愛を知る

天渡清華

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その2

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 オフの一日をその前夜からアズマの部屋で過ごした福島は、さすがに夜まで長居するのは悪いなと思いつつも、なかなか腰が上がらなかった。結局夜になり、きのう手土産に渡した缶ビールを出されるままに飲みながら、ここに来て三度目のキッチンに立つアズマの背中を眺めている。
 アズマは米を炊く間に、まず簡単なつまみを作ってくれ、今は味噌汁を作りつつ生姜焼きを作っている。玉ねぎがたっぷり入った生姜焼きはアズマの実家の店でも出していたらしく、時々作ってくれるが本当にうまい。
 外で仕事で会う時のアズマは、料理などしそうには見えず生活感を感じさせない。だが案外世話好きで、アズマの部屋に初めて呼ばれて、つまみをさっと数品作って出された時には、そのギャップに本当に驚いた。 
 肉や玉ねぎを焼く音が、なんとなくつけているテレビの音と混じりあう。うまそうなにおい。キッチンに立つアズマ、缶ビールを手に座っている自分。まるで同棲しているようだと思いながら、福島の中で考えまいとしていることが首をもたげてくる。アズマとこういう仲になって一年半ぐらいになるが、こんなふうにこの部屋でアズマと過ごし、手料理を振る舞われているのは自分一人ではないはずだ、と。
 坂上はここに来たことがないらしいが、坂上以外に自分よりももっとアズマと長く深く関係している人間が、他に二、三人ぐらいはいるかも知れない。
 アズマについての業界の噂を知ったのは、アズマと出会ってすぐぐらいだった。スタジオミュージシャンとして長年活躍しているギタリストから、なんでアズマリョウが表に出ないか分かるか、とこっそりささやかれたのだ。アズマを褒めちぎって親しくしているのを見て、忠告してきたのだろう。
 アズマは男なら誰とでも寝る、誘われても断らない。バンドとしてデビューするはずだったが、アズマを巡ってメンバー同士が争い、デビュー目前でバンドが解散したのは一回では済まない。それでも誰とでも寝るのは変わらない。
 それがもし本当でも、構わないと思った。アズマリョウは天才だ。それに美しい。性的に奔放過ぎるぐらい、なんだ。天才は天才ゆえに、どこか変わっているものだ。だからアズマが他の誰と寝ようが気にしないつもりでいたが、アズマと肌を重ねるほどにどうしても独占欲が積もっていく。
「はい、できたよ」
 アズマが二人分の豚の生姜焼きと味噌汁、ご飯を運んできた。生姜焼きには手切りしたキャベツの千切りと斜めにスライスしたきゅうり、ポテトサラダが添えられている。
「ありがと。アズマさんの生姜焼き、ホントうまいよね」
 今、アズマとこうしていられることを楽しもう。他の男のことを訊いたり考えるのは野暮だ。
 福島は両手をあわせてから、ご飯を頬張り生姜焼きの肉も豪快に口に入れた。顔がほころぶ。
「やっぱ最高、アズマさんは料理も天才だね」
 二人分の食事を置くのがせいぜいの小さなテーブルを囲んで、二人で食事をする。褒められたアズマは、少し照れくさそうな笑みで味噌汁をすする。アズマの柔らかで無防備な笑みが、ますます食事をうまく感じさせる。刹那でもこんな幸せを味わえるなら、他にはなにもいらない。
「ねえ、今日も泊まっていくでしょ?」
 えっ、と喉に詰まったような声が出た。食べ物がつかえたような気がして、福島はビールで流しこむ。
「なんで驚くの、またじっくりしてよ。それとももう飽きた?」
 無防備な笑みのまま、アズマが首をかしげる。子犬のように情事に誘うのは、アズマいわく「性欲がぶっ壊れている」からだ。だがこうしてストレートに求められるのはうれしい。そう思い、できる限りアズマの性欲につきあおうと思っている自分も、アズマに一目惚れした時点でどこか狂ってしまったのだろう。
「飽きるわけないじゃん。さすがに今日は帰ろうと思ってたから」
「なんで? どうせ朝ゆっくりなんでしょ? 遠慮しないで」
 じゃそうするよ、と答えて、福島は残り一枚だった肉とご飯を一緒に頬張った。そんな福島を、上目遣いに見るアズマ。
「なんか俺待てないや、すぐここでしない?」
 口の中のものを飲みこんだ福島は思わず目を見開き、胸のあたりを拳でたたいた。子犬のような無垢な表情のまま言うアズマに、さすがに気持ちがついて行けない。
「ごめんね、こんな性欲がぶっ壊れまくってる人間で」
 ずいっと福島の方に寄ってきて背中をさする手つきが、もうなまめかしい。
「なんだかすごく、健介としたくてさ」
「うれしいよ、とことんつきあうから」
 部屋着の上からでも、もうアズマがかなり欲情しているのが分かる。福島はアズマの顔を両手で包みこみ、深く浅く口づけた。福島の頭に両腕を絡めるようにして、積極的に応えるアズマ。
 なにがアズマをこんなふうにしているのか知らないが、身体だけでも自分にハマってくれたらいい。性欲でただれきった関係でも構わないから、アズマが自分だけのものになってくれたらいい。
 空になった食器が置かれたままの、がたつくテーブルの横。二人は昨夜も昼間も抱きあったのに、久々に肌を重ねあうかのようにせわしなく互いをむさぼった。
 フローリングの硬い床にアズマを横たわらせるのは気が引けて、福島はアズマの身体をすくうように持ち上げ、自分の膝の上に向かいあわせに乗せた。濃厚なキスの後で、アズマの胸の突起を指と舌で左右同時にいじる。アズマがこうされるといいことは、よく知っている。
「あ、はあっ……」
 びくびくと反応し、反り返る白い背中。お互いに限界まで勃ち上がったモノがふれあう。
「ねえ、さっきもしたしもう入れちゃって平気じゃない……?」
 快感を堪える少しつらそうな顔で、アズマが福島のモノに自分のモノをすりつけるようにしながらねだる。前髪の間から見える目つきがみだらだ。
「気が早いよ」
 そう言って笑いながら、福島は後ろに手を回してアズマのそこにふれた。そこはなにもしていないのに濡れて、するりと福島の太い指を飲みこむ。
「ね、ほら」
 アズマのうれしそうですらある、甘い声。いったいなにがアズマに火をつけたのか。不思議に思いつつも、福島は求められるまま手早くゴムをつけてアズマのそこに自身をあてがった。
 待ち構えていたアズマは、性急に福島を飲みこんでしまう。
「はっ……あっ……」
「ちょっ、アズマさん大丈夫?」
 傷つけてしまったのではとあわてる福島の肩にしがみつき、アズマは微笑む。
「うん、すっげえいい」
 なんて顔で笑うんだろう。情事の最中とは思えない、汗や唾液に濡れているのに清らかさすら感じさせる美しい笑顔に、福島が見とれられたのも数瞬だった。アズマは先走り、自ら腰を揺らす。
「ああっ、けんすけっ……! いい……いいっ……!」
 福島の膝の上でしなやかに動き、せつなげな声であえぐアズマ。根元までしっかり福島をくわえこみ、快楽に完全に我を忘れている。
「アズマさん、飛ばしすぎ……っ!」
 アズマの内部が熱く締めつけてきて、福島は快感に眉を寄せた。アズマは抱きあうほどに激しく乱れるようだ。福島の腕の中でほとんど無意識に腰を揺らし、のけぞる身体。振動でテーブルの上の食器がカタカタ鳴る。
「……ごめん、なんかすげえよくて……」
 荒い吐息で苦しげに微笑む表情が、ぞくぞくするほど色っぽい。
「ねえ、顔よく見せて」
 アズマは前髪をかき上げようとする福島をはにかむように見て、キスしてきた。長く濃厚なキスの後、ふと福島はすぐ横にある缶ビールに手を伸ばし、一口飲む。
「俺にもちょうだい」
 福島は無言でいたずらっぽく笑い、ビールを口に含むとアズマに口移しにした。
「んっ……」
 うまく飲めずほとんどがこぼれた。ビールのにおいが二人の身体の間で立ちのぼる中、そのまま苦い舌を絡ませあう。
「ごめんね、下手くそで」
 福島はもう一度ビールを口に含み、アズマに口づけた。今度はこぼすことなく、アズマはわずかなビールをこくりと飲む。アズマの肌を濡らしたビールを、福島は喉に唇を這わせて舐めた。
「なんかすげえ、楽しいわ」
 くすくす笑いあう。福島は缶ビールをテーブルに置くと、両腕でしっかりアズマを抱いてまたキスを交わした。
「あ、待って。まだ味わってたいんだ」
 張りつめた自分のモノに触れようとする福島の手をつかむアズマ。
「たまんないこと言うね。でも、俺そろそろ無理……」
 耳もとでため息をつき、福島はアズマの耳を食んだ。腰を使い、アズマを下から突き上げる。アズマの長い前髪が、揺れる。
「あっ……! ダメだって、俺まだ健介と繋がってたいんだよ」
 もしかするとこれは、アズマなりの愛情表現ではないか。そう思い、こみ上げる愛しさ。そんな自分はもうだいぶ、アズマに狂わされているかも知れない。
「またすればいいじゃん。今日も泊まるんだし、明日俺レコーディング午後からだし」
「それなら、いいよ」
 アズマは福島の額にそっと口づけた。
「ふふっ、華奢な身体のわりに体力あるよね」
 ゴム足りるかな、とつぶやいて、福島はアズマを快楽に堕とすべく動いた。腰を揺らし、限界に近いアズマの熱を右手で扱く。
「あ、あっ……!」
「すげえよ、アズマさんの中。分かる?」
 少しうわずった声に、アズマは恥ずかしげにうなずいた。福島に突き上げられ、ぐずぐずになったそこは福島のモノに熱く絡みついて、もっともっととねだっている。
「ああっ、健介……!」
 福島の首に腕を絡め、アズマは乱暴に福島の唇をむさぼった。激しい口づけに連動するかのように、締めつけてくるアズマの内部。福島もキスに応えながら、身体を揺らす。テーブルがカタカタ音を立て、食器同士がふれあう音。
「けん、すけっ……! あっ……健介っ、健介……! いいっ、けん、すけ……」
 繰り返し名前を呼ぶ自分に気づいているのか、というほどにアズマは乱れ、恍惚とした表情で揺らめく。上と下でむさぼりあいながら、二人は達した。
「……ああ、すげえ気持ちよかった……」
 アズマは脱力して、福島の肩に頭を預ける。
「満足した?」
「うん、でもまだ抜かないでよ」
 アズマの余韻でひくつく内部を感じながら、福島はアズマの髪を撫でた。吐き出した白のにおい。汗や唾液のにおい。まだ残るビールのにおい。汗に濡れてひやっとする皮膚。互いの鼓動。アズマもそういったものを味わっているのか、福島に抱きついたままじっと動かずに無言でいる。
「幸せって、こういうのを言うのかな」
 ふいにアズマがつぶやく。これまでに聞いたことがないほど、優しくふわりとした声。
 やはりこれは、愛なのではないか。アズマを抱く腕に力がこもる。
 愛というものを、アズマは身体でしか感じられず、表現することも身体でしかできないのではないか。即本能と繋がっている愛は、言葉にされることも、もしかすると愛だと自覚されることすらないのではないか。それゆえにアズマは誰からの誘いでも断らずに寝て、自分でもそうと分からないまま、身体で愛を確かめるしか術を知らないのではないか。
 突飛な想像かも知れない。的外れでもいい。ゆっくり確かめればいい。
 空になった食器を、なんとなく眺める。料理ももしかしたら、アズマなりの愛か。そう思うと、きれいに平らげたつもりの皿の上で玉ねぎの薄切りが一枚乾きかけているのに、少し心がうずく。
 福島は背後を確認しながら、アズマを抱いたまま床に横になった。
「繋がってるだけでもいいね」
 子供のように言うアズマ。少し首を伸ばして、汗ばんだ福島の首筋に口づける。そのまま、愛しそうに肩に顔を埋める。とろけた表情。
 幸せだ。今夜もひたすら、自分を求めてくれるアズマに応えよう。
「まあね。俺、スイッチ入っちゃったみたい。帰るつもりだったのに」
「俺も、さっきから入りっぱなし」
 二人は軽い笑い声を立て、目があうと黙ってキスに溺れた。
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