泉界のアリア

佐宗

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第三部 天 獄

24混濁②

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 闇神に瓜二つという黒髪の死神と、そしてセファニアの神司を受け継いだ金髪の小娘。似ても似つかぬがあれで兄妹という。
 特に、黒髪の死神はレストルにとって求知心をそそる具材であった。

 レストルを含めた第二世代の若き神々は、遙か昔にただひとり冥界に遣わされたという闇神の顔を知らぬ。噂に聞くところでは、黒髪紅瞳の醜き容貌を忌まれて堕ちたのだとされているが…。

(だとすれば、上の世代の神々は一体なにを見ていたのだ?
 あれが……あの姿が醜いだと?)

 自分の目がどうかしているのだろうか?
 なぜならレストルの死神に対する直観は、それまでの黒き神々に対する先入観を根底から覆すほどの『静謐な美』の衝撃だったのだから。
 あの死神とはじめて対峙した瞬間、そのあまりに気高く優艶な、凄絶な立姿に、レストルは確かに目を奪われたのだ。
  捕え、腕の中に取り込んだあとでも、気を失った彼は見れば見るほどに妖しく暗い輝きを放っていた。この魅惑は何かの魔呪ではないかと、無理やり目を背けたほどだ。
 レストルと共に帰還した他の警邏団の者たちも、あの死神に興味を示していた。レストルはそれらの野卑な視線に危険なものを感じ、天王宮の外郭の一角に彼を隔離したのだ。


 冥界の王子と王女を捕えて来、なおかつ王子には重傷を負わせていると聞いて、父は激昂した。
『また争い事の火種を持ち込みおって! 天王に何と申し開きする!? 良いか、処遇を決めるまで、くれぐれも丁重に扱え』

 アレンはそういって執務卓の向こうで金緋色の頭髪を掻きむしった。『俺達の管轄である地上界に出てきたのはあいつらのほうだ。それに、形はどうあれあのサリエルを救出してきたのは手柄じゃないか』というレストルの弁明も、父は聞いていたのかどうか。
 さらに悪い報告を、レストルはせねばならなかった。警邏団のうち10名が戻らず、血気盛んなまま冥界の門へ向かった件についてだ。

『馬鹿者! 自分の組織も掌握できんようなら自警組織などやめてしまえ!』と、とうとう父神にブン殴られたのである。

 さいわいにして、全員で後を追おうという最低最悪の判断を下さなかったことだけは、評価された(評価といえるのか分からぬが)。
 魔族たちから応戦を受ければ、若い彼らのことである、たちまち勢いづいて大きな闘いに発展してしまうだろう。
 頼みは、彼ら10名が、物見遊山を諦めすごすごと帰ってくることだけだ。父神アレンは心からそれを願い、しかしレストルのほうはどこか心の奥底で、ベレス等が多少痛い目にあって帰ってくることを期待していた。

「……だいたいベレス達は俺を組織の長とは認めていないんだ……掌握などできるものか」
 ぶつくさと、遅まきな父への言い訳を呟く。



 内庭に咲き乱れる花々に目をくれるわけでもなく、足早に幾つかの白亜の回廊を抜け、あの者・・・を監禁している部屋へ急ぐ。

 肩の傷はさすがに出血が酷かったので、ルゥとかいうあの妹王女を連れてきて治癒させた。あの小娘は自分らに対してかなり敵意をむき出しにしており、ここに来てからもレストルやアドリスが幾度か噛みつかれたことはいうまでもない。
 あまりの狂暴性に、手に負えぬと困り果てていた所に伯父・天王がひょっこり現れ、軽々と小娘を手懐けて(菓子でもやったのか?)連れて行ってしまったが……。
 そろそろあの死神のほうも目を覚ましているころかもしれない。弟アドリスに監視させているが、無責任なあれのことだ、暇つぶしに出かけたりせずしっかり見張っているかどうか……。

 最後の角を曲がったところで、レストルは例の部屋から出てきた暁神アドリスと鉢合わせた。
「アドリス、ちゃんと見張りはしていたのか?」
 呼びかけに、初めてこちらに気づいた弟神は驚愕の表情を見せ、後ろ手に閉めた扉を、何故か片手で激しく叩いた。

「……何をしている? あいつは目を覚ましたか。……誰か中にいるのか?」
「い、いや、その……早かったな兄貴。親父にこってり絞られたんじゃないか?ベレスたちのことでさ……」
 アドリスは自分の注意を引き話を逸らそうとする。嫌な予感がした。

「おい、何してる、退け!」
 扉の前に立ちはだかり退こうとしない弟を脇に突き飛ばし、レストルは取っ手に飛びつき扉を開けた。
「………ッ! お前らァ………!!」
 レストルが憤激の叫び声をあげるのと、群がっていた者たちが虜囚の躯から離れるのとは、ほぼ同時であった。




 扉を開けた瞬間レストルの目に飛び込んできたのは、虜囚となったナシェルが服を剥かれ、全裸になって床にくずおれているという、悍ましい光景。
「………!!」
 何が行われていたのかは、問うまでもなく明らかだ。

 虜囚は伏したまま、微動だにせぬ。
 起き上がることもできぬほど激しい凌辱を受けたのか。
 床面に接した頬を黒繻子のような長い髪が覆い隠し、その表情は読み取れぬ。気を失っているのかもしれない。
 閉ざされた密室には吐き気が込み上げるほどの嫌な匂い……男たちの汗と、精液の臭いがたちこめていた。
 虜囚から身を離した男神たちは、寛げた前を仕舞い、服を正しながらレストルの怒りを察し壁際にさがった。彼らは死神に興味を示していた警邏団の仲間だった。恐れていたことが早くも現実となった形だ。

「俺たちアドリスに連れてこられたんだ」
「そ、そうだ、『いいもの拝ませてやるからついて来い』って……アドリスが、」
「……黙れッ!! この馬鹿野郎どもが!」

 レストルは猛々しい怒りそのままに殴りかかる。一人を捕まえ正拳を叩きこみ、二人目の服を掴んで壁に叩きつけた。辛くもレストルの誅拳を逃れた残りの一人は、脱兎の如く扉から逃げ去り姿を消した。

「ッ痛ってえ……!」
 顎を割らんばかりに強かに殴られ、二人は這い蹲って呻いている。レストルは怒りの矛先をすぐに弟神に向けた。
「アドリスッ…!! お前…! 誰も近づけるなとあれほど…!」

 しかし部屋に入ってきた弟は、既にいつもの緊張感のない表情に戻っており、殴り倒された者らに目を向けることもなく当の虜囚のほうに近づいている。兄の怒りもどこ吹く風だ。

「こいつ凄かったよ兄貴……。オレ、男は犯ったことないけどすげームラムラきちゃった……」
「アドリス! 聞いてるのか!?」
「…あれェ……?」

 レストルの声を遮る形で、アドリスが異変の声を上げた。そのまま虜囚を覗き込んだ弟は、不審げに眉を顰めて兄を振り返った。
「兄貴、コイツ何か様子が変だよ…」
 手招きされて、レストルは己の上着を脱ぎながら近づいた。
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