泉界のアリア

佐宗

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番外編

兄弟騎士のユウウツ①

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今回は軽いノリのお話です。半分ぐらい乳兄弟の視点です。



◇◇◇



 微睡まどろみから目覚めると、そこはエレボス城の最上階、己の居室の、天蓋付きの寝台の上だった。

 繻子織しゅすおりのカバーに包まれた寝具が幾重にも重なり、そのやわらかな波に埋もれるようにして横たわっている自分を、ナシェルはすぐに知覚することができた。

 そして大いに格別なことに、隣には冥王の姿がある。

 ナシェルが目覚めたことに気づくと王は例の嗜虐的な微笑みを浮かべ、上体を屈めるようにしておはようの口づけをくれた。
 睡りに落ちる前の甘美な情交のあれこれを思い出したナシェルは、口づけの合間に満ち足りた笑みを零さずにはいられない。

 王はナシェルの笑声を唇で丹念に吸いとりながら、後朝お決まりの軽い愛撫を施し、絶技のあとの困憊したナシェルの体を労る。
 睡眠によって熱を失っていた体のあちこちに、再び小さな種火が灯り、とりわけ胸の蕾を妖しく弄られて、ナシェルの放つ笑声は次第に密かな喘声へと変じてゆく。
 王の肩に廻した指先が、官能に慄く。愛撫に耐えかねて白く強張る。

「……ん…っ……父、上」
 父の背に、しどけない爪痕を幾筋もつける。父の掌に中心を握り込まれて、ナシェルは低く息をつめ、またかぼそい絶頂を迎えた。

 幾度目だかもう分からない。一瞬意識が遠のいてもそれはゆるやかな細波のような散逸で、すぐに意識も脈拍も、元通りに安らぐ。最初の絶頂に比べると、とてもぐずぐずした、明瞭でない陶酔感だ。
 極めた瞬間薔薇色に上気した肌色だけは、呼吸を落ち着かせてもまだ残っている。

 その薔薇色の肌に、王は舌で標しをつけてゆく。まるで何かの紋様を描くように…………。


 この睡眠のあとの、幾分念入りすぎるほどの後戯の時間。
 いつ味わっても、ほかの何にも代え難い至福のひとときだ。
 充足感が胸に満ちた。

 人払いをして誰も寄せ付けぬよう計らったので、自分たちが降りてゆかぬ限りは誰も起こしに来ないだろう。
 そろそろ執務の時間だろうか……けれどもう少し、このままでいたい。
 ナシェルの心を見透かしたように、寄り添う王が微笑った。

「そろそろ、余は冥府へ帰るべきかな」
「ん………」
 もう少しそばに居てほしい。ナシェルは言葉の代わりに腕を掴んで王を横たわらせ、胸に頬を埋めた。

「ふふ」
 髪の間にしなやかな指が埋められる。髪の付け根を滑ってゆく、心地よい指先の温もりに、陶酔とともに身を委ねる。
 王は全てを与えてくれる。ナシェルの欲しい全てのもの。全ての迷いに対する応えを――。

 疑問を差し挟む余地のない、それらの完璧な応えが、完璧であるからこそ、時には重く煩わしく思えたりもしてきたのだが。
 ……だがそういった懊悩も屈従感も、すべて過去の話であって、今はもうナシェルの中には、王の愛を受け入れるための柔らかな、しっかりとした根太ねだがあり―――



 ドンドンドンドン!

「!!??」

 情事の余韻は、扉の叩かれる音によって突然打ち砕かれた。
 ナシェルはその瞬間ぐっと眉を顰めて王の胸から顔をあげる。

「……誰でしょうね。人払いしたはずですが」
「さあな。放っておけば、諦めて去るであろ」
「……そうですね」


 ドンドンドン! がちゃがちゃがちゃ。


「開けろ、ナシェル。いつまで寝てんの! 話があんだけど!? つーか俺、また城下で凄いネタ仕入れてきちゃったんだけど!?」

「……あの騒々しい声はどうやらそなたの乳兄弟のようだぞ」
「……そうですね。人払いも無視してズカズカ上がってきた時点で、奴だと気付くべきでした」

  鍵のかかっている取っ手を強引にぐりぐりと回す、なんとも下世話な音を聞くに及び、ナシェルは眉を吊り上げとうとう身を起こした。
 ガウンを寝具の間から探し出し袖を通す。きょろきょろと辺りを見回す彼に、冥王が問う。

「何を探しておる?」
得物エイルニルです。ちょっと殺してきます。父上はここにいて下さい」
「おいコラ、いることは判ってんだ! 居留守使ってんじゃねえこの怠け領主! サボリ神! 破廉恥王子!」

 ナシェルは目当てのものがベッドの脇の卓に立てかけてあったのを見つけると、抜き身のそれをもって二間続きの広い私室の中を横切り、扉に向かった。

「おい、いつまで寝て……うわぁッ!?」

 細く開けたドアの隙間から神剣を繰り出し突きを見舞ってやると、扉の向こうで乳兄弟が慌てて飛び退る。

「危ねぇ! 何すんだよ!」
「ヴァニオン……貴様、殺されたくなかったら、即刻立ち去れ……」
「そういうセリフは殺そうとする前に言ってくれよ!」
 
 抗議も聞かず扉を閉めようとすると、乳兄弟はすかさず片足を挟みこんできた。

「あ、待って待って。すんごいネタ仕入れてきたんだからさ! 入れてよ」
「黙れ。聞きたくない。後にしろ……」
「いでででで! 足が潰れる。イスマイルのネタだよ! こう言ってもまだ分かんない?」
「イスマイルの?」
「お前も一枚絡んでるくせに。まさか全く知らないとは言わせないぜ!」

 何の話だ、と一瞬思ったが、

「………とにかく、今は駄目だと言ってるだろう。後にしろ」
「いでででで!! ナシェルちゃん、足、足挟まって……」

 肩で扉を押し合っていると背後から声が響いてきた。

「騒々しいな……、入れてやるがよい、ナシェル。どうしても話したいようだし聞いてやろうではないか」
「ひ!? 陛下!?」
 扉の外で情けない声が上がる。
「お、お取り込み中だったのね……」

「ヴァレフォール公の末孫がどうしたというのだ? 余にも聞かせてくれ」
「父上!」
 ナシェルは憤然と振り返る。

「ヴァニオンの持ってくる内容なんぞ、どうせ下世話な噂話に決まってます。御耳が汚れるだけです」
「まあまあ、聞く前からそう決めつけることもあるまい」

 冥王はガウンを羽織り寝台から起き上がると、つかつかと歩いてきた。ナシェルの脇に立ち扉を大きく引き、完全に及び腰のヴァニオンを指でちろちろと招き入れる。

「いつまでも焦らすな、余は焦らすのは好きだが焦らされるのは嫌いだ」
「わわ……ですが、」
「チッ。仕方ない、さっさと入れヴァニオン」
 ナシェルは諦め、ヴァニオンの首根っこを引っ掴んで室内に抛り入れた。

「いやまさか陛下がご滞在中とは思いませんで……」

 彼は頭をかきかき、ちらちらとガウン姿のナシェルに視線を遣ってくる。ナシェルは情事を邪魔され怒り心頭だ。胸元を掻き合わせながら凄む。
「さっさと喋れ。ただし、しょうもない内容だったら生きて階下へは戻れぬと思え……」
「うわぁ殿下……、ハードルぶち上げすぎっしょ……?」

 以下は、(もう、生きて戻れないかもしれない)ヴァニオン卿が見聞した内容である。 








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