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第十二章
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秋へ
何も言わず姿を消してごめん。
僕を人殺しではなく一人の人間として見てくれてありがとう。
秋の明るさに何度、助けられたか。
救われたか。
数え切れないと思う。
秋は秋のままでいてほしい。
明るい秋のままで変らないでいてほしい。
強い秋のままでいてほしい。
それが、今の僕の願いです。
木本さんへ
木本さんを抱いたあの日――きちんと本音を話すことでてきてよかったと思う。
真剣に向き合おうとした気持ちが汲み取れた。
いずれ、好きな人と結ばれ――結婚をして。
子供を産んで。
木本さんには愛する人たちに囲まれて日の当たる場所で笑っていてほしい。
きらきらと輝く太陽のような存在でいてほしい。
木本さんが幸せになれますように――。
進む道に希望がありますように。
それが、僕の気持ちです。
昴さんへ
いつも、わがままな僕に付き合ってくれてありがとうございます。
不器用な僕に手を差し伸べてくれて――。
諦めずに僕と接してくれて。
木本さんと同じように、愛情を注いでくれたことに感謝しかありません。
差し伸べられた手に――気持ちに応えられなくてごめんなさい。
差し伸べられた手を握ることを許されるのなら――。
許してくれるのなら。
受け止めてくれるのなら。
今度は握り返してもいいですか?
「矢野さん、父さん」
朝、起きた和葉は遊びに来て泊まっていた秋と昴に声をかける。
秋の隣の席に座った。
「夏樹からの手紙だろう?」
「やっぱり、矢野さんのところにも届いていたのですね」
二通は木本家に――一通は秋の家の郵便ポストに入っていた。郵便局の刻印がないことから、寝静まった真夜中に
夏樹が直接投函したのだろう。
夏樹が一人で、悩みに悩んであの文章を書いたのか――。
ここまで、ストレートに気持ちを書き出すことができたのも、手紙だからだろう。これが、夏樹にとって精一杯の言葉だったらしい。
それに、手紙を書くということはどこか、落ち着く場所が見つかったのかもしれない。無事に休めるところを見つけることができたのだろう。
「――ずるいよね」
秋がポツリと呟く。
表情は怒りを通りこして――呆れていた。
「するいって、どういうことでしょうか?」
和葉が秋に聞く。
「夏樹が僕たちの気持ちに応える前に、姿を消すからさ。手紙で気持ちを伝えるなんて反則だろう」
「夏樹君は夏樹君なりに、不器用ながらも考えていたみだいだな」
昴が苦笑を浮かべる。
そうだねと、和葉と秋は顔を見合わせて笑う。
「なぁ、木本さん、昴さん」
秋が不意に真剣な顔になる。
「どうかしましたか?」
「――何だ?」
「夏樹、ゆっくり休めているといいな」
秋の言葉に昴と和葉は頷いた。
*
桜井さん。
私、桜井さんに抱かれた時に思ったの。
心臓の鼓動に――他の人よりも低い体温。
そして、息づかい。
あなたも一人の人間なのだと実感したわ。
だからこそ、これ以上――桜井さんを責めることはできない。
追いつめることはやめようと思えたのよ。
人には人の人生があるものね。
それに、桜井さんが必死に生きていることが伝わってきたからなの。
桜井さんのように苦しんでいる人を守りたい。
私は矢野さんや父さんのような警察官になることを決めたよ。
夢を決められたのも桜井さんのお陰だと思う。
だから、お礼を言わせて――。
ありがとう。
この言葉があなたに届きますように――。
木本和葉
夏樹。
手紙を残していなくなるなんて反則だぞ。
わがままを言えば、もっと夏樹と話をしたかった。
お前の夢を聞きたかった。
色々なことを語りたかった。
心からの笑顔が見たかった。
僕はお前のことを家族だと思っている。
心を許せる親友だと思っている。
僕たちには同じ血が流れている。
この血は僕が次世代へとつないでいこうと思う。
引き継いで――残していくつもりでいる。
僕たちはいつでも、夏樹の傍にいる。
隣にいるよ。
そのことを、忘れないでいてほしい。
矢野秋
夏樹君。
和葉のことを守ってくれてありがとう。
時々、秋君も加わって木本家は賑やかになったよ。
でも、欲を言えばこの中に夏樹君もいてほしかった。
輪に入っていてほしかった。
夏樹君の成長を見たかった。
生きることに疲れたら、いつでもここに帰っておいで。
戻っておいで。
私たちは待っているよ。
木本昴
*
和葉、秋、昴は車で都会から少し離れた場所にある一樹と梓の墓に来ていた。
夏樹がいなくなり、月日が流れるのは早くて――。
あっという間で――季節はあれから、二度目の春を迎えて、和葉は高校を卒業した。
春から昴と秋と同じ警察官になる。
二人と一緒の道を進むことになる。
これも、何かの縁なのか――。
魂同士の呼び合わせなのか。
夏樹が引き寄せたのかどうかは分からないが――。
潜入捜査官として秋とバディを組むことになっていた。
女性が潜入捜査官になるのは、和葉が初めてである。今までの努力が報われたのだろう。
夏樹のことも乗り越えてきた和葉である。高い壁が立ちはだかったとしても、乗り越えていけるだろう。それを、乗り越えていければ、今よりも、もっと強くなっていけることに違いはない。
五月の新緑が気持ちいい。
和葉、昴、秋は深呼吸をする。
都会とは比べものにならないぐらい空気が澄んでいた。
山の中のここを選んだのも、一樹、梓、夏樹に静かに眠ってほしいという昴の考えがあったからだった。
色々なしがらみから解放されてほしかった。
今頃、夏樹は一樹と梓と再会できているだろうか?
話せているだろうか?
今度こそ、離れ離れにならないように、手をとりあうことができていればいい。
家族の時間がとれていていればいい。
そうであってほしいと――心から願う。
願わずにはいられなかった。
桜井家の墓にそれぞれの思いを書いた手紙を置く。夏樹の手紙に秋、昴、和葉が返答した形である。
現状を夏樹に知ってほしかった。
報告をしたかった。
「桜井さん。私、夢を叶えたよ――警察官になったよ。しかも、矢野さんとバディを組むことになったよ。この姿を、あなたにも見てほしかった。おめでとうと言う言葉を聞きたかった」
今日は夏樹や一樹――梓にも見てほしくて、潜入捜査官の制服を着ていた。和葉はまっすぐ前を向いて話かける。返事が来ないと分かっていても、声をかけずにはいられなかった。
秋へと場所を譲る。
「ねぇ、夏樹――やっぱり、お前がいないと寂しいよ。物足りないよ。本当は僕の家族が夏樹を見送りたかった。最後を看取りたかった。それが、できなかったことが悔しい」
秋の瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
二人の前でも見せたことがなかった涙だった。
いつも、飄々とした秋の涙を見せる相手が、夏樹だからだろう。ここにいるのが、和葉と昴しかいないということも理由の一つだった。
だからそこ、自然にこみあげてきた涙だったのだろう。鞄からハンカチを取り出して涙を拭う。
「秋君が泣くなんて驚いたな」
「昴さん――それ、ひどくない? 僕が無感情な人間みたいじゃないか」
「まぁ、その感情も夏樹君限定だろうけどな」
夏樹のことで感情を出し――ボスと対峙したいた時の秋は、近寄りがたかったとボヤいた。秋が端正な顔立ち故の――恐怖もあった。
思い出すだけで、鳥肌が立つ。
ゾクゾクとしたものが背中を、駆け巡っていく。
敵として戦っていれば、心理戦で自分など捻り潰されていただろう。浮上できないほど――身も心もズタズタにされて、廃人になっていたに違いなかった。もしかしたら、和葉ともども――闇に放り去られていたかもしれない。
秋が仲間でよかったと今更ながらに思う。
「その感情の中に、木本さんも昴さんもいるから安心してよ。一度、懐に入れた人を簡単に見捨てるつもりはない。二人に何かあれば、全力で戦う」
「今の言葉、信じているぞ」
「やだなぁ――昴さん。その言い方だと、僕が裏切るみたいじゃないか」
秋のブラウンの瞳が、昴を射抜く。
その瞳は真剣で――僕を信用してよ――と言っているかのようだった。
向けられる眼差しは一樹と梓を連想させ――夏樹に重なって見えた。
さすがは、血縁――。
血のつながりが、濃いのだろう。
どの家族よりも、絆が強いらしい。
この絆は硬く――断ち切れないのである。
壊れることはないのである。
秋や秋の両親がいる限り――この家族は大丈夫だと思った。
*
「ほら、桜井さんたちも父さんが、声をかけてくれることを待っているわよ」
いつまでも、続きそうな会話を聞いて、和葉が割り込んでくる。警察官になる前の和葉なら、怯えて割り込むようなことなどできなかった。
警察学校でもまれ――度胸がついたのだろう。
「夏樹君。ゆっくりできているか? 一樹と梓に会うことができたか? 甘えることができているか? 今まで、辛かった分――休めているといいけどな」
「ねぇ、父さん、矢野さん」
「――ん?」
「どうした?」
「桜井さん。幸せだといいね。どこかで、笑っているといいね」
突然、強い風が吹いた。
手紙が風にのって、青空へと舞い上がっていく。
和葉、秋、昴は反射的に目と閉じた。
(和葉、昴さん、秋――いつか、またどこかで会おう。そんな日が来ることを僕は信じている。三人と再び巡り会えることを、楽しみにしている)
風が落ち着き――三人は目を開いて、顔を見合わせた。
「桜井さんの声が聞こえなかった?」
聞こえてきた声は、今まで聞いたことがないぐらい優しく感じた。
柔らかく――全てを包みこんでくれそうだった。
温かさがある。
「僕にも聞こえた」
「私にも聞こえた」
「よかった――聞き間違いではなかったのね」
夏樹の声がしたのは、聞き間違いではなかったらしい。
一樹と梓の声と間違えることがなかったのは、まだ幼さが残る声だったからである。
自分たちの胸の中に、夏樹がいるのだと――存在しているのだと実感をした。
「夏樹の分まで、僕たちは生きていかないといけないな」
つらいことがあっても――。
苦しいことがあっても、生きて。
生き抜いていかなければいけない。
未来を見ていかなければいけない。
それが、残された者の使命――役割だとするのならば。
夏樹のためになるといのならば、前に歩みを進めるしかないだろう。
「――そうね」
「――そうだな」
五月の穏やかな日差しが、三人を照らし出していた。
何も言わず姿を消してごめん。
僕を人殺しではなく一人の人間として見てくれてありがとう。
秋の明るさに何度、助けられたか。
救われたか。
数え切れないと思う。
秋は秋のままでいてほしい。
明るい秋のままで変らないでいてほしい。
強い秋のままでいてほしい。
それが、今の僕の願いです。
木本さんへ
木本さんを抱いたあの日――きちんと本音を話すことでてきてよかったと思う。
真剣に向き合おうとした気持ちが汲み取れた。
いずれ、好きな人と結ばれ――結婚をして。
子供を産んで。
木本さんには愛する人たちに囲まれて日の当たる場所で笑っていてほしい。
きらきらと輝く太陽のような存在でいてほしい。
木本さんが幸せになれますように――。
進む道に希望がありますように。
それが、僕の気持ちです。
昴さんへ
いつも、わがままな僕に付き合ってくれてありがとうございます。
不器用な僕に手を差し伸べてくれて――。
諦めずに僕と接してくれて。
木本さんと同じように、愛情を注いでくれたことに感謝しかありません。
差し伸べられた手に――気持ちに応えられなくてごめんなさい。
差し伸べられた手を握ることを許されるのなら――。
許してくれるのなら。
受け止めてくれるのなら。
今度は握り返してもいいですか?
「矢野さん、父さん」
朝、起きた和葉は遊びに来て泊まっていた秋と昴に声をかける。
秋の隣の席に座った。
「夏樹からの手紙だろう?」
「やっぱり、矢野さんのところにも届いていたのですね」
二通は木本家に――一通は秋の家の郵便ポストに入っていた。郵便局の刻印がないことから、寝静まった真夜中に
夏樹が直接投函したのだろう。
夏樹が一人で、悩みに悩んであの文章を書いたのか――。
ここまで、ストレートに気持ちを書き出すことができたのも、手紙だからだろう。これが、夏樹にとって精一杯の言葉だったらしい。
それに、手紙を書くということはどこか、落ち着く場所が見つかったのかもしれない。無事に休めるところを見つけることができたのだろう。
「――ずるいよね」
秋がポツリと呟く。
表情は怒りを通りこして――呆れていた。
「するいって、どういうことでしょうか?」
和葉が秋に聞く。
「夏樹が僕たちの気持ちに応える前に、姿を消すからさ。手紙で気持ちを伝えるなんて反則だろう」
「夏樹君は夏樹君なりに、不器用ながらも考えていたみだいだな」
昴が苦笑を浮かべる。
そうだねと、和葉と秋は顔を見合わせて笑う。
「なぁ、木本さん、昴さん」
秋が不意に真剣な顔になる。
「どうかしましたか?」
「――何だ?」
「夏樹、ゆっくり休めているといいな」
秋の言葉に昴と和葉は頷いた。
*
桜井さん。
私、桜井さんに抱かれた時に思ったの。
心臓の鼓動に――他の人よりも低い体温。
そして、息づかい。
あなたも一人の人間なのだと実感したわ。
だからこそ、これ以上――桜井さんを責めることはできない。
追いつめることはやめようと思えたのよ。
人には人の人生があるものね。
それに、桜井さんが必死に生きていることが伝わってきたからなの。
桜井さんのように苦しんでいる人を守りたい。
私は矢野さんや父さんのような警察官になることを決めたよ。
夢を決められたのも桜井さんのお陰だと思う。
だから、お礼を言わせて――。
ありがとう。
この言葉があなたに届きますように――。
木本和葉
夏樹。
手紙を残していなくなるなんて反則だぞ。
わがままを言えば、もっと夏樹と話をしたかった。
お前の夢を聞きたかった。
色々なことを語りたかった。
心からの笑顔が見たかった。
僕はお前のことを家族だと思っている。
心を許せる親友だと思っている。
僕たちには同じ血が流れている。
この血は僕が次世代へとつないでいこうと思う。
引き継いで――残していくつもりでいる。
僕たちはいつでも、夏樹の傍にいる。
隣にいるよ。
そのことを、忘れないでいてほしい。
矢野秋
夏樹君。
和葉のことを守ってくれてありがとう。
時々、秋君も加わって木本家は賑やかになったよ。
でも、欲を言えばこの中に夏樹君もいてほしかった。
輪に入っていてほしかった。
夏樹君の成長を見たかった。
生きることに疲れたら、いつでもここに帰っておいで。
戻っておいで。
私たちは待っているよ。
木本昴
*
和葉、秋、昴は車で都会から少し離れた場所にある一樹と梓の墓に来ていた。
夏樹がいなくなり、月日が流れるのは早くて――。
あっという間で――季節はあれから、二度目の春を迎えて、和葉は高校を卒業した。
春から昴と秋と同じ警察官になる。
二人と一緒の道を進むことになる。
これも、何かの縁なのか――。
魂同士の呼び合わせなのか。
夏樹が引き寄せたのかどうかは分からないが――。
潜入捜査官として秋とバディを組むことになっていた。
女性が潜入捜査官になるのは、和葉が初めてである。今までの努力が報われたのだろう。
夏樹のことも乗り越えてきた和葉である。高い壁が立ちはだかったとしても、乗り越えていけるだろう。それを、乗り越えていければ、今よりも、もっと強くなっていけることに違いはない。
五月の新緑が気持ちいい。
和葉、昴、秋は深呼吸をする。
都会とは比べものにならないぐらい空気が澄んでいた。
山の中のここを選んだのも、一樹、梓、夏樹に静かに眠ってほしいという昴の考えがあったからだった。
色々なしがらみから解放されてほしかった。
今頃、夏樹は一樹と梓と再会できているだろうか?
話せているだろうか?
今度こそ、離れ離れにならないように、手をとりあうことができていればいい。
家族の時間がとれていていればいい。
そうであってほしいと――心から願う。
願わずにはいられなかった。
桜井家の墓にそれぞれの思いを書いた手紙を置く。夏樹の手紙に秋、昴、和葉が返答した形である。
現状を夏樹に知ってほしかった。
報告をしたかった。
「桜井さん。私、夢を叶えたよ――警察官になったよ。しかも、矢野さんとバディを組むことになったよ。この姿を、あなたにも見てほしかった。おめでとうと言う言葉を聞きたかった」
今日は夏樹や一樹――梓にも見てほしくて、潜入捜査官の制服を着ていた。和葉はまっすぐ前を向いて話かける。返事が来ないと分かっていても、声をかけずにはいられなかった。
秋へと場所を譲る。
「ねぇ、夏樹――やっぱり、お前がいないと寂しいよ。物足りないよ。本当は僕の家族が夏樹を見送りたかった。最後を看取りたかった。それが、できなかったことが悔しい」
秋の瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
二人の前でも見せたことがなかった涙だった。
いつも、飄々とした秋の涙を見せる相手が、夏樹だからだろう。ここにいるのが、和葉と昴しかいないということも理由の一つだった。
だからそこ、自然にこみあげてきた涙だったのだろう。鞄からハンカチを取り出して涙を拭う。
「秋君が泣くなんて驚いたな」
「昴さん――それ、ひどくない? 僕が無感情な人間みたいじゃないか」
「まぁ、その感情も夏樹君限定だろうけどな」
夏樹のことで感情を出し――ボスと対峙したいた時の秋は、近寄りがたかったとボヤいた。秋が端正な顔立ち故の――恐怖もあった。
思い出すだけで、鳥肌が立つ。
ゾクゾクとしたものが背中を、駆け巡っていく。
敵として戦っていれば、心理戦で自分など捻り潰されていただろう。浮上できないほど――身も心もズタズタにされて、廃人になっていたに違いなかった。もしかしたら、和葉ともども――闇に放り去られていたかもしれない。
秋が仲間でよかったと今更ながらに思う。
「その感情の中に、木本さんも昴さんもいるから安心してよ。一度、懐に入れた人を簡単に見捨てるつもりはない。二人に何かあれば、全力で戦う」
「今の言葉、信じているぞ」
「やだなぁ――昴さん。その言い方だと、僕が裏切るみたいじゃないか」
秋のブラウンの瞳が、昴を射抜く。
その瞳は真剣で――僕を信用してよ――と言っているかのようだった。
向けられる眼差しは一樹と梓を連想させ――夏樹に重なって見えた。
さすがは、血縁――。
血のつながりが、濃いのだろう。
どの家族よりも、絆が強いらしい。
この絆は硬く――断ち切れないのである。
壊れることはないのである。
秋や秋の両親がいる限り――この家族は大丈夫だと思った。
*
「ほら、桜井さんたちも父さんが、声をかけてくれることを待っているわよ」
いつまでも、続きそうな会話を聞いて、和葉が割り込んでくる。警察官になる前の和葉なら、怯えて割り込むようなことなどできなかった。
警察学校でもまれ――度胸がついたのだろう。
「夏樹君。ゆっくりできているか? 一樹と梓に会うことができたか? 甘えることができているか? 今まで、辛かった分――休めているといいけどな」
「ねぇ、父さん、矢野さん」
「――ん?」
「どうした?」
「桜井さん。幸せだといいね。どこかで、笑っているといいね」
突然、強い風が吹いた。
手紙が風にのって、青空へと舞い上がっていく。
和葉、秋、昴は反射的に目と閉じた。
(和葉、昴さん、秋――いつか、またどこかで会おう。そんな日が来ることを僕は信じている。三人と再び巡り会えることを、楽しみにしている)
風が落ち着き――三人は目を開いて、顔を見合わせた。
「桜井さんの声が聞こえなかった?」
聞こえてきた声は、今まで聞いたことがないぐらい優しく感じた。
柔らかく――全てを包みこんでくれそうだった。
温かさがある。
「僕にも聞こえた」
「私にも聞こえた」
「よかった――聞き間違いではなかったのね」
夏樹の声がしたのは、聞き間違いではなかったらしい。
一樹と梓の声と間違えることがなかったのは、まだ幼さが残る声だったからである。
自分たちの胸の中に、夏樹がいるのだと――存在しているのだと実感をした。
「夏樹の分まで、僕たちは生きていかないといけないな」
つらいことがあっても――。
苦しいことがあっても、生きて。
生き抜いていかなければいけない。
未来を見ていかなければいけない。
それが、残された者の使命――役割だとするのならば。
夏樹のためになるといのならば、前に歩みを進めるしかないだろう。
「――そうね」
「――そうだな」
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