レイヤー少女の魔界謳歌

七海かおる

文字の大きさ
3 / 13

3

しおりを挟む
「ひぃっっっっっ!」

 目の前の男性の気配が消えて、恐る恐る目を開ける。会場の方に駆け去っていく男性の小さな後ろ姿が見えた。
 何が起こったのか分からず呆然とする。
 
「……邪魔をしたか?」

 低い落ち着いた声が聞こえて顔を向けた。
 
 そこにいたのは私の背丈よりも大きな犬だった。……いや狼、だろうか。すっと伸びた鼻筋は精悍で、どちらかというと図鑑で見た狼に似ているような気がする。

(今、動物が喋った……?それに、こんな大きな狼なんて、知らない……。それにしても───)

「きれー……」
「……!?」

 狼の全身が、月の光に照らし出されて青味がかって輝いている。綺麗な青銀色だ。
 私が呟いた後、狼からはなぜか狼狽したような気配が伝わってきた。
 でも、私はそれに構う余裕はなかった。目の前の狼のふかふかそうなたてがみから目が離せない。そのまま吸い寄せられるようにふらふらと近付く。
 狼は突然近付いて来た私の様子に驚いたのか、深い碧の瞳を見開いていた。
 この綺麗な動物に触れたい、という気持ちがむくむくと沸き上がってきて、衝動そのままに手を伸ばした。
 触れる直前、ぶわっと狼の毛が膨らんだので、手を止めて狼の顔を見上げる。狼から緊張した空気が伝わってきたからだ。

「……触ってもいい?」
「触る?……私にか?」

「だめ、かな?」とこてんと首をかしげる。
 それを見た狼の耳が忙しなくぴこぴこと動いた。狼はふい、と顔をあらぬ方に向けながらもお座りの姿勢になった。

(これはオッケーということですね、そうですね!)

 ぼふっ、と目の前の毛の塊に突っ込んだ。瞬間、狼は驚いたのか、体を硬直させたが構ってられない。そのまま顔をぐりぐりと擦り付ける。柔らかくしっかりとした毛が露出した肌をなでる。

(あったかい……)

 狼の喉がグルグル鳴る音も、体温の温かさも伝わってくる。この狼は、ちゃんと生きてる。これは、私の妄想なんかじゃない、と思う。
 ここは多分私がいた世界じゃない───異世界ってやつだ。どうしてこんなところに来てしまったのか分からない。
 私の悲壮感が伝わったからか、狼はお座りしたまま大人しく撫でさせてくれる。その気遣いが嬉しかった。
 思う存分、狼のもふもふの感触を堪能して、ようやく踏ん切りがついた。

(元の世界に戻れるかは分からない。だから、今はとりあえず精一杯生きよう!生きていればいつか元の世界に戻る方法も見つかるかもしれないし……)

 そう思えたら、なんだかいろいろスッキリした気分になった。

「ありがとう、狼さん」
「……もういいのか?」
「……うん、大丈夫。ちょっと好みのタイプじゃなかったから困ってたんだ」

 自分のサキュバス設定を咄嗟に思い出して笑みを浮かべながら答える。異世界から来ました、と言う勇気はまだ出なかった。
「そうか……」と呟いた狼は片耳だけをピルルと動かした。

「あいつがそんなに嫌だったなら、殺すか?」

 と、されるがままで大人しくしていた狼から物騒なセリフが飛び出してきて驚く。真剣な眼差しで私を見ていて、冗談を言っているわけではなさそうだ。
 そうか、この世界では簡単に生死が決まるんだな、なんてどこか冷静に受け止められた。

「ううん、あの人は関係ないよ。ちょっと別のことで悲しくなっただけ」
「そうか。……もう平気か?」
「うん、えへへ、狼さんってばやさしいー」

 再び狼の首に抱きつく。気持ちよすぎて癖になりそうだ。拒絶されないのをいいことに思いっきりぎゅうぎゅうと抱き締める。
「……そんなことを言われたのは初めてだ」という呟きが上から聞こえてきた。

「……アルフレートだ」
「?……アルフ?」

 聞き慣れない単語だったので、前半しかちゃんと聞けなくて聞き返す。
「おまえならそう呼んでもいい。……おまえは?」
「私は……」

 答えようとして止まる。こういうとき本名言うのってあんまり良くないんじゃなかったっけ。
 サークルの異世界トリップモノ好きな先輩が先日そんなようなことを言っていたのをふと思い出した。

「……ラキアだよ」
「ラキアか……」

「うん」と頷く。
 ラキア、というのはコスプレするときに決めたコスプレネームだ。本名のアキラを逆さまに読んだだけなのだが、割とかわいい響きになったので気に入っている。ただ呼ばれ慣れてないからすぐに返事できるように気をつけないと。

 すりり、と狼───アルフレートが頬を擦り寄せてきた。顔の短い毛がちくちくと当たってこそばゆい。
 大型の獣が懐いてくれたようで嬉しい。お返しに、と私も頬擦りを返す。
 これはあれだろうか、天然のアニマルセラピーみたいな。アルフレートをもふもふして堪能しているだけで、こんな状況なのに和む……。

 きゅるるるるるーーー。

「「…………」」

 なんとも気の抜けた音が辺りに響いた。お互い無言で見つめ合う。
 余韻のようにもう一度きゅるーと鳴く。アルフレートの顔が段々と下がっていき、私の剥き出しのお腹に視線が注がれた。

「お腹空いちゃった!」

 安心したらお腹が空くなんて自然の摂理だよね!!
 恥ずかしさを笑って誤魔化した。
 
 

 

 

  
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒騎士団の娼婦

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...