼントしてほしいです」
丁寧に接してくれるのはうれしいんだけど、ちょっと距離を感じちゃう時もあるもんね。
「自然な、ですか。ぼくにとっては、あいねさんには敬語を使うのが自然なんですが……いえ、分かりました。ただ、吸血鬼の話し方って、人間に対してえらそうな響きになるので、それはお許しください」
「許します許しますっ」
ふう、と時雨さんがひとつ息をついた。
それから、数十センチしか離れてない私の目を見て――ああ、また目が合っちゃった――、言ってくる。
「君に、ぼくを、くれてやる」
そうして私は、カードを受け取った。
「……新鮮……!」
「そうですか? 無礼じゃないです?」
「無礼なんてことはなにもありませんっ! ありがとうございます、私、このカード大事にします!」
「ありがとうございます」
時雨さんが優しい笑顔を浮かべる。
回された腕が、足が、触れている胸が、お腹が、じんわりとあたたかい。
もう、部屋に戻らないと。
お父さんたちを心配させちゃう。
そう思うのに、私は吸血鬼のぬくもりに包まれて、ただなにも言えずに、時雨さんを見つめてた。
終
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