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第五章
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矢野秋――。
スマートフォンのディスプレイに表示された名前を見て昴は電話にでた。ご丁寧にもテレビ電話つきである。
「やっほ――昴さん。息をしている? 元気にしている?」
「元気そうに見えるか?」
「――朗報?」
「高揚を抑える薬が完成した」
*
「人体実験? 高揚を抑える薬? 何のことだ?」
昴が伺わしそうな表情になる。
「あれ? 夏樹から聞いてない? すでに、聞いていると思っていた」
「説明をしてもらおうか」
さぁ――吐いてしまえと昴は秋に迫った。
「任務にでる時、気分を高揚させる「薬」を打たれる。夏樹はその薬初の被験者だよ」
「秋君。何で――そんな大切な話を黙っていた!?」
昴はダンッと机を叩く。恐らく、夏樹が隠したがっていたことはこのことだろう。
「まぁ、僕よりも本人から話を聞く方が筋だと思う。きっと、昴さんたちを守りたかったのだろうな」
昴が知ってしまったら、狙われると考えたのだろう。夏樹はこの秘密を墓場までもっていくつもりだったらしい。
「怒ってしまってすまない」
昴は深呼吸をして気持ちを切り替えた。秋を怒ってもすぐにどうにかなるわけではない。
「秋君が開発したのか?」
「違う――僕の両親」
秋の両親は一樹と梓が亡くなった時も――家族のみで葬式を行い――そのあとも淡々と仕事をしていた。仕事をすることで悲しみ――寂しさを沈めてきたのだろう。
仕事に没頭することで気持ちを、落ち着かせてきたのだろう。秋の研究を手伝ってくれたのも夏樹を死なせたくないという思いからだろう。薬が完成した後の両親のほっとした表情を今でも覚えている。
「確か、科捜研の?」
「そう――本当は僕が作りたかったけれど、力が足りなかった。最悪、夏樹を捕まえて無理矢理打つ」
「秋君は夏樹君のことをどう思っている?」
「それは、生きてほしいよ。数少ない親族だもの」
夏樹には幸せを掴んでほしい。
未来を歩いてほしい。
秋とて夏樹の闇を半分背負う覚悟はできていた。
引き受けるつもりはある。
最悪、ともに地獄へ堕ちる決意があった。
「秋君は意外と真面目だよな」
「昴さん。僕はいつでも真面目だよ?」
秋が笑う。
「今はどちらの秋君だ?」
裏の顔か。
表の顔か。
聞いてくるということは昴も秋の性格を、掴み取れてないのだろう。
「やだなぁ。昴さん。それ、何の確認? 今更でしょう? どっちでも僕は僕だよ」
「そうだな。秋君は秋君だ」
「まぁ。僕の性格はいいとして――動くタイミングだけど」
「それは、潜入している秋君がよく分かっているだろう?」
「ふぅん。じゃあ、好きにやらせてもらう」
「何かあれば引き下がることいいな?」
「誰に言っている?」
秋が表情を消す。今までのふざけたものではなく、警察官としての表情だった。こうした切り替えが早いのも、訓練を受けているからだろう。
身につけているからこそできることだろう。
昴は秋の仕事をしている時の表情が隙だった。その凛とした眼差しはなかなかできることではない。そして、身に纏う空気が――威圧感が違う。
ボスへの怒りが画面越しに伝わってくる。
昴でさえもたじろいでしまうほどの圧力だった。
「私が言うまでもなかったな」
「ねぇ、昴さん」
「――秋君?」
「もし僕たちが地獄へ堕ちたら拾い上げてくれる?」
「ああ――何回でも拾い上げるさ」
「その言葉を信じている」
秋は昴との電話を切った。
タブレットがピロンと鳴った。
フォルダーを開くとそこには、実験を極秘で行っているボスの姿が写真に写っていて――。
「この実験成功と言ってもいいでしょう」
「飼い主として躾ないといけないからな」
「第一号は誰を使うおつもりで?」
「夏樹に決まっているだろう? あいつを手放すのはもったいないからな。利用するだけ利用してやる」
「矢野秋はお使いにならないのですか?」
「秋は特別だ。じわじわと追いつめて調教をしてやる」
「あなたは恐ろしい人だ」
生々しい肉声を送られてきた。
差出人は不明とされているが、この行動ができるのはただ一人――夏樹のみ――。
(あいつ。無理しやがって――僕はボスを倒すまで絶対に引かない。何のためにここにいると思う?)
音声とファイルを本部に送る。
ポツリ、ポツリ、と降り出した雨が窓を濡らしていく。
一人しかいない部屋に雨の音が響く。
それが、夏樹の叫びにも似ていて。
悲鳴にも聞こえて。
悲しく――寂しかった。
きっと、今もどこかで孤独さと戦っているだろう。
押しつぶされそうな気持ちを隠して。
誰にも素顔を見せないまま。
助けを求めないまま。
出口を見つけることができないまま――走り続けている。
答えを探してもだえている。
彷徨い続けている。
降り続く雨は泣くことができない夏樹のために、泣いてくれているのだろうか?
泣くことを忘れてしまった夏樹を思い――涙を流してくれているのだろうか?
秋や昴の手はその涙を拭うためにある。
笑顔を取り戻すためにある。
そのために自分たちはいるのだから――存在しているのだから。
(大丈夫。お前は一人じゃないよ。僕たちがいる。手を伸ばせば届く距離に――範囲にいる。支えられる温もりがある。忘れないで――覚えておいて。大切な人を傷つけた代償は重い。覚悟しておいて。ボス)
夏樹と同じブラウンの瞳が不敵に輝く。
迷いなどない。
夏樹との再会が近づいてきていた。
スマートフォンのディスプレイに表示された名前を見て昴は電話にでた。ご丁寧にもテレビ電話つきである。
「やっほ――昴さん。息をしている? 元気にしている?」
「元気そうに見えるか?」
「――朗報?」
「高揚を抑える薬が完成した」
*
「人体実験? 高揚を抑える薬? 何のことだ?」
昴が伺わしそうな表情になる。
「あれ? 夏樹から聞いてない? すでに、聞いていると思っていた」
「説明をしてもらおうか」
さぁ――吐いてしまえと昴は秋に迫った。
「任務にでる時、気分を高揚させる「薬」を打たれる。夏樹はその薬初の被験者だよ」
「秋君。何で――そんな大切な話を黙っていた!?」
昴はダンッと机を叩く。恐らく、夏樹が隠したがっていたことはこのことだろう。
「まぁ、僕よりも本人から話を聞く方が筋だと思う。きっと、昴さんたちを守りたかったのだろうな」
昴が知ってしまったら、狙われると考えたのだろう。夏樹はこの秘密を墓場までもっていくつもりだったらしい。
「怒ってしまってすまない」
昴は深呼吸をして気持ちを切り替えた。秋を怒ってもすぐにどうにかなるわけではない。
「秋君が開発したのか?」
「違う――僕の両親」
秋の両親は一樹と梓が亡くなった時も――家族のみで葬式を行い――そのあとも淡々と仕事をしていた。仕事をすることで悲しみ――寂しさを沈めてきたのだろう。
仕事に没頭することで気持ちを、落ち着かせてきたのだろう。秋の研究を手伝ってくれたのも夏樹を死なせたくないという思いからだろう。薬が完成した後の両親のほっとした表情を今でも覚えている。
「確か、科捜研の?」
「そう――本当は僕が作りたかったけれど、力が足りなかった。最悪、夏樹を捕まえて無理矢理打つ」
「秋君は夏樹君のことをどう思っている?」
「それは、生きてほしいよ。数少ない親族だもの」
夏樹には幸せを掴んでほしい。
未来を歩いてほしい。
秋とて夏樹の闇を半分背負う覚悟はできていた。
引き受けるつもりはある。
最悪、ともに地獄へ堕ちる決意があった。
「秋君は意外と真面目だよな」
「昴さん。僕はいつでも真面目だよ?」
秋が笑う。
「今はどちらの秋君だ?」
裏の顔か。
表の顔か。
聞いてくるということは昴も秋の性格を、掴み取れてないのだろう。
「やだなぁ。昴さん。それ、何の確認? 今更でしょう? どっちでも僕は僕だよ」
「そうだな。秋君は秋君だ」
「まぁ。僕の性格はいいとして――動くタイミングだけど」
「それは、潜入している秋君がよく分かっているだろう?」
「ふぅん。じゃあ、好きにやらせてもらう」
「何かあれば引き下がることいいな?」
「誰に言っている?」
秋が表情を消す。今までのふざけたものではなく、警察官としての表情だった。こうした切り替えが早いのも、訓練を受けているからだろう。
身につけているからこそできることだろう。
昴は秋の仕事をしている時の表情が隙だった。その凛とした眼差しはなかなかできることではない。そして、身に纏う空気が――威圧感が違う。
ボスへの怒りが画面越しに伝わってくる。
昴でさえもたじろいでしまうほどの圧力だった。
「私が言うまでもなかったな」
「ねぇ、昴さん」
「――秋君?」
「もし僕たちが地獄へ堕ちたら拾い上げてくれる?」
「ああ――何回でも拾い上げるさ」
「その言葉を信じている」
秋は昴との電話を切った。
タブレットがピロンと鳴った。
フォルダーを開くとそこには、実験を極秘で行っているボスの姿が写真に写っていて――。
「この実験成功と言ってもいいでしょう」
「飼い主として躾ないといけないからな」
「第一号は誰を使うおつもりで?」
「夏樹に決まっているだろう? あいつを手放すのはもったいないからな。利用するだけ利用してやる」
「矢野秋はお使いにならないのですか?」
「秋は特別だ。じわじわと追いつめて調教をしてやる」
「あなたは恐ろしい人だ」
生々しい肉声を送られてきた。
差出人は不明とされているが、この行動ができるのはただ一人――夏樹のみ――。
(あいつ。無理しやがって――僕はボスを倒すまで絶対に引かない。何のためにここにいると思う?)
音声とファイルを本部に送る。
ポツリ、ポツリ、と降り出した雨が窓を濡らしていく。
一人しかいない部屋に雨の音が響く。
それが、夏樹の叫びにも似ていて。
悲鳴にも聞こえて。
悲しく――寂しかった。
きっと、今もどこかで孤独さと戦っているだろう。
押しつぶされそうな気持ちを隠して。
誰にも素顔を見せないまま。
助けを求めないまま。
出口を見つけることができないまま――走り続けている。
答えを探してもだえている。
彷徨い続けている。
降り続く雨は泣くことができない夏樹のために、泣いてくれているのだろうか?
泣くことを忘れてしまった夏樹を思い――涙を流してくれているのだろうか?
秋や昴の手はその涙を拭うためにある。
笑顔を取り戻すためにある。
そのために自分たちはいるのだから――存在しているのだから。
(大丈夫。お前は一人じゃないよ。僕たちがいる。手を伸ばせば届く距離に――範囲にいる。支えられる温もりがある。忘れないで――覚えておいて。大切な人を傷つけた代償は重い。覚悟しておいて。ボス)
夏樹と同じブラウンの瞳が不敵に輝く。
迷いなどない。
夏樹との再会が近づいてきていた。
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