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第十一章 ナシェル、天敵と遭遇す
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しおりを挟むアドリスの兄といえばあれだ。
ナシェルのこれまでの生において上位3本の指に入るレベルのトラウマを与えた人物…(いや人間ではないので神物?)レストルだ。
彼ら兄弟の父・太陽神が『戦の神』でもあるため、レストルは光神族でありつつ『剣神』としての司を持つ。パッと見は優男だが性格は粗野で、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプだ。(←ええとそもそも神族の男はこのタイプが多い)
ナシェルは昔、ここ地上界で彼ら兄弟神に遭遇し、捕えられてしまったことがあるのだ。天上の王宮へ連れていかれ、監禁されて、一週間ぐらいの間ほぼ丸々凌じょ……(記憶が曖昧ということにしておく)。光神族の神司を体に流し込まれて、あのまま行けば死んでいただろう。とにかく兄のほうは、このアドリスよりも残忍性も執念深さも話の通じなさにおいても、遥かにヤバい。
「そんなことはさせるか!」
剣を抜きかけたナシェルを、後ろからヴァニオンが引きとめる。
「ナシェル冷静になれ、挑発に乗るな。 こいつ、自分に有利な時間帯だからって完全におちょくってやがる」
ナシェルはハッとして剣を抜く手を止めた。ヴァニオンはそのままナシェルを押し退けるように立った。ナシェルは乳兄弟の屈強な背中を見、その項を伝い落ちる汗を見た。ヴァニオンは持てる忍耐力と勇気を総動員して、上位種族たる神族アドリスの眼前に、毅然と立ちはだかっているのであった。
「いつぞやの魔族か~~、引っ込んでろよ。今度は手加減なしで本気でやっちゃうぞ~~?」
アドリスの口調は気だるげなままだが、音程は半音下がっていてやや剣呑である。
「お前、ナシェルといつもくっついてんな、どういう関係なのォ? 寝たことあるンだろ」
ヴァニオンは挑発には乗らず無応答でアドリスを見据えている。
「あれ、図星かな~?」
「アドリス、やめろ。見苦しいぞ」
ナシェルも冷静になって諭した。
「宝石の力に呼ばれて出てきてしまったのでバツが悪いのは分かるが、手当たり次第に人をそうやって小馬鹿にしているとそのうちに誰からも頼られなくなるぞ」
「お、大きなお世話だよ!」
アドリスはぷんと腕を組んだ。
「兄貴呼ぶからな!? いいんだな!」
「ほう、兄がいないと自分ひとりでは私に勝てないということだな?」
「そんなワケないだろ! 話がめんどうになった時用の対策だよ」
「……前々から思っていたが責任逃れの好きな奴だな。呼びたければ呼ぶがいい。騒ぎが大きくなって、天王たちの知る所になっても知らんがな」
アドリスは口を尖らせ言い返してきた。
「デカイ態度取れるのも今のうちだぞナシェル。もうすぐベッドの上でまたヒィヒィ言わせてやるからな!」
精霊を集めて何か指示を出しはじめたアドリスを尻目にヴァニオンが肘でつついてきた。
「ナシェルよぉ……ホントにコイツらと、さ…3Pしたのかよ?」
「……なんで今その話をする……?」
「さんぴーとは何だ……?」
突然後ろから聞こえた声に心臓が跳ねる。振り返ると寝起きらしき冥王が、サングラス姿で立っていた。どうしてこういうタイミングで現れる?
ナシェルは内心の動揺を押し隠し、平静を装った。
「父上、おはようございます。ぐっすり眠れましたか?」
「何やらイヤな気配を感じて途中で目が覚めた……あの金髪のヘラヘラした男は誰だ? 見た感じ船員ではなさそうだしあの馬、天上界の白天馬ではないか? 一体どういう状況なのだ。それに『さんぴー』とは何だ、ナシェル説明せよ」
そこまだ食い下がるか……。
「えーとその、さ……3Pとは、3人で……2対1とか、あるいは三つ巴の状態で交戦することを指します」
「3人で戦うことか?」
「そうです父上。ラミ少年がマストの上であの『暁の雫』を朝陽にかざしたら、光神族のあの男が現れて。私が昔、3Pで戦ったことがある男です。たしか太陽神の息子とか言ってました」
「なるほど、あやつはアレンの倅か。そなたと昔『さんぴー』した因縁があるというわけだな?」
「そのとおりです。しかもあいつ、今から兄も呼んでまた私と3Pで戦いたいって言ってくるんですよ。天上界の連中って本当に戦好きで、野蛮ですよね」
「何ということだ。そなたがいったい何をしたというのだ……あやつら未だに、我らを闇の神族というだけで敵視しておる」
冥王はナシェルの説明を信じて顔をしかめたが、隣ではヴァニオンが何をどうツッコめばいいのか分からないといった顔で呆れている。
ナシェルは、そんな乳兄弟に厳かに命じた。
「甲板の上のみんなを船室に退避させろ。ヤツが来るとなればますますここは危険だ」
「戦うのか? 船がぶっ壊れるってお前言ってただろ」
「シッ。私にいい考えがある」
ナシェルは周りにいた船員たちやラミとアシールに、一階下のデッキに避難するよう伝えた。白天馬から降りてきた青年を神族と信じた彼らは、おとなしく指示に従った。
人間たちはヴァニオンと船長の誘導で階下へと降りていき、甲板にはナシェルらとアドリスが残った。
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