泉界のアリア

佐宗

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第三部 天 獄

23混濁①

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 ―――圧倒的な神司をもって、地上界を治める神々。

 彼らの住まう天上界アルカディアは、地上界テベルの遙か雲上を浮遊する、大小何千もの浮島からなる。

 彼ら神々の第一世代は、もとは創世神によって生み出された。
 光神レオンとともに生み出された闇神セダルも、その元へ嫁いだ女神ティアーナもセファニアも、この第一世代に当たる。

 天上界の神々は互いに交わって子を成し、神司の系統ごとに一族を名乗り、それぞれ巨大な島を選んで浮遊城を建設し、やがて別々に離れて暮らすようになった。
 他者への敬意と協調の精神により、

 風神一族が天界全体に朝の爽やかな微風を運び、
 光神一族が生命の輝きに欠かせぬ真昼の陽光を運び、
 水神一族が夕暮れの驟雨をもたらし、
 月神一族は星空に安らぎの薄明りを灯し、
 音神一族は時どきに釣り合う調べを奏でる。

 …というように、あまたの一族の均衡が寸分の狂いなく図られ、完璧なまでの調和を織り成す、至高の楽園。

 巨大な浮島は、王鳥のごとくに小さな島々を付随させながら天空を漂う。

 互いに近づけば、神々は優雅な仕草で挨拶を交わし、離れればまた一族だけのまとまりとなって、島の往く先も定めずにのんびりと過ごす。

 島間の移動には白天馬を用いるか、もしくは白天馬にかせた絢爛な馬車を用いるのが常だが、彼らは差し迫った必要さえなければむやみに島々を渡ることなどせず、自分の根城にて穏やかに暮すことを好んだ。

 無用の争いや必要以上の人界への介入をきつく戒める、天王の達しが行き届くなかでの、これが本来の神族の過ごし方であった。



 放恣ほうしに漂っているかにみえて、彼らの島群は、常に中心となる島を護るように、追随するように浮かんでいる。
 その中心となるのは云うまでもなく光神レオンの宮殿、『天王宮』である。



 天王宮はアルカディアでもっとも広大な浮島の上に建つ、光神一族の居城であった。

 まるで創世神の大いなる帯剣ですっぱりと真横に削ぎ取られたような、小丘ひとつない平坦な巨島のうえに、それは建造されている。
 光神のいる主塔と望楼(物見櫓)を除いて高層階はなく、島全体に放射状の広がりをみせる背の低い建物(宮)の集合体。
 縦横に伸びた回廊によって、氷の結晶のように白の宮同士が繋がっている、初めて訪れる者であれば迷路に彷徨うであろう、非実用的にして見事に瀟洒な宮殿だ。

 数百にものぼる中庭や、宮殿全体を囲む外庭には野花が咲き乱れ、神々の飼う精霊たちが常春を謳う声は朗々と、小鳥の囀りにも似る。

 天上界の澄み切った大気のなかでは、遙か数十里の彼方からでも、そびえ立つ主塔や数多の望楼の頂きを、見ることができる。それらの尖端にめいめい靡く天王旗は、天王の威光そのものにどれも、常に白金の輝きに満ちているのだった。


◇◇◇


 にわか雨が、ちょうど止んだところであろう。
 天頂をもういくばくも過ぎた陽が、湿った空に穏やかな夕虹を投げかけはじめ、その七色の織彩ごしの柔和な光は回廊の壁際にまで長く差し込みはじめていた。

 父・太陽神アレンのへやから退出した剣神レストルは、もうこんな時間かと、西に向かって傾き出した燈陽を仰いだ。

 つい今しがたまで彼に対して向けられていた父の怒りとは全く以って異質の、呑気な長閑ささえ感じさせる太陽光であった。
 当たり前だ。父が怒るたびにあれがぎらぎらと熱さを増したのでは、天上界は一気に灼熱荒野と化してしまうだろう。神の感情と、発揮される司は別々の感覚系で束ねられている。神が存在するだけで、神司に呼応して森羅万象はうまくいくようになっているのだ。べつに、父が太陽を毎日動かす必要はない。

「……ふん、」
 頬を擦り、忌々しい太陽から目を逸らすようにレストルは歩きだした。

(なんで俺が殴られねばならんのだ。あの暴力親爺め、)

 苛々と、父に対する呪詛の言葉を口中で繰り返す。
 いくら熟考しても、なぜ自分が叱責を受ける羽目になるのかレストルには判らなかった。


 地上界を巡回していたところ、急に大きな神司を感じて駆けつけた先の荒野で、かつての同族サリエルと、冥界生まれの2名の神に遭遇したのだ。
 本能的に逃がしてはならないという思いから剣を交え、ほどよい頃合いに自軍の加勢が到着したこともあって、捕えることに成功し、連れ帰ってきた。
 その、どこがいけないというのだ。

『馬鹿者!……天王あにうえは冥界との間に諍いを望んではおられぬ。なぜお前たち兄弟は、こういつもいつも厄介事をこの宮に持ち込むのだ!』
 アレンの心底苦々しげな台詞を、レストルは思い返した。

『じゃああのサリエルも連れ帰ってくるべきじゃなかったということか?親父よ』
 サリエルの名を出したとたん、父アレンは一層表情を曇らせ、困惑ぎみに呻いたのだった。
『まさかあの者がまだ生きていて、助けを求めてくるとはな……』
 処置に困る、といいたげだった。

 それはレストルが当初抱いたものと同様の感情である。成り行きからあの者も一緒に連れ帰ることになってしまったが、己で思い返してもそれが最良の処置だったかどうか自信はない。神族にとっても、そして無論、サリエルにとっても、だ。

 あの者が今さら帰ってきたところで、待ち受けているのは魔に堕ちた者としての蔑視、苛酷な冷遇。それ以外に何があろうか。
 被害者当人にしてみれば惨い話だが、彼ら神族は一様に、サリエルの処遇について立場を決めかねていたのである。
 『天王が、また昔のように囲ってやればいい』という意見は短慮も甚だしいものだ。
 一度魔に堕ちた者を天王の傍に侍らすなど、天王自身が良しとしても周りの者が許すまい。

  あのとき……サリエルが冥界に囚われたとき、一度は非情に切り捨てた彼ら神族である。

 天王は、神族が冥界に侵入することの危険性を重々承知していたし、冥界との間に戦が起ることを望んではいなかった。神族全体を不利益から遠ざけるために、サリエルは見離された。そして長い年月を経て、とうに消滅したと思われ、公には、神族は彼を忘れ去った……。

 散り落つる木の葉の如く翻弄されるばかりのサリエルを、天王も憐れみを込めてふたたび天宮に迎え入れた。

 だが……天王は変わり果てたサリエルを前に懊悩を深めたようだ。どのような面で彼に再び手を差し伸べよと? 冥界にいれば確実に死が待つと判っていながら結果的に打ち捨てたこと……それを詫びるのにいったいどのような言葉を用いろというのか?

 そして「無事でなによりだった、過去は水に流し、再び側に仕えよ」などと云うのは、あまりに厚顔に過ぎるではないか、と。

 出自である月神一族も当然、晒し者にしかならないサリエルの受け入れを拒んだため、今、彼は暫定的にこの天王宮に留まっているらしい。

 この広大な天王宮のどこかで、独り物思いに耽っているのであろうあの虚弱にして繊細な若者に対し、レストルは憐れみ以外の感情を見出すことができずにいた。

 彼は、あの地上界の荒れ野に残してきた魔族のことを思い出した。
 アドリスが深手を負わせたのち、放置してきたあの男に対して、サリエルが去り際に見せた恐慌と大粒の涙――。あの男に対し、明らかに何か特別な感情を抱いているように感じた。

 どういうことだ……。サリエルは『天界ここに帰りたい』という想いから冥界を脱出してきたのではなかったのか?

 あのとき感じた不可解さを思い出し、歩きながらレストルは眉を顰めたが、それでもわざわざサリエルの元を訪れて真意を問いただそうと思い立つほど、彼をおもんぱかっているわけでもない。

 おそらくサリエルはこのまま天王宮で仮預かりの身となるのだろう。苦難を越えて帰ってきた者を、また荒野に打ち捨てるわけにもいかないから。

 人目を避けるようにずっとあの仮住まいに身を置き続けるのだ。禁忌を恐れる神々の、口の端にも話題の上らぬ、日陰の身として。
 きっとこのまま……、神の証である司も、生きる糧すらも、失ったまま。



(……それより問題は、あの二人のほうだ)

 レストルは、もうそれ以上サリエルについて考えるのを諦めた。彼の興味は端から俄然、あの冥界生まれの二人の神のほうにあった。
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