夜の図書室の司書になりました!

クナリ

文字の大きさ
8 / 20

第二章 さみしがりやのジュブナイル5

しおりを挟む
「え、本当ですか!? ジュブナイルさん!?」

「ああ。それに、『夜の底の使い』もセットだ」

 え? と奥のほうに目を凝らす。
 等間隔に並んだ机とパソコンの向こうに、なにか黒いものが見えた。
 暗い中なのに、真っ黒な布みたいなものが、教室の奥に張ってあるのが見える。布は何十にもランダムに重なっていて、蜘蛛の巣が布でできてるみたいな見た目だった。
 その真ん中に、人影が見えた。布にくるまれて、宙づりになってる。……あれが!?

「ジュブナイル!」

 ファンタジーさんが剣を抜いた。ジュブナイルさんに駆け寄っていく。
 すると、黒い布が生き物みたいにぶわっと広がって、ファンタジーさんを包もうとした。

「ファンタジーさん!」

「花音、下がってろ! こいつらが『夜の底の使い』だ!」

 あ、あの布が!?

「こいつらにつかまると、身動きが取れなくなり、やがて気力も失っていく! おれのことは心配いらない!」

 そう言いながら、ファンタジーさんは上下左右に鋭く剣を振るった。
 布は――「夜の底の使い」は、たちまち細切れになって床に落ちていく。
 よく見ると、それは布なんかじゃなかった。アメーバみたいにうごめきながら形を変えて、ぐにゃにゃと這いずり回ってる。

「花音さん、もっと離れるですう!」

「こいつらの一匹につかまると、一気に密集してくるからな! ミーたちもうっかり触れちまうとやばい!」

 でも、ファンタジーさんに切られた「使い」たちは、しばらくはもぞもぞ動いてたけど、すぐにおとなしくなっていった。

 やがてファンタジーさんがジュブナイルさんにたどりついた。ジュブナイルさんをくるんでた「使い」を切り破って、とうとうジュブナイルさんの体がどさりとファンタジーさんの腕の中に倒れてきた。
 見た感じ、意識がないみたいだ。
 床の上の「使い」の体がチリみたいに細かくなって空気中に消えていく中、ファンタジーさんが大声で言った。

「ジュブナイル! おい、しっかりしろ! 司書が来たぞ! ミシマエルは図書室から出られないが、新しい司書が来てくれたんだ! 『使い』は追い払った、さあ起きるんだ!」

 ファンタジーさんはジュブナイルさんを背負って、パソコン室の入り口にいた私たちのところまで戻ってきた。
 まだ目を閉じてるジュブナイルさんの顔を覗き込んでみる。
 ファンタジーさんより、ちょっと幼い顔立ちだった。身長は私より高くてファンタジーさんよりちょっと低いくらい。服装は――ファンタジーさんと違って――現実世界でもいそうな、白いワイシャツと黒いズボン。……ほぼ中三か高校生くらいの、制服姿だ。ズボンにサスペンダーがついてるのが、数少ない個性で。
 ただ、ミディアムな長さの髪の毛が、鮮やかな緑色で、ごく普通の服装をしてる首から下に対して、すごく個性的に見えた。
 ファンタジーさんがきつめな顔をしてるからつい比べちゃうんだけど、ジュブナイルさんはずいぶん優しそうというか、穏やかそうな顔つきに見える。

「う……ん」

「目が覚めたか、ジュブナイル!」

「……ファンタジー……? それに、童話と絵本……」

「ジュブナイルさん! お久しぶりでうすう!」

「ああ、ジュブナイル! 無事でよかったァ!」

 ゆっくりと開かれたジュブナイルさんの瞳は、髪と同じ緑色だった。
 夜世界の暗さの中で、その鮮やかさがまぶしくて、めまいを起こしちゃいそうになる。

「そうだ、おれが分かるか!? ほら、ここにいるのが花音。新しい司書だ。花音に、お前の望みを言え。司書がそれをかなえてくれれば、力が戻って、もうそうそう『使い』なんぞに後れを取らなくなる! さあ、なんでも言え! いくつでも言え! 思いつく限りに言え!」

「あ、あの、ファンタジーさん。あんまりハードルが上がっちゃうと、その」

 そろそろと手を伸ばしつつ、一応、そうは言ったんだけど。

「僕の……望み……」

「そうだ! 早くしないと、『使い』どもが復活してくるぜ! さあ、お前の望みはなんだ!?」

「友達が……欲しい……」

 そう言われて、はたと、私たちの動きが止まった。

「……友達?」とファンタジーさん。

「そう……友達……」

「ほおっほう。そうすると、このおれは、お前にとって今の今まで、なんだったのかねえ? ただの知り合いか? それもおれはお前の手下かなんかか? おお?」

 まだ朦朧としてるように見えるジュブナイルさんが、頬に冷や汗を浮かべながら首を横に振った。

「ち、違う、ファンタジーは確かに友達だよ。でも僕が欲しいのは、人間の友達なんだ……。だって僕たちは、人間に読まれるために生まれてきたんだから……。でも図書館の活力が減るにつれて来る子も減って、僕たちも『使い』に力を奪われて、だんだん誰にも読まれなくなって……」

「……そうだな。ミシマエルの力も、衰退の速度を緩めることはできても、根本的な解決はできなかった……『夜の図書室』の司書がたった一人じゃ、あいつがいくら頑張ってももともと無理な話なんだ」

「ファンタジー、僕だってまだ寿命を迎えたくなんかないよ。でも、報われない日々に、少し疲れてしまったんだ。ミシマエルは優れた司書だ、でもこの学校の生徒じゃない。生徒に見向きもされない本なんて、それは……」

 緑色の瞳が、輝きを増したように見えた。
 でも、違う。あれは光がともったんじゃない。
 涙だ。

「あ、あのっ!」

 いきなり私が大声を出したので、二人が私のほうを向いた。

「私、人間です。それに、『夜の図書館』の司書になれてるみたいなんです。……私じゃ、だめですか? 友達って」

「君、が……?」

「はいっ。七月花音です。ファンタジーさん、それに三島さんや童話さんに絵本さんとは、もう友達です! ……だから、ジュブナイルさんも!」

 ジュブナイルさんが目をぱちくりさせる。

「司書? あの子が?」

「今さっきおれもそう言っただろうが。聞いてなかったのか」

「人間の、友達……。本当に?」

 ジュブナイルさんが体を起こした。
 私は、思いつくままに言葉を続ける。

「私たちが読もうとしてない本って、きっと学校の図書室の中にたくさんあるんだと思います。物語だけじゃなくて、資料みたいな本でもそうですし。でも、ほんのたまにしか読まれなくったって、そのたまに手に取る人にとっては、どれもすごく大事な本のはずですっ」

「それは……そうかもしれない。でも僕は、物語としての魅力をもう失っていて……あの図書室から消えてしまっても、誰も悲しまないんだ」

 私は両手を握ってこぶしにした。
 なんて悲しいことを言うんだろう。絶対にそんなことはないのに。

「図書室でも本屋さんでも、なにか理由があって、廃棄されちゃう本はあります。でも今のジュブナイルさんは、たぶん違うじゃないですかっ」

 ジュブナイルさんが息をのむ。

「そうだ、ジュブナイル。おれだって、もうここの図書室にあり続けるのをあきらめようかと、つい昨日まで思っていた。けど、花音が救ってくれたんだ。だからお前も……」

 その時、パソコン室の入り口に、なにか動くものが見えた。
 振り返ると、それは黒い蛇だった。さっきの布と同じ材質に見える。
 いや、よく見ると、布が丸まって蛇みたいな形になってる。頭の部分には、太くて長い牙が上下二本ずつで四本、きらりと光って見えた。
 ということは、これは……。

「『使い』か!? まだいやがったか! 伏せろ、花音!」

 ファンタジーさんが剣を抜いて、私のほうへ駆け出した。
 私は言われたとおり、頭を抱えてその場に伏せる。
 で、でもこれ、間に合う!?

 背中の上に、凄い勢いでなにかが降りかかってくる気配がする。
 ぞっとして、体中に鳥肌が立った。なんとか伏せはしたけど、それ以上は怖くて動けない。

 がぶっ……!

 嫌な音が聞こえた。
 そしてそのすぐ後に、

 ざんっ!

 これはたぶん、「夜の底の使い」が切られた音。
 私は体を起こした。
 横を見ると、やっぱり、二つに切られた蛇が落ちていて、すぐにぐったりとなって、やっぱりチリみたいに消えていく。

 よかった。
 あれ、でも、私どこを噛まれたんだろう。
 どこも痛くないんだけど……?

「ジュブナイル! お前!」

 えっ、と思って「使い」がいたのとは逆のほうを見た。
 ジュブナイルさんが、左手で右腕を抑えてうずくまってる。
 その手のひらから、赤い筋がすうっと流れて、床に落ちた。

「ジュ、ジュブナイルさん!?」

「花音、ちゃん、だったね……けがはない?」

「お前、大して戦闘能力もないのに無茶するな。傷を見せろ」

「はは、ひどいな。僕は平気だよ。それより――」

 ジュブナイルさんが体を起こして、私に向き直った。

「――それより、せっかくできた人間の友達が、無事でよかった」

 そう言って微笑む。

「ジュブナイルさん!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...