泉界のアリア

佐宗

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第三部 天 獄

67声を縁(よすが)に②

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 体内にあった異物を全て掻き出し終えたころには、ナシェルは躊躇いがちに二度目の精を放ち、ぐったりと放心していた。

 しかしレオンが手を拭きながら身を離そうとすると、はたと気づいたように起き上がり、服を掴んで、口付けようと首を伸ばしてきた。
 至近まで顔を近づけられる。

 王子は上ずった小さな声で、父上、もっと欲しい、とうわ言のように強請ねだった。
 潤み、赤らんだ眼差し。眦に残る涙の跡……。

「おいおい……あのね、きみ」

 レオンは目を奪われながらもじりじりと後ろに退くが、ナシェルは蛇のように巻きついて、レオンの衣装の胸元を握りしめて乗りあがり、唇を寄せる。

 レオンは後ろの枕に倒れ伏した。
「あ、ちょっと………待、んぐ」

 制止しようと開いた唇は荒々しく塞がれ、音を立てて吸い上げられ、犯すように舌が滑り込んでくる。

(いつもこの子は、セダルとこういういやらしい口づけをしているのか……)

 自制を失ったナシェルに口中を掻き廻されながら、レオンは呆れた。
 その間にもナシェルの手がレオンの胸元から滑り降り、服の上から中心を握り込んでくる。触れられて、自分の物も熱を帯びつつある事実に気づきレオンは息を呑んだ。

「……コレ挿れて? ね、おりこうにするから……これで、奥、突いて」

 ナシェルは痴態を見せつつレオンの一物を扱きはじめた。放っておいたら乗っかられて無理やり騎乗位に持ち込まれそうだ。
 性急な口づけは思わず許してしまったものの、レオンには理性が残っている。
 とてもそれ以上の行為をさせるわけにはいかない。

 息継ぎの隙をつき、天王はナシェルを押しのけた。逆にその躯をうつ伏せに押し倒して腕をとり、背中に廻して身動きを封じる。

「早く正気に戻ってくれ、きみに手荒なことはしたくないんだよ……」

(それにしても冥王よ、よくも己の息子をここまで淫猥に育てることができたものだ。神格を上げるためだけにこの子を抱いていたのか? そうではあるまい。……なんという男だ)

 性愛の対象として育て上げられた者にしか存在し得ないような媚を、ナシェルは備えている。初めて会うにも関わらず、無意識の表情や仕草からそれをひしひしと感じるのだ。

 レオンは喘ぎ啼くナシェルを組み伏せながら慄然とし、首を振る。

 ――己の子すら快楽の糧とするような男と自分が、双子であるとは認めがたい事実だ。



 隣室が静かになったようだと感ずるや、弟アレンが息子への懲罰を切り上げ戻ってきた。まだ怒りが収まりきらぬ様子で顔を赤黒くしている。

 彼は寝台の上でナシェルの裸身を組み伏せているレオンを見て絶句し、天を仰いだ。

「兄上、なんということを……!」
「勘違いはよしてくれ。介抱してやっただけだ。いくら私でもこんな状況で盛るわけないだろう。
 この子は薬果の所為でまだ錯乱しているようだ。早く中和薬を飲ませてやらないと……」

 ナシェルはレオンの下で身動きを封じられながら、呼吸を乱したまま。
 だがしばらくその姿勢でいるうち抵抗を諦めたか、それより疲労が頂点に達したのか、群青の瞳が瞼の奥に少しずつ隠されてゆき、四肢が脱力した。

 レオンは気を失ったナシェルの、汗ばんだ頬に触れた。
「不思議だな、セダルとそっくりなのにどこか可愛げがあるなんて……」

 彼はそこで不意に言葉を切った。

「!」

  押し殺した、静かな、しかし烈しい感情に満ちた気が、雲海を突きぬけて近づいてくるのを感じる。凄まじい速さだ。



 弟アレンも同時に闇の神司を感じとったのか、眉を顰めた。

「兄上。噂をすれば影ですぞ……、賓客が来訪したようです」
 レオンは、いつも柔和な彼にしては珍しく舌打ちで応ずる。

「ええい、この最悪な状況下であの男を迎えねばならんとはね。
 気配を殺しているとはいえ、これほど近づくまであの神気に気付かなかったとは……。さては閉ざされたあの火山道を使ったな」

「どうします?」
「とにかくこの子がこんな状況なのはまずい。早く正気に戻ってもらわなければ。アレン、時間稼ぎできるか?」

 天王の問いに、アレンは佩剣の柄に手を置く。自信ありげに軽く握った。

「無論。手合わせしてもいいと兄上が仰るなら」
「荒っぽいことはよしてくれといいたい所だが……この状況では仕方がないな。方法は任せよう」
「兄上は?」
「この子をなんとかしてから行くよ。とにかくここにセダルが乱入してくるという状況だけは避けたい。
 それから天宮の門を封鎖して、他の神々を遮断してくれ。奴が来たことが広まると大騒ぎになる」

「承知しました。ですが族長位の神々はまだ随分主塔に残っているでしょう。連中には間違いなく気付かれます。いえ、もう気づいているかも」

「誰も手を出させないように大御所たちを統制してくれ。冥王とやりあえるのは私かお前ぐらいしかいないんだからな。手が足りないならアドリスを連れて行ってくれ。……レストルは使い物になるのか?」

 アレンは肩を竦める。

「ぼろぼろですが、意識はあります」
「では連れて行け。早く天宮を封鎖させるんだ」
 兄の命を受けて、太陽神は大股に歩み去った。

(果たしてすんなりこの子たちを返すべきだろうか……あの気狂い男に。もしかしたらこの子とルーシェを、あの男は己の帝王学のための贄にしようとしているのではないか? この子に、意思はあったのだろうか―――)

 レオンは刻刻と近づいてくる暗欝な神気に眉を顰め、己で組み伏せた闇の御子ナシェルを、黙考と共に眺め下ろしていた。

 ナシェルは蒼白い瞼を閉ざし続ける。――ほんとうの再会の予感に高揚することもなく、意識は夢も見ぬ深い眠りに落ちていく。



***



 やがて天宮に上陸を果たした冥王の佩剣が抜き放たれ、太陽神の神剣と激しく交錯するに至る。

 冥王はアレンと対峙しながらも、己をさきほどまで呼んでいた内なる声をたよりに、ナシェルの居場所を探していた。だが、その声は今や途切れていた。

「其処を退け、アレンよ。兄に剣を向けるのか?」
「貴様など我が兄に非ず。我が兄は天王ただひとりだ!」

 喰み合う刃から散る火華。

 冥王の額には汗が滲む。この世界では冥王に地の利はない。それでも天王の対極神にして最強神たる冥王は、太陽神と互角に刃を重ね続ける。

 ナシェルの意識が昏迷の虚ろに浸っているとも知らず、冥王の内なる声もまた半身に呼びかけ続けるのだった。

 双りを隔てているのはたった幾つかの回廊のみだが、そこには未だ、これともう一つ、大きな神司が立ちはだかっている……。



第三部 <天 獄>完

第四部 <至高の奥園>に続く
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