愛を知る

天渡清華

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その1

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 事態が動くのが、思ったより早かった。と言うより、むしろ自分から動かしてしまったのだが。
「まあ、矛先が俺の方に向いてよかったと思うよ」
 夕方、アズマの部屋で。なんでもないことのように言い、福島は両手の中に収めたアズマの長く繊細な指をもてあそぶ。
 二人とも裸で、乱れたベッドの上で福島はアズマを膝に抱き、後ろから包みこんでいる。二人の下半身は、身体が冷えるからと福島がかけた毛布に包まれていた。
 きのう坂上と事務所で一緒になり、作業を終えて去り際にさらりと投げた言葉に、坂上の想像はあっという間に膨らんだようだ。最初なにを言っているのか分からなかったほど、追いかけてきた坂上は興奮し鬼気迫る表情で福島に詰め寄った。福島はそんな坂上を会議室に連れて行き、なんとかなだめて改めて明日二人きりで会う約束になっている。
 アズマははっきりともう寝たくないと坂上に告げ、坂上からの誘いを何度も断る中でも、自分達の関係については一切言っていないらしい。アズマは肉体関係には奔放でも、口は固い。見誤っていたことを、福島は内心アズマに謝った。
「なんで、自分から言っちゃったの?」
 あきれているようにも怒っているようにも聞こえる、アズマの声。疑問に思うのは当然だ。わざわざ自分から言って、火に油を注ぐことはない。
「会ったら、あいつの様子があんまりひどくてさ。こんなヤツとずっとやってけねえなって思って、つい」
 よりによって、自分から言い出して始めたソロ活動中にこの様はなんだ。福島は怒り、あきれていた。周囲に反対されても押し切ったくせに、そのやるべきことを放り出す勢いでアズマにのめり込んでいる坂上が理解できない。やると決めたなら、貫くべきだ。自分の実力を試したい、というならなおさら、他のことにかまけている暇などないはずで。
「こんな大事な時に、なにやってんだよって」
 ふと視線を滑らすと、カーテンを閉めたままの部屋で、キッチンの窓から差しこむ西日がテーブルの上をスポットライトのように照らしている。日光を浴びた灰皿やビールの空き缶。ステージのようだ。これからもステージに立ち続けたいが、坂上との活動の終わりは近いだろう。
「確かにね。一人で不安なんじゃないの?」
「一人で不安て、あいつが選んだことじゃん」
 福島は思わず鼻で笑った。
「レコーディングの時も、やたらキョロキョロしてたよ。迷子の子供みたいだった」
 アズマの言葉に、目を細め痛みをこらえるような顔で落ちつきなくスタジオを見回している坂上の姿がありありと想像できた。なるほど、気が小さいヤツだからありえるかも知れない。
「アズマさんとのこと、はっきり言っちゃっていいかな?」
 小さな傷があることに気づき、大事そうにアズマの左手の人差し指に口づける福島。アズマの身体がぴくりと反応する。唇と舌の感触で、さっき抱いたばかりの身体を刺激してしまったのかも知れない。最近のアズマはますます敏感になり、感じやすくなった気がする。
「はっきりって、どこまで言うつもり?」
 首筋に額を寄せてくるアズマ。熱い吐息。やはり、情欲に再びスイッチを入れてしまったか。
「別にあいつの鼻を明かしてやりたいとかそういうことじゃなくて、俺達がいつからデキてたかとか、事実を教えてやりたいんだよ。周りが見えてなさ過ぎて、なんかかわいそうで」
「ごめんね、健介」
 すっかり福島にもたれかかっていた身体を起こして言うアズマに、即答する。
「なんで謝るの?」
 福島はアズマが悪いとはまったく思っていなかった。他のことがおろそかになるほどのめり込んだ坂上が悪い。
 アズマは福島の膝から離れ、狭いベットの上で横にずれて福島と向きあうように座った。あぐらをかいた足を隠すように毛布をかけ直す福島に、その手を眺めながらそっと笑う。はかない、日陰に咲く花のような笑み。
 その笑みは、次の瞬間顔を上げた時には、決意を秘めたかのようなしなやかなものに変わっていた。アズマの表情の変化は、すべて記録しておきたいと思うほど繊細で美しい。だが憂いなどのマイナスな感情ゆえに美しいのであれば、それは取りのぞかれるべきだ。
「俺が拓の誘い断らないで、ずっと関係続けてきたから。これから面倒なことになっちゃうよね」
 福島は優しいと言われる自分の笑顔がなおさら優しく見えるよう、意識して笑った。
「俺は分かっててアズマさんとそういう仲になったからいいけど、拓はまあ自業自得だから」
 福島からすれば、アズマに他にも寝る相手がいることにも気づけない坂上が不思議だった。アズマの性癖についての噂が、ひそかに業界内で流れている。それを知る機会はなかったのか。ちゃんと見ていれば、それが分かるような場面だってあっただろうに。思っていた以上に周りが見えていない。
 そんな男だからこそ、この大事な時に恋愛に気を取られてしまうのか。いや、アズマの話と坂上の姿を見た印象では、もうおそらくそれは、恋愛とは違うなにかだ。
 いつ、坂上は気づくだろう。自分がアズマリョウを、福島健介を、大きく言えば世間を、自分の都合のいいようにごく一部しか見ていなかったということに。
「怖いよね、健介は」
 そう言いながらアズマは、福島の黒々として硬い短髪の感触を楽しむように撫でた。目を細めて微笑む。アズマの笑顔のまばゆさに、福島の胸にあたたかなものが広がる。
「ふくくま君の中身は、獰猛なヒグマだから。ガオーッ、食べちゃうぞ~、ってね」
 両手を広げて人を襲う熊をまねるように、福島は両腕でがっしりとアズマを抱きしめた。ベッドがきしむ。二人でベッドに転がり、くすくす笑いあう。
「俺のこと、いくらでも好きなだけ食べていいよ」
 笑顔のままさらりと言うアズマ。ただの冗談ではない深い意味がこめられている気がして、どきりとした。なにも言えずにいると、少しかさついたアズマの唇が福島の唇に重ねられ、とろりと舌が唇を割る。太もものあたりに押しつけられた熱は、もう先端を濡らしていた。
「ほら、俺さっきヤったばっかりなのに、もうこんなになっちゃってるんだ。もう、健介とのセックスじゃなきゃダメみたいでさ」
 福島はふふふ、と笑った。幸せだ。もう、この言葉を言ってもいいだろう。
「アズマさん、それは愛してるって言うんだよ」
 至近距離でアズマは息を飲んだ。やはり自覚がなかったらしい。まるで初めて愛という言葉を聞いたかのような顔。
 この言葉を二人の間で使える時を、ずっと待っていた。アズマの気持ちが自分一人に向いたという自信がつくまでは、と思っていた。その時が、ようやく来た。
「……ああ、そっか……」
 アズマの身体から力が抜け、福島の胸に顔を埋める。アズマは自分の中の愛を確かめているのか、つぶやいたきりしばらく黙った。
 ぬくもりが密着し鼓動が重なるのがなんだかせつなく、それでいて本当に幸せだ。いびつな愛でいい、このぬくもりを絶対に離したくないと思う。
「俺から離れちゃやだよ」
 福島はアズマを抱きしめ、甘えた声で言った。顔を上げ、福島の頭を抱くようにするアズマ。
 太い眉、大きくてたれ目がちの瞳、丸みのある鼻に大きめの口。視線が、顔のパーツを一つ一つ確かめるように福島の顔をなぞっていく。そして確認し終えて検印を押すような、唇を優しく押しつけるだけのキス。
「言ったじゃん、健介じゃなきゃダメみたいだって」
 どこかうれしそうに言うアズマに、福島は目を細め、うなずくことしかできなかった。
 アズマに溺れているという意味では、自分も坂上も同じだ。二人とも沈まずに済むという道はたぶん、ない。それを覚悟して、明日に臨もう。
「なんかごめんね、健介」
「え、なにが?」
 アズマに胸の内を見透かされた気がして、福島はどきりとした。日が暮れて薄闇に包まれる中で、アズマの瞳がしっとりと輝く。
「自分の気持ちに気づくのが遅くて」
 福島はふんわりと微笑んだ。確かにアズマがこういう男でなければ、こんなことにはならなかった。だがこういう男だと知っていて関係を持ち、選んだ道なのだから、これからもひたすら歩むだけだ。
「遅くなんかないよ。俺はそういうとこも含めて、アズマさんを愛してるんだから」
 このまま二人、色濃くなっていく闇の中に沈み、また互いのぬくもりに溺れよう。アズマの身体はそれを待っている。
「……ごめん」
「そこは、俺も愛してるって言って欲しいな」
 自然と浮かんでしまう笑み。そんな福島を見て、はにかむような表情を見せるアズマ。目の前で、薄く形のいい唇がゆっくり開く。
「愛してるよ、健介」
 柔らかい声と笑顔が、部屋の闇に溶ける。
「うん」
 本当にうれしそうな笑みを交わしあい、引き寄せられるように二人は唇を重ねた。
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