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第十章
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秋は普段ボスが使っている椅子に座っていた。そこから、見える景色に興味はない。
「秋。話とは何だ?」
「僕の名前を呼ぶな」
座っていた椅子から立ち上がる。
秋はボスの足元に銃弾を撃ち込んだ。
コンクリートの床をえぐっていく。
秋がボスを追いつめようとした間に、夏樹は姿を消してしまった。
いなくなってしまった。
車の中で話したのが最後になってしまう。
その後、夏樹が生きているという痕跡が綺麗に消去されてしまっていた。
秋も記録を追跡したが、間に合わなかった。
『秋は僕に縛られなくていい。秋は秋らしく生きればいいよ』
夏樹の切ない声は耳に残っている。
消えることはない。
あの時感じた不安な感覚を、覚えておけばよかった。
かっこ悪くても――。
情けないと思われても。
ここにいて――傍にいてよと――引き止めておけばよかった。
手を離さなければよかった。
もっと、もっと――。
話し合いたかったのに。
笑いあいたかったのに。
本音を聞きたかった。
とことん甘やかしてもう大丈夫だよと抱きしめてあげたい。
暗闇からすくいだしてあげたい。
優しさを感じてほしかった。
それなのに――。
ボスのせいでその機会を失ってしまった。
永遠になくなってしまったのである。
このまま、殺してやりたい。
夏樹の時間を――成長を奪ったボスが憎い。
息の根をとめてやりたかった。
(ボスが夏樹に人体実験をやったこと、僕は許せない)
「秋――どうした?」
「僕の名前を呼ぶなと言っているだろう?」
両親から貰ったお気に入りの名前を、ボスなんかに呼ばれたくない。呼んでいいのは昴――両親――仕事の仲間――考えようによっては、和葉も含まれている。
それ以外は、許さない。
ボスが自分の懐に入ってくることを認めたくなかった。
(こいつさえ――こいつさえいなければ、夏樹が苦しまずにすんだ。今、目の前にいるボスが憎い)
怒りの矛先そのままに――。
感情に流されるままに、秋はボスの背中を足で力一杯踏みつける。ボスがグッと苦しそう声をあげる。ミシリと骨が軋む音がした。
「お前は……一体?」
何者だと――途切れ途切れの声でボスは秋に問う。
秋はフン、と鼻で笑った。
明らかにボスをバカにしている。
見下している。
今までになかった圧倒的な存在を放ち――ここに立っていた。
これが、本来の秋の姿なのだとしたら?
その能力を隠していたとしたら?
被っていた仮面を剥がしたのだとしたら?
ボスの背中に冷や汗が流れていく。
心臓の鼓動が早くなる。
*
「僕? 僕は潜入捜査専門の警察官だ」
秋はボスが聞きたくなかった言葉を言い放った。
「けい……さつ……だと?」
ボスが目を見開く。
「信じられない?」
にっこりと笑い警察手帳を見せる。
まさか、秋が警察の者だったとは――。
逮捕する側だったとは。
裏切られていたとは。
ずっと、自分の支配下にいるものだと思っていた。使える駒田と信じていた。信用していた。コントールしているつもりが、逆に秋の手の中で転がされていたのである。
証拠を掴むために、今まで泳がされていたのだろう。
生かされていたのである。
「――嘘だ」
ボスの顔が絶望に染まる。
*
(ざまぁみろ。そう――僕はその表情が見たかった。見られることをずっと持っていた)
「組を率いる者として気がつかないなんて随分鈍いな」
「助けてくれ……私たちの仲だろう? 現在までやってきた仲間じゃないか」
「私たちの仲? こんなに、脆い仲なんてあるわけないじゃないか。――所詮、僕たちの絆なんてないに等しい」
「桜井夏樹のことに関しては悪かったと思っている。だから、助けてくれ」
「黙れ――お前ごときが夏樹の名前を呼ぶな」
夏樹の名前が汚れると――ボスの後頭部にゴリッと銃を突きつけた。
秋の銃を持つ手に迷いはない。
(こんな奴。生きている価値はない――死んでもらう。夏樹の闇を全部引き取ってもらう。さようなら)
あとは、引き金を引くだけだった。
ボスを撃ったのも、殺すのも自分の身を守るため――。
危険人物だと認識したため。
そのことを、正当防衛にしてしまえばいい。
審議にはかけられるかもしれないが――。
潜入捜査官自体人数が少ないため――そう簡単にやめさせられることはないはずである。
それに、秋の主張が通るはずである。
認められるだろう。
*
「――秋君」
扉がバンッと開いて昴が入ってくる。秋は尚も――ボスに銃を突きつけたままだった。全身で感じる鮮烈な怒りに、昴でさえも息を飲む。
飲み込まれそうである。
完全のその場を支配していた。
「昴さん」
「こんな相手に君が殺人犯になる必要はない」
秋は一呼吸おくと――ボスの背中から足をのけて銃を下げる。
銃を昴に渡す。
連れて行けと部下に指示を出す。
ボスはうなだれたまま連行されていく。
「歯止めがきかなくなっていたわ。止めてくれてありがとう。昴さん」
そうでなければ、確実に殺していたと――ゾッとする顔で笑う。
そう、秋は夏樹ができなかったボスへの復讐をなしとげたのだった。
警察官としての秋と昴を信頼し託したのだろう。
あとは、裁判員裁判できちんとした判決が出されることを望むだけである。二人は最後まで見届けるつもりでいた。
判決を目に焼き付けるつもりでいた。
「夏樹君に薬は打ったのか?」
「無理矢理打った。効くといいけどね」
夏樹への解毒剤投与を含め――これで、今回の任務は終了である。
「そうだな。秋君はこの仕事を続けるのか?」
「一応ね――僕の天職だと思っているし」
「引き抜こうと思ったが残念だ」
「昴さん。僕が武器を持って戦えるように見える?」
先ほどの緊張感はどこにいったのだろうか?
秋が緩く笑う。
一瞬にして空気が軽くなった。
まぁ、秋らしいといえば、秋らしいが――。
「――見えないな」
思わず苦笑する。確かに、秋が武器を持って戦うイメージがない。どちらかといえば、今回のように裏や影から支えていくタイプだった。
「答えはそういうこと。それにしても、木本さんはボスを吹き飛ばすなんて凄いね」
「かっこ悪いところを、秋君に見られたな」
昴はため息をつく。
「かっこ悪い? むしろ逆でしょ。女性で戦えるなんてかっこいいじゃない」
「その言葉、和葉に言ったら喜ぶぞ。なぁ、秋君」
「はぁい」
秋は伸びをしながら、返事をする。
「夏樹君のこと一緒に乗り越えておこうな」
二人はコツリと拳をあわせる。
外に出て照りつける日差しに、秋と昴は瞳を細めた。
「秋。話とは何だ?」
「僕の名前を呼ぶな」
座っていた椅子から立ち上がる。
秋はボスの足元に銃弾を撃ち込んだ。
コンクリートの床をえぐっていく。
秋がボスを追いつめようとした間に、夏樹は姿を消してしまった。
いなくなってしまった。
車の中で話したのが最後になってしまう。
その後、夏樹が生きているという痕跡が綺麗に消去されてしまっていた。
秋も記録を追跡したが、間に合わなかった。
『秋は僕に縛られなくていい。秋は秋らしく生きればいいよ』
夏樹の切ない声は耳に残っている。
消えることはない。
あの時感じた不安な感覚を、覚えておけばよかった。
かっこ悪くても――。
情けないと思われても。
ここにいて――傍にいてよと――引き止めておけばよかった。
手を離さなければよかった。
もっと、もっと――。
話し合いたかったのに。
笑いあいたかったのに。
本音を聞きたかった。
とことん甘やかしてもう大丈夫だよと抱きしめてあげたい。
暗闇からすくいだしてあげたい。
優しさを感じてほしかった。
それなのに――。
ボスのせいでその機会を失ってしまった。
永遠になくなってしまったのである。
このまま、殺してやりたい。
夏樹の時間を――成長を奪ったボスが憎い。
息の根をとめてやりたかった。
(ボスが夏樹に人体実験をやったこと、僕は許せない)
「秋――どうした?」
「僕の名前を呼ぶなと言っているだろう?」
両親から貰ったお気に入りの名前を、ボスなんかに呼ばれたくない。呼んでいいのは昴――両親――仕事の仲間――考えようによっては、和葉も含まれている。
それ以外は、許さない。
ボスが自分の懐に入ってくることを認めたくなかった。
(こいつさえ――こいつさえいなければ、夏樹が苦しまずにすんだ。今、目の前にいるボスが憎い)
怒りの矛先そのままに――。
感情に流されるままに、秋はボスの背中を足で力一杯踏みつける。ボスがグッと苦しそう声をあげる。ミシリと骨が軋む音がした。
「お前は……一体?」
何者だと――途切れ途切れの声でボスは秋に問う。
秋はフン、と鼻で笑った。
明らかにボスをバカにしている。
見下している。
今までになかった圧倒的な存在を放ち――ここに立っていた。
これが、本来の秋の姿なのだとしたら?
その能力を隠していたとしたら?
被っていた仮面を剥がしたのだとしたら?
ボスの背中に冷や汗が流れていく。
心臓の鼓動が早くなる。
*
「僕? 僕は潜入捜査専門の警察官だ」
秋はボスが聞きたくなかった言葉を言い放った。
「けい……さつ……だと?」
ボスが目を見開く。
「信じられない?」
にっこりと笑い警察手帳を見せる。
まさか、秋が警察の者だったとは――。
逮捕する側だったとは。
裏切られていたとは。
ずっと、自分の支配下にいるものだと思っていた。使える駒田と信じていた。信用していた。コントールしているつもりが、逆に秋の手の中で転がされていたのである。
証拠を掴むために、今まで泳がされていたのだろう。
生かされていたのである。
「――嘘だ」
ボスの顔が絶望に染まる。
*
(ざまぁみろ。そう――僕はその表情が見たかった。見られることをずっと持っていた)
「組を率いる者として気がつかないなんて随分鈍いな」
「助けてくれ……私たちの仲だろう? 現在までやってきた仲間じゃないか」
「私たちの仲? こんなに、脆い仲なんてあるわけないじゃないか。――所詮、僕たちの絆なんてないに等しい」
「桜井夏樹のことに関しては悪かったと思っている。だから、助けてくれ」
「黙れ――お前ごときが夏樹の名前を呼ぶな」
夏樹の名前が汚れると――ボスの後頭部にゴリッと銃を突きつけた。
秋の銃を持つ手に迷いはない。
(こんな奴。生きている価値はない――死んでもらう。夏樹の闇を全部引き取ってもらう。さようなら)
あとは、引き金を引くだけだった。
ボスを撃ったのも、殺すのも自分の身を守るため――。
危険人物だと認識したため。
そのことを、正当防衛にしてしまえばいい。
審議にはかけられるかもしれないが――。
潜入捜査官自体人数が少ないため――そう簡単にやめさせられることはないはずである。
それに、秋の主張が通るはずである。
認められるだろう。
*
「――秋君」
扉がバンッと開いて昴が入ってくる。秋は尚も――ボスに銃を突きつけたままだった。全身で感じる鮮烈な怒りに、昴でさえも息を飲む。
飲み込まれそうである。
完全のその場を支配していた。
「昴さん」
「こんな相手に君が殺人犯になる必要はない」
秋は一呼吸おくと――ボスの背中から足をのけて銃を下げる。
銃を昴に渡す。
連れて行けと部下に指示を出す。
ボスはうなだれたまま連行されていく。
「歯止めがきかなくなっていたわ。止めてくれてありがとう。昴さん」
そうでなければ、確実に殺していたと――ゾッとする顔で笑う。
そう、秋は夏樹ができなかったボスへの復讐をなしとげたのだった。
警察官としての秋と昴を信頼し託したのだろう。
あとは、裁判員裁判できちんとした判決が出されることを望むだけである。二人は最後まで見届けるつもりでいた。
判決を目に焼き付けるつもりでいた。
「夏樹君に薬は打ったのか?」
「無理矢理打った。効くといいけどね」
夏樹への解毒剤投与を含め――これで、今回の任務は終了である。
「そうだな。秋君はこの仕事を続けるのか?」
「一応ね――僕の天職だと思っているし」
「引き抜こうと思ったが残念だ」
「昴さん。僕が武器を持って戦えるように見える?」
先ほどの緊張感はどこにいったのだろうか?
秋が緩く笑う。
一瞬にして空気が軽くなった。
まぁ、秋らしいといえば、秋らしいが――。
「――見えないな」
思わず苦笑する。確かに、秋が武器を持って戦うイメージがない。どちらかといえば、今回のように裏や影から支えていくタイプだった。
「答えはそういうこと。それにしても、木本さんはボスを吹き飛ばすなんて凄いね」
「かっこ悪いところを、秋君に見られたな」
昴はため息をつく。
「かっこ悪い? むしろ逆でしょ。女性で戦えるなんてかっこいいじゃない」
「その言葉、和葉に言ったら喜ぶぞ。なぁ、秋君」
「はぁい」
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