この街で

天渡清華

文字の大きさ
7 / 61
1

1-7

しおりを挟む
 ショーの時間になり、シュウはステージに立った。クラシカルなスーツに帽子という衣装がよく似あい、いつものラフなファッションのシュウとは、顔つきも違って別人のようだ。
 思いがけなくシュウのステージを見られることになった客は、シュウの登場にいつも以上に盛り上がっている。シュウは喜んでいる客に頭を下げ、満面の笑みを向けた。それだけで起こる、拍手と歓声。
 ステージが好きだ。歌が好きだ。そんな気持ちを、最近忘れていたような気がする。
 シュウは子供の頃家族を亡くし、この街の底を這うようにしてなんとか生きてきた。つらい暮らしの中、いつも歌を、歌っていた。自分の歌が人よりもうまいこと、自分の歌で家族以外の人も喜ぶことを知ったのは、家を追い出され、公園で寝起きするようになってからだ。
 やはり公園をねぐらにしていたホームレス達が、もっと歌を覚えろと、ラジオをくれた。ラジオや街角で聴いた歌を身体の中にためこんで、歌う。みんなが喜んでくれた。
 最近、あの頃のホームレス達の笑顔を、思い出すことが少なくなった。この店で歌うようになってそれなりの年月が経ち、常連客も多くついて贅沢を覚え、目の前の金持ち達からいかに金を引き出すかばかりを、考えるようになったからだろう。
 シュウは後ろで鍵盤に手をかけて待っているピアニストを振り返り、笑顔のままうなずいた。枯れた男の手が紡ぐ、軽やかなピアノの音。よく磨かれた革靴のつま先でリズムを取る。大きく息を吸いこみ、歌い出す。
 原点を思い出すことも、必要なのかも知れない。もっと、歌が好きだという気持ちだけで、目の前の客を喜ばせたいという気持ちだけで、歌ってもいいのかも知れない。
 三階まで吹き抜けになっている店内はシュウの艶のある歌声で満たされ、歌声はどこまでも気持ちよく伸びていくかのようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

幼馴染が結婚すると聞いて祝いに行ったら、なぜか俺が抱かれていた。

夏八木アオ
BL
金髪碧眼の優男魔法使いx気が強くてお人好しな元騎士の幼馴染の二人です。

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...