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その3
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「……明日、情報解禁されるよ」
つぶやくように言う福島の顔は、さすがに憔悴していた。両手で顔をこすり、大きく肩で息をつく。
アズマが無言のまま、ただ静かに福島を抱きしめる。福島は痛いほどの抱擁をアズマに返した。
坂上はあの後、そのまま入院になった。ソロツアーは中止となり、福島はマスコミから逃れるためにもアズマの部屋に来た。
明日になれば、坂上の緊急入院とツアー中止のニュースが流れると同時に、世間は理由を探ろうとし、好き勝手に語るだろう。誰とも知れない「関係者」の話として、事実に近いことも暴露されるかも知れない。
「TAKU-KENはどうするの?」
福島はしっかりアズマを抱きしめたままで、アズマの言葉は福島の胸に埋もれる。
「解散にするよ。事務所からは無期限活動休止にしたらどうかって言われたけど、あいつとの結論はほとんど出てたようなもんだし」
なるべく、なんでもないことのように言う。福島は柴田から話があったミニアルバム発売記念ライブもやらないことにした。さすがにしばらく、音楽をやれそうにない。これからのことはゆっくり考えるが、ソロでやるしかないだろう。
「……俺のせいだね」
「違うって言ったでしょ」
福島は即座に否定した。
「いや、悪いのは俺だろ? ずっと健介とも拓とも寝て、拓に本当のこと言って追い詰めて、俺が性欲も倫理観もイカれた男だったから、こんなことになったんじゃないか!」
アズマは耐えきれないという様子でまくしたてる。アズマが責任を感じるのも分かる。だが相棒の自分には当然アズマより大きな責任があるし、原因はそれだけではない。
「俺達こんなことしてていいのかよ、拓の人生壊しちまって……」
震える声で言い、福島から離れようとするアズマ。福島の腕はがっちりアズマを抱きしめ、それを許さなかった。
「俺はアズマさんのこと離さないからね。イカれた男だった、って過去形になったんなら、もうそれでよくない?」
少し首をかしげ、福島はアズマの顔を包みこんだ両手の指先で愛しそうに耳や髪に触れた。
「……健介はすごいね」
呆然としたような顔で、素直に感心しているようにも皮肉で言っているようにも響く、アズマの声。
「なにがあったって、人は生きていかなきゃならない。間違いは繰り返さなけりゃいい。そうでしょ?」
目を細め、せつなげに笑う福島。
「正直、俺は拓のことも自分基準で考えちまって、失敗した。でも、そういうのを胸に秘めたり忘れたり、人を踏みつけにしたり傷つけあったり別れたり、そうやって生きていくのが人じゃん?」
自分にも言い聞かせる言葉。もう音楽なんてできるか、お前なんかと組むんじゃなかった、そんな絞り出されるような坂上の叫びが、心をやすりのように削り続けている。
音楽で結びつき、常に音楽とともにあった坂上との日々。いつまでも二人でやっていけるわけではない。そうドライに思っていたつもりでも、二人の日々が終わるという事実に、心を底知れぬ闇に引きずりこまれそうだ。
ただ黙って、福島を見ているアズマ。少し疲れた、翳りのある表情。きれいだ。アズマがいてくれるから、なんとか自分を保っていられる。
「これは、きれいごとだ。分かってる。だけど、誰が悪いんでもない。そう思って生きていかないと潰れる」
福島はつぶやくように言いながら、すぐそばのアズマの作業スペースに目をやった。ちょうど仕事が片づいたとかで、数日間使っていないパソコンと機材達。いつも煙草の吸い殻がたまっている灰皿もなく、沈黙している機材の連なり。それらがもう二度と動くことはないのではないか、なぜかそんな不安に襲われる。
音楽を作り、演奏し、それで金を稼いで生きていく。自分達はこれからも、そうして生きていけるのだろうか。
「アズマさん……」
震える声で、アズマを呼ぶ。アズマがいてくれれば、それでいい。きっと生きていける。抱きたい。
アズマはそんな想いを読み取ったかのように、福島の唇にそっと唇を重ねてきた。
「セックスしたくなったでしょ?」
明るく言う声。驚いて見返す。最近のアズマは、よほど坂上と会った時にショックを受けたのか、明らかに無理して性欲を抑えていた。ようやく人並みになりつつあるとも言えるが、それはこれまでのアズマを思えばかなりつらかったはずだ。
「って、俺がしたくなっただけなんだけど。よく我慢してるな、って思ってたでしょ?」
福島は素直にうなずいた。アズマはアズマなりに、自分を支えようとしてくれているのだろう。
「でも、無駄な我慢だったなって気づいたんだ。今の俺は、健介を愛してるからしたくなるんだから」
アズマは目を細め、ふんわりと微笑んだ。愛しくて、胸が締めつけられる。
「俺もとことん、健介につきあうよ。一蓮托生ってヤツかな?」
「……ありがとう」
福島は微笑んだ。ゆっくりと引き寄せあうような口づけ。
これからも生きていこう。生きていける。なにがあっても、音楽を続けていこう。
でも今はもうこれ以上、なにも考えたくない。ただ二人、快楽に溺れたい。
つぶやくように言う福島の顔は、さすがに憔悴していた。両手で顔をこすり、大きく肩で息をつく。
アズマが無言のまま、ただ静かに福島を抱きしめる。福島は痛いほどの抱擁をアズマに返した。
坂上はあの後、そのまま入院になった。ソロツアーは中止となり、福島はマスコミから逃れるためにもアズマの部屋に来た。
明日になれば、坂上の緊急入院とツアー中止のニュースが流れると同時に、世間は理由を探ろうとし、好き勝手に語るだろう。誰とも知れない「関係者」の話として、事実に近いことも暴露されるかも知れない。
「TAKU-KENはどうするの?」
福島はしっかりアズマを抱きしめたままで、アズマの言葉は福島の胸に埋もれる。
「解散にするよ。事務所からは無期限活動休止にしたらどうかって言われたけど、あいつとの結論はほとんど出てたようなもんだし」
なるべく、なんでもないことのように言う。福島は柴田から話があったミニアルバム発売記念ライブもやらないことにした。さすがにしばらく、音楽をやれそうにない。これからのことはゆっくり考えるが、ソロでやるしかないだろう。
「……俺のせいだね」
「違うって言ったでしょ」
福島は即座に否定した。
「いや、悪いのは俺だろ? ずっと健介とも拓とも寝て、拓に本当のこと言って追い詰めて、俺が性欲も倫理観もイカれた男だったから、こんなことになったんじゃないか!」
アズマは耐えきれないという様子でまくしたてる。アズマが責任を感じるのも分かる。だが相棒の自分には当然アズマより大きな責任があるし、原因はそれだけではない。
「俺達こんなことしてていいのかよ、拓の人生壊しちまって……」
震える声で言い、福島から離れようとするアズマ。福島の腕はがっちりアズマを抱きしめ、それを許さなかった。
「俺はアズマさんのこと離さないからね。イカれた男だった、って過去形になったんなら、もうそれでよくない?」
少し首をかしげ、福島はアズマの顔を包みこんだ両手の指先で愛しそうに耳や髪に触れた。
「……健介はすごいね」
呆然としたような顔で、素直に感心しているようにも皮肉で言っているようにも響く、アズマの声。
「なにがあったって、人は生きていかなきゃならない。間違いは繰り返さなけりゃいい。そうでしょ?」
目を細め、せつなげに笑う福島。
「正直、俺は拓のことも自分基準で考えちまって、失敗した。でも、そういうのを胸に秘めたり忘れたり、人を踏みつけにしたり傷つけあったり別れたり、そうやって生きていくのが人じゃん?」
自分にも言い聞かせる言葉。もう音楽なんてできるか、お前なんかと組むんじゃなかった、そんな絞り出されるような坂上の叫びが、心をやすりのように削り続けている。
音楽で結びつき、常に音楽とともにあった坂上との日々。いつまでも二人でやっていけるわけではない。そうドライに思っていたつもりでも、二人の日々が終わるという事実に、心を底知れぬ闇に引きずりこまれそうだ。
ただ黙って、福島を見ているアズマ。少し疲れた、翳りのある表情。きれいだ。アズマがいてくれるから、なんとか自分を保っていられる。
「これは、きれいごとだ。分かってる。だけど、誰が悪いんでもない。そう思って生きていかないと潰れる」
福島はつぶやくように言いながら、すぐそばのアズマの作業スペースに目をやった。ちょうど仕事が片づいたとかで、数日間使っていないパソコンと機材達。いつも煙草の吸い殻がたまっている灰皿もなく、沈黙している機材の連なり。それらがもう二度と動くことはないのではないか、なぜかそんな不安に襲われる。
音楽を作り、演奏し、それで金を稼いで生きていく。自分達はこれからも、そうして生きていけるのだろうか。
「アズマさん……」
震える声で、アズマを呼ぶ。アズマがいてくれれば、それでいい。きっと生きていける。抱きたい。
アズマはそんな想いを読み取ったかのように、福島の唇にそっと唇を重ねてきた。
「セックスしたくなったでしょ?」
明るく言う声。驚いて見返す。最近のアズマは、よほど坂上と会った時にショックを受けたのか、明らかに無理して性欲を抑えていた。ようやく人並みになりつつあるとも言えるが、それはこれまでのアズマを思えばかなりつらかったはずだ。
「って、俺がしたくなっただけなんだけど。よく我慢してるな、って思ってたでしょ?」
福島は素直にうなずいた。アズマはアズマなりに、自分を支えようとしてくれているのだろう。
「でも、無駄な我慢だったなって気づいたんだ。今の俺は、健介を愛してるからしたくなるんだから」
アズマは目を細め、ふんわりと微笑んだ。愛しくて、胸が締めつけられる。
「俺もとことん、健介につきあうよ。一蓮托生ってヤツかな?」
「……ありがとう」
福島は微笑んだ。ゆっくりと引き寄せあうような口づけ。
これからも生きていこう。生きていける。なにがあっても、音楽を続けていこう。
でも今はもうこれ以上、なにも考えたくない。ただ二人、快楽に溺れたい。
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