泉界のアリア

佐宗

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第三部 天 獄

66声を縁(よすが)に①※

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 たとえ数里先から見たとしても、天王と冥王では纏う神気の違いは明確なはずだ。容姿とて、顔の造りは一緒でも金髪と黒髪では見間違うわけがない。

 だがこの闇の王子はレオンの腕の中で彼を「父上」と呼んだ。
 レオンは絶句する。
 淫欲の果実が我を失わせているのは、明らか。

(声、か……)

 レオンの口元に耳を擦りつけるナシェルは、レオンの声を冥王のそれと聞き取ったのだろう。

「父上……やっと……来て、くれた」
 レオンの頬を撫でる指。猥らな恍惚の表情。惑乱の中で示される、明らかな媚態。

(性の対象としての父神の存在……か)
 レオンはそれに気づき、苦い息を吐く。

 近親婚は天界において特に禁忌ではない。しかし一万もの神々がいる中、わざわざ伴侶として己の(もしくは子)を選ぶ者はいない。

 たとえ異端の神としてかの地に生き続け、なおかつ神格を高めるための行為だったといえども、何と忌わしき宿業なのか。それを強要した冥王に、不意に怒りが募る。

 ……だがこの子を見よ。この譫言うわごとはまるで、それを甘受し共に堕落することを選んだ者の誘いかけではないか。



 ふと寝台の隅に追いやられていた空の玻璃ガラス皿がレオンの目に留まる。それと白いシーツの上を点々と零れる緋い汁。僅かに遺された果肉。

(間違いない。この子はあれを食べたのだ)
 薬果などと呼ばれていても一種の麻薬のようなものだ。禁じ手の果実を与えらえ、我を失ったか。
(レストル……なんて酷いことを……)

 堕落した性愛を愉しむ愛の神一族に伝わる秘薬だ。女神に与えて感応を高めるものだと聞く。どのような手段で手に入れたのか。
 摂取すれば毒は体内を荒らし、感覚系の働きを著しく妨げ、性欲を飛躍的に高める。毒抜きをするか、長時間かけて毒の薄まるのを待つか、性欲を満たしてやる以外には鎮める方法はない。


 
「ぁ……父上、あつくて、かゆいの……助けて……」
 腕の中でナシェルが身悶える。その内股をとろとろと薬果の汁が滴り落ちてゆく。下肢を伝う雫が自分の衣装を濡らすのを見て、レオンは再び目を疑った。

「まさか………」

 引き締まった白い双丘に手を添え、指で後孔の周囲を確かめると、確かに中からこぽりと甘蜜が溢れてくる。敏感な奥園に触れられたナシェルの息切れが一際激しくなり、切れ切れな声が訴える。

「取って……父上……、あついの……」
 後孔にまで媚薬を入れられたか。

「落ち着きなさい。私は、きみの父上ではない。よく見て」
 官能的な囀りに心奪われそうになるのを堪え、レオンは低く鋭く語りかけた。だがナシェルは引き剥がされそうになるのを拒み、一層肩に縋りついてくる。

 レオンは落ち着けと己にいい聞かせ瞼を閉じた。

「可哀想に……」

 取り除いてやらねば余計に淫果の効能に溺れさせることとなる。
 どうするか…………。
 このまま放置もしておけない。

 初めて会う者の体に指触れることへの躊躇いはある。だがレオンは心を鎮め、乗りあがろうとするナシェルを膝立たせた。向き合って腰を引きよせ、己の胸につけるようにして、ナシェルの尻に手を添える。

「じっとしていなさい……脚を開いて、力を抜いて。少しあらためさせてもらうよ。いいね」

 後孔につぷりと侵入してきた指に、ナシェルは歓び悶え、己より低い位置となった王の頭を掻き抱えながら荒い喘ぎを漏らした。

「あ……ン、あぅっ…………」

 腰をしっかりと抱き支えられているので、身動きがとれない。その間にも指は奥処へと奥処へと呑みこまれてゆき、中で異物を探り当てるために優しくそこかしこへ廻される。

「あぁん……、父う、え……ぇ……」

 己を介抱する者が天王であるとも知らず、ナシェルの吐く吐息は錯乱を伴い天蓋内にくぐもった。天王は瞼を閉ざし、官能の音色に耳を貸さぬように義務的に指を増やした。

「私は君の父上ではないよ」

と天王が語りかけても、ナシェルは上の空に喜悦の声を上げている。

 やがて天王の指が躯の奥に埋め込まれた薬果を探りあてた。指を曲げ、内膜を傷つけぬように少しずつ掻き出す。ナシェルはその感触に膝立ちもままならぬほど乱れた。
 レオンの背中を十本の指で掻き毟りながら激しく躯をしならせ、しどけない声を漏らして待ちかねた放精を遂げる。

「――んぁああ――――あぁんっっ……!!」

 圧し殺した声とともに、レオンの典雅な衣装の胸元に、白い証が呆気なく散った。
 上向いたまましばらく静止して、ナシェルは虚脱の余韻に沈む。

「はぁっ……はぁっ……出、出ちゃっ……ご、ごめんなさ……」

 幽かな、茫然とした声で粗相を詫びるも、その声はレオンの指の動きに応じて再び間をおかず、うっとりと上ずっていった。力なくレオンの肩に乗せられていた手が、再び縋りつく場所を求めて動き、レオンの頭部を抱擁する。

「いいよ、気にしないで……」

 レオンは苦笑し、優しく介抱を続けた。人違いされていることが無念でならないが、頑迷に間違いを正してやるよりも今は、睡夢の中に沈めたままでいてやったほうが良い。なんと損な己の役回りか。……いや、それともこれは役得というべきなのか?

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