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第三十二話 探検者協会

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 事件の翌日。

 俺は自分のデスクでこっそりスマホをいじっていた。
 
 何をしているかというと……いわゆる、エゴサーチってやつだ。
 と言っても、自分の本名で検索している訳じゃあないけどな。検索ワードは――『ミスターK』だ。

 何もかも謎だった探検者が姿を現したことで、ネットは大いに沸き立っていた。

『謎の覆面戦士、白昼の大事件を堂々解決!』
 
『【お手柄】氷剣姫とミスターKの最強タッグ、強盗団を粉砕』
 
『謎の覆面探検者ミスターKは変身ヒーロー!?』

 そんな見出しがニュースサイトで大量に躍っている。

 SNSでも、

『俺、現場にいたけどミスターKまじヒーロー』

『ちょっとこの動画ヤバない?映画じゃねーか』

『許した。お前にならナナミンを任せられる』

『変態覆面男とか言ってた奴ら、みんな手のひらクルーで草』

 こんな感じだ。

 正体を隠して、ではあるけれど、こんな風に注目されるとやっぱり口元が緩んでしまう。ふふふ。

「どうぞ」

「おわぁ!?びっくりした!」
 
 いつの間にか横に立っていたナナミさんが、スッとコーヒーカップを置いてくれた。中身はキツめの緑色……青汁だな、間違いない。

「どうしたんですかソータさん。いつも以上に顔が緩んでますが」

「あれ、まるで普段から緩んでるみたいな言い方ですけど?」

「そう言いましたよ。備品で鏡でも買いますか?」

「いや、大丈夫です……」

 ナナミさんともこのネットの盛り上がりを分かち合いたいけど……ナナミさんは注目されるのを嫌うからなぁ。
 ヒーローへの強い想いはあっても、ナナミさんはどうしてもアイドル扱いされてしまう。きっと以前も色々面倒なことがあったんだろう。少し気の毒だ。

 ナナミさんが向こうへ行ったのを確認してから、俺はもう一度スマホに目を落とす。

 ミスターKに関する記事やコメントは堪能したので、今度は少し、見るところを変えた。

 ――昨日の、事件そのものについて、だ。

 俺やナナミさんのせいでなんだかあまり深刻に報道されていないが……ダンジョン産の麻薬であるマンドラゴラの中毒者発生、そしてその人間が強盗事件を起こしたことは、割と大問題だと思う。

 それに、あの『真獣の卵』。あんなものが外の世界に持ち出されているってのも、かなりヤバいことだ。

 SNSや一部ニュースで、警察や探検者協会の責任を問う声が見られた。ゲート前で搬入、搬出に関する検査を行なっているのは彼らであり、本来はそこで発見しなければならない、ということだ。

 ダンジョンは日々数を増やしているし、やっぱり管理が追いつかないのかな……。
 

「おい、間抜けヅラ」

「会長!?」

 突然降ってきた暴言に振り返ると、居室の入り口に会長が立っていた。
 苦虫を噛み潰したような顔で、至極不機嫌そうだ。すっごい関わりたくないんだけど……残念ながらご指名のようだ。

「客だ。いや、客じゃない。あんな阿呆が客なはずがあるか」

「なんなんですか一体」

「とにかく来い。説明するのも面倒だ」

 引きずられるようにして、俺とナナミさんは、いつもの会議室へと連れて行かれた。

 部屋に入ると、そこには二人の人物が待っていた。
 一人は、よくいる会社の管理職という感じのおじさんだ。少しだけくたびれたスーツが哀愁を誘う。会長の姿を見て、軽くビクついている。言い方は悪いけど、会長がいちいち相手にするような人物とは思えなかった。

 ……問題はもう一人だ。

 見た目がすでに、並みではない。その人物は、西洋の王侯貴族かと思うような――ロココ調とでもいうのか?あれ――煌びやかだが現代日本においてはまったく意味不明な格好をしながら、鷹揚にパイプ椅子に座って足を組んでいた。
 不敵な笑みを浮かべたその様子は大変に知的な雰囲気であって、オールバックに整えられた艶やかな黒髪や切長の目、キリッと通った鼻筋などを見るに、大層な色男である。
 しかしながら服装と合わせると、どう見てもただの阿呆だった。具材の無駄遣いっぷりがハンパではない。

 しかし、というか、だからこそ、というか。俺は、この男を知っていた。

 藤堂ビャクヤ。

 日本でも数少ない特級探検者だったが、ある事件をキッカケに引退。まだ三十代半ばにもかかわらず、現在では探検者協会の日本支部長を務める人物だ。
 ダンジョンはその数で日本が圧倒的世界一であり、そこの支部長は世界に対しても強大な発言権を持つ。
 要するに、超重要人物なのだ。

 なんでそんな人がここに……。
 いや、会長の客なんだし、それくらいのステータスがあるのが当然か。

 藤堂支部長は、笑みを浮かべたまま指で机をトントンと叩いた。

「ミコト。ちょっと客を待たせすぎじゃないか?」

 !?会長をファーストネームで呼ぶとは!?
 仲良いのかこの二人?

「やかましい。突然現れてこの私に客扱いされようなど了見が甘すぎるわド阿呆が。身の程を知れ」

 ……仲悪いのかこの二人?

「それにこの部屋。ただの平凡な会議室じゃないか。もう少しちゃんとしたところに通してくれてもいいだろうに」

「門前払いされなかっただけありがたいと思え」

「お茶もないんだけど」

 こんだけ邪険に扱われてるのに淡々と文句を言う姿勢は逆にすごいと思う。さすがは元特級探検者だ。こんなことで感心するのもどうかと思うけど。

「……ナナミ。お前のお気に入りを持ってきてやれ」

「すでに持ってきております。どうぞ」

「ああ、ありがとう櫻井ナナミくん。君の最近の活躍は聞いているよ。本格的に復帰してくれて、協会としても大変嬉し……苦ーーーーー!?これなに?!青汁!?」

「よくやったナナミ」

「いつもより濃いめです」

 この二人は本当に……。超大物とその部下なのに、二人揃うとやる事がちまっこい。

「げほっげほっ!……分かったよ。そんなに歓迎されていないようだから、手短かに済ませよう」

「ふん。警察と一緒に来るあたり、どうせ昨日の事件絡みだろう?」
 
 昨日の事件って、俺たちが解決した強盗事件のことか?
 さっきから黙ったままのおじさんは、警察だったのか。

「ご明察。そう、昨日の強盗事件のことさ。これが、結構根が深そうでね」

「マンドラゴラだな」

「またまたご明察。あ、今、マンドラゴラと、根が深い、を掛けようと思ってたんだけど残念」

「……ナナミ。客人がお帰りだ」

「ウソウソ!冗談だよ!まったく、ミコトは昔から変わらないなぁ」

「貴様もな。十も歳上とは思えん。いい加減大人になれ。今更言っても無駄だとは思うが」

 やっぱり昔からの知り合いだったんだな。近所のお兄ちゃん的な感じだったのだろうか。……慕われてる様子はまるで無いけれど。

「マンドラゴラは知っての通り、世界的に厳しく規制されているダンジョン産アイテムだ。これが採れると分かったダンジョンは、ゲートで協会員による徹底的な持ち出し検査が行われる。中には、ゲート自体を封じてしまったダンジョンもあるんだ」

「にも関わらず、ここのところ中毒者が続出しているではないか。協会の怠慢ではないのか」

「痛いところを突くね。ここのところの中毒者の急激な増加はミコトの言う通り。……ただ、その流通経路が、全くわからない。持ち出しに関しては何重にもチェックをしているんだけど、まるで引っかからないんだ」

「……警察としましても、中毒者から入手方法を聞き出そうと努力しているのですが、まるで手がかりが得られていないのが現状です。そこで、恥を忍んでではありますが、是非とも御剣グループのお力をお借りしたく……」

 あ、おじさんが喋った。
 そのおじさんを、会長がチラリと見遣る。

「警察庁長官殿がそう仰るなら、こちらとしても協力するのはやぶさかではないが」

 警察庁の長官ーーー!!??警察のトップじゃないか!!煌びやかな阿呆はさておき、長官までパイプ椅子に座らせちゃダメだろ!!

「しかし我々は別に探偵でも情報機関でもない。警察にお力添えできることがあるとは思えないが?」

「ご協力いただきたいことは二つです。一つは、御剣グループの持つ土地に、野良ダンジョンが出現していないか確認して欲しいのです」

 野良ダンジョンとは、出現はしたけれども協会にまだ認知されていないダンジョンのことだ。
 稀に、放置されている私有地の中にいつの間にかダンジョンが出来ていた、なんて話を聞くことがある。

 なるほど、御剣グループの所有する広大な土地の中に野良ダンジョンがあって、そこがマンドラゴラの群生地になっている可能性を考えているんだな。

「御剣グループの管理する土地に野良ダンジョンだと?それも、我々の知らないところで犯罪集団がそこを根城にしていると言いたいのか?……舐められたものだな」

「あんまり警察をいじめないでよ。そりゃ、そんな可能性は低いとは思ってるさ。ただ、万が一って事があるからね」

 藤堂支部長が肩をすくめながらそう言った。

「ふん。まあいい。それで?もう一つはなんなのだ?」

「もう一つは……」

 目線をナナミさんに移しながら、藤堂支部長は再び不敵な笑みを浮かべた。

「ミスターKと氷剣姫を、捜査に貸してほしい」

 

 
 
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