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番外編
アムレス河畔にて③
しおりを挟む「そなたの苦労もよく分かった。このとおりだ、許しておくれ」
「……こんなことばかりしてるから工程がなかなか進まないんです。普段は進捗のことなどに口出すくせに、大元の陛下が再建工事の邪魔をしてどうするのです」
周りをうろうろする父を、ナシェルは邪険な目で追う。
「うんそうだね済まぬ、よし、人員が足りてなくば早急に何とかしよう」
「予算もです」
「予算もね……」
ぷりぷりと怒気を放っていても父の水晶体を通して見るナシェルは愛いのである。
狩猟旅行はナシェルにとっては優先順位の低い行事、ということは王とて承知の上だ。騎士たちにたまには息抜きを、という意味でも参加を促したかったのだ。これはナシェルからすれば『全員を連れて来れるわけではなく、不公平なため考慮に値しない』となるだろう。だが、狩猟の旅に連れてくること自体を毎年彼らへの報奨として士気向上に利用すれば良いのである。……実際そういう話になったこともあるが、結局のところナシェル自身が『狩猟旅行の褒美としての魅力』にはひどく懐疑的で、立ち消えになっていた。積極的に狩りを嗜まないナシェルにしてみれば「そんなのちらつかせても褒美になるか?」と思っていたわけだ。
……まあしかし、さらに色々弁解を重ねるのも成神げないので王はやめておく。なんだかんだ言いつつナシェルは来てくれて、この父に対しては頭に来ていてぶっきらぼうではあるものの、狩りの様子にも気を配っているあたり目線は騎士らの主君として問題ない。
ひとまず、それで良いのである。
そんなやりとりをしているうちに、騎士たちが一帯の魔象の群れを狩り尽くしたようだ。
指揮を執っていた公爵が、少し離れたところで報告を受けている。
「陛下。三里ほど先にアムレス河がございます。野営するには最適ですぞ」
陣の移動を具申しようと近づいてきたヴァレフォール公は、父子のやりとりにはまるで気づいていないようだ。
「大物が12頭。本日はこれまでといたしましょう。殿下も明日は狩りに参加なさいますか?」
「いや、騎士らの見せ場を奪うわけにはいかぬ。私は見物でよい」
さらりと言い残したナシェルは、王らが止める間もなく黒天馬の腹を蹴る。
風のように助走に入った幻嶺は、数十歩の早駆けののちふわりと宙に舞った。部隊が陣を畳むまで待ちきれぬらしく、先に野営地へ向かうようである。
「殿下! おぉい誰か、殿下にお供せよ」
声を張ろうとする老公爵を、王は苦笑混じりに制止する。
「よいよい、皆は象を追い回して疲れておるだろう。小休憩してから陣を畳んで参れ」
「ですが」
「余がついておる、問題ない。河辺で落ち合おう」
言い残し、王もまた腰を浮かせ帝影をけしかけた。
「あっ、陛下まで!」
公爵の困惑した声が背後で聞こえたが気にしない。疾駆に移った帝影の背の上で、王の耳に入る音はすぐに翼の羽ばたきと、風の唸りのみとなった。
◇◇◇
アムレス河はレテ河の上流を流れる、少々川幅のせまい支流である。レテ河は暗黒界まで流れてその後「ステュクス河」、つまり三途の河と呼ばれるようになるため、これらは全て繋がった河川ということになる。
上空から、王はナシェルの幻嶺を見つけてそのそばに馬を着地させた。
さきほど魔象を追い回していた場所は一面の荒野だったが、アムレス河畔にはたくさんの草木が生い茂っている。辺り一面、砂漠の緑地といった風景が広がり、茂みの向こうからは虫や鳥の声がする。多くの取るに足らぬ小さな生き物たちが棲息しているのが分かった。むろん冥界のなかの小世界なので、化物と呼んでよいような得体の知れぬ生き物だらけではある。あるていどの知能を持った生物は、冥王の圧倒的な神司を感じ取り、遭遇する前から上流と下流へそれぞれ逃げていった。
誘うような愛しい気配をたよりに茂みを抜けていくと、背丈ほどの小さな滝に出た。滝つぼは腰高ほどの深さの池になっており、水は蒼く光り、透きとおっている。
滝つぼの中央ではナシェルが着衣のまま、のんびり仰向けに浮かんでいた。上空では、彼の精霊たちがふわふわ周回している。
「そなた服も脱がずに泳いでおるのか?」
驚いて声をかけると、水中で彼を囲んでいたらしき水妖らの気配がぱっと消えた。
ナシェルは父に気づくと優雅に肩を回し泳いできて、池の中に立ち上がった。水に濡れた衣装が肢体に張りつき、艶めかしいことこの上ない。
「誰かに呼ばれた気がしてふらっとここへ来たら、なんと水女たちがいたのです。幻霧界の離宮の周りを泳いでる娘たちとは親戚らしいんです。そうかこの河、あそこと繋がってるのかと思って。それで話しているうちに、彼女らにいたずらで足を取られて今しがた池に落ちました」
「水女たちがそんないたずらを?」
……水女らのような他愛のない妖魔たちからすればナシェルの放つ強い神司は、抑え気味にしていても最大限の脅威でしかないだろう。闇の司を身に纏った若い神――つまり冥王の世継ぎの御子神だと、一目見ればすぐ分かるだろうに、その足を引いて池に落とすとは。いやはや、ここの水妖たちは幻霧界の娘らよりも少々無分別かもしれない。もともといたずら好きな種族だっただろうか?
「大丈夫か?」
「ええ、すごく気持ちがいいですよ―――」
王はナシェルを岸に引っ張り上げようと手を差し伸べたが、ナシェルは別のことを考えていたようである。ぐいっと思い切り手を引かれ、王も滝つぼの中に具足をつけたまま滑り落ちる結果となった。
「これ、ナシェルッ」
「はははっ、仕返しです!」
ナシェルは腰まで水に浸かった冥王から離れて無邪気な笑声を上げ、近づいてくるやしたり顔で水を引っかけてきた。水妖族のいたずらをまねて見事に成功したので、不機嫌がどこかへ行ってしまったようだ。これは水乙女たちに感謝したほうがいいのか。
つかまえようとしたがマントと具足が重くてどうにも動きが鈍い。王はむきになりマントを脱ぎ、両手の篭手もはずして岸に抛った。片方ずつ脚をあげて脛当ての留め具を外していると後ろからナシェルがすうと泳いできて、なぜか背中に結んである胸甲の紐をほどくのを手伝ってくれた。少々意味が分からない。
「?」
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