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その1
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背後でゆっくり閉まったドアが、最後にガシャン、と重い音を立てる。シーンとした部屋が、かえって耳に痛い。次の瞬間、アズマは後ろから坂上に無言で抱きしめられていた。衣擦れの音が、狭い入り口で二人を包む。
「アズマさん、最近つれないよね。今日は泊まれないって?」
夜更けのホテル。時間がないと焦っているせいか、坂上はすでに興奮気味で、少し荒い息が首筋にかかる。黒いロングコートが剥ぎ取られるように脱がされ、足元に落とされた。
「……今わりと忙しいんだ、悪いね」
アズマは身体をまさぐられながら、無表情なホテルの部屋を見回した。広々とした清潔なベッドが二つ。窓際の丸テーブルと、二つの一人がけのソファ。壁かけの大きなテレビ。その横にはライティングデスク。デスクの隣の冷蔵庫はホテルの備えつけとしては大きく、冷蔵庫の上のガラス棚にはポットやコーヒーカップなどがある。ここからは見えないが、ベッドの横の壁には無難な小さな絵が飾られているはずだ。
坂上と時々来るせいで、覚えてしまった景色。真っ白な皺一つないきっちり整えられた枕カバーやシーツが、冷たく自分達を見ているような気がした。
アズマは坂上の誘いにわざと返事を遅らせたりしていたが、坂上がしつこいので仕方なく会うことにした。二人が抱きあうのは三週間ぶりぐらいだ。
「ホントに? 他に相手ができたんじゃないの?」
坂上は、アズマが寝る相手は自分だけだと思っている。アズマはそれを否定も肯定もせずにこれまで来た。業界に流れている噂を知らないらしい坂上に、わざわざ自分から明かす必要はない。そう思って言わなかったのは失敗だった。そう今さら思っても遅い。
「ねえ、アズマさん」
こうなってくると面倒なのを、よく知っている。だが、誘われると後先考えずに抱かれてしまうのを自分でもどうにも直せない。初めに性格などを考慮して、相手を選ぶべきなのは分かっているはずなのに、なぜなのだろう。自分でもよく分からない。
「スタジオなんかで抱いたから、俺が嫌になっちゃった? それならごめん」
尻のあたりに、すでに硬くなっている坂上の熱がゴツゴツと当たる。だがアズマのそれは、ほとんど反応していなかった。もともと坂上と寝る時は、身体の反応が鈍い。この前スタジオで抱かれた時は、あまりないシチュエーションだからか身体が勝手に興奮してしまったが。
「別にそれは怒ってないよ」
アズマは坂上の肩に後頭部を預け、ひそかにため息をついた。できれば早く終わらせたい。
早く終わらせたい? アズマは自分に驚いて、その言葉がどこから降ってきたのかと思わず白い天井に目を泳がせた。抱かれる前から早く終わらせたいと思うなんて、そんなことがこれまであっただろうか。
「それならいいけど、アズマさんがきれいだから俺もつい……」
ベルトが外され、下着の中に坂上の手が入ってくる。冷たい手に、アズマはぴくりと反応した。快感よりも、手の冷たさがなんだか嫌だ。
ふいに福島の笑顔が浮かぶ。汗に髪が濡れ裸なのは、この前の情事の記憶か。
怒ってないというのは嘘だな、と他人事のようにアズマは思った。あのスタジオで抱かれた日を境に、坂上に対する態度が変わったのではないか。他の男、特に福島は大事に抱いてくれるから、なおさらなのかも知れない。今さら気づくなんて、我ながら鈍すぎる。
「ここじゃやだよ、ベッド行こう」
アズマはため息混じりに甘い声を出す。
福島に会いたくなった。いや、抱かれたくなった。早く終わらせたいなら、積極的な態度に出た方がいい。
「そうだよね、ごめん」
ごめんと言うなら、最初からこんな所でがっつかなければいい。スタジオで抱いたのを反省しているとは思えず、アズマはおかしくなった。思わずうっすらとした笑みが浮かぶ。
「色っぽいね」
アズマが笑った理由を知るはずもない坂上は、ベッドに押し倒したアズマの表情をうっとりと見てキスしてきた。顔を包む手のひらが薄いのが、なんだか物足りない。もっと奥まで、濃厚に舌を絡めればいいのに。福島のキスは深くていい。
「濡れてきたね、気持ちいい?」
この部屋の絵は水仙か。壁にかかった絵に目をやりながら、アズマは自身を愛撫する坂上にこくりとうなずいた。
「あ、あっ……」
Tシャツをまくり上げ胸をいじる坂上に、感じているふりで出してみせるあえぎ。いつものような、遅くても確かに来る快感の波が来ない。福島のように両方同時にしてくれればいいのにと思うと、身体がうずいた。
おかしい。アズマは肌をむさぼられながら、思わずぼんやり天井を眺めた。
この身体は坂上にされていることにではなく、福島のことを思い出して興奮しているようだ。この人はうまいな、下手だなぐらいは思ったが、これまで情事の最中に他の誰かを思い出すことはなかったはずだ。求められて人と肌をあわせ、快感を得られればそれでよかった。
目を閉じ、アズマはいっそ福島に抱かれていると思うことにした。脚を開き、早くもそこをほぐそうとする坂上の指を受け入れる。わざとらしいほどに坂上の首にしがみつく。どうすれば相手が興奮するかは、さすがによく知っているつもりだ。
「そんなにぎゅっとされたら、なにもできないよ」
案の定、坂上はどこかうれしそうに言った。細い瞳が、ますます細められる。
「ごめん、燃えてきちゃって」
坂上がきれいだきれいだと言う笑顔を、アズマは意識して再現する。少し恥ずかしそうに長いまつげを伏せてみせると、荒々しくキスされた。長い手足を坂上の身体に絡め、より興奮させようと動くアズマの白い身体。
燃えてきたなんて、嘘もいいところだ。おとといは何年も前から寝ているベーシストに急に誘われて抱きあったし、きのうは福島とお互いの仕事の合間に肌を重ねた。普通なら燃えるどころか断りたいぐらいかも知れない。
ベーシストとは久々だったが、なんだか物足りなかった。前はこんなことはなかったはずだ。最近、なんだか前とは感覚が違ってきている気がする。福島と寝るのが、一番気持ちいい。心が騒ぐ感じもいい。
「だったらもっと、頻繁に会ってよ。ゆっくりメシ食ったり、デートっぽいこともしたいのに」
そう言いながら、お互い上半身は服を脱がないまま、坂上は用意していたゴムをつける。暗い、欲望に急かされた瞳。
「あっ……!」
いきなり深く貫かれる。言葉と行為がちぐはぐだ。あまり快感もないただの律動に、アズマは唇を噛みしめて耐えた。
「ああ……。気持ちいいよ、アズマさん……」
うわずったささやき。福島ならと考えかけて、やめた。今さら比較したところで無駄だ。おそらく坂上はこういうふうにしかできないのだろうし、そんな坂上を自分はよく思っていないし興味もないから、身体も反応が鈍いのだろう。
あまりにも馬鹿だ。知りあってからなら約二年、関係を持ってから半年も経って、ようやく気づくなんて。
「アズマさんは本当にきれいだよね」
自分の愚かさを思わず笑ったアズマを、恍惚とした顔で見下ろす坂上。キスが降る。
きれいだと言われてもうれしくはない。正直、言われ飽きている。そう言えば、福島はあまりそういうことは言わない。そこもいいのかも知れない。
「そんな顔されたら、すぐイっちゃうよ」
アズマは無言で笑みを深めた。早く終わらせて早くシャワーを浴びて、ここを出て福島に連絡を取りたい。会いたい。我ながらひどい男だ。
「ダメだよ、こんなに早く一人でイっちゃ」
気持ちとは正反対のことを言い、アズマは坂上を絶頂に誘うべく動いた。
「アズマさん、最近つれないよね。今日は泊まれないって?」
夜更けのホテル。時間がないと焦っているせいか、坂上はすでに興奮気味で、少し荒い息が首筋にかかる。黒いロングコートが剥ぎ取られるように脱がされ、足元に落とされた。
「……今わりと忙しいんだ、悪いね」
アズマは身体をまさぐられながら、無表情なホテルの部屋を見回した。広々とした清潔なベッドが二つ。窓際の丸テーブルと、二つの一人がけのソファ。壁かけの大きなテレビ。その横にはライティングデスク。デスクの隣の冷蔵庫はホテルの備えつけとしては大きく、冷蔵庫の上のガラス棚にはポットやコーヒーカップなどがある。ここからは見えないが、ベッドの横の壁には無難な小さな絵が飾られているはずだ。
坂上と時々来るせいで、覚えてしまった景色。真っ白な皺一つないきっちり整えられた枕カバーやシーツが、冷たく自分達を見ているような気がした。
アズマは坂上の誘いにわざと返事を遅らせたりしていたが、坂上がしつこいので仕方なく会うことにした。二人が抱きあうのは三週間ぶりぐらいだ。
「ホントに? 他に相手ができたんじゃないの?」
坂上は、アズマが寝る相手は自分だけだと思っている。アズマはそれを否定も肯定もせずにこれまで来た。業界に流れている噂を知らないらしい坂上に、わざわざ自分から明かす必要はない。そう思って言わなかったのは失敗だった。そう今さら思っても遅い。
「ねえ、アズマさん」
こうなってくると面倒なのを、よく知っている。だが、誘われると後先考えずに抱かれてしまうのを自分でもどうにも直せない。初めに性格などを考慮して、相手を選ぶべきなのは分かっているはずなのに、なぜなのだろう。自分でもよく分からない。
「スタジオなんかで抱いたから、俺が嫌になっちゃった? それならごめん」
尻のあたりに、すでに硬くなっている坂上の熱がゴツゴツと当たる。だがアズマのそれは、ほとんど反応していなかった。もともと坂上と寝る時は、身体の反応が鈍い。この前スタジオで抱かれた時は、あまりないシチュエーションだからか身体が勝手に興奮してしまったが。
「別にそれは怒ってないよ」
アズマは坂上の肩に後頭部を預け、ひそかにため息をついた。できれば早く終わらせたい。
早く終わらせたい? アズマは自分に驚いて、その言葉がどこから降ってきたのかと思わず白い天井に目を泳がせた。抱かれる前から早く終わらせたいと思うなんて、そんなことがこれまであっただろうか。
「それならいいけど、アズマさんがきれいだから俺もつい……」
ベルトが外され、下着の中に坂上の手が入ってくる。冷たい手に、アズマはぴくりと反応した。快感よりも、手の冷たさがなんだか嫌だ。
ふいに福島の笑顔が浮かぶ。汗に髪が濡れ裸なのは、この前の情事の記憶か。
怒ってないというのは嘘だな、と他人事のようにアズマは思った。あのスタジオで抱かれた日を境に、坂上に対する態度が変わったのではないか。他の男、特に福島は大事に抱いてくれるから、なおさらなのかも知れない。今さら気づくなんて、我ながら鈍すぎる。
「ここじゃやだよ、ベッド行こう」
アズマはため息混じりに甘い声を出す。
福島に会いたくなった。いや、抱かれたくなった。早く終わらせたいなら、積極的な態度に出た方がいい。
「そうだよね、ごめん」
ごめんと言うなら、最初からこんな所でがっつかなければいい。スタジオで抱いたのを反省しているとは思えず、アズマはおかしくなった。思わずうっすらとした笑みが浮かぶ。
「色っぽいね」
アズマが笑った理由を知るはずもない坂上は、ベッドに押し倒したアズマの表情をうっとりと見てキスしてきた。顔を包む手のひらが薄いのが、なんだか物足りない。もっと奥まで、濃厚に舌を絡めればいいのに。福島のキスは深くていい。
「濡れてきたね、気持ちいい?」
この部屋の絵は水仙か。壁にかかった絵に目をやりながら、アズマは自身を愛撫する坂上にこくりとうなずいた。
「あ、あっ……」
Tシャツをまくり上げ胸をいじる坂上に、感じているふりで出してみせるあえぎ。いつものような、遅くても確かに来る快感の波が来ない。福島のように両方同時にしてくれればいいのにと思うと、身体がうずいた。
おかしい。アズマは肌をむさぼられながら、思わずぼんやり天井を眺めた。
この身体は坂上にされていることにではなく、福島のことを思い出して興奮しているようだ。この人はうまいな、下手だなぐらいは思ったが、これまで情事の最中に他の誰かを思い出すことはなかったはずだ。求められて人と肌をあわせ、快感を得られればそれでよかった。
目を閉じ、アズマはいっそ福島に抱かれていると思うことにした。脚を開き、早くもそこをほぐそうとする坂上の指を受け入れる。わざとらしいほどに坂上の首にしがみつく。どうすれば相手が興奮するかは、さすがによく知っているつもりだ。
「そんなにぎゅっとされたら、なにもできないよ」
案の定、坂上はどこかうれしそうに言った。細い瞳が、ますます細められる。
「ごめん、燃えてきちゃって」
坂上がきれいだきれいだと言う笑顔を、アズマは意識して再現する。少し恥ずかしそうに長いまつげを伏せてみせると、荒々しくキスされた。長い手足を坂上の身体に絡め、より興奮させようと動くアズマの白い身体。
燃えてきたなんて、嘘もいいところだ。おとといは何年も前から寝ているベーシストに急に誘われて抱きあったし、きのうは福島とお互いの仕事の合間に肌を重ねた。普通なら燃えるどころか断りたいぐらいかも知れない。
ベーシストとは久々だったが、なんだか物足りなかった。前はこんなことはなかったはずだ。最近、なんだか前とは感覚が違ってきている気がする。福島と寝るのが、一番気持ちいい。心が騒ぐ感じもいい。
「だったらもっと、頻繁に会ってよ。ゆっくりメシ食ったり、デートっぽいこともしたいのに」
そう言いながら、お互い上半身は服を脱がないまま、坂上は用意していたゴムをつける。暗い、欲望に急かされた瞳。
「あっ……!」
いきなり深く貫かれる。言葉と行為がちぐはぐだ。あまり快感もないただの律動に、アズマは唇を噛みしめて耐えた。
「ああ……。気持ちいいよ、アズマさん……」
うわずったささやき。福島ならと考えかけて、やめた。今さら比較したところで無駄だ。おそらく坂上はこういうふうにしかできないのだろうし、そんな坂上を自分はよく思っていないし興味もないから、身体も反応が鈍いのだろう。
あまりにも馬鹿だ。知りあってからなら約二年、関係を持ってから半年も経って、ようやく気づくなんて。
「アズマさんは本当にきれいだよね」
自分の愚かさを思わず笑ったアズマを、恍惚とした顔で見下ろす坂上。キスが降る。
きれいだと言われてもうれしくはない。正直、言われ飽きている。そう言えば、福島はあまりそういうことは言わない。そこもいいのかも知れない。
「そんな顔されたら、すぐイっちゃうよ」
アズマは無言で笑みを深めた。早く終わらせて早くシャワーを浴びて、ここを出て福島に連絡を取りたい。会いたい。我ながらひどい男だ。
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