19 / 262
第一部 血族
17毒の公爵③
しおりを挟む「ですが今のはせいぜい1分ぐらいでしょう、短すぎますよ、殿下。全身舐めさせてくれたら薬1本分、…私に抱かれて最後までさせてくれたら薬1ダースとか、どうです」
殴りかかろうと公爵の胸ぐらを掴んだところで、まあまあと宥められた。
「冗談ですよ、冗談。じゃあ、こうしましょう。殿下には、次に私の描く絵のモデルになって頂きます。これなら妥当な線ではありませんか?」
「……モデルだと? 云っておくが私は絶対に脱がぬぞ。それに金輪際、私に指一本たりと触れることも許さぬ」
「では、その代わり絵のポーズはこちらからリクエストさせていただきますよ。…どうです?」
「……まあ、脱がないなら、別にそれでいい」
体を舐め回されるよりは幾らかましだ。
「では、これで交渉成立というわけです。楽しみだなあ、ふふふ」
ファルクは顎に手を当てて宙を見上げた。
「薬は、いつ頃できる?」
「そうですねえ。原料集めなど、色々と準備が必要なので、しばらく時間がかかりそうです。お急ぎの薬なのですか?」
「出来る限り急いで作れ。そして無論、他言は無用だ」
「完成しましたらエレボス城までお届けにあがりましょうか?」
「いや、貴様に暗黒界をうろうろされては困るからこちらで取りに来ることにする。受け取り役はヴァニオンが適任だろう」
「駄目ですよ。殿下が直接取りにいらしてください。そのような重要な品物は、ご依頼主に直接手渡しでなければ。毒の森には近道をご用意いたしますから」
「………仕方あるまい」
こうして交渉は成立した。ナシェルが、視界から消えうせるように命ずると、貴方との間にまた秘密が増えましたね……と不気味な笑みを残し、毒の公爵はアトリエを後にした。ナシェルは緊張から解き放たれて嘆息した。
ひとしきり外でヴァニオンが従兄に向かって何か喚いている声が聞こえてきたかと思うと、
「ナシェル!」
親友はアトリエに転がり込んできた。
彼は王子に駆け寄るなりその躯を隅々まで検分する目つきで見た。
「大丈夫だったか?」
「……ヴァニオン、か」
ヴァニオンは、どこか惚けたようなナシェルの反応に訝しげに眼を眇める。
ナシェルは乱れた胸元を無意識に掻き合わせて、視線を逸らした。
「………………おい、何された」
「別に、何もない」
「嘘吐け! じゃあなんでそんなに胸元が空いてんだよ!」
「……………」
王子は頬を紅潮させ、視線を逸らしたままぼそりと、舐められた、とだけ答えた。
「は!? 舐め……、舐め……ど、どこをッ」
「上半身だけだ。心配するな」
ヴァニオンは一瞬安堵の表情を浮かべたがすぐ我に返り、
「あ、あ、あの糞野郎……ッ」
吠えるように叫んで、出ていったばかりのファルクを追おうとする。ナシェルはその腕を掴んで引き留めた。
「もう良い、済んだことだ……! それよりも、早くこのような所からは立ち去りたい、帰ろう」
「しかし」
ナシェルはそれ以上の反論を許さず、ヴァニオンに先んじて戸口に向かった。
後ろからぎりぎりと歯噛みの音を漏らしながらヴァニオンが従う。
「あの変態野郎!今度会ったら叩きのめす。……おい、ナシェル。ところでけっきょく薬の対価に何を要求されたんだよ?」
「それは、云えぬ」
「まさか、自分の体とかそういう類じゃねえだろうな? 幾らなんでもお前、それだけは絶対ダメだからな!」
かなりいい線を突かれていると思いつつ、ナシェルは否定した。
「……んな訳あるか。あの男に体を売るぐらいなら、もう最初から小細工など弄さずに、セファニアの腹の子のこと、父上に洗いざらいぶちまける」
そうすることは、もはや父に対する宣戦布告に近い。そしてそれは破滅と同義であった。それをしようと何度も思い立ったが、その都度思いとどまった。父に対する様々な感情がそれを許さなかった。どれほど憎くとも、根柢にある情ゆえにどうしても宣戦布告できないから、こうしてこんな馬鹿げた取引をする羽目になってしまったのだ。
背後でヴァニオンが、ここへ来たのは失敗だった云々とぶつぶつ云っている。
しかし、他に有効そうな手立てが浮かばなかったのだから仕方がないだろう。
ナシェルは服の上から、そっと胸を押さえた。与えられた屈辱の感触が、官能的な唇の感触と共に未だこびりついて離れぬ。
図らずもファルクの腕の中で、まるで冥王にそうされている時のように甘い声を上げてしまった自分が、腹立たしい。
そう、ファルクに狼藉を許しているとき、ナシェルの脳裏に浮かんでいたのは確かに冥王の相貌であった。
病床の継母に付き添う父王とは、しばらく顔を合わせていない。だからなのだろうか?
(馬鹿馬鹿しい。あの腕を恋しがっているというのか? この私が?)
認めたくなく、その考えを頭から追い払おうと首を振った。ヴァニオンが、心配げに何事かと問うてくる。
何でもない、と答えながら、ナシェルは明らかな結論に打ちのめされていた。
父王の、優しげで残忍な微笑が脳裏に浮かぶたび、躯じゅうに心地よいまでの痺れが奔るのは事実。
その腕に抱かれたいなど、思いもよらぬことだと自分自身決めつけていたが、どうやらこの体のほうはそうではなく。
(……違う。私は、神司を欲しているだけだ。それは神として当然の欲望、だ)
疼き上がる情慾に身を焦がし、頭ではそれを打ち消そうと努める。
どんよりと澱んだ腐樹界の空が、城の窓から見えている。ナシェルは足を止めて廊下から外を眺め、我ながら狂っているとしか思えぬ感情に茫然としながら、暫く立ちつくしていた。
蝙蝠が、そんな魔城の上空を旋回している。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる