愛を知る

天渡清華

文字の大きさ
18 / 19

その3

しおりを挟む
「……明日、情報解禁されるよ」
 つぶやくように言う福島の顔は、さすがに憔悴していた。両手で顔をこすり、大きく肩で息をつく。
 アズマが無言のまま、ただ静かに福島を抱きしめる。福島は痛いほどの抱擁をアズマに返した。
 坂上はあの後、そのまま入院になった。ソロツアーは中止となり、福島はマスコミから逃れるためにもアズマの部屋に来た。
 明日になれば、坂上の緊急入院とツアー中止のニュースが流れると同時に、世間は理由を探ろうとし、好き勝手に語るだろう。誰とも知れない「関係者」の話として、事実に近いことも暴露されるかも知れない。
「TAKU-KENはどうするの?」
 福島はしっかりアズマを抱きしめたままで、アズマの言葉は福島の胸に埋もれる。
「解散にするよ。事務所からは無期限活動休止にしたらどうかって言われたけど、あいつとの結論はほとんど出てたようなもんだし」
 なるべく、なんでもないことのように言う。福島は柴田から話があったミニアルバム発売記念ライブもやらないことにした。さすがにしばらく、音楽をやれそうにない。これからのことはゆっくり考えるが、ソロでやるしかないだろう。
「……俺のせいだね」
「違うって言ったでしょ」
 福島は即座に否定した。
「いや、悪いのは俺だろ? ずっと健介とも拓とも寝て、拓に本当のこと言って追い詰めて、俺が性欲も倫理観もイカれた男だったから、こんなことになったんじゃないか!」
 アズマは耐えきれないという様子でまくしたてる。アズマが責任を感じるのも分かる。だが相棒の自分には当然アズマより大きな責任があるし、原因はそれだけではない。
「俺達こんなことしてていいのかよ、拓の人生壊しちまって……」
 震える声で言い、福島から離れようとするアズマ。福島の腕はがっちりアズマを抱きしめ、それを許さなかった。
「俺はアズマさんのこと離さないからね。イカれた男だった、って過去形になったんなら、もうそれでよくない?」
 少し首をかしげ、福島はアズマの顔を包みこんだ両手の指先で愛しそうに耳や髪に触れた。
「……健介はすごいね」
 呆然としたような顔で、素直に感心しているようにも皮肉で言っているようにも響く、アズマの声。
「なにがあったって、人は生きていかなきゃならない。間違いは繰り返さなけりゃいい。そうでしょ?」
 目を細め、せつなげに笑う福島。
「正直、俺は拓のことも自分基準で考えちまって、失敗した。でも、そういうのを胸に秘めたり忘れたり、人を踏みつけにしたり傷つけあったり別れたり、そうやって生きていくのが人じゃん?」
 自分にも言い聞かせる言葉。もう音楽なんてできるか、お前なんかと組むんじゃなかった、そんな絞り出されるような坂上の叫びが、心をやすりのように削り続けている。
 音楽で結びつき、常に音楽とともにあった坂上との日々。いつまでも二人でやっていけるわけではない。そうドライに思っていたつもりでも、二人の日々が終わるという事実に、心を底知れぬ闇に引きずりこまれそうだ。
 ただ黙って、福島を見ているアズマ。少し疲れた、翳りのある表情。きれいだ。アズマがいてくれるから、なんとか自分を保っていられる。
「これは、きれいごとだ。分かってる。だけど、誰が悪いんでもない。そう思って生きていかないと潰れる」
 福島はつぶやくように言いながら、すぐそばのアズマの作業スペースに目をやった。ちょうど仕事が片づいたとかで、数日間使っていないパソコンと機材達。いつも煙草の吸い殻がたまっている灰皿もなく、沈黙している機材の連なり。それらがもう二度と動くことはないのではないか、なぜかそんな不安に襲われる。
 音楽を作り、演奏し、それで金を稼いで生きていく。自分達はこれからも、そうして生きていけるのだろうか。
「アズマさん……」
 震える声で、アズマを呼ぶ。アズマがいてくれれば、それでいい。きっと生きていける。抱きたい。
 アズマはそんな想いを読み取ったかのように、福島の唇にそっと唇を重ねてきた。
「セックスしたくなったでしょ?」 
 明るく言う声。驚いて見返す。最近のアズマは、よほど坂上と会った時にショックを受けたのか、明らかに無理して性欲を抑えていた。ようやく人並みになりつつあるとも言えるが、それはこれまでのアズマを思えばかなりつらかったはずだ。
「って、俺がしたくなっただけなんだけど。よく我慢してるな、って思ってたでしょ?」
 福島は素直にうなずいた。アズマはアズマなりに、自分を支えようとしてくれているのだろう。
「でも、無駄な我慢だったなって気づいたんだ。今の俺は、健介を愛してるからしたくなるんだから」
 アズマは目を細め、ふんわりと微笑んだ。愛しくて、胸が締めつけられる。
「俺もとことん、健介につきあうよ。一蓮托生ってヤツかな?」
「……ありがとう」
 福島は微笑んだ。ゆっくりと引き寄せあうような口づけ。
 これからも生きていこう。生きていける。なにがあっても、音楽を続けていこう。
 でも今はもうこれ以上、なにも考えたくない。ただ二人、快楽に溺れたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...