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「ひぃっっっっっ!」
目の前の男性の気配が消えて、恐る恐る目を開ける。会場の方に駆け去っていく男性の小さな後ろ姿が見えた。
何が起こったのか分からず呆然とする。
「……邪魔をしたか?」
低い落ち着いた声が聞こえて顔を向けた。
そこにいたのは私の背丈よりも大きな犬だった。……いや狼、だろうか。すっと伸びた鼻筋は精悍で、どちらかというと図鑑で見た狼に似ているような気がする。
(今、動物が喋った……?それに、こんな大きな狼なんて、知らない……。それにしても───)
「きれー……」
「……!?」
狼の全身が、月の光に照らし出されて青味がかって輝いている。綺麗な青銀色だ。
私が呟いた後、狼からはなぜか狼狽したような気配が伝わってきた。
でも、私はそれに構う余裕はなかった。目の前の狼のふかふかそうな鬣から目が離せない。そのまま吸い寄せられるようにふらふらと近付く。
狼は突然近付いて来た私の様子に驚いたのか、深い碧の瞳を見開いていた。
この綺麗な動物に触れたい、という気持ちがむくむくと沸き上がってきて、衝動そのままに手を伸ばした。
触れる直前、ぶわっと狼の毛が膨らんだので、手を止めて狼の顔を見上げる。狼から緊張した空気が伝わってきたからだ。
「……触ってもいい?」
「触る?……私にか?」
「だめ、かな?」とこてんと首をかしげる。
それを見た狼の耳が忙しなくぴこぴこと動いた。狼はふい、と顔をあらぬ方に向けながらもお座りの姿勢になった。
(これはオッケーということですね、そうですね!)
ぼふっ、と目の前の毛の塊に突っ込んだ。瞬間、狼は驚いたのか、体を硬直させたが構ってられない。そのまま顔をぐりぐりと擦り付ける。柔らかくしっかりとした毛が露出した肌をなでる。
(あったかい……)
狼の喉がグルグル鳴る音も、体温の温かさも伝わってくる。この狼は、ちゃんと生きてる。これは、私の妄想なんかじゃない、と思う。
ここは多分私がいた世界じゃない───異世界ってやつだ。どうしてこんなところに来てしまったのか分からない。
私の悲壮感が伝わったからか、狼はお座りしたまま大人しく撫でさせてくれる。その気遣いが嬉しかった。
思う存分、狼のもふもふの感触を堪能して、ようやく踏ん切りがついた。
(元の世界に戻れるかは分からない。だから、今はとりあえず精一杯生きよう!生きていればいつか元の世界に戻る方法も見つかるかもしれないし……)
そう思えたら、なんだかいろいろスッキリした気分になった。
「ありがとう、狼さん」
「……もういいのか?」
「……うん、大丈夫。ちょっと好みのタイプじゃなかったから困ってたんだ」
自分のサキュバス設定を咄嗟に思い出して笑みを浮かべながら答える。異世界から来ました、と言う勇気はまだ出なかった。
「そうか……」と呟いた狼は片耳だけをピルルと動かした。
「あいつがそんなに嫌だったなら、殺すか?」
と、されるがままで大人しくしていた狼から物騒なセリフが飛び出してきて驚く。真剣な眼差しで私を見ていて、冗談を言っているわけではなさそうだ。
そうか、この世界では簡単に生死が決まるんだな、なんてどこか冷静に受け止められた。
「ううん、あの人は関係ないよ。ちょっと別のことで悲しくなっただけ」
「そうか。……もう平気か?」
「うん、えへへ、狼さんってばやさしいー」
再び狼の首に抱きつく。気持ちよすぎて癖になりそうだ。拒絶されないのをいいことに思いっきりぎゅうぎゅうと抱き締める。
「……そんなことを言われたのは初めてだ」という呟きが上から聞こえてきた。
「……アルフレートだ」
「?……アルフ?」
聞き慣れない単語だったので、前半しかちゃんと聞けなくて聞き返す。
「おまえならそう呼んでもいい。……おまえは?」
「私は……」
答えようとして止まる。こういうとき本名言うのってあんまり良くないんじゃなかったっけ。
サークルの異世界トリップモノ好きな先輩が先日そんなようなことを言っていたのをふと思い出した。
「……ラキアだよ」
「ラキアか……」
「うん」と頷く。
ラキア、というのはコスプレするときに決めたコスプレネームだ。本名のアキラを逆さまに読んだだけなのだが、割とかわいい響きになったので気に入っている。ただ呼ばれ慣れてないからすぐに返事できるように気をつけないと。
すりり、と狼───アルフレートが頬を擦り寄せてきた。顔の短い毛がちくちくと当たってこそばゆい。
大型の獣が懐いてくれたようで嬉しい。お返しに、と私も頬擦りを返す。
これはあれだろうか、天然のアニマルセラピーみたいな。アルフレートをもふもふして堪能しているだけで、こんな状況なのに和む……。
きゅるるるるるーーー。
「「…………」」
なんとも気の抜けた音が辺りに響いた。お互い無言で見つめ合う。
余韻のようにもう一度きゅるーと鳴く。アルフレートの顔が段々と下がっていき、私の剥き出しのお腹に視線が注がれた。
「お腹空いちゃった!」
安心したらお腹が空くなんて自然の摂理だよね!!
恥ずかしさを笑って誤魔化した。
目の前の男性の気配が消えて、恐る恐る目を開ける。会場の方に駆け去っていく男性の小さな後ろ姿が見えた。
何が起こったのか分からず呆然とする。
「……邪魔をしたか?」
低い落ち着いた声が聞こえて顔を向けた。
そこにいたのは私の背丈よりも大きな犬だった。……いや狼、だろうか。すっと伸びた鼻筋は精悍で、どちらかというと図鑑で見た狼に似ているような気がする。
(今、動物が喋った……?それに、こんな大きな狼なんて、知らない……。それにしても───)
「きれー……」
「……!?」
狼の全身が、月の光に照らし出されて青味がかって輝いている。綺麗な青銀色だ。
私が呟いた後、狼からはなぜか狼狽したような気配が伝わってきた。
でも、私はそれに構う余裕はなかった。目の前の狼のふかふかそうな鬣から目が離せない。そのまま吸い寄せられるようにふらふらと近付く。
狼は突然近付いて来た私の様子に驚いたのか、深い碧の瞳を見開いていた。
この綺麗な動物に触れたい、という気持ちがむくむくと沸き上がってきて、衝動そのままに手を伸ばした。
触れる直前、ぶわっと狼の毛が膨らんだので、手を止めて狼の顔を見上げる。狼から緊張した空気が伝わってきたからだ。
「……触ってもいい?」
「触る?……私にか?」
「だめ、かな?」とこてんと首をかしげる。
それを見た狼の耳が忙しなくぴこぴこと動いた。狼はふい、と顔をあらぬ方に向けながらもお座りの姿勢になった。
(これはオッケーということですね、そうですね!)
ぼふっ、と目の前の毛の塊に突っ込んだ。瞬間、狼は驚いたのか、体を硬直させたが構ってられない。そのまま顔をぐりぐりと擦り付ける。柔らかくしっかりとした毛が露出した肌をなでる。
(あったかい……)
狼の喉がグルグル鳴る音も、体温の温かさも伝わってくる。この狼は、ちゃんと生きてる。これは、私の妄想なんかじゃない、と思う。
ここは多分私がいた世界じゃない───異世界ってやつだ。どうしてこんなところに来てしまったのか分からない。
私の悲壮感が伝わったからか、狼はお座りしたまま大人しく撫でさせてくれる。その気遣いが嬉しかった。
思う存分、狼のもふもふの感触を堪能して、ようやく踏ん切りがついた。
(元の世界に戻れるかは分からない。だから、今はとりあえず精一杯生きよう!生きていればいつか元の世界に戻る方法も見つかるかもしれないし……)
そう思えたら、なんだかいろいろスッキリした気分になった。
「ありがとう、狼さん」
「……もういいのか?」
「……うん、大丈夫。ちょっと好みのタイプじゃなかったから困ってたんだ」
自分のサキュバス設定を咄嗟に思い出して笑みを浮かべながら答える。異世界から来ました、と言う勇気はまだ出なかった。
「そうか……」と呟いた狼は片耳だけをピルルと動かした。
「あいつがそんなに嫌だったなら、殺すか?」
と、されるがままで大人しくしていた狼から物騒なセリフが飛び出してきて驚く。真剣な眼差しで私を見ていて、冗談を言っているわけではなさそうだ。
そうか、この世界では簡単に生死が決まるんだな、なんてどこか冷静に受け止められた。
「ううん、あの人は関係ないよ。ちょっと別のことで悲しくなっただけ」
「そうか。……もう平気か?」
「うん、えへへ、狼さんってばやさしいー」
再び狼の首に抱きつく。気持ちよすぎて癖になりそうだ。拒絶されないのをいいことに思いっきりぎゅうぎゅうと抱き締める。
「……そんなことを言われたのは初めてだ」という呟きが上から聞こえてきた。
「……アルフレートだ」
「?……アルフ?」
聞き慣れない単語だったので、前半しかちゃんと聞けなくて聞き返す。
「おまえならそう呼んでもいい。……おまえは?」
「私は……」
答えようとして止まる。こういうとき本名言うのってあんまり良くないんじゃなかったっけ。
サークルの異世界トリップモノ好きな先輩が先日そんなようなことを言っていたのをふと思い出した。
「……ラキアだよ」
「ラキアか……」
「うん」と頷く。
ラキア、というのはコスプレするときに決めたコスプレネームだ。本名のアキラを逆さまに読んだだけなのだが、割とかわいい響きになったので気に入っている。ただ呼ばれ慣れてないからすぐに返事できるように気をつけないと。
すりり、と狼───アルフレートが頬を擦り寄せてきた。顔の短い毛がちくちくと当たってこそばゆい。
大型の獣が懐いてくれたようで嬉しい。お返しに、と私も頬擦りを返す。
これはあれだろうか、天然のアニマルセラピーみたいな。アルフレートをもふもふして堪能しているだけで、こんな状況なのに和む……。
きゅるるるるるーーー。
「「…………」」
なんとも気の抜けた音が辺りに響いた。お互い無言で見つめ合う。
余韻のようにもう一度きゅるーと鳴く。アルフレートの顔が段々と下がっていき、私の剥き出しのお腹に視線が注がれた。
「お腹空いちゃった!」
安心したらお腹が空くなんて自然の摂理だよね!!
恥ずかしさを笑って誤魔化した。
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