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その1
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重いまぶたをこじ開けると、そこにアズマの姿はなかった。料理をしているらしきにおいと音。ずっしりと重い身体をなんとか動かして、スマートフォンを探す。時間を見る。
11:13
だいぶ寝ちまったな、と思いながら、福島は大きなあくびをした。トランクスを履いただけの日に焼けた引き締まった身体を起こし、眠そうに頭をかく。
「起きた? もうすぐメシできるよ」
アズマを見て、福島は思わず笑った。なんだかうれしくもある。
「なんなの、そのカッコ」
アズマはトランクスに福島のシャツを羽織って、キッチンに立っていた。アズマはミュージシャンになる前、店をやっている実家を手伝っていて、料理の腕前はかなりのものだ。
「こうして見ると、ホントアズマさんて華奢だよね。彼氏のシャツ着てみた女の子みたい」
福島はなおも笑いながら、煙草に手を伸ばす。アズマさんらしいけど、とつけ足して、煙草に火をつける。
「いいじゃん、俺と健介の間だし」
なにかを刻みながら、背中で答えるアズマ。
キッチンの窓から差しこむ光に、アズマの身体の輪郭がくっきり縁取られている。今少し遠くにある身体に自分が昨夜したことを思い出しながら、福島はベッドに腰かけてぼんやり煙草を吸った。
ソファすらない、フローリングのワンルーム。十畳はあるはずの部屋は、CDがぎっしり並ぶラックやキーボード、機材がキッチンのすぐそばにまで置かれ、詰めこまれた音楽で狭く感じる。ベッド横のデスクは、コックピットのようにパソコンや録音機材などがみっちりとセッティングされ、仕事用スペースになっていた。
一方、食事などをするテーブルはいかにも安物で、若干傾いている。くたびれたクッションがその周りに二つ。他には大きめのテレビとブルーレイレコーダーがあるぐらいだ。音楽関係のものには金をかけていても、家具は壊れかけでも使い続け、音楽がすべてに優先している生き方が出ている。
「ねえ、アズマさん」
福島は一服し終えて、そろりと様子を見るように呼んだ。アズマは生返事で、包丁を動かし続けている。
「拓とはこんなんじゃないでしょ、絶対」
どこか意地悪く、忍び寄るような声。
アズマは振り返った。福島が上目遣いで、にやりと笑う。大人で子供な、秘密の甘さも苦さも味わい尽くした男の顔だった。アズマもただ、唇だけで微笑んで見せる。
「あいつ、アズマさんの前じゃ、いつまで経っても初めてのデート状態だから」
「なにそれ、意味分かんねえな」
アズマは包丁を置いて軽く手を洗い、福島の隣に腰を下ろした。
「かっこいいとこ見せようと頑張りすぎて、かえってすごい失敗とか、ぶざまなとこ見せちゃったりすんの。会う場所も、ちゃんとホテルとか取ってるんでしょ?」
軽い笑い声をたて、アズマは福島の煙草に手を伸ばす。アズマが動いた拍子に、醤油の香りと情事の名残のにおいが混じりあう。アズマは情事の後なぜかシャワーを浴びたがらないから、起きてそのままキッチンに立ったのだろう。そんな生のあかしに、福島はまたアズマの肌にむしゃぶりつきたくなる。
「全然そんなんじゃないよ」
「そうなの?」
福島はついさっき見せた表情が嘘のように、無邪気に首をかしげた。
「この前は、プリプロやってたスタジオでやられた」
淡々とした、なんでもなさそうなつぶやき。思わず聞き流しかけた福島の身体が、ばねのように跳ねる。ベッドがきしむ。
「マジ!? やりたい盛りのガキじゃあるまいし……」
福島の瞳に一瞬、怒りといたわりが浮かぶ。あいつならやりかねない、と福島は思った。坂上は周りが見えなくなりがちで、自分本位なところがある。要するにわがままだ。おもちゃを独占したがる子供のようなところを、アズマにも向けてしまっているのかも知れない。
福島はひどいヤツだなとだけつぶやき、自分でもずるいかなと思いつつ、アズマの骨張った肩を抱き寄せながら訊く。
「ぶっちゃけ、抱かれてて気持ちいいのはどっち?」
アズマが自分のシャツを着ているのが、なおさら福島の欲情を煽る。犬や猫が飼い主のにおいがするからと飼い主の服や持ち物の上で寝る、そんな話を思い出す。
「俺でしょ? じっくり時間かけてあげてるし」
福島の瞳に、くらい鋭さがよぎった。それは男としての、独占欲と自信だったかも知れない。
「珍しいね、そんなこと訊いてくるなんて」
アズマは座ったまま後ろにひっくり返って、肘枕でベッドに横になる。その仕草が、福島には自分を誘っているように見えた。実際、アズマは深い仲だからこそ分かる、濡れた瞳で福島を見上げている。罪のない、欲望に忠実な瞳。
「だってあいつには訊けないもん。なんにも知らないだけ、あいつの方が気楽だよなあ。独占できてると思いこんでる」
アズマはただ微笑み、あおむけになった。微笑みは福島の影に覆われ、かすかにベッドがきしむ。髪を撫でながらアズマの唇を優しく味わう福島は、次第に硬くなっていくアズマの欲情を感じた。これが答えか。
「正直、最近拓とのセックスはあんまりよくないんだよね」
さらりとつぶやき、アズマは福島の背中にしなやかに腕を回す。艶っぽいため息。
「……あの、さ。俺なら満足できるの?」
そろりそろりと口から出る言葉に、アズマは躊躇なくうなずいた。
「うん、健介とのセックスはすごくいい」
目の前の笑顔に、福島はなにも言えなくなった。
福島はアズマのことを、とにかくセックスという行為が好きで、利き酒を楽しむような感覚でいろいろな人間と関係を持っているのだろうと思っていた。愛だの恋だのはどうでもよく、そもそもそういう感情に鈍く、誘われれば寝て、快楽を得たいだけなのだろうと。だから人間関係のこともあまり考慮せず、ユニットで活動する自分と坂上、二人と同時に関係を持っていてもなんとも思わないから、それを自分には隠そうともしないのだろうと。
だがそれは少し、違うらしい。身体を求められるのがなによりでも、誰でもいいわけではない。心があれば、それは当たり前か。
「拓は、この部屋に来たことある?」
なおもアズマの気持ちを確かめたくて、訊く。
「ないよ。なんか部屋に上げたくなくて」
なんでそんなことを訊くんだと言いたげな、無邪気な表情からも立ちのぼる色気。
福島は、酔った。アズマの色気と、坂上に勝ったという優越感に。
「嘘じゃないよ?」
無言で動けずにいる福島を、アズマはくっきりした二重の瞳で見つめた。福島が見返すと、ゆっくりと花が開くように微笑む。
「……ねえ、メシ後でもいい?」
福島の首に両手を回してささやく、アズマの吐息が熱い。もうすっかり濡れた瞳に捉われたら、逃げられない。むしろ望むところだ。
「ずるいよね、アズマさんは。手玉に取られてるもん、俺達」
二人は目があうと、秘密を楽しむ顔で笑いあった。
「でも俺、それでも幸せだなあ」
のんびりした声で言いながら、福島はアズマを愛しそうに見下ろし、子供をあやすようにゆっくり髪を撫でた。アズマも短髪の感触を楽しむかのように、福島の髪を両手で撫でる。
「健介こそ、俺の扱い方をよく分かってるなと思うよ」
「そう? それならよかった」
福島のうれしそうな笑みが、アズマの肌にゆっくり沈んでいく。
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だいぶ寝ちまったな、と思いながら、福島は大きなあくびをした。トランクスを履いただけの日に焼けた引き締まった身体を起こし、眠そうに頭をかく。
「起きた? もうすぐメシできるよ」
アズマを見て、福島は思わず笑った。なんだかうれしくもある。
「なんなの、そのカッコ」
アズマはトランクスに福島のシャツを羽織って、キッチンに立っていた。アズマはミュージシャンになる前、店をやっている実家を手伝っていて、料理の腕前はかなりのものだ。
「こうして見ると、ホントアズマさんて華奢だよね。彼氏のシャツ着てみた女の子みたい」
福島はなおも笑いながら、煙草に手を伸ばす。アズマさんらしいけど、とつけ足して、煙草に火をつける。
「いいじゃん、俺と健介の間だし」
なにかを刻みながら、背中で答えるアズマ。
キッチンの窓から差しこむ光に、アズマの身体の輪郭がくっきり縁取られている。今少し遠くにある身体に自分が昨夜したことを思い出しながら、福島はベッドに腰かけてぼんやり煙草を吸った。
ソファすらない、フローリングのワンルーム。十畳はあるはずの部屋は、CDがぎっしり並ぶラックやキーボード、機材がキッチンのすぐそばにまで置かれ、詰めこまれた音楽で狭く感じる。ベッド横のデスクは、コックピットのようにパソコンや録音機材などがみっちりとセッティングされ、仕事用スペースになっていた。
一方、食事などをするテーブルはいかにも安物で、若干傾いている。くたびれたクッションがその周りに二つ。他には大きめのテレビとブルーレイレコーダーがあるぐらいだ。音楽関係のものには金をかけていても、家具は壊れかけでも使い続け、音楽がすべてに優先している生き方が出ている。
「ねえ、アズマさん」
福島は一服し終えて、そろりと様子を見るように呼んだ。アズマは生返事で、包丁を動かし続けている。
「拓とはこんなんじゃないでしょ、絶対」
どこか意地悪く、忍び寄るような声。
アズマは振り返った。福島が上目遣いで、にやりと笑う。大人で子供な、秘密の甘さも苦さも味わい尽くした男の顔だった。アズマもただ、唇だけで微笑んで見せる。
「あいつ、アズマさんの前じゃ、いつまで経っても初めてのデート状態だから」
「なにそれ、意味分かんねえな」
アズマは包丁を置いて軽く手を洗い、福島の隣に腰を下ろした。
「かっこいいとこ見せようと頑張りすぎて、かえってすごい失敗とか、ぶざまなとこ見せちゃったりすんの。会う場所も、ちゃんとホテルとか取ってるんでしょ?」
軽い笑い声をたて、アズマは福島の煙草に手を伸ばす。アズマが動いた拍子に、醤油の香りと情事の名残のにおいが混じりあう。アズマは情事の後なぜかシャワーを浴びたがらないから、起きてそのままキッチンに立ったのだろう。そんな生のあかしに、福島はまたアズマの肌にむしゃぶりつきたくなる。
「全然そんなんじゃないよ」
「そうなの?」
福島はついさっき見せた表情が嘘のように、無邪気に首をかしげた。
「この前は、プリプロやってたスタジオでやられた」
淡々とした、なんでもなさそうなつぶやき。思わず聞き流しかけた福島の身体が、ばねのように跳ねる。ベッドがきしむ。
「マジ!? やりたい盛りのガキじゃあるまいし……」
福島の瞳に一瞬、怒りといたわりが浮かぶ。あいつならやりかねない、と福島は思った。坂上は周りが見えなくなりがちで、自分本位なところがある。要するにわがままだ。おもちゃを独占したがる子供のようなところを、アズマにも向けてしまっているのかも知れない。
福島はひどいヤツだなとだけつぶやき、自分でもずるいかなと思いつつ、アズマの骨張った肩を抱き寄せながら訊く。
「ぶっちゃけ、抱かれてて気持ちいいのはどっち?」
アズマが自分のシャツを着ているのが、なおさら福島の欲情を煽る。犬や猫が飼い主のにおいがするからと飼い主の服や持ち物の上で寝る、そんな話を思い出す。
「俺でしょ? じっくり時間かけてあげてるし」
福島の瞳に、くらい鋭さがよぎった。それは男としての、独占欲と自信だったかも知れない。
「珍しいね、そんなこと訊いてくるなんて」
アズマは座ったまま後ろにひっくり返って、肘枕でベッドに横になる。その仕草が、福島には自分を誘っているように見えた。実際、アズマは深い仲だからこそ分かる、濡れた瞳で福島を見上げている。罪のない、欲望に忠実な瞳。
「だってあいつには訊けないもん。なんにも知らないだけ、あいつの方が気楽だよなあ。独占できてると思いこんでる」
アズマはただ微笑み、あおむけになった。微笑みは福島の影に覆われ、かすかにベッドがきしむ。髪を撫でながらアズマの唇を優しく味わう福島は、次第に硬くなっていくアズマの欲情を感じた。これが答えか。
「正直、最近拓とのセックスはあんまりよくないんだよね」
さらりとつぶやき、アズマは福島の背中にしなやかに腕を回す。艶っぽいため息。
「……あの、さ。俺なら満足できるの?」
そろりそろりと口から出る言葉に、アズマは躊躇なくうなずいた。
「うん、健介とのセックスはすごくいい」
目の前の笑顔に、福島はなにも言えなくなった。
福島はアズマのことを、とにかくセックスという行為が好きで、利き酒を楽しむような感覚でいろいろな人間と関係を持っているのだろうと思っていた。愛だの恋だのはどうでもよく、そもそもそういう感情に鈍く、誘われれば寝て、快楽を得たいだけなのだろうと。だから人間関係のこともあまり考慮せず、ユニットで活動する自分と坂上、二人と同時に関係を持っていてもなんとも思わないから、それを自分には隠そうともしないのだろうと。
だがそれは少し、違うらしい。身体を求められるのがなによりでも、誰でもいいわけではない。心があれば、それは当たり前か。
「拓は、この部屋に来たことある?」
なおもアズマの気持ちを確かめたくて、訊く。
「ないよ。なんか部屋に上げたくなくて」
なんでそんなことを訊くんだと言いたげな、無邪気な表情からも立ちのぼる色気。
福島は、酔った。アズマの色気と、坂上に勝ったという優越感に。
「嘘じゃないよ?」
無言で動けずにいる福島を、アズマはくっきりした二重の瞳で見つめた。福島が見返すと、ゆっくりと花が開くように微笑む。
「……ねえ、メシ後でもいい?」
福島の首に両手を回してささやく、アズマの吐息が熱い。もうすっかり濡れた瞳に捉われたら、逃げられない。むしろ望むところだ。
「ずるいよね、アズマさんは。手玉に取られてるもん、俺達」
二人は目があうと、秘密を楽しむ顔で笑いあった。
「でも俺、それでも幸せだなあ」
のんびりした声で言いながら、福島はアズマを愛しそうに見下ろし、子供をあやすようにゆっくり髪を撫でた。アズマも短髪の感触を楽しむかのように、福島の髪を両手で撫でる。
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