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第三部 天 獄
59不均衡な世界②
しおりを挟む「許した……!? 天王よ、あなたは……!」
「セファニアを……闇に売り渡したのか!?」
「冥界では長くは生きられぬと知っていて、何故そのようなことを!!」
再びざわめき立つ議場において、ただ天王だけが表情を変えない。
「……売り渡したわけではない。あれは冥王の求めに応じる形で私たちが話し合い、セファニアが受け入れたことなのだ。
そなたたちのいうとおり、冥界において我々の神司が弱まることは、ティアーナの一件で既知の事実となった。だからこそ、次に冥界へ赴き、冥界の大母となるべきは命の神たる最上位女神セファニアをおいて他には、いなかったのだよ。冥界の瘴気に長い間抗しうる女神はあの子以外にはいなかっただろうし……。
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むろん、セファニアがかの地で生き延びられればそれに越したことはなかっただろうが、彼女はみずから、より強い生命体となるため光闇の混血となって転生する道を選んだ。
私も、三界の力の均衡のために、手を携えることはないにしろ、冥界の強化がより図られることを望んでいた……。セファニア自身が受け入れたこととはいえ、この事実を明らかにする以上、見方によっては彼女を利用したとか、駒として使ったと謗る者もいるだろう。私はそうした悪評から一切逃れるつもりはない。むしろ今までひとりでそうした汚名を背負い、我々にとっての汚点たり続けた冥王には、貧乏籤を引かせ続けたことを詫びるべきかもしれないとさえ思う。
静粛に! 何を驚くことがあろう? 私は光の神であると同時に、秩序を司る者だよ。私は冥界の瓦解を望んではいない。奈落から魔獣が日々生み出されているような、あの混沌の広い世界を鎮めてゆくためには、神の血累が必要なのだ。
つまりこういうことだ。あの魔の地において、冥界神の秩序と支配が永久に及ぶようにするには、どんな手段を講じてでも強い神司を持つ子孫を残し、己の血脈を確立せねばならぬという明確な目途が、セダルにはあった。
単なる思い付きではない。数千年に及んで一貫した目標のために彼は行動している。現に、不死ではない自分の身に万が一の何かがあったときのため、己と同等の神司を持つ後継者をあの男は育てあげてみせた」
「兄上、それぐらいにしておきませんと」
横からアレン神が制止する。天王は片肘ついていた手から顎を外し、弟神を振り仰いだ。
唇に微苦笑が浮かぶ。
「分かったよ、少しセダルの肩を持ちすぎたかな。これぐらいにしておこう」
天王がゆっくりと玉座から立ち上がると、虹色の領巾のついた衣装がしゃなりと揺れた。
天王は締めくくりに議場を見渡した。
「己の子孫を遺したいという欲求はセダルに限らず、誰しも持っていると思う。ましてや、かの地に独り追いやられたセダルが、ティアーナの死でこの世界の『問題点』に気づき、以降誰よりもそれを切迫した現実問題として捉えていたこと、そのための行動の全て……、それは咎められることではないと私は思う。
冥界に対する若い神たちの興味から視線を逸らし、間違ってもそこへ赴こうとする者が出ないようにするために、あえて私たち第一世代は若者たちの前で冥界を悪し様にしたり、冥王の名を禁忌とさえしてきたが、今回の狩猟神たちのことで、そうした風評からも解き放たれなければと思うよ。すでに若者たちは禁を破ってしまったのだから、もうこうした策に意味はない。
それに我々は、堕ちたセダルについてとやかく言える立場ではないのではないか?
皆、考えてみたことがあるか? もし堕ちたのが自分だったとしたら、あれほどの壮絶な孤独を味わったあとで、そうした周到な算段を巡らすことができただろうかとね。
あいにく私にはそんな自信はない。……だがセダルは千年にも及ぶ孤独を耐え抜き、狂気を鎮めた。それができる男であったからこそ、我々の身代わりに彼はたったひとり、冥界に堕ちたのだ。
さあ、これでもなお反論があるとか、冥王が増長しているなどと思う者は、私と差し向かいでもっとじっくり話し合おうじゃないか? 進み出て、ついて来たまえ!」
下らぬ議論は終わりだと云わんばかりにレオンは、扇をぴしゃりと閉じた。
***
「兄上、少ししゃべりすぎというものですぞ。あの男をあそこまで持ち上げる必要があったのですか。それにセファニアの一件は、我々と闇神だけの秘密だったはず」
アレンが背後から、刺々しく小言を並べてくる。天上界一の堂々たる体躯の大男は、前を行くレオンより頭一つ分背が高い。小言も後ろからというより、上から降り注いでくるような感覚だ。
だがアレンの小言もどこ吹く風で、天王は回廊を歩みながら呑気な顔で中庭の花壇を眺める。
「……私としたことが熱くなってつい喋ってしまったよ。まさか会議の席でセダルの肩を持つことになろうとはね……。やたらと話題にされて、きっとあの男は今ごろ鼻をむずむずさせていることだろうな。あっちも混乱が収まった頃だろう、そろそろ殴り込みに来るかもしれない」
冥王と瓜二つの顔に、冥王と同じような皮肉らしい笑みが浮かんだ。
「歓迎の用意をすべきかな?」
「御冗談を」
アレンは大きな肩を窮屈そうに竦めた。
「……だが、連中にも言ったとおり、冥界を禁忌視する政策ももはや時代にそぐわないということだね。禁じれば禁ずるほど、破ってみたくなるということか」
「何か別の手段で、若い神たちの興味をあの世界から遠ざける必要がありますな」
「うーん、今後は無理かもしれないねえ……あの美貌の死神と可愛い姫君も、今や天上界の噂の的になってしまったしね。……それにしてもナシェルの身柄を秘匿していて良かった。もし私の近くに置いていたら、議場にいたあの連中に居場所がばれて私刑にあいかねないからね。あの子はセダルが手塩にかけた大事な後継者だ、傷をつけるわけにはいかない……。
そういえばアレン、君の息子、レストル。最近見ていないが真面目に謹慎しているということかい? 大事な客を匿うのに宮を提供させてしまっているけど」
「ええ。蟄居を命じて以来おとなしくしているようです。宮から出てこないということは謹慎してるということでしょう。確認して参りましょうか? あのナシェルの様子も心配ですし……」
「いや、いくらなんでもあの兄弟とてもう大人なんだし、傷つけてはいけないと私が直々に命じてあるのだから大丈夫だろう。
狩猟神たちの消滅以降バタバタしてて後回しにしてしまっていたが、私もナシェルとは一度会っておかないとと思っているよ。
だがあっちもセダルと瓜二つなんだろ? 同じ顔が揃うと何だかややこしいことになりそうだし、たぶん私は、会ったこともないのに嫌われているだろうからね。腰が重くて」
「……要は面倒くさいということですか?」
「言葉を選びたまえアレン君。面倒くさいんじゃなく、面映ゆいんだ。
……それにしても不気味といっちゃ何だが、お前のところの兄弟が問題を起こさないと、この天王宮も静かなものだね。あの荒くれ者も警邏団解散の憂き目にあってついに心を入れ替えたか……」
息子を槍玉に挙げてやり返すと、アレンが背後で深い鼻息を漏らす。レオンはくすりと笑った。
「……ところで兄上、この後どちらに向かわれるのです?」
「サリエルのところだよ。あの子も少しは落ち着いただろうからね……今後について話し合うつもりさ」
「あまりあの者に目をかけ過ぎては、また主だった族長達のよからぬ噂の種になりますぞ」
「ああ、分かっている。まったく天王といったって、自由にならぬ身分であることこの上なしだな。誰か特定の者を愛すればやれ贔屓だなんだと陰口を叩かれるし、失って諦めれば薄情者呼ばわりされるし、偶然また拾いあげたので手厚く遇してやろうとすれば問題視される……。誰かに代わって欲しいぐらいだよ」
扇で大儀そうに胸元を煽ぎながら肩を竦める天王だが、アレンの反応はとりつく島もない。
「ではこれにて一旦退がります。何か御用があったらお呼びください」
踵を返して去っていく太陽神を、天王は仏頂面で見送った。
「…………弟は愚痴も聞いてくれやしないし」
だが内心で不幸ぶろうとして天王は思い直した。
多くの者に囲まれて感じる己の気苦労と、双子の弟・闇神の味わった深い壮絶な孤独とを秤にかければ、やはり己は恵まれていると感じざるを得ないのだ。
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