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終了届の提出など、いくつかの書類仕事を終えた後。
私のデスクに燎火がついて、表計算ソフトのシートをパソコン上で開きながら、順を追って教えてくれた。
「有栖、まず、職業訓練ってのは緊急雇用創出のために作られた、求職者支援法に基づく制度だってのは説明したよな?」
「うん」
「そのために訓練生は、訓練終了後三ヶ月以内の就職を目指すことを事前に約束してる。受講料を税金で負担する代わりに、それを約束できないのなら入校させん決まりだ。三ヶ月以上の日数をかけてじっくり就活したいなら、別に無理して職業訓練を受講する必要はねえからな」
「自分のペースでパソコンの勉強をして就職したいなら、パソコンスクールがたくさんあるもんね」
「そういうことだ。で、三ヶ月というのは、今回なら修了式の日が五月十八日だから、八月の十七日ってことになる」
燎火が、画面内の簡易的なカレンダーを指さしながら言う。
「お盆明けだね。それじゃ、三ヶ月間のうち最後の週あたりは、お盆でみんな就活しにくいんじゃないの?」
「ここは正直悩みどころだった。五月の連休前に終了日を持ってくれば、『三ヶ月後』は七月末ごろか八月の頭になるから、今有栖の言ったやりづらさは回避できるよな。……が、多大なリスクもある。ほかでもない、訓練が終了してすぐ、ゴールデンウイークになることだ」
それがなんのリスクになるのか、まだ私にはぴんと来ない。
「すぐ連休になるのが、そんなにいけないの?」
「国民の祝日が続くから、ハローワークが稼働していないし、企業側も閉まってるところが多いだろ。ただでさえ、それまで平日はほとんど訓練通いしてた訓練生は、ちょっとはゆっくりしたいと思うもんだろ。心情的にも日程定期にも、就活に大ブレーキがかかるんだよ。それで訓練生が身動きできないまま一週二週潰れたら、すぐに五月の中旬だ」
「え、でも、連休中に履歴書や職務経歴書の整備をし直したり、面接の練習したりとか……」
燎火がかぶりを振る。
「妖怪はもちろん、人間でもそんな殊勝に就活できるやつばかりじゃねえさ。すぐにでも生計を立てたいやつは懸命にやるだろうが、別に急いで働く必要がない――たくわえがあるとか、同居人が生活費を充分稼いでるとか――やつは、たいていそこでノンビリしちまうもんだ。そうなるよりは最初にどんどん就活してもらって、最後のほうにブレーキがあったほうがましだ」
「ブレーキが最初と最後とで、そんなに違うの?」
三ヶ月以内に就職すると約束している以上、大差ない気もするのだけど。
「ほら、企業って、履歴書送ってから返事寄こしたり面接の結果を言ってくるのに、一二週間かかるところが多いだろう。最初の一ヶ月なんて、書類出して面接受けるだけであっという間に過ぎちまう。それでもう、三分の一の期間が終了だ」
確かに、私の周りで転職した人たちからも、履歴書を送ってから採用されるまで一ヶ月近くかかったなんて話はよく聞く。
「そっか……三ヶ月あるんじゃなくて、三ヶ月しかないんだね……。だからスタートダッシュが大事ってことか」
「はっきり言って、訓練生が三ヶ月目の終盤にいくら焦って張り切り出しても手遅れに近い。『五月からこっちゆっくりしちゃって、八月に入ってから頑張ったんですけどだめでした』で終わられても困るからな。一方、早く就職が決まる分にはなんの問題もねえ」
そう言われると、なるほどと思う。ブレーキがかかるのが先と後とではだいぶ違う。
「というわけで、だ。最初が肝心なんで、週に一度か二度、卒業生たちに電話連絡して、就活の進捗を確認する」
「……週に二度電話って、多くない?」
一人五分程度電話したとしても、十人いれば、一時間近くはかかりっきりになる。
「メールなんかでちゃんと連絡が取れる卒業生はまだいいが、メールやメッセージは見る習慣がなかったり、無視する訓練生が珍しくねえ。電話も似たようなもんだが、メールよりは着信が目立つんでな」
そういえば、そんな話を無断欠席対応の時にも聞いたっけ。
「とはいえ、まともに就活してるやつなら、徐々に連絡の頻度を減らしても問題ねえよ。じゃ、来週からその業務が始まるから、おれと一緒によろしく」
「来週からって、そんなに早く? まだ就活なんて進められないんじゃ……?」
「就活は在校中に少しずつでも始めるよう指導してるから、訓練生がその通りに行動していれば準備はすでに万端のはずだ。そして、今日の修了式は午前中の早い時間に終わってる。なら今日の午後からでも、具体的な就活に移れるだろ。それを確認するのは、来週でも遅いくらいだぜ」
燎火が、パソコンコースの生徒名簿を画面上に出した。在校中に履歴書の作成まで終えたかどうか、志望先を自分でピックアップしていたかどうかなどが、一覧になって表示された。
その中には、「済」と書かれた欄もあれば、「未」と書かれた欄もある。……どちらかというと、後者が多い。
滝じいさんや燎火、それに私も、結構頻繁にこうした作業を進めるよう訓練生に指導はしていたのに。
「ここからも、一筋縄じゃいかねえ。人間不信――妖怪不信か?――にならないように気をつけろよ、有栖」
「……就活の内容を聞き取るだけでしょ? 人間不信って、そんなこと、あるわけ……」
「どうかな。就活の手段は、ざっくり、ハローワーク、転職サイト、それに派遣ってところか。そのうちのどれ一つ、今日のうちに行動を起こせないものはねえ。来週までにどこまで進むもんか、進捗聞き取りが楽しみだなあ」
燎火が低く笑う。でも、目は笑っていなかった。
「……心しておきます」
■
翌週。
電話での聞き取りは、はかばかしくなかった。
「どうだ、手間取るだろ」
「うん……ご時世もあるんだろうけど、まずあんまり電話に出てくれないね……。一週間かけて、四人はまだ連絡つかない……」
「最近は不審な電話が問題になってるから、人間妖怪問わず、知らない番号からの電話には出ないやつが多いからな。かくいうおれもそうだし」
だから、就妖社の電話番号は、スマホや妖怪用端末にあらかじめ登録しておくようお願いしてあった。強制はできないので、あくまでお願いではあるけれど。
もちろん電話に出たくても出られないタイミングだってあるのは重々承知で、一回で電話に必ず出なさいなんてつもりはない。
卒業生は全部で十人。粕村さん以外は全員妖怪で、見た目が人間の、前々から人間社会で暮らしている人が五人。
そういう人たちはある程度現世に慣れているといっても、就活はやはり大変だ。なかなか始められなかったり、慣れない作業に嫌気がさして長続きしないことも多いと聞いている。
週明けの月曜日、最初に電話をかけた生島さんはすぐに出てくれて、ハローワークではなかなか希望通りの求人が見つからないというので、転職サイトをいくつか紹介し、ログインの仕方を教えた。
「訓練中に教えてもらったよなあ、これ。申し訳ない、ハローワークがあればいいだろうと思って軽く聞いちまってたよ」
そう謝られたことを燎火に報告すると、
「へえ、そうか。それは、進捗の聞き取りとしてはかなり手ごたえがあったと言えるパターンだな」
「え、これで? たいていこんな感じじゃないの?」
「ふ。だといいな」
そこはかとなく不安にさせられつつ、次にいく。
甲野あずささんという名前で生活している、外見の設定は二十三歳の女性だ。正体は、組紐の変化。
事務職希望なのでパソコンを習いに訓練に来たけれど、最近は事務職は新卒・転職とも非常に人気があって、狭き門になっていることを在学中に知って不安がっていた。
電話をかけてみる。が、出ない。
次に柴方裕也さんという三十三歳の男性。正体は耳長という妖怪。
営業をやっていたけど歩合制に疲れてしまって、ノルマに追われない仕事を志望していた。
こちらも電話に出ない。
次に小田知奈さんという四十四歳の女性。正体は濡れ女。
電話に出てくれて、「訓練通いで少し疲れてしまったからゆっくりしたいわあ。ハローワークの人からも、しばらくゆっくりすればいいじゃないですかって言われてるのよ。だから、ゆっくりやろうを思ってるの」という話をされた。
ゆっくりという言葉が頻出するので、三ヶ月以内の就職を目指すという目標を再度確認して、今週中にやるべき作業を伝える。
彼女は履歴書の試作が中途半端に終わっており、自己PRの内容も練り上げていないので、志望先の検索と同時進行でそれらを仕上げることとした。
この四名に、赤原さんと粕村さんを加えた六名が、現世で暮らす卒業生だった。
赤原さんは、経験はないけど事務職志望だったので、よほどうまく自分を売り込まないと就職は厳しそうだったから、そのあたりの話をしたかった。でも、電話に出ない。
粕村さんも出ない。
次に、裏界で暮らす妖怪だ。
まず垢ねぶりのわくらばさん。紫色の皮膚にぼろぼろの腰巻だけをまとっている。
次に天邪鬼の邪光さん。こちらも半裸で、子供のような体格ながら、おじいさんみたいなしゃべり方をする。滝じいさんと気が合っていたようだった。
この二人はすぐに電話に出てくれて、裏界でのハローワークに当たる妖怪安定所に通っているとのことだった。
妖怪の後二人、河童のガタロさんと椀男の塗密さんは電話に出ない。
その後何度かかけ直していると、甲野さんと柴田さんは、水曜日にようやく連絡が取れた。
二人とも「忙しくって電話に出られなかった」ということなので、連絡がつきやすい曜日や時間を聞いておく。
就職活動は、揃ってほぼ進んでいない様子だったので、小田さんと同じように具体的に行う作業を伝え、共有しておいた。
……こんなふうだと、確かに、訓練終了直後にゴールデンウイークなんてあると、大ブレーキになるというのはうなずけてしまう。
それにしても、電話で就活の聞き取りをするのは、思っていたよりも気疲れする業務だった。
ただ聞き取るだけではなく、状況を整理して、その場で適切に助言や指導をしないと、卒業生は実質的になんの実りもないまま次の連絡までの日々を過ごしてしまう可能性がある。
油断すれば、三ヶ月なんてすぐだ。
私のほかの業務は、書類仕事や、別の訓練コースの運用管理なので、問題なく片づいていく。でも、卒業生と連絡を取るというこの仕事だけが、遅々として進まない。
そうして、金曜日になってしまった。
「出ない四人は、一応今日の夕方またかけて、それでも出なければ来週かな」私は力なくつぶやく。「改めて思うけど、電話って意外に体力いるし、コールしてる間ほかのことできずに手を止めざるを得ないし、かけるほうも大変だなあ……」
燎火が、コーヒーを入れて給湯室から出てきた。私のぼやきが聞こえていたらしく、苦笑している。
「できるだけ省力化したいんだが、双方向的な連絡手段が今のところほかにないんだよな。メールは、一通書くのにものすごく時間がかかるから大変だって訓練生も割といるし」
進捗確認のメールは一応全員に送ってあるけど、返信の期日を指定しても、あまり返事は来ない。
「私もともと、電話ってあんまり好きじゃないんだよね。人の生活とか仕事中に、割り込む感じがして」
「ああ、それは分かる。苦手だと、かけるのも受けるのも余計疲れるよな」
「かも。でもそんなこと言ってるわけにはいかないもんね」
その時、ちょうど横を通りかかった峰内さんが、
「なんだ、まだ人間不信にならねえのか。明確に着信無視されてんのに」
とからかうように言ってきたので、わざと頬を膨らませて言い返す。
「なりません、一週間連絡が取れないくらいで」
燎火が一度給湯室に引っ込んで、私の分のコーヒーを入れてきてくれた。ありがたく受け取って、気持ちを立て直す。
職業訓練の生徒なんだから、そっとしておけば自然に就職していってくれるだろうなんて甘い考えは、最初から持ってはいなかったけど、再度気を引き締めないといけない。
あまりうるさく電話し続ければ、逆に相手は出たくなくなるかもしれない。
かといって、ただでさえ連絡の取れない相手を放っておくわけにもいかない。
ただ電話するだけでは、貴重な時間が無為に過ぎていくだけかもしれない。
特に、複数回着信があるのに一週間も放置するような人は、そのまま三ヶ月過ぎてしまいかねない。
「……燎火、ちょっと早いタイミングかもしれないけど」
「おう?」
「四人には、『連絡が取れなくて困ってるから電話ください』って郵便出してみようと思う。『重要』ってハンコ、赤インクで封筒に押していいよね」
燎火はにやりと笑った。
「いいじゃねえか。この初動に、三ヶ月間の行く末がかかってるかもな」
■
私のデスクに燎火がついて、表計算ソフトのシートをパソコン上で開きながら、順を追って教えてくれた。
「有栖、まず、職業訓練ってのは緊急雇用創出のために作られた、求職者支援法に基づく制度だってのは説明したよな?」
「うん」
「そのために訓練生は、訓練終了後三ヶ月以内の就職を目指すことを事前に約束してる。受講料を税金で負担する代わりに、それを約束できないのなら入校させん決まりだ。三ヶ月以上の日数をかけてじっくり就活したいなら、別に無理して職業訓練を受講する必要はねえからな」
「自分のペースでパソコンの勉強をして就職したいなら、パソコンスクールがたくさんあるもんね」
「そういうことだ。で、三ヶ月というのは、今回なら修了式の日が五月十八日だから、八月の十七日ってことになる」
燎火が、画面内の簡易的なカレンダーを指さしながら言う。
「お盆明けだね。それじゃ、三ヶ月間のうち最後の週あたりは、お盆でみんな就活しにくいんじゃないの?」
「ここは正直悩みどころだった。五月の連休前に終了日を持ってくれば、『三ヶ月後』は七月末ごろか八月の頭になるから、今有栖の言ったやりづらさは回避できるよな。……が、多大なリスクもある。ほかでもない、訓練が終了してすぐ、ゴールデンウイークになることだ」
それがなんのリスクになるのか、まだ私にはぴんと来ない。
「すぐ連休になるのが、そんなにいけないの?」
「国民の祝日が続くから、ハローワークが稼働していないし、企業側も閉まってるところが多いだろ。ただでさえ、それまで平日はほとんど訓練通いしてた訓練生は、ちょっとはゆっくりしたいと思うもんだろ。心情的にも日程定期にも、就活に大ブレーキがかかるんだよ。それで訓練生が身動きできないまま一週二週潰れたら、すぐに五月の中旬だ」
「え、でも、連休中に履歴書や職務経歴書の整備をし直したり、面接の練習したりとか……」
燎火がかぶりを振る。
「妖怪はもちろん、人間でもそんな殊勝に就活できるやつばかりじゃねえさ。すぐにでも生計を立てたいやつは懸命にやるだろうが、別に急いで働く必要がない――たくわえがあるとか、同居人が生活費を充分稼いでるとか――やつは、たいていそこでノンビリしちまうもんだ。そうなるよりは最初にどんどん就活してもらって、最後のほうにブレーキがあったほうがましだ」
「ブレーキが最初と最後とで、そんなに違うの?」
三ヶ月以内に就職すると約束している以上、大差ない気もするのだけど。
「ほら、企業って、履歴書送ってから返事寄こしたり面接の結果を言ってくるのに、一二週間かかるところが多いだろう。最初の一ヶ月なんて、書類出して面接受けるだけであっという間に過ぎちまう。それでもう、三分の一の期間が終了だ」
確かに、私の周りで転職した人たちからも、履歴書を送ってから採用されるまで一ヶ月近くかかったなんて話はよく聞く。
「そっか……三ヶ月あるんじゃなくて、三ヶ月しかないんだね……。だからスタートダッシュが大事ってことか」
「はっきり言って、訓練生が三ヶ月目の終盤にいくら焦って張り切り出しても手遅れに近い。『五月からこっちゆっくりしちゃって、八月に入ってから頑張ったんですけどだめでした』で終わられても困るからな。一方、早く就職が決まる分にはなんの問題もねえ」
そう言われると、なるほどと思う。ブレーキがかかるのが先と後とではだいぶ違う。
「というわけで、だ。最初が肝心なんで、週に一度か二度、卒業生たちに電話連絡して、就活の進捗を確認する」
「……週に二度電話って、多くない?」
一人五分程度電話したとしても、十人いれば、一時間近くはかかりっきりになる。
「メールなんかでちゃんと連絡が取れる卒業生はまだいいが、メールやメッセージは見る習慣がなかったり、無視する訓練生が珍しくねえ。電話も似たようなもんだが、メールよりは着信が目立つんでな」
そういえば、そんな話を無断欠席対応の時にも聞いたっけ。
「とはいえ、まともに就活してるやつなら、徐々に連絡の頻度を減らしても問題ねえよ。じゃ、来週からその業務が始まるから、おれと一緒によろしく」
「来週からって、そんなに早く? まだ就活なんて進められないんじゃ……?」
「就活は在校中に少しずつでも始めるよう指導してるから、訓練生がその通りに行動していれば準備はすでに万端のはずだ。そして、今日の修了式は午前中の早い時間に終わってる。なら今日の午後からでも、具体的な就活に移れるだろ。それを確認するのは、来週でも遅いくらいだぜ」
燎火が、パソコンコースの生徒名簿を画面上に出した。在校中に履歴書の作成まで終えたかどうか、志望先を自分でピックアップしていたかどうかなどが、一覧になって表示された。
その中には、「済」と書かれた欄もあれば、「未」と書かれた欄もある。……どちらかというと、後者が多い。
滝じいさんや燎火、それに私も、結構頻繁にこうした作業を進めるよう訓練生に指導はしていたのに。
「ここからも、一筋縄じゃいかねえ。人間不信――妖怪不信か?――にならないように気をつけろよ、有栖」
「……就活の内容を聞き取るだけでしょ? 人間不信って、そんなこと、あるわけ……」
「どうかな。就活の手段は、ざっくり、ハローワーク、転職サイト、それに派遣ってところか。そのうちのどれ一つ、今日のうちに行動を起こせないものはねえ。来週までにどこまで進むもんか、進捗聞き取りが楽しみだなあ」
燎火が低く笑う。でも、目は笑っていなかった。
「……心しておきます」
■
翌週。
電話での聞き取りは、はかばかしくなかった。
「どうだ、手間取るだろ」
「うん……ご時世もあるんだろうけど、まずあんまり電話に出てくれないね……。一週間かけて、四人はまだ連絡つかない……」
「最近は不審な電話が問題になってるから、人間妖怪問わず、知らない番号からの電話には出ないやつが多いからな。かくいうおれもそうだし」
だから、就妖社の電話番号は、スマホや妖怪用端末にあらかじめ登録しておくようお願いしてあった。強制はできないので、あくまでお願いではあるけれど。
もちろん電話に出たくても出られないタイミングだってあるのは重々承知で、一回で電話に必ず出なさいなんてつもりはない。
卒業生は全部で十人。粕村さん以外は全員妖怪で、見た目が人間の、前々から人間社会で暮らしている人が五人。
そういう人たちはある程度現世に慣れているといっても、就活はやはり大変だ。なかなか始められなかったり、慣れない作業に嫌気がさして長続きしないことも多いと聞いている。
週明けの月曜日、最初に電話をかけた生島さんはすぐに出てくれて、ハローワークではなかなか希望通りの求人が見つからないというので、転職サイトをいくつか紹介し、ログインの仕方を教えた。
「訓練中に教えてもらったよなあ、これ。申し訳ない、ハローワークがあればいいだろうと思って軽く聞いちまってたよ」
そう謝られたことを燎火に報告すると、
「へえ、そうか。それは、進捗の聞き取りとしてはかなり手ごたえがあったと言えるパターンだな」
「え、これで? たいていこんな感じじゃないの?」
「ふ。だといいな」
そこはかとなく不安にさせられつつ、次にいく。
甲野あずささんという名前で生活している、外見の設定は二十三歳の女性だ。正体は、組紐の変化。
事務職希望なのでパソコンを習いに訓練に来たけれど、最近は事務職は新卒・転職とも非常に人気があって、狭き門になっていることを在学中に知って不安がっていた。
電話をかけてみる。が、出ない。
次に柴方裕也さんという三十三歳の男性。正体は耳長という妖怪。
営業をやっていたけど歩合制に疲れてしまって、ノルマに追われない仕事を志望していた。
こちらも電話に出ない。
次に小田知奈さんという四十四歳の女性。正体は濡れ女。
電話に出てくれて、「訓練通いで少し疲れてしまったからゆっくりしたいわあ。ハローワークの人からも、しばらくゆっくりすればいいじゃないですかって言われてるのよ。だから、ゆっくりやろうを思ってるの」という話をされた。
ゆっくりという言葉が頻出するので、三ヶ月以内の就職を目指すという目標を再度確認して、今週中にやるべき作業を伝える。
彼女は履歴書の試作が中途半端に終わっており、自己PRの内容も練り上げていないので、志望先の検索と同時進行でそれらを仕上げることとした。
この四名に、赤原さんと粕村さんを加えた六名が、現世で暮らす卒業生だった。
赤原さんは、経験はないけど事務職志望だったので、よほどうまく自分を売り込まないと就職は厳しそうだったから、そのあたりの話をしたかった。でも、電話に出ない。
粕村さんも出ない。
次に、裏界で暮らす妖怪だ。
まず垢ねぶりのわくらばさん。紫色の皮膚にぼろぼろの腰巻だけをまとっている。
次に天邪鬼の邪光さん。こちらも半裸で、子供のような体格ながら、おじいさんみたいなしゃべり方をする。滝じいさんと気が合っていたようだった。
この二人はすぐに電話に出てくれて、裏界でのハローワークに当たる妖怪安定所に通っているとのことだった。
妖怪の後二人、河童のガタロさんと椀男の塗密さんは電話に出ない。
その後何度かかけ直していると、甲野さんと柴田さんは、水曜日にようやく連絡が取れた。
二人とも「忙しくって電話に出られなかった」ということなので、連絡がつきやすい曜日や時間を聞いておく。
就職活動は、揃ってほぼ進んでいない様子だったので、小田さんと同じように具体的に行う作業を伝え、共有しておいた。
……こんなふうだと、確かに、訓練終了直後にゴールデンウイークなんてあると、大ブレーキになるというのはうなずけてしまう。
それにしても、電話で就活の聞き取りをするのは、思っていたよりも気疲れする業務だった。
ただ聞き取るだけではなく、状況を整理して、その場で適切に助言や指導をしないと、卒業生は実質的になんの実りもないまま次の連絡までの日々を過ごしてしまう可能性がある。
油断すれば、三ヶ月なんてすぐだ。
私のほかの業務は、書類仕事や、別の訓練コースの運用管理なので、問題なく片づいていく。でも、卒業生と連絡を取るというこの仕事だけが、遅々として進まない。
そうして、金曜日になってしまった。
「出ない四人は、一応今日の夕方またかけて、それでも出なければ来週かな」私は力なくつぶやく。「改めて思うけど、電話って意外に体力いるし、コールしてる間ほかのことできずに手を止めざるを得ないし、かけるほうも大変だなあ……」
燎火が、コーヒーを入れて給湯室から出てきた。私のぼやきが聞こえていたらしく、苦笑している。
「できるだけ省力化したいんだが、双方向的な連絡手段が今のところほかにないんだよな。メールは、一通書くのにものすごく時間がかかるから大変だって訓練生も割といるし」
進捗確認のメールは一応全員に送ってあるけど、返信の期日を指定しても、あまり返事は来ない。
「私もともと、電話ってあんまり好きじゃないんだよね。人の生活とか仕事中に、割り込む感じがして」
「ああ、それは分かる。苦手だと、かけるのも受けるのも余計疲れるよな」
「かも。でもそんなこと言ってるわけにはいかないもんね」
その時、ちょうど横を通りかかった峰内さんが、
「なんだ、まだ人間不信にならねえのか。明確に着信無視されてんのに」
とからかうように言ってきたので、わざと頬を膨らませて言い返す。
「なりません、一週間連絡が取れないくらいで」
燎火が一度給湯室に引っ込んで、私の分のコーヒーを入れてきてくれた。ありがたく受け取って、気持ちを立て直す。
職業訓練の生徒なんだから、そっとしておけば自然に就職していってくれるだろうなんて甘い考えは、最初から持ってはいなかったけど、再度気を引き締めないといけない。
あまりうるさく電話し続ければ、逆に相手は出たくなくなるかもしれない。
かといって、ただでさえ連絡の取れない相手を放っておくわけにもいかない。
ただ電話するだけでは、貴重な時間が無為に過ぎていくだけかもしれない。
特に、複数回着信があるのに一週間も放置するような人は、そのまま三ヶ月過ぎてしまいかねない。
「……燎火、ちょっと早いタイミングかもしれないけど」
「おう?」
「四人には、『連絡が取れなくて困ってるから電話ください』って郵便出してみようと思う。『重要』ってハンコ、赤インクで封筒に押していいよね」
燎火はにやりと笑った。
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