泉界のアリア

佐宗

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番外編

かけがえのない日々③※

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「驚いたとも。部屋に入るなりそなたの匂いがしたからね。でも王宮に帰ってきた気配は分からなかった、こんなことは初めてだ。神司を消すのだけは上手くなったな?」
「神司を消すのだけ、ってそれ褒めてないですよね。…え、においます? 汗臭い? 馬臭いのかな」
 ナシェルは王から少し離れ肘を持ち上げて、二の腕から手首にかけて嗅いだ。

「いや、別にくさいとは言っておらぬけどもね……」
 王も体を離し、体臭を気にしているナシェルの全身を眺め渡す。王子が着飾ることに無頓着なのは冥王も了承しているが、緊急時以外で身だしなみまで整っていないとなると別の話だ。
 心もち眉をひそめた王からナシェルは視線を剥がし、おずおずと一歩離れた。王の部屋に忍び込む以前に自分の部屋で身支度を整えておくべきだった。

「すみません……本当に今しがた着いたばかりで。風呂に入って着替えようかと思っているうちに父上がここへ……」
「ふむ、そのようだね。少なくとも一国の世継ぎ、という風采ではないな。臣下の眼もあるのだし、王宮に帰ってくる時ぐらいはもう少し見た目を気にしなさいといつも」
「分かっております、ひどい恰好でしょう? 靴にも服にも泥が跳ねてるし。……これいつ付いたんだろう、中庭に着地した時かな」
「悪戯猫は久しぶりに余のところへ帰ってくるなり絨毯を汚したのだね? 毛並みも乱れて散々だ」

 強風ですっかり癖がついてしまったナシェルの前髪を、冥王はなでつけて押さえた。しかし額から手を離すとまたぴょこん、と一部があらぬ方向へ跳ねあがる。
 冥王は天井を見回して溜息をつき、ナシェルは恥ずかしさでいたたまれずに前髪を押さえた。

「……ところで、どうして私が急に来たのか聞かないんですか」
「砦の工事に冥界軍から増援を廻せというのと追加予算の件であろ。アシュレイドから再三、ジェニウスの方へ具申があったようだがまだ検討中だと申しておったからな」
「増援! 予算!?」
 前髪を押さえるナシェルの口からは情けない声が漏れる。

「工事の件で陳情しに来たように見えます? なら普通、隠れ場所は探さないですね」
「冗談だよ冗談。ならば今日はどうしたのかな?」
 ナシェルのじとっとした眼の奥には焔があり、頬のてっぺんに朱が差した。
 おどけて尋ねながら王は、答えを聞く前から早く抱きしめて口づけしてやりたい衝動と闘い、くらくらしていた。

「……三択ですけど答える気あります?」
「申してみるがよいよ」
「1番、父上が寂しがっておられると思って、親孝行。2番、陛下がちゃんと仕事をしておられるかどうか気になって。3番、……貴方にただ、逢いたくて」
「あれ。“神司が欲しくて”という選択肢がないね?」
「三択です! はい、当てて」
 選択肢を投げたナシェルの顎が、つんと持ち上がる。

「うーん、1番かな」
「はずれ」
「では2番」
「そんなわけないでしょ、3番ですよ。1と4もですけど、一番正しいのは3番」
「さりげなく4番が増えたね!」

 冥王は声を上げて笑った。楽しそうな王に再び抱きよせられ、頤を持ち上げられた。王はナシェルにご褒美のような優しいキスをくれた。歓びがじんわりと胸に満ちてくる。
 王が己を見て、心底幸せそうなのが嬉しい。畏れ多いような崇敬と忠誠心と、魂の底から噴き上げてくるような愛と。それでいて「王には自分が必要だ。傷を癒やし、守ってやりたい」という不思議な庇護欲がある。

 瞳を開けて至近に見つめ合うと、王も己と全く同じ感情であると分かる。
 つまり冥王は、天の女神の血を引くナシェルを自分より遥かに美しく尊い存在として崇拝しているし、劈くような愛で骨抜きにしたいし、すべての困難から護りたいのだ。
 口づけが物足りず、唇を離した王にすり寄ろうとして我に返り、ナシェルは身を引く。

「ああえっと……そういうわけですので少々、湯殿を使わせて頂いても?」
「構わぬよ。せっかくだから余が綺麗にしてやろうね」
「いえ、さすがにそれは……」
「今さら風呂ぐらいで何を照れる? 腰が立たなくなったそなたを余が、何度寝台ここから湯殿そっちへ運んで洗っ……」
「やめて下さい。私が湯殿を使う間はどうぞあちらのソファでお待ちください。まあ別に、天蓋こっちでもいいですけど」

 天鵞絨ビロードのソファを指さし、次いで豪奢な寝台を差し示す。誘いかける眼差しのナシェルに、冥王は穏やかな苦笑いで応じた。

「余の可愛い仔猫、他の誰にもその目つきを見せていないだろうね? 馬臭くさえなければ、多少汚れていても今すぐベッドに連れて行くんだがなぁ」
「やっぱり馬臭いんだ……」

 ナシェルはきまりが悪そうに皴のついた服を掴み、慌てて湯殿に逃げ込んだ。


◇◇◇



「これ以上ないくらい、素敵な夜にしてあげよう」
 王の言葉通り素晴らしい夜だった。本当にこれ以上なにも望めないぐらいに。

 ナシェルが今夜して欲しいこと、して欲しくないことの全てを王は完全に理解していて、適切な方法で彼を焦らし、ナシェルが目に涙を溜めて王の灼熱を乞うた後はローブを寛げて情熱的にそれを与え、深く奥まで愛した。

 上下を幾度か入れ替えながら、ナシェルが叫び疲れて「喉が痛いから、休憩させて」と訴えるまで妄信的に責めを与え続け、その間に幾度もナシェルを高みへと導いた。

「休憩したら、続きをするよ……さあ水を飲んで」
 冥王は精霊たちに水差しを運ばせてナシェルに水分を摂らせると、精霊たちを散らさずにそのまま侍らせておいて、立て続けに横抱きに挿入してくる。秘め事を眷族たちの環視下で行うという、身も世もない羞恥にナシェルは容赦なく精神を昂らされて、さめざめと泣き咽んだ。
 しかし、嗚咽しつつも絶頂は波濤のように何度も打ち寄せて、腰は反り返り、花芯からは歓喜の泡沫がトロトロと吹き零れる。
「ぁ……っぁあ……!」
「逝くところも綺麗だナシェル……後ろも前もこんなに蕩けてしまった。精霊たちもほら、そなたの嬉しそうな様子に悦んでいる」
 淫らなさまを褒められながら、放った白濁を優しく清拭されて、嬉しさと恥ずかしさで心が乱高下する。泪を含んだ瞳で見上げれば、嗜虐的で優しい紅の瞳が応えてナシェルの全身を視姦する。
「さあもっと心ゆくまで乱れてごらん、恥じらいは要らぬ――余がもっと奥まで入り易いように、全て拡げて、見せてごらん」
 ナシェルはおずおずと膝裏を抱えて左右に拡げ、完熟した秘部を晒し、そこを疼かせながら「もっと来て下さい…、父上のおおきいので…もっと虐めて」とねだった。


 はじめ躊躇いがちだった体はやがて、浅ましい体位をも享受して乱れ尽くした。王の熱い司が幾度も体内を迸り、そのたびにナシェルは軽い悲鳴を上げてのけぞった。…錯乱しかけて王の袖を掴み、引きちぎりそうなほど快感に悶えるので、王は優しくナシェルの両手を掴んで唇を奪いながら、楔を衝き入れた。


 二人とも何度達したか分からなくなるほどだった。格別な時間は王の熟練の手管でやんわりと引き伸ばされた。
 神司をたっぷりと注がれ満足しきったナシェルは、最後には意識が混濁して落ちかけ、王に「まだ寝ないで…」と懇願される有り様だった。




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